正体と陰謀
~あらすじ~
魔王と“鉄処女の魔獣”が入り乱れる世界樹で、突然現れた“嫉妬の魔王”劉孔明。死んだはずの男が不敵に笑い、世界の流動はうねりを上げ始める。
「劉……、孔明…………!?」
その名を叫ばずにはいられなかった。
銀の燕尾服を着込む細長い肢体と蒼白にも感じられる白肌。黒縁の眼鏡に隠した糸目が含む悪意は忘れられるはずがなかった。
かつて俺と紗耶の二人がかりで応戦し、敗死の道を辿ったはずの”嫉妬の魔王“が目の前にいた。
「……………………」
しかし劉孔明は一瞥をくれただけで一言も発することはない。己を殺せずとも、下した相手に一縷の興味すら失せた眼は別の人物を捉えているようだった。
孔明は眼鏡の下の糸目から、確かな光を放ちクロエを見据えていた。クロエの健勝で健全な立ち姿を確認してようやく口を開く。
「生きていたか」
「っ!?」
たった一言で総毛立つ。重厚な声色はアイーダの”支配“とは違うベクトルで、俺たちから自由をかっさらった。生物としての本能が、声高く「逃走」のアラートを鳴らし続ける。
俺は震える手を握り締め、笑う脚を拳で静めた。
過去に劉孔明と対峙した俺と、深くなくとも親交のあったベロニカ姉妹とクロエ、そして二騎先生の五人は確信を得た。
劉孔明ではない。
続いて浮上する疑問は
では目の前の劉孔明は誰だ?
その答えを唯一知るクロエが、気丈にも睨み返して言葉を紡ぐ。
「お久しぶりね…………。
私が生きててさぞ不都合でしょうけど、こちらとしては嬉しい限りよ。議長様――――」
「議長」というフレーズで俺と恵梨香と昴と七海よ一般人四人が疑問符を浮かべる。
何の議長?
「「「「――――っっ!?」」」」
考えるまでもなく答えに辿り着いた四人は、一斉に息を呑んだ。
ここは世界樹だ。評議会……。
クロエの一言で整合性をとったオルガが声を上げる。
「声に聞き覚えがあるとは思いましたが、まさかそのような軽薄そうな御身とは想像もしませんでしたわ」
強気に挑発を織り交ぜるオルガだが心穏やかではない。涼しげなポーカーフェイスを取り繕うが、衣服の下では鳥肌と汗が止まらずにいた。
そんな屈辱を味わわせられながらも、オルガは強気な姿勢だけは崩せない。零に託された現状だ。挫けるわけにはいかなかった。
そんなオルガの強がりを見抜きながらも、孔明の装いをした何者かは悠々と言を紡ぐ。
「そうか、声帯までは一致させる必要はないと判断したのだが……。必要とあればそうしよう。
ん……、あーあーあー――――――――。
どうだね? 少しはらしくなったのではないか?」
チューニングの要領で声域を合わせた何者は、数秒後には声色が一変していた。
最後に問いかけをした声は間違いなく孔明のものだった。含みを持たせ落ち着きのある低音。そしてどこか卑屈さと狡猾さを滲ませる、”嫉妬“の片鱗のある声。
その完璧な調整には、関心なく達観していたアイリスでさて驚きを見せた。
二騎先生に聞いた話によれば、アイリス・ミラーという少女ら常に孔明の後を着いていたらしい。彼女が孔明を気の置けない人間としたのか、ただの保護者としたかは定かではないが、少なくとも特別な人間であることには変わりない。
アイリスは数日前の孔明の訃報にも顔色一つ変えなかったらしいが、死んだ本人と同一の外見と肉体と声を持つ存在の現れは予想外だったようだ。
アイリスの小さなリアクションすら見逃さない何者かは、孔明そのものがしたように笑顔を向けた。
「やぁアイリス。元気そうでなによりですよ。私が不在の間、いい子にしていましたか?」
もはや孔明本人のような振る舞いに、アイリスはコクコクと頷き浮き足立つ。
アイリスという大きな戦力を奪われまいと行動したのはアイーダだ。今までは目の前にいる存在が不確定だったため中立のような振る舞いをしていたが、敵であると断定されたなら形振り構っていられない。
即座に”支配“をするための四言を紡ぐ。
「”動くな“!」
アイーダの”支配“する言葉の鎖に絡まれた何者かだったが、歯牙にかけることなく振り向いた。
「そんな手品は格上には通用しない。弁えろ」
孔明の声で、呆れにも似た暴言を吐き捨てる。
格下と揶揄され恥辱をぶつけられたアイーダは、悔しさと不甲斐なさに唇を噛み締めていた。
二騎先生は怒気を滲ませた声で食って掛かる。
「黙って聞いておけば、偉く上から物を言うじゃないか」
「当然だ。私は世界評議会議長だ。大佐より上であるのは言うまでもない」
「今は階級はない。あたしは生徒らの担任の先生だ」
「ク……、ハハハ!
