戦場の猛牛
~あらすじ~
“ReKindle”の攻撃が始まった夜明け。
一同が本拠地を構える本校舎に一人の侵入者がいた。侵入者は壁を知らぬ猛牛のように突き進む。
そんな侵入者に立ち向かうのは猪突猛進の浪岡と、それに振り回される男二人だった。
夜が明けた校舎には、巨躯の侵入者が紛れ込んでいた。
身体の大きな侵入者の肩には反転した”R“と”K“の文字で形作られた蝶のタトゥーが刻まれている。
「マリーのやつめ、確かに俺は『適当な所でいい』とは言ったが、マジに”テキトー“に空間移動させるやつがいるか」
大柄の侵入者、もとい”ReKindle“構成員の中で最も大きな身体の男の名は“ダグラス・エドウィン”。
ダグラスは巨大な体躯に見会わないこじんまりとした愚痴を溢していた。
人気のない校舎を、獲物を探して歩き回ること十分が経過しただろうか。恐らく、今頃他の構成員は戦闘を始めているはずだ。
ダグラスは早く暴れたくて仕方がない。無造作に短髪を掻きむしりイライラを誤魔化す。
「しょうがない。強引にいくか……」
結局、獲物を脚で探すことを諦めたダグラスは大木のように逞しい腕を振り上げた。そして力任せに目の前の壁を打ち壊す。
ダグラスはコンクリートの壁を積木のように破壊し、瓦礫の上を大股で跨いで越える。その先にある壁も腕の一降りで容赦なく破壊する。まさに”道なき道を作る“である。
爆音轟音を響かせて大胆に猛進するダグラスは止まるところを知らない。
すると、ダグラスの道を防ぐ者が現れた。
「うぉぉぉりゃぁぁぁ!」
曲がり角の死角を利用し、奇襲をしかけたのは浪岡だった。
魔力で生成された盾を構えた浪岡は、全体重を乗せて全力で突撃する。
不意を突かれたダグラスはノーガードのまま、脳天に魔力の壁を盾を受けた。
「一本とった! このまま押しきる!」
勢い付いた浪岡はもう一度盾を構えてダグラスに向かって振りかぶる。
浪岡の第一打を顔面にもろに受けたダグラスだが、気丈に頭を振って表情を綻ばせる。
「思いきりのよさに体重の乗った攻撃、いい奇襲だ。だが、俺はそんなことで押しきれるほど甘ちゃんじゃねぇよ!」
ダグラスは雄叫びとともに巨腕を振り上げた。
咄嗟に危機を感じとった浪岡は盾の用法を攻撃から防御に切り替えて衝撃に備える。
「ふんっ!」
ダグラスは鼻息を吐き出しながら、力任せに浪岡を盾ごと殴り付ける。
「ぐぅっ……!」
盾を通しても殺し切れなかった衝撃が浪岡を襲う。浪岡は後方に吹き飛ばされ、ついには壁を破壊して止まった。
「く……、何て馬鹿力だ……」
身体を転がしてそのまま屋外へ出た浪岡は身体の土埃を払う。
「おらおら! 続けるぞ!」
ダグラスは強く地面を蹴って浪岡に追撃をかける。その大岩のような拳に力が入る。
正面から向かってくるダグラスに対し、浪岡は再び盾を構える。
「盾の堅さはすでに見切った。今度は直で行くぜ!」
威勢を放つダグラスは戸惑うことなく盾を殴り付ける。
すると、どうであろうか。
浪岡の魔力で形成された盾は音を立てて砕け散った。
「な、何ぃ!?」
自身の盾を破壊されるなど、浪岡にとっては初めての経験であった。
浪岡は思わず頓狂な声を上げる。
「おらおら、歯ぁ喰い縛れよ!」
ダグラスは躊躇なく第二撃を撃ち込んだ。大木の一振りとも錯覚するほどの衝撃が浪岡の鳩尾に撃ち込まれ、浪岡は大きく後ろに吹き飛んだ。
「おらおらおらおら、まだまだ!」
ダグラスは吹き飛んだ浪岡を追いかけて地面を蹴った。そして第三撃目の腕を振りかぶる。
そんな浪岡と侵入者の攻防を遠目から見ていた二人がいた。
二人は全力で浪岡の応援に駆けつけようとする中、短い会話を交わす。
「伴場、あの一発受ける自信あるか?」
「うーむ……、分からないが受けてみよう」
「そうか、では行ってこい」
