第59夜 急降下爆撃隊
いつものように出勤すると小川看護師長が、一人で落ち着きがありません。安田看護師もいません。
「どうしました?看護師長。」
「黒井さん、原田節子さんと大山周明さんがいない。もう少しで、夕食の時間だ。安田さんと一緒に探してくれないか。外に居るはずだ。」
この病院には、運動場、花壇や畑、家畜小屋、作業小屋などがあり、そこそこ広いのです。運動療法や作業療法を積極的に取り入れ、動物によるアニマルセラピーも取り入れているのです。
私は、安田看護師に話を聞こうと外に出ました。すると安田さんが花壇の方から、病棟の入口に近づいて来るのに出会った。
「二人は見つからなかったのかい。」
「うん。一通りいそうなところは探したけど。見つからない。」
「そうか。看護師長が一緒に見つけてくれって。」
「じゃや、手分けしよう。」
「私は家畜小屋と運動場を探すから、安田さんは、作業小屋と林を探してください。」
私には、心当たりがあったので真っ先に家畜小屋行った。家畜小屋は、2階建てで1階には、ポニー、羊、ウサギ、モルモットを飼育し、2階には、用具やエサ、藁などが置いてあった。
私は、まず、ポニーと羊の柵の中を改めた。積み藁も丁寧に探した。続いて、2階に上がり、用具の陰などを探し、やはり積み藁の中を探すと、患者の2人が居た。原田節子さんと大山周明さんだった。2人は、抱き合ったまま寝ていたのだ。
「黒井さん、誰にも言わないでください。」
大山さんは,そう言いながら着衣を直した。原田さんも同様だった。原田さんは、アルツハイマー型認知症を患っている。言わば『色ボケ』だった。大山さんは、それに付け込んだのだろう。
「そういう訳にはいきません。もうじき夕食の時間ですから部屋に戻っていてください。」
私は、安田さんに声をかけ、二人を連れて病棟に戻りました。
「看護師長、二人は、家畜小屋の積み藁の中に居ました。」
「二人とも一緒か。」
「そうです。原田さんの病気が出たようです。」
「そうか。まあ、大山さんには僕から叱っておく。」
「お願いします。」
「今晩は、東條閣下ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「今日は、遅くなりました。ちょっと患者さんが見つからなくて。」
「そうか。では、黄泉がえりの話を聞いてくれ。」
「お願いします。」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
昭和16年11月、宇佐航空隊の新納和夫一飛曹は、宮崎県の富岡飛行場(現、宮崎空港)で帝国海軍伝統の「月月火水木金金」の訓練、訓練に明け暮れていた。
艦爆隊の訓練は午前午後、通しで行われた。まず、高度5000mで、飛行場前方の岩を標的にし、高度650mまで降下し、1キロの模擬弾を叩きつけて、再び上昇し、再度急降下を繰り返した。
この訓練を仕上げた後に、海上に出て、標的艦「摂津」に対して、急降下爆撃の反復練習をした。こんな訓練を丸一日やると心身ともに疲労困憊した。
急降下爆撃の命中率は、水平爆撃と比べると極めて高い。これは、降下する機体のベクトルと爆弾の落下するベクトルが近いため着弾誤差が小さくなるからであるが、操縦する方の負担は大変なものである。
何が大変かと言うとまず、急降下を行うと速度が出すぎて危険なので、エアー・ブレーキを出して、減速させるが、それでも速度計の針はものすごい勢いで回転する。針1回転は500mで、もし1回転でも間違えたら、そのまま死への直行便だ。
次に、命中させるための方法だが、偵察員は、僅かの間に降下角度を測り、照準距離を計算し、風に対する修正を操縦者に知らせ、操縦者はそれに対し素早く反応し、目標を狙わなければならない。
なんと言っても体力的に大変なのは、爆弾投下とともに機体を引き起こした瞬間に掛かる重力である。60キロの人なら390キロの重さがかかり、身体はつぶされそうになり、頭は膝の間に押し下げられ、目の玉から真っ赤な星が四散し、完全に視力はなくなる。その一瞬は、体験による勘と気力だけの勝負になる。
急降下爆撃訓練の間に、発着艦の訓練も行われた。母艦の空母加賀への着艦は、夜も行われた。暗夜に木の葉1枚ほどもない母艦を見つけ、赤と青の着艦指導灯を頼りに着艦を行うのは実に神経をすり減らす訓練であった。
次に待っていたのは、夜間の急降下爆撃である。まず、照明隊が吊光弾を投下し、爆撃隊はその明かりに浮かび上がる敵艦隊に昼間と同じように急降下爆撃を行うが、この時、敵の探照灯に直接照射されると目がくらんで墜落してしまう。その対策に行うのが駆逐艦が探照灯を照射し、その光の中に突入し、目を慣らす訓練である。
12月に入ると総合訓練が行われた。飛龍、蒼龍、赤城、加賀を飛び立った急降下爆撃隊、雷撃隊、直掩戦闘機隊が豊後水道を北上すると敵役の戦闘機隊が猛攻をかける。
敵戦闘機隊の攻撃を撃退する直掩戦闘機隊、急降下する爆撃隊、海面すれすれに雷撃する雷撃隊、まさに飛行機の大競演である。
「分隊長殿、随分と実践的な訓練ですが、米英との戦争は近いのでしょうか。」
さすがに、総合訓練を実施する頃になると空母搭乗員もそう感じ始めた。
「俺は分からんよ。そうならば訓練だと思わず真剣勝負のつもりでやらねばな。」
「そうでした。頑張ります。」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