そうだったな!」
何者かは機嫌よく哄笑を上げた。二騎先生の突き刺す視線を受けながらも、その余裕に満ちた高慢な態度は崩れない。
だがクロエが満を持して放つ一言はさらに強烈だった。
「議長様なんて大層なモノじゃないでしょ。
チサトを含めた”世変の勝鬨“に参加した私たちは知らない仇敵、人類最大の難敵とまで言わせた”原初の魔獣“…………!!」
昴と七海、恵梨香の三人は初めて聞いた言葉に首を傾げる。”世変の勝鬨“の一部始終を伝え聞いていた俺は、背筋に冷たい鳥肌が走った。
かつて”世変の勝鬨“の幕引きに現れた”人類最大の難敵“。最強の双角”怠惰の魔王“・”憤怒の魔王“を持ってしても生き延びた”言葉を操る魔獣“。
以来姿を眩まし行方が掴めなかった魔獣が、目の前にいると言うのだ。
俺は二騎先生から伝聞した内容を思い起こし、現状の把握に努める。そして得た解答は、”鉄処女の魔獣“と共通する人型の魔獣の最大の特徴。
「姿形に変声……、そうか、魔術!?」
「……………………」
”原初“はニィと頬笑むことで是と答える。
逃げも隠れも隠しもしない”原初“は恐らく素の声であろう重低音で答える。
「クロエ・キャベンディッシュ……。
やはりそこまで嗅ぎ付けていたか。やはり二年前に確実にとどめを刺しておくべきだったか」
一分の隙もない声音は頭の先から爪先まで響き渡る。魂まで鷲掴みにするような声は”人類の仇敵“に相応しい風格を漂わせる。
クロエは奥歯を噛み締め眉をひそませながらも、声を震わせながら気丈に振る舞う。
「残念ね。二年越しの告発よ」
「フフフ……。もう一ヶ月ほど早けへれば、少しは手痛かったかな」
「あら強がり? 正体が割れるってことは大きな痛手じゃない?
それに……、もっと調べはついているのよ?」
「ハッタリか? カードのない舌戦など下策だが……、まぁいい。もう”人間“や”魔獣“、”名前“なんてものは必要ない。必要なくなる」
「……? どういう――――」
その続きはなかった。
クロエが言葉を紡ぐ間もなく、”原初“は先制攻撃を仕掛けた。
地面を砕き、身の丈ほどの瓦礫を蹴り飛ばす。
クロエは怯むことも臆することもなく、飛来した瓦礫を迎撃した。掲げた掌に触れた瓦礫はクロエを押し潰す前に停止する。そのまま軌道を戻った瓦礫は何事もなく地に帰る。
”原初“はひとっ飛びで高く跳躍し、右腕の燕尾服を変形させる。黒い魔獣の腕は大木のように太く隆々と地が巡り、握り拳は人の頭蓋ほどの大きさで固められている。
続き燕尾服を破り肩甲骨から伸びる翼は悪魔のような刺々しさで羽ばたく。空気は震撼させる飛翔で急降下し、”原初“はクロエへ接近した。
「これは挨拶だ」
まだ序盤、と謂わんばかりに笑みを湛え、”原初“は拳を振り下ろした。
クロエは零やブレアのような白兵戦に特化した魔王ではない。
もとい零とブレアが常軌を逸しすぎているだけだが、クロエやオルガたち魔王は元はただの一般人。魔術の領域は規格外でも、格闘術など身に付けているはずがない。
そのことはもちろん、クロエもオルガもアイーダも孔明も理解している。だからこそ魔術を研鑽し謀略を巡らせる。
「オルガ!」
「えぇ!」
クロエはオルガとの阿吽の連携で空間を跳躍した。”原初“が大地を正拳で砕いたと同時に地を踏み、クロエは”原初“へ直進する。
続いてクロエはアイーダに目配せをする。言葉もなく首肯したアイーダは声高らかに宣言をする。
「クロエちゃん、”全力で挑みなさい“!」
その一言で沸き立つ力は、自力を越えた”支配“による身体能力の底上げと天井突破。細かい脚捌きで素早く接近する。クロエの魔術”塑逆“は触れれば必殺の技だ。あっという間に「無」の時間軸に放り出して終い。
しかし能力を底上げしたところで、易々と触れられる”原初“ではない。
必死に手を伸ばすクロエを、”原初“は一歩また一歩と後退して振り回す。
その歩の度に燕尾服を纏う孔明の外見は崩れ、魔獣の肌が露見する。
子供の鬼ごっこをあしらうように避け十の攻防が終わる頃には、”原初“は魔獣に相違ない姿をしていた。
額には鬼のように伸びる二本の黒い角、瞳は危機感を募らせる紅の光を燦然と放つ。筋肉質な四肢は彫刻のような明暗を含み美しく整い、卑しく覗かせる犬歯が魔的な魅力を強調していた。
魔王の連携ですら届かず、歯噛みをした二騎先生は”元大佐“としてクロエへ声をかける。
「一度退けキャベンディッシュ。
悔しいが仕切り直しだ」
「くっ……、そうね」
