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黄泉がえりの東條英機  作者: 広田昭和
31/81

第31夜 コネと釈放

「今晩は、東條閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」


「頗る良い。」


「閣下、憲兵を使うのは、どういう気持ちですか。」


「気持ち良いものではないが、必要とあらば容赦なく使う。」


「そうでしょうね。政治家になった以上、相手を倒すか倒されるかでしょうね。情けない容赦はしない強い性格が必要でしょう。ですけど、その権力は何のために使うのですか。」


「正義のためだ。」


「正義は、人それぞれ違います。閣下にとって正義は、ある人にとっては悪でない保障はありません。」


「そんなことは君に言われんでも承知している。」


「まあ、お話をお聞かせください。」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 11月6日の午前9時、鯉川義介金次郎の父親は、遠縁の枢密顧問官三木喜重郎に電話を入れた。義介は、借りを作りたくなかったが元内務官僚の三木しか警視総監の留岡幸男に顔が効く知り合いがいなかった。


「三木さん、朝っぱらから電話してすまない。」


「朝からでも結構ですよ。鯉川さん、私とあなたの仲です。」


「あなたの好意に甘えるようですまんが、金次郎のことで頼まれてくれ。」

 金次郎の保釈を依頼された三木は、留岡警視総監に電話を入れた。


「留岡さん、丁度いてくれて良かった。実は、鯉川義介氏から頼まれて電話したんだが、今朝、金次郎という息子が特高に連行された。」


「鯉川財閥の御曹司が?」


「そうだ。その御曹司だが鯉川氏が言うには、共産党員ではないと言っている。善処できる容疑であれば、善処して欲しいのだ。」


「分かりました。とにかく一度担当に聞いてから折り返し電話しましょう。ご自宅でよろしいですか。」


「ああ、なるべく早くお願いする。特高に壊される前に。」

 1時間後、折り返しかかってきた電話に三木は、ひと安心した。それを伝え聞いた鯉川義介も安堵した。


「金次郎君の容疑は、大したことないそうだ。治安維持法違反で立件しようと思えばできないことはないといった程度だそうだ。金次郎君が寄付した80円のスペイン人民戦線義勇軍義捐金が、共産党への資金に流れていたらしい。寄付した相手が金次郎君の参加する早稲田大学新聞会の会員で共産党員だったらしい。もしかして金次郎君は共産党員だということをうすうす知っていたらしい。」


「本当かね。」


「まあ、相手も財閥の子息だということは知っていたらしいから本当のことは話していないだろうけど、言葉の端々でそういうことは分かるからな。」


「それで、不起訴にできるのかな。」


「ああ、共産党に資金が流れてることは、薄々知っていたかも知れないが。確実に知っていたわけでもないし、共産党員だというのも薄々だそうだ。」


「それを聞いて安心した。君に頼んで良かった。僕も親バカだね。」

 一木は、そう言われて会話にちょっと間が空いた。


「ちょっと困ったことが起きてね。」


「困ったこととはどんなことですか。」


「実は、留岡さんが御注進ということで東條総理に話してしまったらしいのだよ。」


「それで、どうなったのですか。」


「今回の件とは別に、東條総理から折り入って話がしたいそうです。取引材料では

なくて昔の知り合いとしてらしいです。」

 鯉川義介は、東條が関東軍参謀長だった時に、東條英機、星野直樹、岸信介、松岡洋右とともに弐キ参スケと言われた実力者の一人であった。


「分かりました。」


 11月8日、特高から電話を受けた倫子が警視庁を訪れた。

 金次郎が川上に連れられてくると倫子はハッとした。倫子を見る金次郎の瞼が切れ、白目が充血していた。倫子は、川上刑事におどおど謝罪した。


「息子がご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。」


「今回は、ご子息を釈放します。これから変な団体に寄付するのは止めるように言ってください。」


「有難うございます。本当に申し訳ありません。金次郎、お前も謝りなさい。」


「おい。もう二度と変なまねはするな。今や、小学生が戦地の兵隊さんに貯金を寄付している時代だ。お前も少しは見習え。」


「本当に申し訳ありません。」

 倫子は再度謝った。


 自宅に自動車が付くと、倫子は、金次郎の顔が腫れ、瞼が切れているので、顔をタオルで拭って、服を着替えさせた。倫子は、息子の裸を見て、仰天した。背中の皮が剥けて赤く腫れていた。


「まあ。こんなにされて。だから特高は蛇蝎のように嫌われるのよ。骨は大丈夫。」

 あんなに警察でおろおろしていた母が特高の悪口を言うとは思わなかった。


「ああ、折れてはいない。木刀では殴られていないから。」

 にやっと笑った金次郎が割と元気なので、倫子は安心した。


「そうはいっても内藤先生に来てもらいましょう。」


「お兄様、大丈夫?」

 心配そうな顔の百合が金次郎の顔を覗きながら聞いた。妹の百合は、元関東軍司令官本間繁大将の子息本間孝雄大尉と婚約中だった。


「ああ。大丈夫だ。ちょっとブ男になったが。」


「本当。見られた顔ではないことね。」


「こらっ。」

 

 金次郎と百合は仲が良かった。それに比べ母違いの弥太郎とは歳が4つ離れていることもあって、余り話をしなかった。それでも子供の頃は、良く兄に遊んでもらった記憶がある。

 その兄も東京帝国大学工学部を卒業し、アメリカのMIT(マサセッチュ工科大学)の研究室にいたのが、日米関係の悪化で東京帝大大学院の研修室で勉強をしていた。


 金次郎が子供の頃から往診してもらっている内藤医師がすぐにやってきた。内藤医師は、金次郎の身体を指先で触診した。右肋骨の下部に内出血が広がり、そこを少し強く押すと金次郎は、思わず呻いた。


「どうやら、眼の方は白目の出血だけのようですな。眼科に見てもらってください。胸の方は腫れもあり、肋骨にヒビが入っているかもしれない。三角巾で吊って右肩を動かさない方が良いでしょう。後でレントゲンを撮りましょう。膏薬と痛み止めを処方するから取りに来て下さい。」


 内藤医師はそう言って帰って行った。


 鯉川義介は、午後10時に帰ってきた。

「金次郎は寝ているのか。」


「はい。特高でひどく殴られたようで、疲れが出て寝ています。」 


「コネを使ったが遅かったか。あいつにも困ったもんだ。」


「そうでもありませんわ。スペイン人民戦線義勇軍の義捐金なんてできるものではなくて。」


「そんなことをするから赤に間違われるんだ。」


「作家のアンドレ・マルローみたいに、スペインの義勇軍に加わる知識人もいるそうよ。自由を圧迫するナチは嫌いだわ。」


「お前まで何を言う。ドイツは同盟国だ。特高に聞かれたらどうする。」


「同盟国だけど戦争好きの同盟国だわ。本当の同盟国は日英同盟のイギリスのように金持ち喧嘩せずの国だわ。」


「いずれにしろ。3月で卒業だ。金次郎はしばらく、満州鉱山にやっておくことにする。英米との戦争も近そうだしな。」


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 もうじき就寝の時間ですから今日はここまでとしましょう。続きはまた、明日、お話します。おやすみなさい。



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