第51夜 日中講和交渉(1)
「今晩は、松井閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「インド首相のネルーが死去しました。」
ジャワハルラール・ネルーは、インド独立以来17年間、首相として非同盟政策を推進してきた。彼は、昨日、昭和39年5月27日に死去した。
「非同盟政策?なんじゃ、それ?」
「資本主義国であるアメリカ陣営と社会主義国であるソ連陣営のどちらにも組しないという政策です。」
「組しないというよりどちらからも甘い汁を吸うと言うことだろう?ソ連は怖いからな。」
「厳しいですな。」
「それでは。お話をお願いします。」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
昭和16年12月20日、重慶市の羅漢寺で日中講和条約交渉は、開始された。羅漢寺は北宋治平年間(1064年―1067年)に作られた古刹であり、清の光緒十一年(1885年)に再建されたときに、500の阿羅漢像が作られ、羅漢寺と改名された。
蒋介石軍事委員会委員長は、機嫌が良かった。それもその筈、1937年7月から4年間続いた抗日戦争が終わろうというのだ。この時期、国民党主席は林森で、蒋介石は軍事委員会委員長として実権を握っていた。
「松井全権大使、並びに頭山内閣参議、この会談が今後、永きに渡り中日友好の礎になることを期待します。」
「蒋閣下、我々も同様に考えています。」
自分は、この大任を無事に果たす意気込みでいた。講和成立は、日本の悲惨な未来を避ける唯一の方途だ。成立すれば、日米交渉で、米国はゴリ押しができない。
「この交渉により、我々も阿羅漢のように中日国民に尊敬を受けることになれば幸いです。」
阿羅漢は、仏教において、尊敬や施しを受けるに相応しい聖者のことを言う。略して、羅漢というが、蒋介石は、キリスト教に改宗している。
まず、基本原則として、両国の領土と主権の尊重、内政不干渉、民族独立権、通商上の機会均等を含む平等の原則が改めて確認された。
日本側は、11月29日に発表した日中和平基礎条件に基づき、交渉することを前提とした。
日本側は、本交渉に先立ち中国における全ての治外法権の即時放棄と日中講和条約の成立後、満州帝国を除く中国におけるすべての特別権益の放棄を発表しており、中国国民に好感を持って受入れられた。
「日本側は、本当に治外法権と租界地などの全ての特別権益を放棄することで間違いがないのか。」
蒋介石は、日本がここまでの英断を下すとは思っておらず、改めて確認した。
「我が国も治外法権の撤廃や関税自主権を回復に苦労しました。貴国の自主独立を考えれば、当然です。欧米列強の頸木から解き放たれ、日中が兄弟のごとく連携し、大東亜の礎を築く上で必要なことだと天皇陛下がご英断されました。」
「それは、素晴らしいご英断です。」
天皇陛下のご英断でなければ、国内の不平は爆発するであろう。日中の戦争には18万人の命と億万の国富がつぎ込まれたのだ。
本交渉は、1 治外法権及び特別権益の放棄。2 日本人居留地、日本人租界の邦人の保護の問題。3 賠償問題。4 通商上の問題。5 中国国内の日本側資産の取扱。6 中国国内の鉱業権の取扱。7 領土の確定。8 南京事件。9 三亜港の有償租借。10 駐兵問題と撤兵問題。11 満州帝国の問題。 の部会ごとで交渉を行うことが決まった。
治外法権及び特別権益の放棄をした時の問題として、居留地、租界地の邦人の保護の問題がある。租界地では度々、日本人が殺害されたり、商店が破壊されたりしていたのである。日本側は、居留地や租界地に日本の交番制度を取り入れることを求め、了承された。
賠償問題は、戦勝に関するものは無賠償となったが、中国側は、通州事件の在留日本人・朝鮮人223名の賠償に応じることを認めた。日本側は、調達した物資の対価として払った軍票や朝鮮銀行券の補償を認め、南京事件や上海占領の安全地帯で日本軍が略奪・殺人・強姦したことが証拠も含めて明らかなものは、賠償することを認めた。
通商問題については、日本側は特に注意を払った。多大な犠牲の上に、日貨が排撃されてはたまらないから、輸入量増加と輸入価格下落の場合のセーフガードを設ける以外は、他国並みに輸入関税を一律にすることが受入れられた。もちろん、日本商品、日本資本を対象とした罰則規定は全て廃止されることになった。
中国国内の日本側資産の取扱問題であるが、中国の個人所有者がいる場合、又は明らかに賃借権がある場合に、中国側は日本の民法と同じように地上権を認めた。
中国国内の鉱業権の取扱問題では、中国資本51%以上と日本資本49%以下の合弁会社の鉱業権所有とすることで決着を見た。
領土問題は、もちろん尖閣諸島は、日本固有の領土となった。また、南沙諸島=日本名「新南群島」では、日本漁船が太平島付近で操業し、太平島での硫黄採掘事業をしていたこともあり、日本領となった。
南京問題は、松井石根の主張に沿って中国側が承認した。
三亜港の租借は、有償で講和条約締結日から2か年となった。
交渉は、駐兵問題が焦点になった。主権国家として、中華思想を持つ民族として、他国の駐兵は、自尊心を貶されると感じるのだろう。
「主権の尊重を日本側が承認するなら、中国が必要ないとする駐兵に、なぜ日本側が拘るのか。」
「内蒙古・北支の一部は、ソ連及び中国共産党の影響力が強い。貴国も内蒙古が外蒙古に併合されるのを望んでいないであろう。満州国は、まだ建国から日が浅く、これらの共産主義の影響力から保護する必要がある。そのため、3年間と限定している。疑念がないよう米国も駐兵し、治安維持を目的とすることを提案する。」
「中国軍・警察だけで治安維持なら可能と考えるが。」
ルーズベルト大統領から講和条件を釣り上げるように依頼があり、蒋介石は、日米を両天秤にかけ、ルーズベルトの顔を立て、自国の利益も増大することならと駐兵問題と満州問題で当初難色を示した。
「どうもこの問題で中国側が面子に拘っているようですな。もう12月も29日ですので年明けに再開ということでどうですか。私も大分進捗があったので、一度本国に戻って報告をしませんと。どうでしょうか。」
「分かりました。冷却期間ということもありますので、1月10日からでどうですか。」
「よろしいです。」
自分は、交渉が中断となると早速、『東條の先生』と連絡を取った。
『松井の先生』:(東條さん、蒋介石は、駐兵問題で譲歩してきません。)
『東條の先生』:(ルーズベルトに条件を釣り上げて、講和を長引かせろと言われているのだ。奴は今、議会で追い詰められている。)
『松井の先生』:(講和交渉は年越しになりました。)
『東條の先生』:(そうか。その方が好都合だ。もうじき石油が出ます。そうしたら強気の交渉ができます。)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