冷静に距離をとったクロエはオルガとアイーダと肩を並べる。
俺たちは手出しも手助けもできず、ただ行く末を見守る他なかった。
しかし三人の魔王の共同戦線ですら届かぬ強敵に心がざわつく。焦燥と不安のミックスしたさざ波が嫌な不安を掻き立てる。
本性を現し、本能を剥き出しにした”原初“は野獣の眼光で俺たちを射抜いた。
「ここからが本番だ。十年前のアディショナルタイムでもしてみるか?」
敗北など一切頭にない”原初“は魔王を纏めて相手取ると断言する。そして実際に、俺たちには勝てるビジョンが浮かばなかった。
戦う前から戦意を折られ、差し出された敗北に殉じようという弱さが脳裏を過った。
しかし闘志が再び灯る。挫けた戦意は頭をもたげ、希望という光が魂に宿る。
――――奴の声がした。
「そりゃいい。不完全燃焼だったんだよ。
もう一丁殺るか……?」
傍若無人、天上天下。しかして全てをその手に救い上げる者は、”魔王“。
「れ…………」
「レ………………………………」
「零様ぁ!!」
嬉々と興奮して叫んだのはオルガだった。オルガを始め俺たちの眼に写ったのは、全身を鮮血で濡らし力ない右腕を振ってゆっくり歩を進める新見零がいた。
その隣には中折れした長剣を握り締め、こちらもただならぬ重症を押して歩くブレア・レッドウッドがいる。
予想外の陳入者に”原初“は閉口する。しかし二人の風体を一瞥し、然したる驚異ではないと判断をくだした。
「死に体の魔王が二人。「続き」と粋がる割には心許ないのではないか?」
嘲笑を込めた一言だったが零には通用しない。
零は脚を引摺り困憊した様子だが、眼光には含みある光を宿していた。その意図を探る”原初“は、すぐに解答に辿り着く。
心で舌打ちをし、視線をクロエへ移す。そして脳内で何十通りのシミュレーションでクロエへ仕掛けるが、その全てが王手には足り得なかった。
打算で勝機を逃すのが癪だが、”原初“は本来の目的を忘れてはいない。
深い溜め息を吐いて、
「今回は挨拶ということにしておこうか。
何を測るにも、クロエがお見通しならば後は時間との勝負。「善は急げ」とも言うからな」
「んだよ白けるな。いつだって逃げるのはテメーからだな」
「「逃げるが勝ち」と言うのは君の国の諺であろう。本当にいい言葉だ」
”原初“は後ろめたさや残很など全く見せず、背中に広々と翼を広げる。急降下のために身体を操る翼とは打って変わり、天高く駆けるための翼は一層禍々しく不気味だ。
「行くぞ”鉄処女の魔獣“」
”原初“は視線をやることもなく指示を飛ばす。横柄に見えるその振る舞いでさえ、荘厳な声色の命とあらば神聖ささえ感じてしまう。
「Ouuu」
それまで静寂と不動を貫いていた”鉄処女の魔獣“が短く返事をした。
”原初“は続いてアイリスに手を差し伸べた。
「もちろん貴女も来てくれますね?」
一度実践した孔明の声への切り替えは迅速だった。威圧感のない心地のいい甘言に、アイリスは戸惑いを見せた。己のすべきこととしたいことの全てを孔明に任せてきた彼女にとって、この選択は余りにも酷だ。
”原初“は有無を言わさずアイリスの小さな手を取ると、力任せではなく優しく引いて見せた。
かつて孔明に手を引かれた日々を回想したアイリスは、孔明の手の温もりを重ね合わせる。もちろんその体温すら偽装された”原初“纏う装衣にすぎないが、アイリスにとっては何物にも変え難い心地よさがあった。
「う、うん…………」
まだ迷いのある瞳でこちらをチラリと覗くが、アイリスがその手を振りほどくことはない。後悔と懺悔の光を閉ざすと、アイリスは敵の手の中に落ちた。
「それでは暫しの別れだ。
本当に決戦を望みたければ、挑みに来たまえ」
それが本当の最期だ。
そう言い残した”原初“はアイリスを抱えて飛翔する。”鉄処女の魔獣“も後を追って銀の翼を広げ、力業で空を舞う。
追撃も追跡も今は諦め、クロエが零とブレアの治療へ向かう。
一触即発から絶体絶命の危機を逃れた俺たちは、唐突な脱力感に膝を折る。
「な、何よあの魔獣は。今までのと桁違いに怖いんですけど」
「死ぬかと思った~」
恵梨香と七海が手を取りあい無事を喜ぶ。昴はそんな喜び方はしないものの、見るからに胸を撫で下ろしていた。
そんな俺たちの元へオルガが歩み寄る。
「貴方方の活躍は見事ですわ。
ここからは魔王の仕事です」
当たり前の言葉だ。俺たちも薄々来ると分かっていた。
さぁ、乗るか反るかの選択のときだ。




