Ready Ladies Sisters
~あらすじ~
夜は明け静かなる暁、静寂が包む荒野で決戦は始まる。部隊ごとの作戦を遂行する。
一〇〇〇を越える魔獣の集結した地にて、魔王“アイリス・ミラー”を迎え撃つ二騎とベロニカ姉妹。刻々と変わる戦況で明らかになる、アイリスの心境とは。
夜明けは静かだった。地平線から昇った朝陽を遮る雲は一つもなく、暁は暖かみに満ちている。
誰が声を上げるでもなく、最終決戦に向かう魔導師たちは列を成して進行を止める。夜もすがら進めた歩は荒野に陣を敷き、遠くの地に蠢く魔獣の群れを目視した。
「さぁ、盛大な幕開けだ。
前衛隊、放てぇ!!」
総勢二六三名を指揮する二騎・フォルオム・千里は大号令を上げた。
二度と着るまいと覚悟した軍服に袖を通した二騎は、“二騎先生”ではなく“二騎大佐”だった。高い鼻と長い眉、美麗で整った顔のパーツから凛とした風情を漂わせる彼女は、外見に見合わない野太い声を上げる。
思わず背筋が伸びる荘厳な号令は荒野に轟き、鼓舞した魔導師はそれぞれの魔術を打ち出す。
炎に雷、投石や衝撃波、風刃に水刃と多様な魔術の雨は魔獣群に奇襲を仕掛けた。
「Gyaaa!!」
「Dooohhh!!」
「Zzyyy!!」
奇襲を受けた魔獣の群れはおぞましい悲鳴を上げた。しかしこの程度で殲滅は不可能。傷を受けたものの討伐できた魔獣は数えるほどしかいない。
先手を取られたとは言え魔獣たちは怯まない。列を整えるなどの知性はなく、各々が思うがままに進行を始める。
人類と魔獣の最終決戦、人類はその戦力を三分割していた。
二騎・フォルオム・千里が指揮する総勢二六三名の魔導師部隊。世界樹に集った魔導師二六〇+学生三名、“強欲の魔王”と“色欲の魔王”を擁する部隊は魔獣群の掃討に当たっていた。
索敵に当たった魔導師たちの報告により、一〇〇〇を超える魔獣が世界樹から“ホール”への直線上の荒野に集結していた。“原初”が意図的に配置したであろう魔獣たちをスルーするわけにはいかない。
そして何より、魔王二人を必要とする懸念材料があった。
魔獣たちの群れの最奥にいる魔王。
“暴食の魔王”だ。
敵として回った唯一の魔王を制するために配置された姉妹は、複雑な思いを胸に戦場を俯瞰していた。
「魔獣相手ならわたくし一人で十分ですわ。そんなことよりも零様の助力が一人でも欲しいと言いますのに」
「駄目よオルガ。貴女は全員を移動させるために魔力を大量に消費しているのですもの。アイリスちゃんを抑えるのも私たちの役目、力を温存して損はないわ」
「ですが……」
その後は続かなかった。
零がオルガに残した「アイリスを相手しろ」という言葉が引っ掛かっていた。
もちろん不肖オルガ・ベロニカ、零から託された使命は完遂する所存だ。零は「相手しろ」とだけ言い残した。「殺せ」とも「捕まえろ」とも言わなかった。果たしてその命なら、オルガは遂行できたのだろうか?
アイリス・ミラーは好戦的な性格ではなく、これまで決して世界樹なら出ることのなかった“世界一の出不精”。しかしその実力は他の魔王とは一線を画していた。
零やブレアとは異なるベクトルの魔術を持つアイリスは、劉孔明が一言「殺れ」と言えば慈悲はない。孔明がそれをしなかったのは、アイリスを信用していなかったのではなく、親心として忌諱したのかもしれない。
そんなアイリスを相手に、オルガは責任を果たせるのか?
