ベット
~あらすじ~
決断のとき、王太郎たちは生きるか死ぬの決断を下す。その先にある道とは。
乗るか反るかの選択。
それは生と死を別つ大分岐だ。
このまま”原初“を追うのならば、血生臭い修羅と魔王の道に脚を踏み入れることになる。
だけど、そこには”鉄処女の魔獣“が、”紗耶“がいる――――。
ならば、俺の道はそこにある。
『諦めない』
俺が口にした決意は決して揺るがない旗となり魂に帆を張る。
「俺は行く。
紗耶を迎えに」
「そう……、ですの」
オルガは否定することなく回答を受け入れた。その後ろでクロエから治療を受ける零が小さく微笑んだ気がした。
続いてオルガは後ろの昴たちに視線を向ける。黙したまま三人の判断を待った。
”原初“を前にして何もできなかった。攻防の一つもできず、あまつさえ言葉すらしどろもどろに溢れ落ちた屈辱を噛み締める三人は、目を合わせ意思を共有する。
俺も心穏やかではなく、三人の答えを受け入れる準備をする。例え「No」でも俺は強制はできないし、するつもりは毛頭ない。
この先の戦いは「命懸け」。
それも限りなく”死“と隣り合わせのランデブーだ。誰にも責めることはできない。
そして三人を代表し答えた恵梨香は、
「もちろん行くわ」
淀みも曇りもない眼差しだった。
俺は思わず聞き返しそうになり息を吸い込んだが、オルガが細腕でそれを遮った。
「本当に、いいんですのね?」
「あぁ」
「もっちろん!」
昴と七海は即答した。
その判断を二騎先生ですは咎めようとしない。むしろ、どこか誇らしげに頬笑んでいるようにも見えた。
それを見透かしたのか、アイーダが話に割って入る。
「チサトもいいの? この子たちの担任の先生でしょ?」
「心配などしてない。魔王が守ってくれるのだろう?
それにここから帰れと言っても足がない。そっちの方が危険だと、あたしは思うがな」
「はぁ……、チサトまで。呆れたわ」
アイーダは両手を上げて溜め息と微笑の降参をした。
このやり取りの間に零とブレアの治療は終わり、全快した二人が頭を振る。
「そっちの話は纏まったみてーだし、俺も聞きたいことを根掘り葉掘るとするか」
立ち上がった零は両手高く伸びをして身体の調子を伺う。その姿勢のまま険しい眼光でクロエを糾弾する。
しかしクロエが語るよりも早く話を始めたのはアイーダだった。
「その前に!
二年間音信不通だったクロエちゃんが、どうしてこのタイミングで世界樹に現れたのか、って説明が先じゃない?」
「そ、それもそうだね……」
突然多くの情報を話せと振られたクロエはあたふたとする。クロエの童顔は思考の一つ一つを表情に出し、熟考の変遷が見てとれる。
そして考えが纏まっていないということも容易く察した。
この場でクロエの話すことの一言一句が重大な意味を持ち、今後の方針を決める。下手な言葉違いすら許されぬ状況で、クロエは丁寧に綿密な順序を編み言葉を選ぶ。
「…………………………………………………………………………」
選びすぎて言葉が出ない。
見かねた二騎先生が小さく手を上げた。
「二年前、キャベンディッシュに何があったかは分からんが。『なぜここに?』という問いはあたしが代弁しても?」
「えぇ。事実であるなら誰でも」
「チサト…………!」
クロエは喜声を上げ、表情を一際輝かせて先生を仰いでいた。アイーダから冷たくあしらわれ、あまつさえ皮肉を言われたことすら気付いていない。クロエの瞳は爛々と救世主を見つめていた。
クロエのリアクションに呆れながらも、二騎先生は淡々と話を始める。
俺が入学式の日にクロエの魂を内に取り込んだこと――――。
クロエが俺の内から俺を手助けしていたこと――――。
