泡沫、現、ふらふら
~あらすじ~
恵梨香と七海は”ReKindle“の刺客、ルートに苦戦を強いられていた。そこに現れた”色欲の魔王“は二人に微笑み「泡沫のように終わらせる」と告げる。
魔王と魔王級の激闘、ここに決着する。
「今度こそ、間に合いましたわ、お二方」
地に伏せていた恵梨香と七海の目の前に現れたオルガ・ベロニカは優しい微笑みを浮かべていた。
オルガは片手間にルートが繰り出す鎌鼬を“屈折”の魔術で受け流し、眼差しを二人へ向けていた。
「オルガ!」
「オーちゃん!」
恵梨香と七海は弛緩した表情でオルガに抱き着いた。オルガの腰に回された二組の腕は震えており、これまでの緊張がひしひしと伝わる。
そんな心細く不安で、恐ろしい思いを受け取ったオルガは二人を撫でた。己の中の強さと、覚えたての優しさで手を添えると、恵梨香と七海は立ち上がった。
「後はわたくしにお任せください。泡沫のように終わらせてご覧にいれましょう」
いつの間にか止んだ暴風。しかしそよ風は地を踏み抜くルートの足音を運ぶ。
オルガの紅眼にルートのやつれた顔が映る。そしてルートの背後にいるマリーはオルガを強く睨み付けていた。
「わたくしの友人を、よくもまぁ痛め付けてくれましたわ。この代金は高くつきますよ」
「ふんっ! あんたの登場が遅いんじゃないの!? 自身の怠慢を私たちのせいにしな――――」
「マリーは出血で血が足りてないのですから黙っていてください。どうせ私が殺すのですし、今は時間が惜しい」
「あら奇遇ですわね。わたくしにも時間がございませんの」
「ならば早々の決着としましょう」
ルートは一層冷めた表情で敵意を剥き出しにする。対するオルガは破顔一笑、敵意どころか戦意すら感じられない。
対照的な二人が並び立ち、一帯は厳かな雰囲気に包まれる。
しかし時間が停滞したような場は、脳を揺らす爆音により破られる。
ルートが巻き起こした竜巻は力学を無視して龍の如く舞い踊る。竜巻は砂塵を巻き上げてオルガ目掛けて直進する。
オルガは迫る竜巻を空間ごとねじ曲げて掻き分ける。
真っ二つに割けた竜巻はオルガと恵梨香、七海を囲む環境を吹き荒し吹き飛ばす。Vの字に駆け抜けると、その勢いに乗せられた砂塵が刃と化した。
「私たちには全力も出してなかった……、ってわけね……」
恵梨香は目前の出来事にただ息を飲み、言葉を飲み込むしかなかった。
戦況はオルガが防戦を強いられる形となった。下手に手を出すと砂塵に蜂の巣にされかねない状況下において、オルガは賢明に反撃の機を伺っている。
しかしオルガの防御も長くは保てそうにはなかった。
嵐を割く防御が徐々に弱まりつつある。
防御の隙間から暴風と砂塵が侵入する。
「くぅ……っ」
疾走する砂塵がオルガの白肌に牙を剥く。頬に腕、柴檀のドレスが血の傷跡を残していく。
苦痛と戦うオルガの唇が強く噛み締められる。
「魔力の底が見えてきたのではないですか、魔王?
昨晩で磨耗しきった身体に鞭打って出てきた甲斐がないですよ? ほら!」
激しく言葉を浴びせるルートは、同時に暴風の速度も上げる。
もはやオルガの周囲数メートルのみが防風域となる中で、その境界線はじわじわと縮小する。
やっとのことで刃風砂塵を掻い潜る恵梨香と七海は、打つ手を試行錯誤した。しかし何一つもて妙案は浮かばず、打開には至らない。
「確かに、昨晩は戦闘能力のない方たちを安全圏へ逃がすために魔力を使いすぎましたわね……。現に、戦闘能力を有する彼女らはここに留まる羽目になったのですから……」
オルガは苦悶の中、誰に向けるでもない呟きを溢した。
「しかしそれは、何の弁明にもなりませんわ!
ええ!
そうですもの!
だってわたくしは、“色欲の魔王”!!」
「なっ……!?」
「えっ……、ちょ」
プツン――――――――。
それは一瞬だった。
恵梨香と七海にとっては、劇画の夢が覚めるように呆気なく、それでもって不思議な余韻だけが尾を引いている。
ルートとマリーにとっては、スイッチをオフにされたように暗転した。
突然の終幕。
抉られた空間、屈折した大地、それらが語るのは“魔王”の圧倒的な力だった。
舞い上がった土埃は次々と地に落下し、笛のような音で風が鳴る。
泡沫が弾けた。
「さぁ恵梨香、七海、他の方々と早く合流致しましょう。状況は貴女方の想定よりよろしくはありませんわ」
恵梨香と七海は鳥肌を抑え、オルガの手を取る。
「あんなにもあっさりと……、さすがとしか言いようがないわね」
恵梨香は立ち上がると同時に皮肉ぎみに微笑んだ。自分たちが傷の一つも与えられなかった敵を、オルガは一瞬で撃破したのだ。自嘲の一つもせずにはいられなかった。
「そんなことはありませんわ、恵梨香。魔力は枯渇寸前、気を抜けば押し切られる状況下での起死回生の一発を外せばこちらが刻まれていたでしょう」
しかし意外にもオルガは苦笑を浮かべた。
「こんな苦戦はいつ以来でしょうか……」
これではあの方に呆れられますわね、とオルガは笑って見せた。が、その頬は引き釣って見られる。
「そんなことはないよオーちゃん! 今度は来てくれた!」
俯くオルガの瞳には、嬉しそうな七海の顔が写った。
自分を等しく一人として扱う友こ笑顔に、何だかむず痒い感覚がオルガの心を撫でる。不馴れな感情に心を捩らせるが、表情は威厳を保とうと努めている。
「ありがとうオルガ」
「ありがとう、オーちゃん!
そんでもって、おかえり!」
ニカッと笑う七海と、照れ臭そうに微笑む恵梨香。
オルガはたまらず表情筋を絆し、二人を抱き寄せた。
「ただいま、帰りましたわ」




