風雷坊
~あらすじ~
”ReKindle“の襲撃者と対峙した零は、逸る気持ちそのままに早期の決着を望む。
一方、襲撃者のレオナルド・ヴァトラーはある秘策を手に零に戦いを挑むのだった。
――――オルガが決着を着けたとき少し遡る。具体的には劉孔明と対峙した零が襲撃を受けた直後……。
完全に意識外からの一撃だった。もしこれが通常なら零の反射をもってすれば容易く回避が出来た。しかし今回に限りは異常も異常、目の前に据えた敵は“嫉妬の魔王”こと劉孔明だ。意識を孔明に集中せざるを得ない状況を狙われたのだ。
確実に仕組まれた状況は孔明の手回しだろう。
まんまと思うがツボに嵌まったことが癪に触るが、今はそれを越える最優先事項がある。
この襲撃者を手早く片付けるか……。
「他人に殴られるなんぞいつ以来だか……。落とし前は高いぞ」
着地した大地を砕くほどの勢いで飛ばされた零は土埃の中、悪態を吐いて立ち上がる。朝陽を背に襲撃者を睨み付け、明らかな殺意を放つ。
「何を白々しい……。完全に虚を突いたと思ったのに、衝突の方向に飛んで衝撃を緩和。おかげでダメージはゼロ。ただ場所を変えただけじゃんかよ」
金毛を逆立てた青年はボリボリと頭を掻きむしる。吊り上がった瞳で零を見据え、深い溜め息を吐き出した。どちらかというと苛立ちというより落胆の大きかった青年だったが、強敵を目前に気持ちを切り替えた。そして鋭い目付きで零を見据える。
「俺の名は“レオナルド・ヴァトラー”、お前に引導を渡す者だ」
レオナルドは自信ありげに拳を突き出す。
その拳には歴戦の傷痕が刻まれている。
だが、レオナルドという青年はその身体のどこにも、身に纏うものにも一切の刻印が見当たらない。”ReKindle“幹部が刻む蝶の模様がない青年は、どこか不思議な存在だ。
「いーよ名前なんぞ。どうせ数十秒の付き合いだ。人生の中で爪弾きにされる刹那、瞬きするにも足りん」
しかし、零にとっては”ReKindle“の刻印も歴戦の傷痕も些細なことだ。苛立ちと焦燥の入り交じる声音でレオナルドを切り捨てる。
「言ってくれるな……。その言葉すぐに撤回させてやんよ。
……行くぞ!」
レオナルドは躊躇いなく大地を蹴り上げ駆け出す。
レオナルドは風に乗るかのように徐々に加速し、ついには自動車など優に越える勢いで零に突撃する。
「何だそれは……」
零は呆れ果て溜め息を吐く始末。“敵”と謂えば余りにも粗末なレオナルドはせいぜい“襲撃者”止まりだろう。ただの一度襲撃に成功しただけの相手でしかない。
だが、レオナルドは勢いそのままに零に衝突することはしなかった。
零の頭の上を高々と飛び越える。レオナルドは障害のない土地を自由に駆け回り助走をつける。
速く速く、さらに速くなるレオナルドの速度はすでに零の“速度”の域に達していた。
「あー……、そーいう魔術か……」
零はレオナルドの挙動の意味を理解した。
理解した上で、
「物足りないな」
吐き捨てた。
零はレオナルドに見切りを付ける。期待外れと切り捨て膝を曲げる。
――――地が弾けた。
魔王にとっては助走など不要、一瞬で最高速度に迫り、その気迫でレオナルドは圧する。
「さすがに乗りきれてないのに正面衝突は……、押し負けるかな」
レオナルドは魔王の形相に堪らず弱音を溢す。しかし勝負を捨てるなど毛頭念頭にない。
レオナルドは勝つための手を全て打つ。零に勝つことだけがレオナルドの悲願、だからこそ出来ることは何だってする。
予想外の出来事は肉薄の寸手で起こった。
「っ!」
突如として現れた岩壁が零の道を阻む。否、現れたのではなく隆起したのだ。
しかし零は止まらない。全身に乗った破壊力をそのまま壁に向かって拳を振り抜く。
だが、次の予想外は得てして起こる。
「……砕けねーか!」
零の破壊力ですら砕けない岩壁など異常だ。それを察した零は壁を蹴って距離を取る。その隙をレオナルドは逃さない。
大きく弧を描いて駆けるレオナルドは零の着地点へ先回りした。
「まずは一本いただき!」
「そんなに甘かねーよ!」
レオナルドの追撃の拳を零は脚で弾く。零は回転のままレオナルドの脛椎へ狙いを定める。その狙いは的確だった。レオナルドのスピード、行動パターンetc、全てを鑑みて百パーセント命中する迎撃だ。
だがレオナルドは宙を舞って回避した。足元で隆起した大地がレオナルドの軌道を変えたのだ。
レオナルドはスピードそのままに再び助走体勢に戻り、次の隙を伺う。
「やたらめんどーなやつらだな……」
零は周囲を駆けるレオナルドを眺め戦況を理解した。と同時に孔明の物言いも思い出す。
「――――零を殺すために手塩にかけて育てた者達――――」
相手はレオナルド含め他に少なくとも二人、大地を隆起させる魔術師と、その大地ないし壁を破壊させなかった魔術師だ。その二人は零と直接戦闘を避け妨害に回る。実に合理的だ。
そして零にとって大切なことがもう一つ。
「レオナルド、と言ったか」
「おっ!?」
レオナルドは名前を呼ばれ拍子抜けした声を上げる。
「先程の言葉の撤回と共に認めよう。晴れておめーは俺の“敵”だ」
レオナルドは思わず耳を疑った。そして止まらない鳥肌に戦慄した。
「その一言、たまんなく滾るぜ!」
レオナルドは瞬時に自身のリミッターを解き放つ。己の持つ魔術・魔力の限界を越え、さらには仲間の手を借りてなお届かぬと決めつけた“壁”がそこにある。
越えるイメージは出来た。あとは成すのみ。
いける、出来る、越えられる……!
