プリーズ・フリーズ
~あらすじ~
マリオとの最終局面、校舎に轟く大音響。それが指し示す決着の時と開戦の烽火。
昴の前に現れた嵐との氷の激闘が始まる。
――――暗殺者マリオ・コールマンには、暗殺のときに必ずする行動パターンがあった。それは願掛けやジンクス、あるいはルーティーンのようなものであり、さして大きな理由はない。
それは“目標の脚を掴むこと”。
決して首から狙うことではない。
暗殺において最も危惧すべきことは、目標に逃げられることである。それを阻止去るために目標の脚を掴み、ときには破壊する。
破壊が叶わなくとも、目標の脚に「狙われている」という感覚を直接刷り込み、その一歩を牽制する。
癖ともいえるマリオの行動を、交戦して数十分の梓が知るはずもなかった。
「知るはずもな か っ た 」のである。
知らないのは過去の話。梓は確かな確証の元に、その癖を看破した。
最初の浪岡への襲撃も脚から。
春山への追い討ちも脚へ。
仮説を立てるには十分なデータだった。
全てはこのための伏線。
このチームの要は梓だ、とマリオに見せ付け続けた。
守備の要の春山の負傷に万事休すかと思われたチームを立て直したのは梓だ。
守備でも、攻撃でも敵の位置を把握したのは梓だ。
その鉄仮面の下で強かな笑みを浮かべ、ただマリオに刷り込みを行った。
そしてマリオは第一の目標を梓へ移した。
梓は腱を負傷してもなお立ち上がったのは、マリオの癖を誘発するためだ。座り込んでいては率は低い。
歌音の牽制弾を最大限に有効活用し、当初の策を実行する。
そのためだけに梓は、このチームは耐え忍んだ――――。
マリオが梓の首へ突き付けたダガーが空を切る。
逃がすまじもマリオが掴んだ梓の肩はマリオの手から抜け落ち、その手にはブレザーだけが残っている。
それもそのはず。梓が羽織っていたブレザーは一回りも二回りも体格のいい伴場のブレザーなのである。さらに切り込みを入れたそれは、少し力を入れれば容易に脱衣が可能となる。
「ごめんなさい伴場くん、貴方のブレザー駄目にしたみたい」
まるで悪女のように微笑んだ梓はその身体をヒラリと翻した。
梓が目指した目指すマリオ・コールマンは、梓の首を取るために、胸より上の身体を壁から現していた。
無論危機を察したマリオは、脱兎のように壁に逃れようとする。
しかし、 音 速 には劣る。
「LAaaa――――――――!!」
悲鳴とも取れぬ絶叫が木霊する。
その爆音はマリオの耳元で鳴り響き鼓膜を貫き脳を揺らす。
その不快な魔笛の調べに、歌音と春山も思わず耳を塞いだ。
共鳴した魔笛が鳴り止むと、マリオは壁から抜け落ち動かなくなる。
「な、なに今の……?」
間抜けな声で歌音が梓に語りかけた。しかし返事はない。
「ねぇ梓?」
歌音が梓の肩を叩くことで、ようやく梓は振り向いた。
「ごめんなさい、今の音で私の聴覚もやられてるの。しばらく会話は出来ないわ」
そこで歌音たちは理解した。今の爆音は梓の魔術であり、間違いなく“奥の手”であった。
そこで歌音が、廊下の床を削り筆談を始めた。
『わたしたちはやくにたった?』
「もちろんよ。今回の功労者は皆よ。私の魔術は“音響”、これなら敵の探知は出来ても牽制は出来ないわ。だから歌音と春山さんの力が必要だったの」
床を削る瓦礫を取った春山が筆談を変わる。
『さいしょから狙っていたの』
「途中からよ。私、決行企むタイプなので……」
そう言ってはにかんだ梓。ようやく場の空気が緩んだ。
互いに負った傷は深く、襲う疲れも少なくはない。
三人はしばし休憩を挟み、覚束ない足取りながらも支えあって進み出す。