ある日、俺が魂のクロエと会話したこと――――。
そしてクロエが俺に残したメッセージのこと――――。
そこから世界樹に至るまでの話は端的に纏め、世界樹に乗り込んでからの話は俺と恵梨香に振られた。
突然話題を振られ驚いた俺たちだが、見たもの聞いたもの感じたもの全てをありのまま話した。
こうして掻い摘んだ話を終えることには、蒼天の太陽は天辺を過ぎていた。
傾き始めた陽光に金髪を輝かせてながら、アイーダは顎に手を当てて概要を呑み込む。「なるほど、なるほど……」という相槌を打ち、話の間は一言も話さなかった。
「――――と、言うことだ。何か質問はあるか?」
「いいえ。大方理解したし、大した引っ掛かりもなかったわ。今のこの状況としても矛盾もない。
……次は貴女よ? 話は纏まったかしら?」
アイーダはクロエを見つめ問いかける。手近な瓦礫に腰かけるたと長話を清聴する姿勢をとる。
アイーダに続いて零もブレアも、俺たち全員が腰を下ろした。
ニゲバナク話の中心に据えられたクロエは喉を鳴らし、発生練習をして目を見開いた。
「それじゃ覚束無いと思うけど――――。
始まりは私が行方不明になった二年前より少し前……。
”評議会議長“の部屋には一部の評議会議員のみが入れる、っていうルールがあったのよ。魔王すら入れない完全な暗室。
そこに孔明さんが向かうのを見たわ。
直に部屋に入ったのを見たんじゃないけど、行って帰ってくるまでの時間からして滞在していたことは分かったわ」
「それを本人には確認しましたの?」
「うん、した」
「まじか! おめーほんと馬鹿って言うか能天気というか、空気読めねーよな!」
「余計な茶々を入れるな馬鹿者!」
笑い転げる零を二騎先生が恫喝した。
水を差され茶化されたクロエは頬を赤く膨らませてヘソを曲げる。それをも二騎先生が一睨みで嗜めると、クロエは咳払いをして話を再開した。
「そのときはウヤムヤにされたよ。けど、やっぱり怪しいじゃない? ほら、孔明さんだし?」
アイーダとオルガが大きく首を縦に振った。
「それから私なりに調べを入れたの。もちろん孔明さんにも評議会の人たちにもばれないように慎重に。
そして動かぬ証拠を見つけたの!」
「”証拠“?」
「そう。
なんだか小難しいことが延々と書かれた紙で、何かの論文だったわ」
「その論文から”原初“に辿り着いたのか? そんなまさか」
「零って私のこと馬鹿にしてる?」
「してねーよ。虚仮にしてるだけ」
「余計悪いわ!」
ン゛ン゛ッ゛!!
二騎先生の憤懣が爆発した。腹の底から野太い咳払いはいかにもわざとらしく怒りを滲ませており、クロエは震えて背筋を正した。
尚零は通用していない模様。
このやり取りに慣れたアイーダは、何事もなかったかのように質問を続ける。
「そんな親玉に直結するような資料、どこで見つけたの? 証拠の隠蔽なんて基礎の基礎よ。そこを怠るとは思えないわ」
「確かにそうだ。紙なら燃やす。デジタルでもハードごと壊せば物証は……、あ」
俺は自ら口にして気が付いた。クロエの魔術はその程度の隠蔽では看破してできてしまう。
「そ。
忍び込んだ評議会議員の灰皿にあった灰から手に入れたわ。荒い焼き方じゃ、「見付けてくれ」って言ってるようなものよ。
まぁ本当に言ってたかもしれないけど」
クロエは一瞬遠い目をした。何か思うところがあったのだろうが、すぐに気持ちを切り替える。
「確か”テツヤ アケチ“ってヒトの論文よ。
一言一句カッコつけて小難しい言い回ししちゃってさ。読むのにどれだけ苦労させられたことか」
「”明知 哲也“……!?」
その名を聞いて俺たち四人は震え上がった。
