セカンドインパクト
~あらすじ~
決意を新たにした王太郎と紗耶。その二人の前に二騎と香月、そして零が現れる。
零との問答の果てに王太郎は一歩前へ進んだ。
そして二騎と香月から語られる”ReKindle“の『目標』。
そして一同の目の前に現れた人物とは……?
山並みを貫き、荒れた瓦礫の間を縫って射し込む朝日は教室を照らす。
窓際の俺と紗耶は陽の光から目を逸らした。
すると、教室を訪れた者を視認する。
「どうやら朝臣の気持ちも吹っ切れたようだな」
カツカツとヒールを鳴らす二騎先生は、腰に手を当てて凛と、微かに微笑んでいた。二騎先生の後ろに控える香月先生も優しく微笑んでいる。
二人とも俺の担任、副担任として少なからず気を配ってくれていたのだろうか……。
そして二人の後ろには、険しい顔をした零の姿が見えた。
腕を組んで構える零は表情を変えることなく静かに口を開いた。
「答えは出たのか?」
低い声の問いかけを突き付けられる。
俺は覚悟を持って零と正対する。
「一応……、な。お前の生命観にも理はあると思う。
ただ、その一つだけが答えじゃないと思うんだ」
「ほぅ……」
小さく反応を示した零は、目を細めて俺に答えを促す。
俺は緊張で高鳴る鼓動を感じながら、しっかりと声を絞り出す。
「俺は馬鹿だからさ、今は『守るべきものは守る。大切な人を傷付けるやつは敵』だってくらい単純がいいんだよ」
しっかりと絞り出た言葉は真っ直ぐに零へと届いた。
隣にいる紗耶は嬉しそうに頬を緩ませ頷く。
「例え敵が何であっても、か?」
零はただただ低い声音で問いを続けた。
その問いは単純ながらも、答えるのは容易くない。
だが、俺は覚悟を決めた。
「どんなに大きな敵であろうとも、守るために俺は傷付くことを厭わない。
俺は零みたいに強くないけど、その分を仲間と支え合う。守ってくれる仲間もいて、傷付いた俺を慰めてくれる仲間もいる。
でもってまた挫けたら、頬をひっぱたいてでも奮い立たせてくれるやつもいる。
……まだやれる」
俺は覚悟の全てをありったけの言葉で吐き出した。
零に上手く伝わったかは分からない。
それが文として成り立っていたかも自信はないが、感情を清々しいまでに口にした。
俺の言葉を聞き入れた零はしばし思考し、頷いた。
「……ならそれ以上は行動で示せ。それが一番単純で明快な方法だ」
それだけだった。
それだけでも十分だった。
今まで背中を遠くから眺めるだけだった零に近づいた気がする。
まだ手は届かないかもしれない。
けど、零の影法師を踏むくらいには近づいたはずだ。
俺の心には微かながらも充足感があった。
俺と零の問答を見届けた二騎は、一つ咳払いをして話題を切り替える。
「さて、それではこちらからも本題を切り出させてもらおう」
二騎先生の一言に気持ちを気を引き締めて耳を傾ける。
「お前らが敵と交戦したとき、やつらは『目標』と言ったのだな?」
「えーと……、はい。そんなことを言ってた気がします」
「私も聞きました」
俺の回答に紗耶も同意を重ねる。
それを聞いた二騎先生は難しい顔をした。
「ここからは私がお話を引き継ぎますね~」
すると後ろに控えていた香月先生が前に出てきた。
香月先生は手元のタブレットを操って、とある画面を示した。
「このデータを覚えていますか?」
その画面は、いつの日にか計測した紗耶の魔力値だ。香月先生は以前『学生の域を超えている』と評していたが、それが問題なのだろうか。
「これが何の関係が……?」
「以前の計測時、恥ずかしながら私が取り乱してしまったせいで説明が不十分でしたが、この数値は異常です。『学生の域を超えている』というのも誇張ではありません」
改めて香月先生が説明をすると、隣の紗耶は唾を飲んだ。自分の持ち合わせるものの大きさを再認識したらしい。
「そして問題は今です。
宇佐美さんは当時から研鑽を重ね、確実に成長しています。
今すぐ魔力を計測することは出来ませんが、現時点で宇佐美さんは魔王にも比肩しうる魔力量を持つでしょう」
「……えっ!?」
香月先生の言葉を聞いて、当の本人が最も驚いた。
紗耶の声は静かな教室で木霊する。
「敵はどういう訳か、魔力量の高い宇佐美を捕らえようとしている。
“ReKindle”のやつらがもう一度攻めてくると宣言した以上、思惑通りにさせないことがあたしらに出来る最善の策だ」
紗耶を守るための策があるのか、二騎先生は強気に言い放つ。
「ちょ、ちょっと待って!」
そこで声を荒らげたのは渦中の紗耶だ。
「どうして私が敵に狙われるって分かるんですか?
