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嗚呼、再開

~あらすじ~

王太郎たちはオルガの戦う戦線に加わると、魔導師の戦線はオルガが圧倒していた。新たにアイーダとアイリスの二人と敵対をするものの、アイーダは何かを企み魔導師たちを撤退させる。

アイーダが腹心の企みを語るとき、王太郎は思いがけぬ再開を果たすのだった。

 ――――零とブレアの渾身の、最後で渾身の一撃が衝突する数分前。

 北欧ならではの清んだ空気と淀みない青空、そして切れた雲は純白の体で漂う。遮るもののない日射しは暖かく、昼寝をするには最適な環境と言えた。

 そんな絵に描いたような平和な青空に多くの煙が立ち上る。

 一つは倒壊した世界樹が巻き上げた粉塵。

 一つは煌々と燃え盛る炎が空を焼く黒煙。

 一つは激しい寒と熱の衝突によって巻き上がる白煙。

 世界樹の元では、平和な青空とは打って変わり、阿鼻叫喚の戦闘が繰り広げられていた。

 クロエの参戦により近郊が傾き、浮き足立った魔導師の戦列は混沌としていた。最前線の戦力は独断で後退を始め、支援をしている後援は反撃を強める。

 ちぐはぐな戦列に勝機を見出だしたオルガは、ここぞとばかりに攻勢を強めた。

 俺たちが駆け付けるまでは、オルガは背にした二騎(にき)先生と七海(ななみ)、昴(すばる)の三人を庇うようにして戦っていた。

 クロエの参戦で傾いた戦況は、俺たちが優位に立っていた。

 俺たちを囲むように陣取る魔導師群におののいている内に、出る幕もなく終局を迎えるのかと思っていた。が、そう簡単には行かない。

 俺たちは再び思い出される。

 ここは世界評議会本部”世界樹“なのだ、と。


「くぁぁぁ!」

「ひ、退け!!」

「止めてくれぇ!」


 後列に控える魔導師たちが突然悲鳴を上げた。

 後方の魔導師となると、それはオルガたちが干渉できる距離の敵ではない。零がブレアを下し、追い付いたのかという期待も過ったが、次の瞬間その期待は砕かれる。


『……………………!』


 大地から天高く登った黒い影は、獰猛な顎を開き声なき絶叫を上げた龍のようだ。

 影を目撃した恵梨香(えりか)は焦燥の声を上げる。”探知“の魔術で戦況をいち早く把握し、辺りに響き渡るように叫ぶ。


「魔王! アイリスとアイーダが来たわ!?」


 その一言で二騎先生の顔色が変わった。アイリスの名を初めて耳にした七海と昴だが、「魔王」という一言で全てを理解した。

 そして七海と昴にも聞き覚えのある声が後列から上がった。


「あーはいはい皆さん。”退(・)い(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)“。退かないと死んじゃいますよー」


