第15夜 ゾルゲ事件
「おはようございます。」
私は、何時ものように小川看護師長に挨拶しました。夜勤の挨拶は『おはよう』なんです。
看護師長も「おはよう。黒井君!」と返事してくれました。
返事は良いものです。自分を認知してくれている。精神が安定します。
そうだ、患者さんにもちゃんと返事するように気を付けよう。もちろん何時も返事はしているのですが、気が滅入っている時や気が散っている時は、返事がぞんざいになるものです。
「今晩は、東条さん。ご機嫌は、いかがでしょうか。」
「頗る良いと言いたいところだが、眠いな。」
「そうですか。もう眠くなりましたか?では、お話は明日でも構いませんよ。」
「いや、君を待っていただいたのだ。」
「それでは、お話をお聞きしましょう。」
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話は、私が総理大臣になった10月18日に遡る。
赤松秘書官が電話を取り次いだ。
「警視総監がこれから火急の用事でお会いしたいとのことです。」
「赤松君。君も同席したまえ。」
私は、警視総監の山崎巌から特高部外事課が、ドイツ人を含むコミンテルンのスパイ団を摘発したという報告を受けた。
「ドイツ大使館から外務省に抗議の連絡があるかもしれません。検挙した容疑者の中にリヒャルト・ゾルゲという情報官がいます。」
山崎巌は私が内務次官に指名した。早速、御注進ということだと思った。
「確かな証拠があるのだろうな。」
「はい、一緒に逮捕したドイツ人部下の自宅から無線機を発見しました。」
「それなら問題ないだろう。取調べの経過を時々教えてくれ。」
「はい、承知しました。実は、既に逮捕した内閣嘱託の尾崎秀美から9月6日の御前会議の内容がソ連に漏れています。」
「本当か。内閣嘱託から漏洩。それは、一大事だ。近衛公にも事情聴取してくれ。それにこの件は、私が良いというまで公表は控えてくれ。」
「総理。近衛公にも類が及ばないと良いのですが。」
私は、ゾルゲ事件の報告を内務省関係の忘備録にメモした。メモ魔というのが私のあだ名のようだ。
『先生』:(さて、お前。ゾルゲ事件をどう処理するかだな。)
『私』:(どういう意味だ。)
『先生』:(ゾルゲは、ソ連のスパイだ。上海で朝日新聞の特派員で共産主義者だった尾崎秀美と知り合いになったんだ。ゾルゲは、上海時代、中華民国全土に情報網を持っていたっけ。これは、利用できるぞ。)
『私』:(どう利用するんだ。)
『先生』:(一緒に逮捕された尾崎秀美は、近衛文麿のブレーンとして、蒋介石は一地方政権だから支那事変に対し、局地的解決も不拡大方針もまったく意味をなさないという理由で講和・不拡大方針に反対し、日中戦争拡大方針を主張していた。)
『私』:(近衛さんのブレーンがスパイだったのか。そりゃ、大事だぞ。)
『先生』:(この二つを結びつけるのだよ。分かるかな。)
10月25日、警視総監留岡幸男が私に報告に来た。山崎巌の後任だ。ちゃんと引き継ぎができているな。
「ゾルゲ事件の続報です。やはり、ゾルゲはソ連の諜報員でした。それも大物です。中国にいた当時は、満州も含め諜報網を構築したそうです。」
「そうか。それは金鵄勲章ものだ。至急、日支事変に影響を与えたか調べてくれ。」
「承知しました。それから、御前会議のことですが、10月下旬に対米戦を開戦する準備を完整すること、武器弾薬、航空機、輸送船などのための工場設備や生産量、鉄鋼の生産量、石油の備蓄量などの最重要情報がソ連に漏れていました。」
「えっ、本当か。それは、大変だぞ。米英に情報が渡ることも考えられる。表に出れば内閣が倒れるでは済まないぞ。」
「はい、ごもっともです。」
「とにかく、日支事変にソ連共産党・コミンテルンが係っているか、調べてくれ。」
11月2日、警視総監留岡幸男から更に報告があった。
「事件の全貌がわかりました。」
「そうか。それで、日支事変のことはどうだった。」