「LAaaa――――――――!!」
梓が打ち鳴らした魔笛は校舎一帯に木霊し、その場にいた全員の足を止めていた。
この男もご多分に漏れず、一度足を止める。そして再び歩を進め、鼻歌を口ずさむ。
目的地へ辿り着いた男は扉を無遠慮に開いた。
「昨日振りっすねぇ。ここじゃないかなー、と思ったら案の定でした」
黒澤嵐は目元を隠す前髪を掻き上げ、いけしゃあしゃあと陽気な挨拶を投げかける。
挨拶を受けた昴は苛立ちとともに溜め息を吐いて立ち上がる。ゆるりと上がった昴の視線は嵐を捉えていた。
「自分から来てくれたなら探しに行く手間が省けた」
強気な語調の昴だが、内心は焦燥に満ちていた。
昴の背中には凍傷により床に伏せる諸渕真来と芽久留の姉妹がいる。頭まで毛布を被り、微動だに出来ない二人を庇う形となる。
そんな昴のハンデを理解しているからこそ、嵐の余裕の笑みは崩れない。
無論、嵐はそんなアドバンテージなどなくとも昴を圧倒する自信があった。
「昴さんじゃ俺には絶対に勝てないっすよ。俺の“凍結”はあんたの“氷像”より強力、いわば上位互換っすよ」
「言ってろワンパターン野郎」
嵐は昴の言葉を聞き、なおさら昂っていた。
余裕が溢れる嵐は昴をどうやって蹂躙するかに考えを巡らせていた。
嵐はじりじりとにじり寄り距離を詰める。その一挙手一投足に快感を感じる嵐は純粋に楽しんでいた。
――――戦いは突然始まる。
カチッ!
嵐の踏み出した一歩が立てた音は開戦の号令だった。
嵐が踏み抜いた瓦礫が連動を始め壁が瓦解する。それはあからさまな昴の罠だ。
しかし嵐は慌てることなく、罠を凍りつかせて回避した。
昴は嵐に間を与えることなく氷柱を撃ち放つ。
嵐はその氷柱すら凍結させて墜落させる。が、昴が放った攻撃は嵐のみを狙ったものだけではない。
昴の狙い通り、氷柱は凍った罠を破壊した。瓦礫をさらに砕いたつぶてが嵐に降りかかる。
「見えっ見えすよ!」
嵐は降りかかる全ての瓦礫、氷柱そして作戦を一蹴して凍り付かせた。
昴の想定を超えた“凍結”は昴を圧倒していた。
「攻守交代、一瞬でも気を抜くと氷付けっす」
素早く攻め手に転じた嵐は、真っ白い冷気を噴射した。
嵐の攻撃の狙いは明らかだった。冷気の狙いは昴の向こう、すなわち負傷している諸渕姉妹へ定められていた。
嵐のあからさまな狙いに気付かない昴ではない。だからこそ、昴は最善の最悪手を打った。
「意地汚いにも程があるだろ!」
昴は魔力を降り絞り、今の自身に出来うる最大の結界を張った。
結界、と言っても魔術的なものではなく物理的な結界。薄氷を張って冷気が外気に漏れ出さないようにしただけの脆いものだ。
しかしこの結界が最善手。嵐の冷気が無防備な諸渕姉妹を襲う可能性をゼロにし、かつ嵐の退路を塞いだ。
しかしこの結界が最悪手。逃げ場のなくなった閉所では、嵐の“凍結”は猛威を奮う。自ら嵐にアドバンテージのある状況を演出したことになる。
およそ十メートル四方の結果は、勝負の早期決着を意味していた。
「すぅっ!」
嵐が冷気を大量に噴射する。純白の冷気は触れるもの凍えさせる悪魔の吐息。ましてや人の肉など凍える間もなく壊死するだろう。
「くぅ……」
「はははっ!」
昴が撃ち出した氷塊を、嵐は容易く凍り付かせる。
「ふんっ!」
「んー。つまんないなーっ」
「ちっ、おらぁ!」
「~♪♪♪」
昴は素早く追撃を試みるも、嵐はのらりくらりと氷結と回避を繰り返し余裕を見せる。
昴と嵐の攻防はほんの数手だったが、力量の差は歴然だった。