 穏やかなアイーダの声音とは裏腹に、その瞳に笑みはなかった。上部で上機嫌な声を出しているが、アイーダには珍しく身構えているのが見てとれる。

 アイーダの隣を歩調を合わせることもしないアイリスは、淡々と影を繰る。

 影は地から飛び出て道の障害を食い破り、また地へ影として帰る。襲撃と潜航を繰り返す動きは非常に無機質であり、アイリスの意思で動いているかも怪しく思えた。

 魔導師たちは言われるがままに道を開く。その道を進む二人は、さながら海を割ったモーゼだ。

 そのまま歩を進め、二人は最前線で足を止めた。

 真っ先に口火を切ったのはアイーダだ。


「それでは魔導師の皆さん、”撤退しなさい“。

 あ、アイリスちゃんも攻撃止め、ね」

「……ん」


 アイーダの号令で魔導師たちは、一糸乱れぬ統率を見せた‼️先ほどまでの狼狽と混乱の様子はなく、幼子のように粛々と命に従う。

 アイリスもひとまず宥められ、凶悪な影の獣がその足元で収まった。

 一連の様子を訝ったのはオルガだった。


「お姉様、一体どういうつもりですの?」

「全ては愛しのマイ・シスターのためよ。

 絶対に勝てる戦いをだらだらと続けるなんて可哀想、って姉心をディア・シスターしただけ」


 アイーダの調子のいい文句に青筋を立てたのは二騎先生だ。二人の会話に、相も変わらぬ高圧的な口調で割って入る。


「ならば最初からこちら側に付いていればよかった。わざわざ敵対してから飴を寄越すなんて、意地が悪いんじゃないか?」


 その煽るような言葉に、俺たちは肝を冷やした。

 魔導師たちの脅威は去ったとはいえ、魔王と正面から事を構えてはただでは済まない。間に挟まれた一般関係者×四人は戦々恐々と行く末を見守る。

 だがアイーダは挑発に乗る訳ではなく、冷静に微笑みを返す。


「私だって出来ることなら、マイ・スウィート・リトル・シスターのために協力したかったのよ。

 ……けど、敵を見極めないことには、下手に動けないでしょ?」


 アイーダは麗らかに笑うと、二騎先生はそれ以上の追及はしない。その言葉の裏にある真意を図ったのか、閉口したまま二の句はない。

 二人のやり取りを傾聴していたオルガが口を挟んだ。


「そんなことより」

「 そ ん な こ と !?」


 妹への愛情を「そんなこと」と切り捨てられたアイーダが叫んだ。

 オルガは構わず眉間に皺を寄せながら話を続ける。


「零様はどうしてますの? まさか……、なんてことはありませんわよね?」

「…………たぶん、大丈夫よ。零くんなら死ぬなんてことはまさかないでしょ」

「そんな適当な……」


 七海が思わず苦言を漏らした。

 オルガが苦虫を噛み潰したような顔をする。アイーダは地下空間での顛末を掻い摘んで説明をすると、オルガの表情はさらに険しくなる。


「なるほどなるほど…………。

 つまり、貴方たちは零様を残(・)し(・)て(・)逃(・)げ(・)て(・)き(・)た(・)、と……」


 戦慄く声音と青筋が額に浮かび、怒髪天を突く修羅の形相が後方に見えた。気がする。

 少なくとも怒気を滲ませるオルガの標的はアイーダのみならず俺や恵梨香、クロエに向かっていた。

 慌てたクロエが手をブンブンと振りながら必死に弁解する。


「ほ、ほら! ブレアとの一騎討ちなのに私たちが手を出したら『無粋なことしてんじゃねーぞ! 先にテメーら締め上げるぞぉい!』って怒られそうじゃない?

 これは零が全力を出すためかつ、その他諸々の広義の意味を何やかんや内包した”戦術的撤退“ってやつ!」


 よくもつらつらと並べた言い訳だが、俺も恵梨香も必死に便乗する。口を一文字に結び、コクコクと首肯を繰り返す。

 アイーダがさらに助け船を出す。


「それに零くんは『俺(・)の(・)オルガが戦っているから、俺(・)が(・)行(・)く(・)ま(・)で(・)守(・)っ(・)て(・)や(・)っ(・)て(・)く(・)れ(・)』的なことを言っていたような、いなかったような…………。

