狂人とタップ
~あらすじ~
春山たちと別行動に移った恵梨香と七海。二人は敵の作戦の要である魔術師と遭遇したが、そこには強力なもう一人の敵がいた。
恵梨香と七海は二人の強敵に対し、活路を開くことが出来るのか……!?
「春山さんたちは無事かな……」
「確かに心配だけれど、今はこっちに集中しなさい、七海!」
「そ、そうだね!」
張り詰めた緊張感の中、肩で息をする恵梨香と七海は言葉を交わす。
春山たちと別れた二人は恵梨香の導きによって敵と衝突した。つい先程から始まった戦いは、敵のイレギュラーな戦術に後手に回るしかなく、恵梨香と七海は不利を強いられている。
だからこそ建物に身を潜め、打開の一手を模索していた。
「ほーら出てきなさいよ。どうせ私を逃すつもりもないでしょ」
そう言いつつ、ブーツで砂を蹴散らす女は笑った。金糸のような髪を靡かせ、ご満悦の表情だ。
この女の名は“マリー・マクベス”、今回“ReKindle”が仕掛けた一連の強襲において必要不可欠な魔術の持ち主だ。
その魔術とは“通路”。自身の魔力を流した無機物を扉として空間の跳躍を可能とするものだ。
しかし“通路”の魔術自体に高い戦闘能力はない。せいぜい敵の撹乱と逃走が関の山だ。
では恵梨香と七海は何に手子摺っているのか。それは作戦の核となるマリーを守る者の存在だった。
「マリー、あなたはあまり前に出ないでください。不意に首を落としてしまいそうになります」
「ルートは丁寧なのに天然毒舌なのが玉に瑕よね」
マリーの後ろを追うルート・ドレットは淡白に言葉を切り捨てる。その青白い顔には一切の表情が見られない。
「マリーは戦ったら弱いのですから、分を弁えた立ち振舞いをお願いします」
「それってひょっとしてもしかしなくても、この私に喧嘩売ってるのかしら?」
ルートの毒舌に怒りマークを浮かべるマリーは、偶然にも七海たちに背を向ける。
「今だ!」
千載一遇の好機に七海は炎の矢を連射した。
しかし炎はマリーに届く前に吹き消される。
「ほら、あなたは扉がなければ丸腰同然なのですから引っ込んでおいてください」
「くぅ~~! 頭に来た。私の戦い方見せてあげるわ!」
そう言ったマリーは懐から卓球ボール程の大きさのどす黒い種子をばら蒔いた。種子はすぐさま芽を出し実り、そしてモノリスへ成長を遂げる。
モノリスはまんべんなく散らばり、一体の雰囲気を物々しいものに彩る。
「そこにいるんでしょ? 出てきなさい」
手近な扉に手を入れたマリーはそこからサブマシンガンを取り出した。その銃口を再び同じ扉に突っ込むと、凶悪な笑顔を浮かべる。
「魔術師には銃が有効なのよ」
引き金を引いた。
サブマシンガンは強烈な音を叫び薬莢を吐き出した。
扉に消えた銃口の目標、それは七海たちを取り巻く扉へ向けられていた。
「まさか手当たり次第に当たるまで乱射乱撃、なんて言うんじゃないでしょうね!?」
いち早く空間の接続を察知した恵梨香は金切声を上げる。恵梨香は咄嗟に七海を抑え込み、その上に覆い被さった。
引き金は引かれ、弾丸は空へ放たれる。
図上を飛び交う弾丸御一行は正面から、後ろから、そして左右からと縦横無尽に暴れまわる。「敵はどこだ」と吠えんばかりに銃声は鳴り響き、恵梨香たちに身動き一つ取らせない。
そして終いに、サブマシンガンは弾倉が空になるまで空薬莢を撒き散らした。
「恵梨香怪我はない……?」
「えぇ、全弾見事に空を切ったわ。私たちの具体的な居場所は把握出来てないみたいね」
なんとか攻撃をやり過ごした二人は小声で一時撤退をする。
敵の死角になるように校舎の壁を伝って身を潜めた。
対してマリーとルートの二人は堂々と道を行く。二人を隠す遮蔽物はなく、狙ってくれと言っているようなものだ。
しかし七海の攻撃がことごとくルートに防がせることは目に見えている。それを承知しているのか、マリーはずけずけと先へ歩く。
「反撃なし……。さてはどこぞで蜂の巣にされたか、愚かにも好機を伺っていちゃったりして!」
マリーは高笑いと同時にサブマシンガンに次の弾倉を籠める。
後は先程と同じように扉へ銃口を捩じ込み引き金を引く。
「Fire」
言葉の通り、サブマシンガンが火が噴いた。
