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黄泉がえりの東條英機  作者: 広田昭和
50/81

第50夜 重慶爆撃

「今晩は、東條閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」


「頗る良い。また、松井閣下の所に行ってください。」


「そうですか。分かりました。松井閣下の部屋に行きます。」


『会うな!』


 また、あの声が聞こえた。

 なぜなのだ。お前は誰だ。死後のお前だ。死後?どういうことだ。おい。おい。

 もう聞こえなくなった。

 302号室の扉をノックした。


「今晩は、松井閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」


「頗る良い。」


「また、話を聞きに参りました。」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 自分は、12月19日、頭山満、野田謙吾中将、塚田攻中将を伴って、中国側の案内で重慶市内のある場所を視察していた。最初、中国側は、一行の安全を保障できないこと、防空上の機密が漏れることに難色を示した。自分と頭山が張群に重慶市民のありのままを見たいと言葉を追加すると許可された。

 そこは、枇杷山びわさんといって四川省政府主席王陵基の私邸もある丘陵の住宅地だった。自分も老齢だが、頭山の年齢を考えてゆっくりとその丘を登った。丘の上は、平地だった。自分は、息を整えて野田と塚田に向かって聞いた。


「ここの丘に何があったと思う。」


 支那派遣軍の野田が答えた。

「日本軍の爆撃の跡地ですよね。」


「そうだ。この平地には国民軍の砲台があった筈だ。べトンで固めた跡があるだろう。」


「蒋介石がやりそうなことだ。人民を盾にすれば日本軍の攻撃が鈍ると考えたのだろう。」


「自分が言いたいのはそのことじゃない。周りを見れば分かるだろう。」

 

 そう言われて野田と塚田は辺りを見渡した。昇って来るときには気が付かなったが、丘陵に残った住宅の周りにはかなりの数の窪地があり、民家が焼けていた。そして、向かいの丘の周りも同様に多数の窪地と爆撃を受けた民家のガレキがあった。


「爆撃の跡が幾つもあるだろう。砲台を潰すためにこれだけの爆撃が必要だったことが分かるだろう。」


 一つの砲台を破壊するために50回位の爆撃が行われたのだろう。

「これを見て重慶爆撃で分かったことは何だと思う。」


 重慶爆撃は、1939年から作戦の実施が行われていた。特に1940年5月からの百一号作戦、および1941年5月から百二号作戦は、海軍の井上成美が支那事変の早期終結を目的に立案し、市内をABC等に区分し九六式陸上攻撃機を使用した絨毯爆撃であった。この爆撃は、蒋介石政権の宣伝もあって、欧米から無差別爆撃として、スペインのゲルニカ爆撃と並び称せられた。


 塚田が答えた。

「高度からの爆撃では施設破壊の命中率が悪いということですか。」


「そうだ。しかし、それは本質ではない。本質は、重慶爆撃では蒋介石政権を倒すことができないということだ。爆撃は、支那人民の日本軍に対する敵愾心を煽っただけだ。このことを帰ったら大本営の陸海軍に報告してもらいたい。」


「陸軍の方は、すでに爆撃に参加しておりません。」


 野田中将が、陸軍から離れていた松井に説明した。

「そうか。なによりだ。」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。

 続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。

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