 二、三言違うかもしれないけど、そんなことを言っていたわ」


 なんと調子のいい妄言を。この場に零が居たなら、冷静かつ的確な指摘が入るのだろう。

 しかし適当な文言にオルガは満足したらしく、さっきまでの怒りの熱量はどこへやら。一点耳まで紅潮させた顔を押さえて満更でもない様子だ。


「そ、そうですの…………。

 そうでしたのね。わたくしは大丈夫だと言いますのに、なんてお優しいお心遣い。痛み入りますわ」


 掌の上でコロコロされている。

 妄想の世界に入り込んだオルガはさておき、アイーダは再び真剣なトーンで喋り始める。


「貴方たちが私に聞きたいことが山ほどあるように、私だって聞きたいことはあるわ。

 例えばここ数年行方知れずだったクロエちゃんが、どうしてここにいるのか? とかね。しかもこのタイミングで」

「それはっ――――」

「でも、それは今じゃなくてもいいんじゃない?」


 クロエの反論をアイーダが前のめりに遮った。その勢いを勘繰った二騎先生が質問を投げ掛ける。


「それよりも優先する事項があると?」

「まぁそうよ。零くんとブレアくんだって、大人しく白兵戦するわけでもないし。

 何より、ここは世(・)界(・)樹(・)よ? 貴方たちからすれば、悠長な長話は下策じゃなくて?」


 「それに私の予想が正しければ、私だってここに居るのは危険かも」


 アイーダが小声で呟いた。一つトーンを落として続けられた言葉は、俺たちの不安を掻き乱す。

 崩壊した世界樹に、俺たちと相対した世界最高峰の魔導師、それに魔王との戦闘……。

 どれもが俺たちにとってはマイナス要素でしかないことは事実だ。クロエを救出するという目的を達成した俺たちは、零と合流し一目散に離脱するのが一番だろう。

 首だけで二騎先生に振り向き、進言のために口を開く。


「――――っ! みんな伏せて! すぐにっ!!」


 その叫びを上げたのは恵梨香だった。周囲を”探知“で広く警戒していた恵梨香が、突然火が着いたように絶叫する。

 その場にいた魔王たちを含めた全員が、反射的に身構えた。何かしらの危機に対し、「伏せて身を守る」以上の備えがなされたことは、俺にもよく理解できた。

 しかし誰(・)一(・)人(・)と(・)し(・)て(・)、発生した事態に対処できた者はいなかった。


 グゥゥゥンンッ――――!!


