第43夜 別離
「今晩は、東條閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「それは良かったです。」
「今日は、また鯉川金次郎の話だ。」
「閣下は、奥様との仲はどうだったのですか。」
「君は失礼なことを聞くな。」
「どうもすみません。金次郎の恋ばなのお話だから聞いてしまいました。」
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11月30日、早稲田大学新聞会から2人の学生が治安維持法違反で起訴され、退学処分を受けた。
鯉川金次郎は、4月から義介が経営する日本鉱山株式会社阜新鉱山所の管理部に籍を置くことになった。
金次郎は、自分が自白した結果、2人の学生の将来をダメにしたのに引け目を感じ、大学に行くのが憚れたので、義介の提案どおり阜新鉱山にいくことに決めた。
気がかりは、八重子だった。特高から任意とは言え取調べを受けたので、両親が金次郎との付き合いを八重子に禁じていた。
金次郎は、八重子の家の近くで、八重子の妹の華子が女学校から帰るのを待ち伏せていた。
「華子さん。こんにちは。八重子さんどうしている。」
「金次郎さん、お姉さんは、外出を禁じられ、鬱屈しているわ。貴方と会いたがっているわ。」
「僕と会うのがダメとしても大学もダメなのかい。」
「貴方がいつお姉さんと会うかも知れないからよ。」
「酷いな。」
「それより貴方何をしたの?特高に逮捕されたそうね。」
「別にスペイン人民戦線の支援集会に行って寄付しただけだよ。」
「そうなの。なぜ姉が取調べにあったの。」
「僕を集会に誘ったのが共産党員だったからさ。」
「まあ、怖いこと。それだけ?」
「それだけさ。僕は党員じゃないさ。」
「そうね。親が大資本家じゃね。向こうが遠慮するわ。」
「それを言うなよ。八重子さんに手紙を渡して欲しい。それに一度会って話をしたい。なんとかできないかな。」
「そうね。お姉さんと相談してみるわ。明後日、この場所に来てくださいな。」
「分かった。じゃあ、頼んだよ。」
八重子は、友達の家に行くと母親に告げ、母親が相手宅に確認し出掛けることになった。
八重子は、友達の家に行くとそこから家に電話を掛けた。そして、友達と近くの喫茶店に行き、金次郎と会った。
「八重子さん、僕のせいで君にまで迷惑をかけ、ごめん。」
「金次郎さん、貴方は悪くないわ。付き合っていた人がたまたま共産党だったからよ。」
「そんなことはない。共産党員だと薄々分かって付き合った。僕が悪い。」
「もう済んだことよ。なんでもなかったからいいでしょう。」
「八重子さん、今日もここへ来るのに市電に乗っていたけど、靖国神社の前を通る時に一斉に頭を下げなければならなかった。僕はこんな内心のことまで強制する日本社会がおかしいと思っている。スペインのフランコだって選挙で誕生した政権をヒトラーの応援で屈服させた。段々と物を言えない社会になってきたからこそ言うべきことは言わないといけないと思う。」
「でも、今は言うべきことも言えないのよ。軍部が威張っているから。」
「来年、僕は大学を卒業する。これから1月まで満州に行き、そこで親父の会社を手伝う。その間に、卒業論文を仕上げる。試験のため、一時帰国し、卒業式に出て、4月から満州の会社の社員になるつもりだ。君を待たせるが、卒業式を終えたら、君のご両親に結婚の承諾をもらいに挨拶しようと思う。」
「うれしい。」
八重子の父親は、娘が特高の事情聴取を受けたので、娘に傷がついたと感じていたのだ。特高が自宅に来たので、近所に知られていないか心配していた。だから、八重子は、金次郎が結婚を両親に申し込むと聞いたので、うれしかったのだ。
「でも、金次郎さんのご両親は、それを知っているのかしら。」
「いや、まだ言ってない。しかし、必ず説得する。待ってくれ。」
「待っているわ。」
「有難う。」
金次郎は、八重子に了解をもらいほっとするのだった。
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もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