「はい、ゾルゲは、その頃は既に日本にいましたので、伝聞情報になりますが、盧溝橋事件の最初の一発は精華大学の共産党細胞が撃ったとの話で、大紅門事件、郎坊事件、広安門事件などは、コミンテルンの指示で中国共産党が戦争拡大を目的に起こしたということが分かりました。」
「そうか。分かったか。それで、その目的は、なんだ。」
「はい、これは、尾崎秀美にも確認しましたが、スターリンが言い出した砕氷理論というのがありまして、ちょっと長くなりますが、全文を読みますがよろしいでしょうか。」
「うん、聞こう。」
私は、いつものようにメモを取りながら聞いた。
「ドイツと日本を暴走させよ!しかし、その矛先を祖国ロシアに向けさせてはならぬ。ドイツの矛先はフランスと英国へ、日本の矛先は蒋介石の中国へ向けさせよ。そして戦力の消耗したドイツと日本の前に、最終的に米国を参戦させて立ちはだからせよ。日、独の敗北は必至である。そこで、ドイツと日本が荒らしまわって荒廃した地域、つまり、日独砕氷船が割って歩いた後と、疲弊した日・独両国をそっくり共産主義陣営にいただくのだ。・・・いかがでしょうか。恐るべき内容です。」
「それで、尾崎秀美は、近衛閣下になにか吹き込んだのか。」
「はい、三つありまして。」
「三つもあるのか。」
「はい、一つは、近衛声明です。『国民政府を対手とせず。』あれです。あれで、蒋介石政権と和平交渉ができず、全面戦争になりました。尾崎は、近衛閣下に蒋介石は、一軍閥であり、地方政権だから、彼との和平交渉は、全面解決にならないと吹き込んだのです。奴のその頃の論文にもそのようなことが書いてありました。」
「そうか。そんなことがあの声明にあったのか。」
「二つ目ですが、政党解散と体制翼賛会の設立です。近衛閣下は、予てから総力戦を戦うには、国民精神運動を起さねばならないと考えていました。そこで、ナチ党と同じように一党独裁体制を作るように勧めたのです。反対を封じるやり方は、日本を敗戦に追い込んだ時、激しい反動を起こさせることができますから。」
「確かに、弾圧がひどければ、その反動もひどくなるな。」
「三つ目は、南進論です。日本が必要な資源は、反米が強くなれば、入ってこなくなるので、資源地帯であるインドシナへ進出すべきだと。これには、もちろんソ連に日本の矛先を向けさせてはならないということがありました。」
「そうか。スターリンの砕氷理論がそれで完成するわけか。後は、日本と独逸がアメリカ参戦で戦争に敗けるのを待つということか。」
「その通りです。恐るべき謀略です。」
「できすぎているな。この話は。自分を大きく見せるため少し話を盛ってあるな。」
「しかし、徹底的に尋問して出た陳述です。」
「まあ、いいか。分かった。新聞発表をしたいから話を詰めたい。首相官邸に司法大臣と一緒に来てほしい。」
「それから、宮城与徳の話では、誰とは分からないですが、米国政府官僚に対し、ソ連のスパイ工作が行われ、成功しているようです。」
『先生』:「お前の出番だぞ。得意分野の特高と憲兵を使って、赤狩りをするのだ。」
『私』:「そうか。そうだな。」
『先生』:「世論を、反米、反蒋介石から反ソ、反共、中国友好に変えるぞ。そのように、世論操作をするのだ。」
『私』:「なるほど、新聞発表をすれば、ソ連憎し、共産党員悪党となり、支那事変は仕組まれた戦争となり、日米戦も仕組まれた戦争となるか。」
『先生』:「ようやく分かったね。それに、警察や特高に対する風当たりが強くなり、彼らも張り切る。」
『私』:「張り切って、死人が大勢でるぞ。」
『先生』:「310万人が死ぬより、はるかに数が少ないさ。」
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随分と悪がしい企みです。
『国民政府を対手とせず。』の第1次近衛声明は、以後の中国との講和交渉を縛り、厄介な存在となった。まったく、大見得を切ったものです。
もうじき見回りの時間ですから今日はここまです。