 地面から突き上げられるような衝撃が沸き起こる。大地を捉えた二足から脳天へ駆け抜けた衝撃は、有無を言わさず全員の膝を折った。


「「きゃあぁぁ!!」」

「「うぉわぁ!!」」


 堪らず叫び手を着いた。地面にうつ伏せになることで揺れを何とか堪える。

 謎の大震撼は刹那、成りを潜めて終結を告げた。

 嵐よりも早く駆け抜け、そして嘘のような静けさが辺りを満たす。

 だが嘘や幻ではない。ひび割れた地面から底の見えない奈落が顔を見せ、隆起し陥没した大地は自然の脅威を物語っている。


「い、今のは、地震?」

「核実験?」

「自爆?」

「そんな訳ないでしょ」


 俺と昴、七海が口々に答えるが、恵梨香が冷静にあしらう。


「世界樹にそんな施設や設備はありませんわ」

「揺れの直前に、大きな魔力の動きを感じたわ……。

 場所は……、あ(・)そ(・)こ(・)から」


 ようやく立ち上がった恵梨香が、遠くの大地を指差した。その場は、俺や恵梨香ならよく知っている場所。

 零とブレアが決戦をしている地下空間だ。


「まぁ、こんなことができるのはあの二人だけよね」

「ほんと、無茶苦茶と言うか、何と言うか……。生きてるよね?」

「あいつらの生命力はお前らがよく知っているだろう」

「…………ん」


 魔王三人と二騎先生は、大して驚くことも取り乱すこともなく立ち上がる。身体に着いた砂埃を払うと、二騎先生が真っ先に口を開いた。


「ここまで暴れたんだ。あたしも新見も立場が危うい。ここは一度潔く撤退するが、見逃してくれるよな?」

「えぇ。『揺れの瞬間に取り逃がした』ってことにするわ。

 後は千里次第よ。ちゃんと生徒を守ってあげなさい」


 オルガ(妹)は私が守るから結構よ、と付け加えて微笑む。美麗な金髪を風に靡かせ、オルガに撤退するようにジェスチャーをした。

 二騎先生もアイーダの小言に微笑みを返すと、こちらに振り向く。


「と、言うわけだ。キャベンディッシュとベロニカ妹を連れて撤退、新見と合流した後、校舎へ帰る」


「「「「「 は い !! 」」」」」


 俺たち五人の返事が見事に重なった。

 世界樹の周辺は黒煙と戦闘の傷痕が残り、地形が変わり果ててしまっている。今回の事態が、俺たちにどんな危険をもたらすのかは想像しただけで頭が痛い。

 世界を敵に回して得た”傲慢(クロエ・)の魔王(キャベンディッシュ)“と言う味方。

 もう一つの目的だった”世界樹の裏側を暴く“と言うのは零の手にかかっていたが、結果はまだ分からない。

 しかし”得たもの“と”失ったもの“の差は歴然としている。絶望感が胸に帳を下ろすが、そんなものは俺たちには関係なかった。

 心が繋がったような感覚と快晴の空が、俺たちの行く先を暗示して思える。

 一点の雲もない青空は燦々と陽射しを降り注ぎ、新たな旅立ちを祝福しているように思えた。


 ――――そ(・)れ(・)が降り立つまでは。


 ふと見上げた蒼天に一条の流星が走る。太陽の光を受け、銀色に乱反射する星はスカイブルーの中でよく目立つ。

 昼天に流れ星とは珍しい、二騎先生の言葉で全員が目をやる。

 その瞬きは見間違いではないかと勘繰り、俺は目を擦った。

 するとどうだろう。束の間目を離した銀星は、より近くで爛々と輝く。


「どんどん近く――――」


 すると恵梨香の頬から涙が溢れた。


「さ、――――」

「”鉄処女の魔獣(アイアン・メイデン)“だぁぁ!!!」


 撤退した魔導師の絶叫が、一つに重なり遠くから耳に届く。恵梨香の涙声は掻き消された。


「――――oooOOOOHHHHHhhhhh!!」


 天を駆ける銀星は言語化できない叫びと共に大地に舞い降りた。

 舞い降りた飛翔体は銀色のドレスを鎧のように纏いながら、その四肢は深淵よりどす黒い。人型をとりながらも背には不恰好で不揃いな形の翼が広がっている。背負う鋼鉄の翼は飛行ではなく滑空を目的としてこしらえられた。鉄の翼は地上に君臨すると同時に意匠を変え、数多の鉄針を上空へ打ち出した。

 呆気に取られた全員が天高く打ち上げられた針に見惚れている。空に昇る鉄針は陽光で輝き、上空を埋め尽くす煌めきは余りにも幻想的だった。

 故に冷静な判断ができる者は限られていた。


「防御だ! 避難は間に合わない、ありったけの守りを展開しろ!」


 二騎先生が声色を荒くして怒鳴り散らす。

 すでに行動へ移っていた魔王たちとは裏腹に、惚けていた俺たちはその怒声で現状を把握した。


 打ち上がったのなら、降(・)り(・)注(・)ぐ(・)――――。


「俺が天幕を造る。だが守りきれないだろう」

「なや私が勢いを殺すよ!」


 昴と七海が呼吸を合わせる。昴が頭上に厚手の氷で屋根を造り出す。混ざり気のない高純度の氷塊は光を屈折させ、滲んだ青空が広がる。

 そして七海は噴射口から火炎放射の構えをとる。鋭利な鋼鉄が自由落下する勢いを相殺するために、ベストなタイミングまで粘り引き付けなければならない。

 手を尽くしている内に最高潮へ達した鉄針が自由落下を始める。180度翻った針の切っ先は垂直に落下を始める。


「行くよっ!」


 七海がありったけの炎を空中へ打ち出した。頭上を覆う氷を、さらに覆うように放たれた火炎は鋼鉄のことごとくを飲み込んだ。勢いに任せて放射された炎は鉄を溶解させることはなかったが、落下の推進力を減退させるには有効だった。

 衰退した鉄針は高らかに氷に打ち付けられる。損壊した先から昴が補修に入り、何とか鉄針の驟雨は凌ぎきった。

 アイーダたち魔王の対応はさすがとしか言いようがなく、全員が難なく無傷で防戦を乗り越えている。

 しかし咄嗟で広範囲の無差別攻撃は隊列の崩れた魔導師たちを容赦なく襲った。守りの布陣を敷いたものの、対応に遅れた多くの悲鳴が遠雷のように木霊する。


「RoohhaaAAA!」


 そして銀麗なる魔獣は高らかと雄叫びを上げる。”鉄処女の魔獣“にとって、今の無差別攻撃など挨拶に過ぎない。両腕に鉄(くろがね)の刃を構える。

 タンタンと軽快なステップを踏むと、”鉄処女の魔獣“は爪先で地面を蹴りつけた。軽やかな足取りとは裏腹に、”鉄処女の魔獣“は疾風の如く駆け出した。漆黒の眼には俺の影が写っていた。


 ――――来る。


「OOOooo!!」

「…………紗耶(さや)っ!」


 ”鉄処女の魔獣(紗耶)“が掲げた剣の二振りを、俺は両の拳を左右に回して受け止めた。魔力から成る鉄の凶刃は”相殺“を持ってして硝子のように霧散した。

 二撃の攻防を俯瞰していた七海が炎を走らせて割って入る。続いて昴が氷塊を打ち出して牽制をした。どの攻撃も”鉄処女の魔獣“は身を翻して避けてみせた。バレリーナのような軽い着地から一点、爪先で地面を捲り上げる蹴り出しで素早い跳躍をする。