かつて葉吹市で対峙した”acedia“を名乗る男が、正しく同じ名をしていた。
「あぁ、そう言えばそう言うのも居ましたわね」
「あー、居たか? そんなやつ?」
オルガと零は話半分に聞き流す。”明知哲也“の名に執着せず、早く内容について語れと急かしているように見えた。
俺たちと明知哲也との因縁に勘づいたクロエだったが、結局零に促されるまま続きを語る。
「一言一句を全部覚えてはないけれど、論文の内容は理解できたわ」
「へぇ、一体どんな内容だったのかしら?」
「『魔力が人に与える影響と魔獣化との因果関係。その理論に基づいた”魔力兵器“の構想と設計図、実証実験についての結果報告書』
……ざっとこんな内容よ」
クロエの告発に一同が絶句した。
俺たちが葉吹市で戦ったときに”acedia“が唱えた”魔学“についての論文。そして同じく”acedia“が用いた”魔力兵器“の真実。
内から込み上げる怒りに俺は拳握りを固くする。明知哲也が辿った末路は分相応の悲劇であったとしても、あと十度は繰り返さなければ腹の虫が収まらない。
ギリギリと奥歯を噛み締める俺の姿を見て、クロエは一度言葉を飲み込んだ。
何か言うことを躊躇うような振る舞いに(俺以外の)全員が気が付き、クロエの自発的な発言を待つ。
流れる沈黙は空気を重苦しく染め、いつまで続くのかと苦さを感じた。
そんな躊躇いと苦痛の沈黙を破ったのは、やはり零だ。
「おいクロエ、まだ肝心なことを言ってねーんじゃねーのか?」
空気を読まなかったのか、読まなければ一生ツヅク沈黙を忌諱したのかは定かではない。しかし零は躊躇いなく口火を切った。
まるで核心を知っているかのような口振りに、一同が眉をひそめる。
焦らすような発言に痺れを切らした二騎先生が零へ問い詰める。
「おい新見。分かっているなら言え。キャベンディッシュに圧をかけるな」
「へーへー、さいですねー。
俺だって全部お見通しじゃねーが、クロエが「言葉足らず」なのは事実だ。だから言い淀んでんだろ?」
「うぅ……」
図星を突かれたクロエは縮こまる。まるで零がクロエを虐めているような構図を見かね、助け船を出したのは意外にもブレアだった。
俺たちとは距離を置いた場所で腰かけるでもなく清聴していたブレアは、遠慮気味に声を放つ。
「クロエはその先……、詰まるところ”敵の目的“を知ったんじゃないかい?」
英国紳士のブレアは物腰柔らかい口調でクロエに問いかける。零のように皮肉たっぷりで高圧的で何もかも見透かしたような北風の問いかけとは対照的に、ブレアの言葉は全てが暖かみを帯びていた。
緊張で固まっていたクロエもフッと脱力し、申し訳なさそうに首肯する。
「そう、なの」
クロエがあっさりと肯定する。
一連のやり取りが気に食わない零の舌打ちと、その頭をアイーダが叩く快音が木霊した。
しかし俺たちの視線はクロエに向き、事態の核心を告げるのを待つ。
「……………………………………………………………………………………………………………………、
論文の続きには別の資料が着いてたの。
表題は、『”ホール“が産み出す魔力質量と、その活用について』。
連中は”ホール“の放つ魔力を暴走させ、”全ての生き物を魔獣化させる“つもりよ」
再び一同に衝撃が走る。それも先ほどの比ではない。
”原初“の目的が明らかになり、しかも”ホール“の存在まで出てきた。そのスケールは計り知れないほど巨大である。
”ホール“とは十年前に突如として北極点に現れた”黒い染み“。既知の物質から逸脱した”染み“は周囲を飲み込み肥大化し、やがて北極を覆う”ホール“となった。
その後の研究で”ホール“とは可視できるほど濃密な魔力の塊であることが判明し、魔獣以外の生物は生息不可の荒野を指し示す常識となっていた。