片方の黒髪の男がもう片方の坊主の男、もとい伴場に声をかける。
すると次の瞬間、応援に走る伴場と浪岡が 入 れ 換 わ っ た 。
「「うぉっ! 何だこれ!」」
入れ換わった浪岡と伴場は同時に、同じ声を上げた。
「うぉっ! お前誰だよ!」
そして驚嘆していたのはダグラスも例外ではなかった。
「ま、いっか」
しかしダグラスは即行で思考を切り替え、飽きもせずに攻勢を緩めない。
一方、浪岡と場所を入れ換わった伴場祐也も気持ちを切り替えていた。両腕でダグラスの一撃を受け止めんと防御の姿勢をとる。
「おらぁ!」
ダグラスの重厚な一撃を、伴場は正面から受け止めた。
「くぅぅ……」
伴場は苦悶の声を漏らしながらも、その一撃を耐えてみせた。
「お前やるな。差し詰め”硬化“の魔術ってところか」
「ふっ、バレるの早すぎだろう」
愚痴を漏らした伴場は目の前の馬鹿力野郎から距離を取ろうと計るが、ダグラスは伴場を逃すまいと退路を塞ぐ。
「俺もいるぞこら!」
すると、伴場に注意を向かってダグラスに対して浪岡が盾をぶつけた。
ダグラスは再びの浪岡の奇襲により足元をぐらつかせる。
その好機を見逃さなかった伴場も素早く攻撃に転じ、硬化させた拳をダグラスに叩き付ける。勢い付いた浪岡も盾での打撃を止めることはなく攻め込む。
「うっ……、とぉしいぞ!」
攻撃に耐えていたダグラスは雄叫びとともに両腕を広げ一思いに振り払った。
重機のような馬力で振り払われた浪岡と伴場は、ダグラスから離れた場所まで転がった。
そんな二人の元に、もう一人の黒髪の助っ人が駆け寄る。
「なんて馬鹿力とタフネスだ。こっちの攻撃はちゃんと効いているんだろうな」
黒髪の助っ人は振り払われた二人の先兵に気を配ることなく敵を分析する。
「「速川は何もしてないだろ!」」
そんな助っ人に対し、振り払われた二人は声を揃えた。
速川光輝は二人のツッコミを無視し、敵の分析を続行する。
「お仲間引き連れやがって、それで全員か?」
侵入者、ダグラス・エドウィンはあれだけの攻撃をもろに受けてもなお気丈に肩を鳴らす。
「お前みたいなデカブツを倒すだけならこれだけで十分だ、ってことだよ」
速川は一歩前へ出て威勢よく返答をした。
「「だからお前は何もしてないだろ!」」
相変わらず先兵二人が異義を唱えるが、速川は聞く耳を持たない。
伴場はそんな速川の襟元を捕まえ、浪岡を巻き込んで作戦会議をする。
「まず速川はどんか魔術を使えるんだよ? 俺たちは近接で殴り合うしかないが、あそこまで威勢を張ったからには手があるんだろうな?」
「俺の魔術は“転移”、物体の場所を入れ替える魔術だ。だが制約ももちろんある」
「制約?」
「第一に入れ替える物体同士の質量は等しくないといけない。ある程度の誤差は気合いで誤魔化すが、質量の差が大きくなると手も足も出ない。
第二に入れ替える物体は二つとも俺の視界に収めなければならない。俺に見えていないものに干渉することは不可能だ」
速川は粗方魔術の説明を尽くし、視線を伴場と浪岡に移した。
「マジか……」
伴場は速川の魔術を組み込んだ戦略が思い付かず言葉を濁した。
「そういうことだ。俺に出来ることは精々スケープゴートと入れ替えること、前線はお前ら二人に頼りっきりだ」
速川はさっくりと切り捨てて目の前の敵と対峙する。
「作戦会議は終わったか?」
ダグラスは不敵に微笑み肩を鳴らした。そして大岩のように屈強な体躯を揺らすダグラスは拳を握り絞めた。そして強く踏み込んだダグラスは体躯には見会わない俊敏さで接近してきた。
「ふんっ!」
ダグラスは巨腕を振り上げ、鼻息とともに拳を振るう。
接近された浪岡は防御を試みる。が、浪岡の脳裏には盾を砕かれた映像がフラッシュバックした。
(割られる……!)