 両腕に構えられた刃は形を変え、掌を五叉の鉤爪に変貌させていた。

 俺は昴と七海を背に庇い、”鉄処女の魔獣“の軌道に割って入る。


「Woooo!!」

「来い……、紗耶!」


 ”鉄処女の魔獣“の戦慄きに応えるように、俺は紗耶の名を口にする。相手が言葉を理解しているのかは不明だが、この呼び掛けは無駄ではないと信じている。


『俺は諦めない』


 かつて己の魂で誓った言葉を反芻する。強く、深く刻んだ意志が一歩を前へ押しやった。


「さぁぁぁ!」


 ”鉄処女の魔獣“が振り下ろす鉤爪が身を掠めるものの傷は浅い。致命の手前で避けることができた。

 俺は前のめりのまま”鉄処女の魔獣“の手首を掴むと、一目散に捻り上げた。

 通常、魔獣と人間の膂力など比べるまでもなく魔獣に軍配が上がる。だが、俺の”相殺“の魔術で魔獣の生命力とも言える魔力を鈍らせることができたのなら、瞬間的な馬力で勝ることができるのだ。

 それも人型の魔獣が相手だからこそとれる戦法。対人の武術が有効なため、技のかけようはいくらでもあった。


「Giy…………」


 腕を捻られ肘から肩にかけての関節が軋みを立てると”鉄処女の魔獣“も呻き声を漏らした。その好機を逃すまいと、昴の氷塊と七海の炎弾が放たれる。

 二人の反撃が”鉄処女の魔獣“に直撃しても離すまいと、俺は一層体重をかけて動きを封じる。すると掴んでいた”鉄処女の魔獣“の腕が手の中から滑り落ちた。


「GyaaOooo!」


 ”鉄処女の魔獣“は返された腕を流動させ拘束から逃れると、一息に後方へ飛び退いた。しかし切迫していた火炎が跳躍する腱を捉え、閃光を放って爆発した。

 ”鉄処女の魔獣“は着地と同時に脚をふらつかせるが、次の瞬間には鋼の脚を再錬成し、銀の具足を纏っている。

 攻撃能力の高さに加え、傷を受けた後の回復力、”錬金“による武具を纏う防御力、躊躇なく撤退する判断力。その全てにおいて圧倒的だ。

 俺たちは今の攻防だけでも、迫り来る緊張感と集中力から疲労を感じずにはいられなかった。

 しかし奮起し力が余りある”鉄処女の魔獣“は雄々しく吠え立てる。怒号にも似た絶叫の後、魔獣の脚力を持ってして急接近した。


「またさっきと同じことやんのか…………!?」


 浅いとはいえ、先ほど胸に受けた傷口が疼く。今の俺に常人離れした回復力はない。魔力も体力も有限の中で命を賭けたやり取りは、想像を絶する重圧だった。


(くそっ! 今までがどれだけイージーだったんだ、ってことだな)


 内心で毒を吐く。と共に拳で生傷残る胸を叩き、全身を駆け巡る痛烈で闘志に薪をくべる。


「来いや紗耶ぁ!」


 意味はなくとも叫ばずにはいられない。

 何も難しいことはない。

 相手は”鉄処女の魔獣(紗耶)“だ。

 昔と変わらない。俺と紗耶の喧嘩だ。


「uOOOHhhh!!」


 まるで言葉に反応したように、”鉄処女の魔獣“は獰猛に叫ぶ。その両手は鉤爪から形を変え、五指を固めた拳になっていた。


「ふっ!」


 ”鉄処女の魔獣“が打ち出した正拳を掌丁で受け流し、続く拳の乱打を交代と左右への跳躍で避ける。その全てが情け容赦なく振り下ろされ、まともに喰らえば五臓六腑ごと打ち砕かれていただろう。

 回避をしながら”鉄処女の魔獣“の側面へ回り込むと、そこには攻撃に徹する余り生じた隙があった。大股で一歩進み、その脚を軸にして回転蹴りを放つ。

 確実に脇腹を捉える距離で振り出された蹴りを、”鉄処女の魔獣“は猿臂で迎え撃つ。鋼の肘当てを纏った猿臂は垂直に振り下ろされ、よもや俺の脛ごと粉砕しようかという勢いだ。

 だが”鉄処女の魔獣“の迎撃は空を切った。

 俺は伸ばしていた膝を咄嗟に折り畳み、回転蹴りを空(・)振(・)り(・)さ(・)せ(・)た(・)。(・)