自分たちの元を去っていくアイリスに言葉をかけなかったことが、後悔の波となってオルガを襲っていた。
不安に顔をしかめるオルガの掌をアイーダの手が包んだ。
「……」
言葉はなくとも、その温もりが心を満たす。
アイーダは無言の中再び覚悟を決める。いざとなれば、自分がアイリスを終わらせる。ただ一言「“自害なさい”」と命令を下せば、“支配”を打ち破る暇もなく全てを終わらせる。
全ての後悔も責任も一人で背負い、オルガには零を残して去っていく覚悟だ。
ただ最愛の妹のために、アイーダは鬼にだってなってみせる。
――――私は魔王なんだから。
それは妹に“魔王”という責を与えてしまった贖罪。妹には「恋する女の子」として生きて欲しかった。それがアイーダ・ベロニカの“強欲”。
「対空部隊、一斉に放てぇ!」
二騎の号令で魔術が天へ上る。
翼を持つ魔獣は迎撃に撃ち落とされ大地に落ちる。そして波のように押し寄せる巨躯の魔獣に押し潰され絶命する個体も少なくない。
「所詮は魔獣、“原初”の一声で集ったものの、指揮がなければ有象無象だ。十年前より容易い」
二騎は戦況を細かく把握するために、恵梨香を傍らに控えさせていた。恵梨香に小言を漏らしながら、冷静沈着に号令を上げる。
恵梨香は初めて眼にする二騎の鬼気迫る姿に鼓動を高まらせつつ、“探索”で得た情報を漏らさず伝達する。すると二騎とは別の、総毛立つような存在感の出現に声を荒らげる。
「先生! 群れの奥から大きな魔力反応アリです。その数……、十体!?」
「なにっ!? これ以上大きな魔力反応だと!?」
二騎の頭には“原初”と“鉄処女の魔獣”の影がちらついた。魔獣を隠れ蓑にし各個撃破という策に落ちたかと肝が冷えたが、十体という数に一先ず落ち着きを覚える。
ならば謎の巨大魔力反応は何なのか。次の疑問に双眼鏡を素早く手に取り、眼を凝らして恵梨香の指す方向を凝視する。
そこには蜥蜴の鎌首を持ち上げた巨獣が、その身の丈を包む大翼を羽ばたかせていた。龍型の魔獣だ。
「GGGyyaaaEyyy!!」
混濁とした戦場を切り裂き、大地を震撼させる方向が十度重なる。その猛々しさに魔導師たちは思わず耳を塞ぎ、戦線が硬直した。
「怯むな! 攻撃を止めるな。押し返されるぞ!
後衛は負傷者、消耗者の処置を重傷者から順に急げ。重傷者以外は死ぬ気で戦線に立て! 大型には複数人で当たり、攻撃は同時に叩き込んで一撃で仕留めろ!」
二騎はマイクも通さずに指示を飛ばす。爆音に悲鳴、大地が捲れる轟音の中でも一際通る声は、マイクを通せば割れてしまう。合理的で正確に、二騎は血を吐きながら鼓舞を止めない。
担任の心意気を受けた恵梨香は心の帯を締め直した。
「先生! 龍型の魔獣、十体同時に飛翔しました!」
「よし、対空部隊は龍型以外を撃て! 戦線を乱されて突破されるなよ!
おい魔王! 出番だ!」
「ほんと、戦場だと鬼ですわね。鬼神」
「それだけチサトも本気なのよ。私たちが応えないわけにはいかないでしょ?」
腰を上げたベロニカ姉妹は魔術を放つ。アイーダはマイクを手に取り、淑女としてのプライドを捨てた。
「お前ども! “その一撃、限界を越えなさい”!」
ハウリングしたアイーダの絶叫は魔導師たちの魂を震わせる。魂も身体も魔力も心も“支配”された対空部隊の魔導師たちは、次に放つ己の魔術に眼を丸くした。魔獣に直撃した炎は頭上を燃やす粉塵を上げ、衝撃で吹き飛ばすと多くの魔獣を巻き込み空を割る。
改心の一撃は天を駆ける龍の魔獣も巻き込み、その勢いを減退させる。
「お姉様、拘束を」
「任せて」
続いてベロニカ姉妹は呼吸を合わせる。二人は阿吽の呼吸で魔術を放つ。
「“止まりなさい”!」
「G、uuu……!?」
魔獣は空中で不自然に動かなくなる身体に違和を感じる。しかし動かぬものは動かない。推進力がなくなれば落下するのが自然の法則。十の魔獣は巨躯で他の魔獣を下敷きにした。
「座標固定、いきますわ!」
オルガは天高く掲げた腕を一息に振り下ろす。指先でなぞった魔術の軌跡は天から絶滅の鉄槌を撃ち下ろした。落下物は摩擦で赤く炎上し、空気を揺らして姿を現した。
宇宙から放たれた鉄槌、オルガの魔術で軌道を“屈折”させられた三つ隕石は真っ直ぐに巨龍へ衝突する。
「GYA――――」
魔獣の悲鳴すら呑み込む爆音で一〇〇の魔獣が塵に帰す。白炎は荒野にクレーターを作り出し、爆発が辺りの魔獣を吹き飛ばす。打ち上げられた魔獣は彗星のように流れ地に落ち命を落とす。
「凄い……」
誰かが漏らした。目の前で十の巨龍を殲滅した実力に手が止まる。