そんな規格外の陰謀にも怯まないオルガは浮かんだ質問を投げ掛ける。
「そのために、こんな回りくどい暗躍をしていましたの?」
「全部計画の内、ってことじゃないかな? 私に計画が露見しても、私を殺さずに監禁したってことは「そのときは万全じゃなかった」ってことだし。
何より可能なら“世界評議会”とか“大罪の魔王”とか組織作らずに決行したはずじゃない」
「うっ。
クロエの癖に中々的を得てますわね」
「その言い方酷くない?」
クロエが頬を染めて膨らませる。しかし拗ねている暇などなく、二騎先生が次の問いかけをした。
「そもそも二年前にキャベンディッシュを始末しなかったことが腑に落ちない」
真顔で「始末」とか口走るとか末恐ろしいんですけどこの人。
クロエも冷爛な表情で「始末」というワードが飛んできたことに驚いていた。しかし気を取り直すと、咳払いをして回答をする。
「それは次の話に関わることよチサト」
「何だと?」
先生は至って真面目に受け答えしているのだろうが、板についたしかめっ面が威圧感を与える。長い睫毛の瞳を細め、凛とした声を腹式で発する振る舞いには貫禄があった。
何ならクロエより魔王らしさが漂っている。
一方、魔王らしくないクロエは涙目で怯えながらも、背筋を伸ばして答えを話す。
「さっきも言ったけど、資料には「“ホール”の活用について」が記されていたわ。
信憑性は置いておくにしても、その資料に書かれた“条件”が揃っているのが現状よ」
「状況証拠から逆説的に考え、「条件があるから結果を予測する」ってことね。
確かに舌戦のカードとしてはこれ以上ないブタね」
「あー! 私が言おうとしたとこ言われた!」
危ない橋だったのだとアイーダは苦笑いでクロエを嗜め、そのクロエに当たられている。
「条件か……。それらしいものと言えば、やはり“鉄処女の魔獣”か」
「あとはアイリスも連れて行ったことが引っかかるわね。完全に傀儡にしていた“嫉妬の魔王”ではなく、不確定要素の“暴食の魔王”を」
「零とブレア・レッドウッドが来た途端撤退したってことは、やっぱりこの二人は警戒してるな」
「んー、つまり…………。
てんで分かりませんな!」
昴、恵梨香、俺、七海の順番でバトンタッチしながら考えを纏めるが一向に分からん。答えを求めて俺たちはクロエに話を振った。
完全にヨイショされてはいるものの、機嫌をよくしたクロエは調子よく推理を披露する。
「“原初”が欲しがっていたのは“鉄処女の魔獣”よ。もっと言うなれば、“圧倒的な魔力量の魔獣”ね。そのパーツが手に入ったから、余裕のある行動に移ったのよ」
クロエはそしてハッと気付いたように俺の方を窺う。「パーツ」という表現にまずさを感じたのだろうが、俺は続きを促す。
「だからこそ私は二年前、生かされた……」
「なるほど。“魔王”とはすなわち“魔獣を克服した者”。魔力の制御においても魔力量においても、“スペア”として残した、ということか」
二騎先生の言葉にクロエは頷く。淡々と紡がれる言葉の一つ一つの重みが、鎖となって心身を縛り付ける。
紗耶も魔王もパーツとしか見ていない“原初”のやり口は到底看過できるものではない。許すつもりなどは全くないが、何としてと打ち砕かなければ腹の虫が収まらない。
「“原初”は紗耶を……、“鉄処女の魔獣”に何をさせるつもりなんだ?」
「…………、落ち着いて聞いてね。
奴は紗耶ちゃんを導火線に灯す火にするつもりよ」
「っ!?」
歯噛みとともに、握り締めた拳を瓦礫に打ち付けた。拳骨から流血しながら、“原初”を打ち砕く覚悟を再点火する。




