第41夜 ロビー活動
「今晩は、東條閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「それは良かったです。今日5月16日に部分的核実験停止条約批准案が衆議院で可決されました。」
「部分的?その条約は、どんなものだ?」
「大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約です。」
「その条約は、メリットはなんだ。」
「大気圏内の核実験から『死の灰』と呼ばれる放射能物質が拡散されることを防ぐ効果があります。」
「所詮、大国の都合で決まったことだろう?」
「そうですね。でも、核の開発が地下に限られるので、難しくなり、核拡散の防止には効果があるようです。」
「まあ、良い。私の話を聞いてくれ。」
「それでは、続きをお願いします。」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
翌日28日、私は、外相としてではなく、合衆国議会議事堂に赴き、ハミルトン・フィッシャー議員に会った。彼は、下院議会外交問題委員会の共和党委員の重鎮であった。そこに、ロビィストのジェイムス・ボールドゥインと孤立主義の団体のスポークスマンであり、「大西洋横断単独無着陸飛行」のチャールズ・オーガスタス・リンドバーグも一緒だった。
「駐日大使の野村です。フィッシャー議員、リンドバーグさんよくお出で下さいました。こちらは、外務大臣の広田です。」
フィッシャー議員は、外務大臣の登場に驚いた。
「いつ、大臣は、何の目的で来られましたか。」
「日米交渉が今、秘密で行われています。その全権大使として来ました。議員、今日私は、1個人として来ました。決して、この会談が外交交渉に当たるものではないので、ご安心ください。私は、交渉の内容をお知らせするだけですから。そして、合衆国政府に確認して欲しいのです。その内容は、真実かを。」
「分かりました。交渉の内容をお聞きして判断しましょう。」
「リンドバーグさんお会いできてうれしいです。ご高名は存じています。」
「そこにいるボールドゥインさんから頼まれたら断れませんよ。」
「それでは、本題に入る前に少しお聞きしたいことがあります。7月に在米の日本資産を凍結し、8月に、全ての侵略国への石油禁輸を実施しました。これについては、お二人は平和的な手段で問題ないとお考えですか。」
2人はおかしなことを聞くなと首をかしげた。
「ええ、もちろん平和的な手段で、これで日本が侵略をやめれば人が死ぬこともない。どこが問題です。」
「私は、合衆国のとった日本の対米資産凍結、石油の全面禁輸の措置は、国際法上は、戦争行為に当たると考えます。なぜなら、これは、経済制裁ではなく経済封鎖です。米に続く英蘭による石油全面禁輸、貿易断絶は、我が国の経済破綻、戦争継続能力喪失を狙ったものです。我が国は、資源のない国です。原油の90%は、海外からの輸入です。軍艦をつくる鉄鋼でさえも鉄鉱石、屑鉄も海外に依存しています。
我が国がアメリカに対し戦争に訴えることはないと、アメリカ合衆国政府が考えるのであれば、日本が受入れできるような現実的な提案をするはずです。ここまでは、納得していただけましたか。どうしても、日本は、経済破綻しないためにも、今まで通りの通商航海条約を必要としています。」
「つまり米国の日本バッシングが続けば、日本は立ち上がるということですか?敗ける可能性が大であっても。」
「ご存じのように日本は、1931年の満州事変から支那との戦争を拡大し、国際的に非難されました。もちろんその時のスチムソン国務長官も激怒し、リットン調査団の派遣、日本の国際連盟脱退となりました。もし、アメリカが本当に日中戦争を阻止する気があれば、この時、今回と同様の経済制裁いや経済封鎖を実施したら可能だったはずです。」
フィッシャー議員が応じた。
「でもそうしなかった。当時のアメリカは、第1次世界大戦後の軍縮ムードのなかにあり、孤立主義をとっていました。戦争はもうこりごりだと。」
「しかし、ルーズベルト大統領とハル国務長官は、そう思っていないようです。日本を追い込むだけ追い込むつもりです。」
「それはどういうことですか。」
「日本の前首相近衛は、9月27日、ドイツとの関係に誤解を生じる犠牲を払っても日米首脳会議を行いたいと提案しました。時期は10月10日または10月15日が好都合と打電しました。しかし、10月2日、ハル国務長官の回答は原則論を崩さないもので、日米両政府が予め了解に達していない以上、首脳会談は危険であるとして実質的に拒否してきました。」
「それは残念なことです。」
「さらに、おとといの26日、ハル国務長官と会談し、ある通告を受けました。日本国としては、承認し難い点もあったので、27日、ルーズベルト大統領と膝詰めで会談しましたが、大統領からは、イエスの回答は1回ももらえませんでした。今、その通告を明らかにします。」
私は、ハルノートのコピーを手渡し、説明を始めた。
私がフィッシャー議員の質問に答えながら、ハルノートの説明を終わると、議員に訊ねた。
「ルーズベルト大統領とチャーチル首相との大西洋会談では何が約束されたか知っておりますか。」
「欧州大戦戦後の世界構想ですね。」
「表向きは、そのとおりです。しかし、秘密裏では、日本との戦争の問題が議論され、ルーズベルト大統領は、日本がフィリピンはもちろん英・蘭領を攻撃すれば、極東での戦争に加わるつもりだとの言質を与えたと確信しています。米国は、日本に先制攻撃をさせ欧州大戦に参戦するための口実を作るつもりです。それが、このハルノートです。日本が受入れ難い3項目、つまり日本の満州国をふくむ支那及び仏印からの全面撤兵、中国国民党重慶政府以外のいかなる政府も認めない、三国同盟の事実上の廃棄を交渉の土壇場で提案してきました。」
「日本としてどうして受入れ難いのかをご説明ねがいます。」
「満州の関東州は、1904年日露戦争の講和条約でロシアから日本が手に入れた租借地です。そこからの撤兵などあり得ません。また、ソ連がモンゴルを傀儡国家としてからは満州の安全保障にとって内蒙古への駐兵も譲れません。また、北支は軍閥・共産党の力が強く、蒋介石政権の統治能力が盤石にならない限り、撤兵すれば、我が国の居留民の安全が確保できません。なお、日本はアメリカと共同駐兵を提案しています。次に、日本国政府は、汪兆銘の南京政府と蒋介石の重慶政府の合流を提案し、アメリカ側も一度は了承しています。最後に日独伊三国同盟の実質上の廃棄ですが、この同盟は、ドイツにとっては、アメリカを欧州大戦に参加させないためのものです。この同盟の廃棄は国際上の信義の問題です。そこで、米国が欧州戦争に対する態度は、もっぱら自国の福祉と安全とを防衛するという見地によってのみ決することを声明する場合には、日本国政府は、これをもって参戦することはないことを声明することを提案しました。」
「広田外相、本日の会談は非常に有意義でした。我々は、アメリカの参戦を望みません。広田外相のリークした内容を議会で大統領に確認することをお約束します。」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




