第38夜 マレー工作
「今晩は、東條閣下、ご機嫌はいかがでしょうか」
「頗る良い。」。
「頭の中にもう一人の自分がいるのは、まだ、多重人格で説明がつきますが、他人がいるというのは、どうしてでしょうか。」
「思い当たることは、遺骨が一緒になったということか。」
「では、どんな感覚ですか。」
「例えば、頭の中に自分と土肥原大将がいて、会話する感覚か。」
「まあ、何となく分かった気がします。さて、お話をお聞かせください。」
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藤本少佐率いるF機関は、マレー独立運動に手を貸すべくマレーのインテリ急進分子で結成された反英結社のKMM(マライ青年同盟)の有力分子に接触を図ろうとしていた。
ハリマオの仲間550人は、すでにバンコク経由で海南島の軍事訓練に付いていたが、政治リーダーとなるべき人材が必要であった。ハリマオの仲間に事情通の若者がいて、シンガポールにいるイブラヒム・ヤーコブが、表向きワラタマライヤという新聞を経営しつつ、マレー各地に細胞組織をもつKMMを組織していることが分かった。
11月22日、藤本少佐は、通訳で華僑対策の田代重遠氏とともにシンガポールに潜入し、タンジョン・カトンにヤーコブを訪問した。
「日本は、マレーの独立を支援するつもりです。」
「シンガポールは、イギリスのアジア支配の拠点です。簡単に独立できるとは思いませんが。」
「そのとおりです。しかし、日本は、大東亜諸国経済連合を構築するため英蘭と戦うつもりです。独立するのはあなた方です。マレー人の意志と団結が強いことが必要です。」
「マレーは複雑です。イギリスが華僑と印度人を移民させ、反感をお互いに持たせ、上手に統治しているのです。」
「いつとは言えませんが、近く日本は、マレーの独立を支援し、軍事行動に出る予定です。」
「マレー人の独立は悲願ですが、国内の組織はまだ弱体です。」
「すでにマレー人550人の軍事組織を立ち上げ、訓練を始めるところです。しかし、政治軍事のリーダーが必要です。」
「藤本さん、イギリスを駆逐するまでは、軍事リーダーの責任が大です。その後は、臨時政府を立ち上げる訳ですから、政治リーダーが必要でしょう。」
「ヤーコブさん、日本軍は、イギリス軍を排除した後は、すぐにも仮政府がマレー独立を宣言し、共同で1年間は軍政を敷くつもりです。その間、KMMは正式政府を樹立するための準備をしてください。」
「自分達には、統治した経験がありません。軍政が敷かれている間に、日本軍の施政を学んで、独立に備える必要がありますね。」
「組織活動には先立つ物が必要でしょう。」
藤本少佐は、ヤーコブに英ポンドで資金を渡し、政治リーダーにヤーコブがなることを要請した。
「藤本さん、私を軍事訓練基地に連れて行って、軍事指揮の訓練をしてください。」
「そうですね。当面は、軍政が敷かれるので、大隊クラスの指揮ができるよう訓練を施すようにしましょう。」
ヤーコブは、KMMの活動をムスタファ・ビン・フセインに任せ、自分は海南島に渡った。
ハリマオとその仲間たちにとってマレー半島は、自分たちの庭にも等しかった。どこにどんな英軍陣地があるか、軍事施設があるかということは、掌を指すようにわかっていた。
11月に入って、藤本少佐は、ハリマオからタイとの西側国境近くにあるジットラの防御陣地を強化しているとの情報を掴んだ。タイ国境からシンガポールまでに至る道路は、南シナ海に面する東海岸にもあったが、ベンガル湾に面する西海岸のクアラルンプールで合流する。通称ジットララインは、西海岸のペナン、タイピン、クアラルンプールへ続く主要道の最初の交通の要衝ジットラに構築された英軍の陣地である。日本軍の南方進出が近いと判断した英軍は、この陣地を強化し、ここで日本軍の侵攻を阻止つもりであった。
「谷君、君に英軍のジットラライン構築を妨害して欲しい。」
「どうすれば、よろしいですか。」
「恐らく英軍は、マレー人を陣地構築のための労務者として雇い入れるだろう。その労務者に君の仲間を潜り込ませ、工事を遅らせて欲しい。例えば、コンクリートで防護施設を構築するとすれば、砂の代わりに密かに土を混ぜるなどだ。戦車や車両などの燃料に砂糖を混入するなどもいいぞ。だが、くれぐれも見つからないように作業を遅くするだけでも良い。」
「任しておいてください。我々は盗賊団ですよ。泥棒はお手の物です。日本軍はいつ上陸を開始するのですか。」
「今は、我々にも分からないが、近くになったら必ず教えるからよろしく頼む。」
ハリマオ達約550人は、2人一組でジットララインの労務者に潜り込むことができた。大規模で潜入できたので、サボタージュしながらの作業も他のグループと差が出ることなくごまかさせた。そして、昼は土木作業をしながら防御陣地の大まかな見取り図を作成し、F機関に渡した。夜は破壊工作を仕掛けた。破壊工作が続くので、イギリス軍も夜間の歩哨を増やしたが、結局、日本軍の攻撃までに防御陣地が完成することはなかった。
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もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。




