第60夜 帰郷
原田節子さんと大山周明さんの行方不明事件は、私が口外しなくても、病棟内に自然と広まった。
そして、原田さんの私を見る目が、噂が広まるに連れて熱を帯びてきた。そのような目で見ると原田さんが若くて色っぽく見えるから不思議である。
原田さんは、15歳でデビューした映画女優で、16歳の時に来日したドイツ人監督の目に止まり、『美しき大地』で日独合作映画のヒロインに抜擢されてから、一躍スターダムに押し上げられた。その後も日中戦争の国策映画に主演し、その地位を不動のものにした。
夕食の時でした。
「黒井さん、私のことどう思いますか。」
「愛嬌があって、可愛らしい方だと思います。」
「本当?」
「本当ですよ。とても可愛いですし、綺麗です。」
「そう、嬉しい。今度、見回りの時間にまたお話しましょ。」
「ええ、良いです。」
こんなことがあったので、今日の見回りは、東條閣下をパスしたい位でした。
「今晩は、東條閣下。ご機嫌いかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「それはでは、話をお願いします。」
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今年の年末年始は、いつもと違っていた。新納一飛曹の部隊は、12月29日から1月3日までと官庁並みの休みとなった。新納一飛曹は、貯金通帳が渡され、身辺整理をするように言われた。
搭乗員がもらっていた航空手当は、半強制的に貯金させられ、勝手に使うことは許されなかった。
実家が遠い者たちや妻子持ちは、早々に帰省したが、新納一飛曹は、「開戦が近い」と思いながら、独り者で実家が鹿児島なので、正月だけ実家で過ごすことにして、年末を宮崎の街で過ごすことにした。
「おい、石川、お前は休みをどうするか?」
偵察員の石川勝利一飛曹に声を掛けた。
「福岡が実家なので、宮崎で遊んだあと、帰省します。」
「そうか。おれもそうするつもりだ。どうだ、一緒に遊びに出かけないか?」
石川は、一つ後輩なので、気心が知れていた。
初日は、鵜戸神社、青島を巡り、青島温泉で1泊した。二人とも旅行は、初めてであった。旅館では海軍軍人の恰好なので、地魚の料理で丁重にもてなしてくれた。翌日には、午前中は、宮崎神宮で「武運長久」を祈り、時間をつぶし、午後から大淀川沿いの吾妻新地という遊郭に繰り出し、命の洗濯をした。新納の相手の娼妓が妹を思い出させた。大晦日には、石川一飛曹と別れ、汽車で鹿児島に帰省した。
新納が実家に帰ると祖母、父母、鹿児島県庁吏員の長兄夫婦、次兄、弟、妹が揃っていた。母は、家族全員が揃ったことを喜んでいた。
妹に顔を合わせた時には、昨日の娼妓が思い出され、気後れした。年の離れた弟は、海軍の制服を着た兄が帰ると大喜びだった。
「兄貴、飛行機は気持ちいいだろな。僕も飛行機乗りになりたいな。」
「確かに大空は、気持ちいいぞ。しかし、軍隊は、甘くないぞ。一人前になるまでに殴られてばかりだ。やめておけ。」
新納の飛行機への憧れは、父が鹿屋警察署に勤務していた時だった。
新納は、学校から帰るとカバンを放り投げ、鹿屋航空隊の飛行機が唸り声を上げながら上昇したり、降下したりするのを日暮れまで見ていた。
ある日、何時ものように飛行場脇の小道で飛行機を見ていると
「ぼく、飛行機が好きか?」と飛行服を着た兵士が声を掛けてくれた。
「うん、大好きです。」
「そうか、飛行機乗りになりたいか。」
「飛行機に乗るにはどうしたらいいのですか。」
「そうだな。まず、数学と国語をうんと勉強して、海軍を受験することだ。」
新納の両親は、警察官か公務員になることを希望していたので、新納は、危険なパイロットになるとは言えなかった。商業科高校の2年生の秋、無断で海軍少年飛行兵を受験したが、学科で合格しながら身体検査で不合格になってしまった。
1年間、毎日柔道部で柔道を練習して、再度受験したところ合格した。覚悟を決め、父親に合格を報告した。
「お国のためと言われたら、反対できない。しかし、支那との戦争は、終わりが見えない。死ぬ覚悟でご奉公するのだな。」
父親の承諾をもらった新納は、無事、佐世保海兵団に入団できた。
新納一飛曹は、父の言葉を思い出し、「もしかして最後の正月」と思いながら、家族団欒を楽しむのだった。
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もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