狭い閉所の中で冷気を避けながら攻撃を繰り出す昴は呼吸を荒らげていた。その身なりは泥だらけで、節々には血が滲んでいる。
対する嵐は最小限の動きで、そして鼻歌を口ずさみながら攻防をこなす。嵐の表情には爛々と輝く笑顔さえ見られる。
最早薄氷の結界も限界が近い。簡易結界の氷は所々が欠けて穴が開いている。その欠落が冷気の充満を防いではいるが同時に倒壊の危険性をはらんでいる。
次の攻防が最後となるだろう。
瞬きの間に雌雄が決する。
――――仕掛けたのは、昴だった。
氷の盾を構えた昴はその身一つで突撃を仕掛けた。自ら凍える冷気へ突っこみ、嵐に接近する。
捨て身の特効にやや気圧された嵐だが、すぐに余裕を取り戻す。冷気の中に生身で身を置くとなると数秒で凍傷を負い、その後数秒も経たずに身体が壊死する。
「ついには自棄っすか? いたたまれないっすね!」
「うるせぇ! 手前みたいな芯のないやつには負けられないんだよ!」
嵐の元へ辿り着いた昴は盾を投げ捨て組技に持ち込む。
昴は嵐の襟と袖を掴んで柔道の要領で身体を預ける。その軽やかな業捌きに嵐は背中から落ちた。
「くぅっ!」
ここに来て、とうとう嵐が苦悶の声を漏らした。
しかし嵐の瞳は死んでいない。
昴は嵐を地に抑え込んだ。ただし意識を落としにかかる数秒を耐えれば勝機は嵐にある。
「昴さん、俺のこと“芯のないやつ”って言いましたね? 本当に芯がなくてこんな大それたことが出来るとお思いで?」
一歩も譲れぬ意地の瀬戸際で、嵐にら明確な意志が宿っていた。
「……何が言いたい?」
肌を突き刺す冷気の中、昴は嵐の心中を探る。
「俺たちは“魔術”といった才能を持って生れた“強者”、なのに魔術を持たぬ“弱者”が敷いたルールで制限を加えられる……。ちゃんちゃら可笑しい話っすよ!」
細くなる呼吸の中、まだ嵐は言葉を吐き続ける。
「強者が弱者を支配する。正しき生態系の形で、俺は支配する側にいる。“強者”として産まれた以上、俺は俺を楽しむだけっすよ!」
血走る眼を剥いて、嵐は勝利を確信し、理想の未来を見据えていた。
その証拠に、嵐を抑え込む昴の力はもうなかった。時間切れだ。後はのしかかる昴を退かすだけ。
嵐にとっては容易いこと、なのだが……。
嵐はその場に倒れ込んだ。
当の本人さえも気付かない僅かな不調は、嵐を深い眠りに陥れた。
凍傷に満身創痍の昴と、昏睡状態の嵐が残った薄氷の箱はただ静かだった。
そんな静寂は、薄氷が砕ける音に消えていく。
「ちゃんと生きて……って、ぶっ倒れてるじゃない!」
「昴くーん、大丈夫ー?」
薄氷を割った姉妹は立ち込めた冷気を換気し、倒れた昴を抱き上げる。
昴の容態を一瞥した諸渕真来は安堵の声を吐いた。
「痕は残るかもだけど、機能は問題なく回復する程度だねー。運がよかった」
「それならいいんだけど……」
しかし妹の芽久留は心配そうに昴を見つめる。
「本当に、援護が遅いんだよ……」
眼は閉じたまま、昴は諸渕姉妹に悪態を吐く。
「だってしょうがないでしょ! 私の“催眠”の効果は個人差に左右されるんだから。だいたいあんたが嵐を挑発するから……!」
「はいはーい、芽久留ちゃんの文句は後で聞いてあげるからねー」
昴に文句を返す芽久留を、姉である真来が威厳で嗜める。
赤髪を掻き上げた芽久留はばつが悪そうに目線を逸らした。
「何はともあれ、一人でも敵を無力化して捕らえたことは大きい成果だ」
「そうだねー。早く他の人とも合流しないとね」
「あんた立てる?」
満身創痍の昴と、微かに足取りの重い姉妹が窓の外を眺めたとき、朝焼けが教室を満たした。
すでに日は高くなっていた。