辺りに乱立するモノリスを介して弾丸が飛び交う。ほんの一呼吸でさえ肉を断たれる危うさの中、恵梨香と七海は互いを信頼していた。
二人が繋いだ手と手は固く結ばれ好機をひたすらに待つ。
待って待って耐え忍び、そして待つ。
好機は、唐突に訪れる。
「七海、今よ!」
「合点承知!」
恵梨香と七海の僅かな合図からの攻撃は、確実に、そして迅速に執り行われた。
七海は目前のモノリスに向かい橙の炎をありったけ叩き込む。七海が放った炎はモノリスを通り空間をまたぎ、マリーの手にするサブマシンガンを捉えた。
「ちょっ! 何よこれ熱ぅっ!」
サブマシンガンを覆った炎はマリーの手に延焼する。生の薪をくべられた炎は紅く猛り餌を求め這い上がる。
これこそ恵梨香と七海の目論見通り。遠距離が防がれるのならゼロ距離で仕掛けるのみだ。そのためにはモノリスから直に火を注ぐに限る。
そのためには、恵梨香の能力によりマリーの真横のモノリスと空間が繋がったモノリスを探し当てる必要がある。しかしその機動力と、銃弾の嵐に耐えうる堅固さもない。
ならば取れる策は一つ。
“待つ”ことである。
一つのモノリスに張り付きスタンバイをする。
この“亀の子作戦”により、マリーに一矢報いたのだ。
さぁマリーは瞬く間に紅炎に飲み込まれる。退路を断たれた“ReKindle”は袋のネズ――――。
「だから『分を弁えた立ち振舞を』と申し上げたのに、これだからマリーは」
作戦の要であるマリーに点火されたにも関わらず、ルートは焦燥の色一つ見せずに呆れている。
そして一呼吸の内に、病的なまでに白い腕を一つ凪いでみせた。
吹き抜ける風が頬を掠める。
「きゃあぁぁぁ!」
同時に木霊するマリーの金切声。
しなやかなマリーの腕は二の腕から下に続かず、真下には炎にくべられた肉片が落ちていた。
鮮やかな血液がドクドクと滴る。
「何してくれてんのよルートォ! あなたなら鎮火も出来るでしょうに、よりにもよって“切除”!? 返答次第で殺すわ! えぇもちろん許す気などないけど!」
「それでは燃え盛る炎はより勢いを増すだけだと言う理由から、切除する選択肢こそが端的かつ的確な処置だと判断したまでです。
私の使命はマリーを“生かす”こと。別に綺麗な身体でなくとも生存には差し支えありません」
ヒステリックに怒鳴り散らすマリーと、取り乱さず淡々と弁を並べるルート。この二人の周囲の空間は混沌としていた。
そんな様子を察した恵梨香は即座な撤退を決心する。
「一旦ここから移動しましょう。慎重に行くわよ」
七海は親指を立てて返事を返す。
だが、このやり取りの内に少しの油断が生じた。
マリーのヒステリーを聞き流したルートは、脚で燃え続けるマリーの腕を蹴り出した。無様に転がる腕は空間を跳躍し、恵梨香たち二人の元へ現れる。
「「っ!?」」
意表も意表、まさか切断された燃える腕を敵がこれらへ寄越すなどと誰が想像しようか。
歴戦の強者なら然り、それを戦闘経験皆無に等しい少女に強いるのは酷であろう。
思わず息を飲んだ二人の少女の身体は、無意識の内に硬直していた。
風が吹く。
強風は次第に研ぎ澄まされ、木々は愚かコンクリートの障壁さえ断ってみせた。
モノリスによって場所を把握したのはルートも同じ。空間を越えた風の流れにより、恵梨香たちの場所は割れていた。
七海は立ち上り火炎放射と同時に炎を操る。
「炎でガードを!」
「その程度の火力ならこの鎌鼬は止まるどころか弱まりもしませんよ。止めることは不可能だとの認識で構いません」
ルートの言の通りに炎の壁では無力であった。壁を突破した鎌鼬は木葉や瓦礫を巻き込み、風の流れを視認できるようになっていた。
「恵梨香!」
「七海!」
互いが互いを庇うように手を取り瞳を瞑る。最期の瞬間までも信頼は揺るがない。
故に奇跡は起きる。
恐々とした鎌鼬は、二人を避けるように“屈折”した。
「今度こそ、間に合いましたわ、お二方」
妖艶な声は優しく温かく、そして何よりも強かった。
巻き散らかされた銃弾を踏み抜くヒールは高らかに音を立て、硝煙の臭いすら掻き消す甘くて蠱惑的な香り。
戦場に現れた “色欲の魔王”は、長い銀髪を靡かせ不敵に微笑んだ。