本能で感じとった浪岡は全身を強張らせ、襲い来るであろう衝撃に備える。
しかしダグラスの攻撃が浪岡に直撃することはなかった。
ダグラスは代わりに人間台の瓦礫を粉砕していた。
そして空振りをしたダグラスの土手っ腹に、伴場の正拳突きがヒットする。
「猪口才な!」
ダグラスは伴場の攻撃に狼狽えることなく振り払い雄叫びを上げる。
一方の浪岡は豆鉄砲を喰らったようにしていた。
速川がそんな浪岡のケツを蹴り上げた。
「これが俺に出来る精一杯の援護だ。気張って突撃してこい」
「応よっ!」
力強く地面を蹴った浪岡は、伴場が抑えるダグラスに攻撃を仕掛けた。
「タイミング合わせろよ、伴場!」
「おい、そんないきなり!」
浪岡の要求にも伴場は土壇場で対応し、二人同時にダグラスの土手っ腹に拳を打ち込んだ。
ダグラスは二人の攻撃を避ける素振りは見せずに正面から受け止める。
「くぅ……、最近のガキはどうしてこうもパンチが重いのか……」
さすがに苦悶の表情を浮かべるダグラスだったが、何とか攻撃を受けきった。そしてダグラスは浪岡と伴場を掴んで地に叩き付ける。
「ぐっ!」
「くはっぁ!」
速川のフォローが追い付く前に、ダグラスは地に伏す二人に向かって拳を降り下ろした。
伴場は“硬化”の魔術でダグラスの一撃を受け止める。しかし伴場は超重量級のダグラスの拳に応えたらしく、顔を苦悶の表情に歪める。
一方の浪岡は盾で防ぎきれずに直撃を受けていた。不気味な音を立てる左腕を庇い、呻き声を微かに漏らす。
「あの大男……、力ずくで浪岡の盾を叩き割りやがった……!
一旦下がれ!」
戦況を俯瞰していた速川は慌てて浪岡を手元の瓦礫と入れ替えた。
「おい浪岡、大事ないか?」
「大丈夫だ。俺の魔術は腕が一本折れてたって戦える」
浪岡は鼻息を荒くして負けじと立ち上がる。左腕を庇おうとしない様子から見ると、どうやらしばしの間は問題ないらしい。
気張った浪岡が再び攻勢に転じようとすると、伴場の悲鳴が木霊した。
「しまった!」
速川は焦った声色で伴場の方へ振り向いた。
地に伏せられた伴場の腕をダグラスが鷲掴みにし、その腕は不自然に曲がっていた。
伴場自身は“硬化”の魔術で抵抗していたものの、ダグラスはそれを上回る強力で腕をへし折った。
「これでお前は使いものにはならねぇな。このまま殺してやるよ!」
伴場を無力化したダグラスは攻撃の手を緩めることなく、大きな掌で伴場の頭を掴み上げる。そして掌は力み、それにつれて伴場を表情を歪める。
「やばいぞ! おい速川、早く伴場を離脱させろ!」
浪岡は怒声にも似た声で速川に指示を飛ばす。
当の速川は「言われるまでもない」と言わんばかりの表情で返すが、魔術を使うことが出来ずにいた。
「早くしろよ、速川!」
「こっちだって急いでいるんだよ。だが、魔術の行使のための条件が揃わないんだ!」
浪岡が焦りを見せ速川を急かすと、速川は逆ギレのように叫び返した。
速川の魔術の条件とは、『対称とほぼ同質量の物体の存在』と『二つの対称を視角に入れる』こと。恐らく前者に見合うものが見つからないのだ。
苛立ちと焦りの入り交じった速川は辺りを見回すも、砕け散った瓦礫しか目に映らない。
急いた感覚が速川の視野を急激に狭くしているのだ。
「ぐぅぅ……」
そうしている間にも伴場の抵抗にも力が入らなくなる。
そんな時、突然浪岡が自分の胸を叩いた。
「速川、“俺”だ!」
速川は浪岡の発した言葉の意味を瞬時に理解した。しばし考える素振りを見せ、判断を下した。
「っ! 分かった、気張れよ!」
速川の魔術で入れ替えるのは伴場と浪岡。
瞬間的に空間転移した伴場はダグラスの馬鹿力から解放されると同時に気を失った。
対する浪岡は伴場と入れ替わったことによりダグラスの掌に頭蓋を捕らえられた。
手の中の人間が突如入れ替り、ダグラス困惑したがやることは変わらない。
「今度はお前が苦しむのか? いい度胸だ。耐えてみな!」
「耐えるだぁ? それは思い違いだ」
