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黄泉がえりの東條英機  作者: 広田昭和
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第14夜 輿論醸成

 私は出勤すると日勤の安田看護師から引き継ぎを受けた。特別な引き継ぎはないようだ。

 夜勤は、6人体制で、病棟は50床ある。3人チームと担当制を取り入れて看護している。

 夕食の時間は、6時からで日勤組と夜勤組が協同で配膳し、服薬をした後、寮生活している私は、自分の夕飯もここでさっと済ませる。


「東条閣下の部屋に行って来ます。」

私は、そう言って、102号室へ行きました。


「今晩は、東条閣下、今日も良い天気で上弦の月が出ています。」


 月の光は、人を狂わす魔力があるといわれるから外に出さない方がいいだろう。


「閣下、昨日は、統帥権を輔弼し、準独裁を完成させたお話でしたが、続きをお願いします。」


「では、黄泉がえりの話を聞いてくれ。」


「お願いします。」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 今日の話は世論を醸成するという話だ。反英米、親独伊に凝り固まった世論をどうやって、潰すかということが問題だ。そこで、国民の目を覚ます作戦に出たのだ。まず、新聞の紙面に経済ニュースを掲載させた。まあ、新聞社ではこんな会話がされたようだ。


10月21日、東京朝○新聞社の編集部。

「おい、なんだこの記事は。『主要国経済成長、日独伊鈍化、英米堅調』」


「はい、編集長。陸軍省から資料の発表がありまして、グラフ付で記事にするよう要請がありました。」


「陸軍省の発表によると昨年昭和20年の国民所得★は、日本は2017億ドルで、2.9%増の成長となったが、前年の15.8%から大幅に低下した。ドイツは2428億ドルで0.7%増の成長(前年4.7%)、伊太利国は1520億ドルで0.6%の成長(前年7.3%)で、日独伊三国の経済成長が鈍化した。一方、米国は9308億ドルで7.7%増の成長(前年は8.0%)、英国は3156億ドルで10.0%増の成長(前年1.0%)で堅調な経済である。」


 ★国民所得とは、国民全体が得る所得の総額のこと。経済活動で生産された付加価値が配分されて個人や法人(経済主体)の所得となるから、これは付加価値の総額と捉えることができる。


 種明かしは、米商務省国民所得課のミルトン・ギルバートだ。彼は、政府が支障なく財政政策を運用できるようなデータを作成することを目標としていた。アメリカ初の国民所得統計は、1942年に発表された。これにより米国は、戦争の経済に対する影響をより正確に予測できるようになったのだ。

 私は、東京商科大学の中山伊知郎教授とハーバード大学講師の都留重人さんに国民所得の計算をするよう依頼した。実は、当時、日本の統計は、内閣統計局が管掌していたが、国家総動員法により戦時経済を運用する国内統計が不十分であり、また、陸海軍が自分たちの統計資料は軍機ということで表に出さなかった。私は、『先生』から言われて、知識・資料をこの二人に提供したのだ。


10月22日、読○新聞社の編集部。

「おい、なんだこの記事は。『日本の貿易黒字減少する』」


「はい、編集長。陸軍省から資料の発表がありまして、グラフ付で記事にするよう要請がありました。」


「昨年度昭和15年度の我が国の輸出額は、36億5590万円(前年度2.2%増)で、輸入額は34億5270万円(18.3%増)で、貿易収支は2億320万円(4億5560万円減少)の黒字であった。輸出国の内訳は、米国15.8%、中国51.1%、満州15.9%、輸入国の内訳は、米国35.9%、中国21.9%、満州10.4%であった。商品別の内訳は、輸出のうち、生糸12.2%、綿織物10.9%、衣類3.8%、人絹織物3.2%、金属製品2.8%、魚介類2.2%、その他64.9%であった。一方、輸入のうち、綿花14.9%、鉄鉱石5%、機械類7%、石炭2.7%であった。これらの数字から日本の貿易構造は、米国に生糸を輸出(96%)し、その利益で輸入した綿花を織物などに加工し、次に中国、英領インド、豪州などに輸出した。ここでの利益は機械類、鉄鋼、原料などの購入に充てられ、重工業を支えていることが見えてくる。

 


10月23日、毎○新聞社の編集部。

「おい、なんだこの記事は。『こんなに違う日米経済力』」


「はい、編集長。陸軍省から資料の発表がありまして、グラフ付で記事にするよう要請がありました。」


「『鉄は国家なり』、独国鉄血宰相ビスマルクの言葉だ。鉄の生産能力は国力に直結する。昭和15年の粗鋼生産量を比べると、日本の685万6000トンに対し、米国は約9倍の6076万6000トンに達する。石炭産出量は、日本の56,313千トンに対し、米国は、8.2倍の4億6200万トンである。電力発電量は、日本の347億キロワット時に対し、米国は、5倍の1799億キロワット時である。自動車の保有台数に至っては、日本の15.2万台に対し、米国は、213倍の3245万台である。米国では、給料取りが車を買えるのだ。」


挿絵(By みてみん)

 この時には、アメリカの自動車工場の写真を掲載させた。国民は、これには驚いたようだ。そうだろう。遥か向こうまで自動車が並んでいる工場だ。日本ではお目に掛かれまい。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 もうじき見回りの時間ですから今日はここまでとしましょう。続きはまた、明日、お話しします。

 車の保有台数が3245万台ということは、アメリカでは成人男性は、車の運転ができて当然ということだ。これは、いざ戦争となれば、戦車や装甲車、自動車、航空機の運転をする上では、有利に働いたことだろう。


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