勝利を掴み取ってこそ、“レオナルド・ヴァトラー”は完成する……!
「うぉぉぉ――――!」
自身を凌駕し始める敵は未だ知らず、正に“未知”の敵。それを前にしてなお、零は血肉を踊らせる。
レオナルドにとって、“壁”とは越えてこそ意味のあるもの。
零にとって、“壁”とは越えて当たり前のもの。
これは、二人の生涯を賭した戦いなのだ。
刹那、両者に灯るのは勝利の残像――――。
しかしそれは、神速の前では足踏みするのみ――――。
片や風の乗るように靡く金毛、片や雷走る如し高速で駆ける。
第三者による岩壁の妨害があってなお、二人の実力で言えば零が圧倒していた。それは速さの差か、経験の差か……、もしくはそのいずれもだ。
レオナルドは仲間の助けありきでやっと戦況を保っている。
――――ように思えた。
僅かに、ただほんの僅かずつに戦況は均衡へ向かう。
均衡どころか、三人の魔術仕込みで出来上がった戦略は優勢に傾き始めた。
加速を強めるレオナルドは、もはや零の速度では追い付けぬほどに速まる。
これほどか……!
とは零の内なる心境の吐露である。
そう、零とレオナルドの魔術は“同系統”でありながら“同じ”ではない。
零の魔術は“速度”を自在とするもの。
一方、レオナルドの魔術は“加速”であった。それは道そこにある限り衰退を知らぬ無邪気なる動力である。零から百までのピッチでは劣るものの、百以降は無限大。
これこそが、仲間を使って零の妨害を企てた真意である。即ち、レオナルドの“延命”とも言い換えられよう。
零がそれに気が付いたときにはすでに手遅れだった。
場はレオナルドの加速のために整えられたサーキットである。零にとっては力の半分も発揮出来ない悪路であることも十二分に作用し、戦略は逆転した。
「さぁ魔王! 我が悲願のその首頂くぞ!」
攻勢に転じたレオナルドは躊躇わずに零の留めを狙う。
それを防ぐ零とは百戦錬磨の”怠惰の魔王“だ。逆転の一手を――――。
「狙う暇もやらんよ!」
レオナルドは苛烈に攻め立てる。
零はレオナルドの攻撃をそれでも裁き続けるが、これ以上はジリ貧なのは火を見るより明らかだった。錯誤よりも対策よりも立案よりも早く、暇も間隙もなく逸る猛攻に零は思考を捨てた。
――――そして選んだのは、本能。
「やり口が即興なんだよ!」
零が暴いたのは、ハレオナルドの僅かな逃走本能だ。
零が行う迎撃の際にレオナルドが微かに臭わせた変化、零は闘争本能に従いそれを見事に噛み砕いた。
レオナルドが唯一ウィークポイントとしていたのは、サポートをする仲間の安否だ。いくら遠巻きから妨害を行ったとは言え、遅かれ早かれ居場所を突き止められるのは分かっていた。問題は零の攻撃からいかに守るかだ。
その危惧がレオナルドのムーヴに違和感をもたらした。レオナルド本人すら気が付かない僅かな動きのズレだ。
零へ追撃を仕掛けるときも、零からの攻撃を防ぐ際も、仲間の方角へは自然と躊躇いを見せていたのだ。
零はその隙を経験で看破した。そして放ったのは蒼白い雷霆だ。
風を纏い人を越えた者すら追い付けぬ――――”神也“。
しまった――――。
レオナルドが悟ったときには雷霆は爆発ととまに煌炎へと変わる。紅に染まる一帯は一切の生命を許さぬように蠢いていた。
「あんた……、本当に命に容赦ないんだな……」
レオナルドは怒りに満ちた声で零を据える。
「今さらどーこー言わねーよ。初めに区別は付けねーことにしたんだ」
戦略を掻き乱す風は未だ留まるところを知らず、魔王の命のみを標的と据える。
絶対的な雷霆は身体を駆け巡り、挑戦者を焼く瞬間を逃れて待つ。
この攻防の間、僅か百数秒――――。
雌雄が決するまで、僅か十数秒――――。