当のオルガは激しい魔力消費に肩で息をしながらも、悠然とプライドで背筋を伸ばす。
「手を止めるな馬鹿者共ぉ! 一気呵成に攻め落とせ!」
二騎が好機を逃すまいと檄を飛ばす。それに一早く反応した昴と七海が先人を切る。教え子の勇姿に高ぶった二騎は、さながら女王のように声高らかに檄を飛ばす。
「どうした魔導師ぃ! あたしの教え子の方がよっぽと勇敢だぞ!」
「まだまだ! 学生に負けてられるか!」
「引いたやつから小心者だ。学生からやり直せ!」
「見てろよ学生! プロの意地を見てろ!」
続々と魔導師たちが号令を上げる。勢いを得た魔導師たちにとって、魔獣などはもはや敵ではなかった。
しかし魔獣の群れを割いて出現した真の敵。
光を呑み込む影の牙は疲弊しきった魔獣ごと戦場を喰い千切る。影が作った道を歩くアイリスは陰鬱な表情で前線へ現れた。
「出たな、“暴食の魔王”……!?」
二騎の背には冷や汗が流れる。止まることの許されぬ戦場で二騎の行動は迅速だった。
「頼むぞ」
「えぇ」
「もちろんですわ」
“魔王”には“魔王”。アイーダとオルガは前線へ赴き、アイリスと対峙した。相対する三人は睨み合うも、アイリスは堪らず視線を逸らす。アイリスの顔はいつにもなく暗く落ち込み、苦渋に潰されそうな黒い瞳が姉妹を交互に見つめる。
アイリスのSOSのような振る舞いに心痛め、見かねたアイーダが口火を切る。
「アイリスちゃん、私たちと一緒に来ない?」
アイーダが差し出した手を、アイリスは物欲しそうに見つめる。しかし眼を閉じて返答を呑み込み不馴れな言葉を探る。
「……わからない」
絞り出した声は震えていた。
「貴女はどうして敵対しますの? わたくしたちは嫌かしら?」
「ううん」
オルガの問いかけを、アイリスはフルフルと一生懸命に頭を振って否定する。
「わたし、わからないの。コウメイがいつも教えてくれたの。わたしは、どうしたらいいか。でも今は、わからないの」
考えることを孔明に任せてきたアイリスは混乱していた。こと善悪も区別する前に戦場に駆り出され、魔王と成った少女は心が弱かった。
アイーダは必死に言葉を探す。妹のように可愛がってきた筈の少女を救いたいと、必殺の一言を思考する。
しかしその思考を邪魔する蠱惑の一言。これ以上苦しませることもなく、意思をねじ曲げて終わらせる一言。鼓膜に響く言葉がアイリスを、苦悩する自分を楽にせよと囁く。
(あ、あ……。
ほんと、嫌になるわね)
アイーダは溜め息を吐く。
アイリスは苦しんでいると言いながら、自分が自分の覚悟に苛まれている。生真面目だと自負していたのに、強い頼り甲斐のあるお姉ちゃんだと思っていたのに。
嫌気が差す。
「……? 悩んでいるのですわね? だったらそれでいいんじゃないのですの?」
オルガが唐突に呟いた。何が何だか分からないアイリスは顔を上げ、隣にいたアイーダですら思わず瞳を覗き込む。
「わたくしだって、かつて自分の気持ちが分かりませんでしたわ。憎たらしかった零様に恋をしたあの日、悩んで分からなくて、挙げ句熱まで出しましたのよ。
「分からない」ということは考えている者の感情です。真に思考を放棄した者は分からないすら分かりませんわ」
あぁそうか。
妹は悩んで悩んで悩んで悩んで、吐露できない気持ちにケリを付けて恋してるんだ。
「お姉様」と慕ってくる彼女は、見知らぬ土地で友人を作り、最愛の人を追い掛けるほどに大人になっていたんだ。
アイーダはホロリと泣きそうになった。寂しいような嬉しいような、たった一人実感する「妹離れ」に感極まる。
それをオルガにもアイリスにも勘付かれないようにアイーダは顔を上げる。
「おいでアイリスちゃん。私は孔明みたいに答えは上げられないけど、一緒に考えてあげる」
「……わからないわ」
「いいのよ。分からなくても、間違えても。お姉ちゃんがいるわ」
「……おねぇちゃん」
そう。
私はお姉ちゃん。
妹の成長を喜び、一緒に大人になるの。
阿鼻叫喚の魔獣の悲鳴の中、アイリスはうやうやしくアイーダの手を取る。惑い悩む少女はようやく、大人になろうと脚を踏み出した。
アイーダは新しい妹と、自分の「妹離れ」を内心で祝していた。
オルガはアイーダの見境のない「姉癖」に辟易としつつも、アイリスの手を取る姉を仰ぐ。
流石はわたくしのお姉様ですわ。
呆れて苦笑い。新しい妹が「おねぇちゃん」といったいことに嫉妬を覚えたのは秘密。
だってわたくしは“色欲の魔王”ですもの――――。
戦場には二騎の声で勝利宣言がなされた。
魔獣が掃討された荒野の中心で、三人の姉妹は笑い合う。