魔力量が高いからってたかが学生をどうして……!?」
混乱した紗耶は今までにないほど取り乱している。
そんな紗耶を宥めたのは、何と零であった。
「まー、そこんとこ含めて本人に聞いてみればいーだろ」
そう言って零は教室の角の暗闇を指差した。
俺たちは見たところ何もない暗闇を注視する。
すると、暗闇の中で何かが蠢いた。
「これはこれは、バレていましたか」
暗闇の中で蠢いたのはほんの僅かに滴る水滴。
意思あるような動きを見せた水滴は言語を発し、一点に収束する。
だんだんと形を保ち始めた水滴は水流へと変わり、人形を有した。
銀色の燕尾服を着た男は、黒縁の眼鏡の奥の糸目を吊り上げていた。
「お前は!?」
「あんたは!?」
俺と紗耶は同時に臨戦態勢をとった。
二騎先生と香月先生も不意を突かれたようで警戒心を一層強めた。
対して零は相変わらず腕を組んだまま男と向かい合う。しかしその表情に油断はなく、警戒はしているようだ。
「零、そいつは俺と紗耶を襲った男だ。身体を液状化させて」
「うっせー。こいつのことはお前らより知ってる」
「っ?」
意味深なことを言った零は俺たちを差し置いて燕尾服の男と正対した。
「で、実際どういうつもりなんだ。お前が狙うからには、それなりの理由があるんだろ」
「勿論です。凡人に興味を向けるほど、私も暇ではありません」
燕尾服の男は糸目を一層吊り上げて零の問いに答えた。
小慣れた二人のやり取りを見て、俺たちは疑問を強める。
「あの男は一体何者なの?」
紗耶が純朴な疑問を口にした。
それに答えたのは、警戒心を解こうとしない二騎先生だ。
「あの男の名は“劉 孔明”」
「劉、孔明……?」
俺は二騎先生が口にした名を反芻した。
聞いたことがあるようでなさそうな名。記憶を辿るが、どうしてもその名と人物繋がらない。
「まぁ分からないのも無理はない。やつは極力自分の名を表に出さないように手を回すのが得意なやつでな。
やつは新見と同じ、“大罪の魔王”の一人、“嫉妬の魔王”だ」
「「えっ!?」」
二騎先生の発言に、俺と紗耶は再び驚愕した。
目の前にいる燕尾服の男は“嫉妬の魔王”で……、“ReKindle ”と関係があるというのか。
「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。これは失礼しました」
孔明は今さら白々しく頭を垂れた。
「てめー、世辞はいいんだよ。ここに来たからには落し所は一つしかねーぞ」
零は怒気を滲ませ、孔明と対峙する。
目の前で“怠惰の魔王”と“嫉妬の魔王”が火花を散らしている。
“大罪の魔王”同士の戦いが始まろうとしている。
が、その緊張感は孔明の柏手によって断ち切られた。
「私は零とは戦いませんよ。やりあっても私では零には勝てない。
ならば、零を殺すために手塩にかけて育てた者達に任せるとしましょう」
孔明は敗北宣言にも近しい発言をしたが、その顔を勝ち誇ったようなものであった。
その表情に怒りを露にした零は怒声を上げる。
「てめー、ふざけんなよ!」
怒号と共に零は床を踏み抜く体勢をとった。腰を沈ませ、力を込めた脚は爆発にも似た衝撃を生み出す。
しかし、零の突進は突如として現れた乱入者によって防がれた。
「くっ!」
乱入者は教室の壁をぶち抜いて、目にも止まらぬ速さのままに零を襲う。
零にとっても俺たちにとっても完全な意識外からの乱入は突然すぎた。
零は完全に虚を突かれ、思いの外に速い攻撃に対応が遅れた。零は反対の窓を割って朝日に向かって吹き飛ばされ、乱入者は零の後を追って消えた。
その間は僅か数秒。乱入者は俺たちには目もくれずに零を襲い追っていった。
もし高速の乱入者が俺たちに気を向けていたら、と考えればゾッとする。
しかし、もっと恐ろしい敵が目の前に残った。
「さぁ、こちらも始めるといたしましょう」
目の前の魔王は戦意を剥き出しにした。
花火大会のあの日、神社の境内で起きたことが思い出される。
「行くよ、王太郎……!」
紗耶は声を震わせ、怯える脚に鞭を打つ。
俺は静かに紗耶の手をとった。
「大丈夫、お前は俺が守る」
「……うん」
紗耶は強く手を握り返してきた。
気合いを入れた紗耶は鉄槍を構え、俺は拳を握る。
「「行くぞ魔王!!」」
そのとき、学園では”ReKindle“との決戦の火蓋が切って落とされていた。