 回転の勢いそのままに独楽の要領で半回転すると、蹴り出した脚で地面を踏み締める。爪先から突き刺すように踏み込み、逆脚で背面に回転した。

 振り回した後ろ脚は上昇し、”鉄処女の魔獣“の顔面を捉える。”錬金“で咄嗟に頭部に鎧を纏うが、”相殺“の魔術により魔力で練り上げられた鋼は霧散した。


「うぉぉりゃぁぁ!!」


 乾坤一擲、ありったけの力で頭を蹴り抜かれた”鉄処女の魔獣“は後ろへ三歩よろめいた。

 確実な手応えに、俺は小さくガッツポーズをする。

 その瞬間、焦燥に駆られた恵梨香の声がした。


「太郎! した!」

「ん――――?」


 唐突に名を叫ばれ、俺は呆けた返事で振り向いた。

 次の瞬間、俺の視界は驚異的な変化を遂げる。俺は恵梨香へ振り向き身を翻したはずだが、視界は傾き身は宙を舞っていた。視界に恵梨香の姿はなく、クロエの背中を見つめる位置に転がり落ちた。


 一体何が――――。


 そんな疑問は次に目にした光景に掻き消される。

 俺(・)が(・)い(・)た(・)場所には黄金の尖塔が聳え立っていた。その天辺の造形は円錐形になっており、鋭利な屋根は一切の曲線なく尖っていた。


 もしあの場合にいたら――――。


 背中を冷たい汗が流れた。

 どうやら俺は危機一髪のところでオルガに救われたのだ。恵梨香の呼ぶ声に振り向き踏み出した一歩が、俺の命運を別けたというわけだ。


「”止(・)ま(・)り(・)な(・)さ(・)い(・)“!!」


 アイーダが声高らかに”鉄処女の魔獣“へ支配の命を下す。”鉄処女の魔獣“は抗えぬ命令によりその四肢を硬直させた。

 その間にクロエが俺の元へ駆け寄って来る。続いて駆け付けた昴たちに囲まれ、肩を貸されて身を起こす。


「ちょっと太郎! 何ボサっとしてんのよ。あんた串刺しにされたいの!?」

「俺が責められるところかよ。『した!』って言われただけで分かるかよ!」

「まーまー落ち着いて二人とも。王太郎くんもオーちゃんにお礼言っとくんだよ」

「ほんとに悪運と言うか幸運と言うか……。図太い星に生まれたんだな」


 口々に言われたい放題だ。「大丈夫?」の一言もないとは、何とも薄情な友人を持ったものだ。泣けてきた。

 そして俺の傷と魔力を全快させたクロエが、小さな手で背を叩いた。


「一応治療はしたけど、この方法だってノーリスクじゃないんだからね」

「もちろん分かってる。だけど今はそんなこと言ってられない」

「…………そうね」


 クロエは沈鬱そうに俯いた。

 しかし憂慮をしている暇などない。”鉄処女の魔獣“が地を揺らすほどの絶叫と同時に、アイーダの”支配“の鎖を引き千切った。


「WOOOhhh!!」

「魔力とか関係なしに腕力で拘束を解いた!

 なんて馬鹿力っ!」


 その轟音に全員が堪らず耳を覆った。空気が歪む中でアイーダが戸惑いの色を見せる。

 そして全員が”鉄処女の魔獣“の未知の力に身構え、一分の隙もない臨戦態勢をとった。

 しかし一触即発の戦況はすぐに幕を閉じた。


「魔王諸君も魔獣君も、そして招かれざる者もそこまでだ。ここは我が名と声に応じ戦闘を中止し、我が声に耳を傾けよ」


 崩壊した世界樹の、僅かに残った建造物から声が木霊する。声は叫ぶでもなく、淡々と尊大な口調で場を圧倒した。静謐さの中に含まれる荘厳さは必然とその場の注目を集めた。

 しかし魔王たちは声の主に心当たりがあった。ある者(オルガ)は聞き覚えのある声に身を震わせ、ある者(アイーダ)はやはりと得心がいったように舌打ちをする。そしてある者(クロエ)は最悪のタイミングだと顔を強張らせた。

 声の主は悠々と闊歩し姿を現した。

 その身形に対し、今度は俺を含めた全員が言葉を失う。

 主は銀色の燕尾服をシワ一つなく着こなし、燦々と降り注ぐ陽射しに白い肌を晒す。黒縁の眼鏡の奥にある糸目は含みのある笑みと野望の光を灯していた。


 そう。

 その姿はかつて紗耶(鉄処女の魔獣)が止めを刺した魔王。


「劉(りゅう)……、孔明(こうめい)…………!?」

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