浪岡は挑戦的な態度とともにダグラスの手から逃れてみせた。
「ぬっ!?」
するりと抜けた浪岡に、ダグラスは驚いた顔をした。
そのダグラスの手には魔力で作られた半球状の物体が握られていた。
「そういうことか……」
ダグラスは納得したように悪戯に頬笑み、半球状の物体を握り潰した。
ダグラスが潰したのは浪岡が生成した疑似ヘルメット。それを脱ぐことによりダグラスの手から逃れたのだ。
「猪口才だな……。一思いに潰されたなら、凍死したガキのように苦しむこともなかったのによ」
ダグラスは顔では笑いを見せているが、内心では手子摺らせる子供に苛立っていた。その心で不意に口に出した言葉が浪岡に火を着けた。
「てめー、それは畑のことか?」
「あ? 名は知らんが……、何だ、ダチだったか?」
浪岡の怒りの表情に、ダグラスは悪怯れることもなく愉悦に満ちた表情で返す。
「ダチじゃねぇ……。ダチじゃねが、“ライバル”だったんだよ。あいつがどう思っていたかは知らねぇが、俺は負けたらからには、あいつに勝たなくちゃならなかったんだよ」
「そうか、それは悪いことをしたか……。いや、そうでもないか。
負けた方が悪い」
ダグラスの挑発的な一言が、浪岡のブレーキを壊した。
「てめぇぇぇ! てめぇは俺が絶対倒す!!」
防衛を捨てた浪岡は猪突猛進し、ダグラスの懐に入り込んだ。
「喰らぇぇぇ!」
浪岡は全力のパンチをダグラスのみぞおちに叩き込んだ。
ダグラスは相も変わらずに正面から受け止める。
重い拳にダグラスはよろめきそうになるが、大きな脚で堪えた。
そして懐にいる浪岡を目掛けて巨腕を振るう。
「下がれ! 直撃するぞ!」
戦況を俯瞰していた速川が浪岡に檄を飛ばすが、すでに遅かった。
速川の魔術での空間転移も条件が揃わず為す術がない。
(しまった、突っ込み過ぎた!)
浪岡も頭で理解したものの、回避は不可能。盾での防衛も、盾ごと割られて終いだ。
(くそっ! もっと速く身体が動けば……。畑に会わせる顔がねぇ……!)
内心で毒づく浪岡は、その刹那に限界を超えた。
動いたのは身体でも頭でもない、……“心”だ。
「砕けろガキが!」
ダグラスの渾身の一振りは必殺の一撃。
岸壁よりも強固なダグラスに対し、浪岡は魔力で生成した棍を突き立てた。
その切っ先はダグラスの身体に直撃するが焼け石に水だ。ダグラスは微動だにしない。
ただ、その棍の切っ先は一つではない、
対する棍の切っ先は浪岡に直撃していた。そしてダグラスの身体に押し返された反動で反対側の浪岡を押し出した。
ダグラスの一撃を避けるための魔術の使い方。
ダグラスの渾身の一撃は、後ろに動いた浪岡の鼻頭を掠めた。
「あれは……、浪岡との戦いの最後で畑が見せた技か」
速川は浪岡の咄嗟の機転に畑の影を重ねていた。
剛健な振りによる波動すらも堪えた浪岡は、最後の力を振り絞って前に出る。
「うおぉぉぉ!!」
浪岡の拳はダグラスの顎をヒットした。
「クソッたれが……、最近のガキは、どうにも生意気だから嫌いなんだよ」
初めてよろめいて倒れたダグラスは、清々しい顔で天を仰いでいた。
一方の浪岡も膝を崩し地に倒れる。
(もう身体が動かねえのかよ。いつの間にか歳を食ったものだな)
「済まねえな大将。俺はここまでのようだ……」
ダグラスはピクリとも動かない己に毒を吐き、最後の言葉を残した。そして懐に手を伸ばし、何かを操作した。
「っ!? まさか!?」
ダグラスの挙動に違和を感じた速川は、鋭い勘を働かせて対処に出た。
速川のアクションと同時にダグラスの周辺は煌々とした爆炎に包まれた。
「……ふぅ。間一髪か」
速川は冷や汗を掻きながらも、寸前に空間転移をした浪岡を一瞥する。
当の浪岡は疲労困憊のあまり眠りに落ち、己の危機にすら気が付いていないだろう。
「“ReKindle”ってやつは、ここまでするのかよ……」
一人爆炎を見詰める速川は、隣で寝息を立てる二人とは裏腹に苦い勝利を噛み締めていた。




