朝日が満たすまで
~あらすじ~
“ReKindle”による襲撃事件当夜、静かな夜に王太郎は一人物思いに耽っていた。
王太郎の心に刻まれた壮介の死。
背負ったものの重さに挫けそうになる王太郎の元に、紗耶が歩み寄る。
灯りの着いていない教室、俺は窓にもたれかかり夜明け前の東の夜空を眺めていた。
俺の見詰める方向には闘技場があるものの、この教室からはその姿は少しも見ることは出来ない。
俺は人気のない教室で数時間かを無為に過ごし、それでも心の暗雲は全く晴れない。
“ReKindle”による襲撃後、俺たちはすぐに動き出すことが出来なかった。
突然の出来事に呆然とする者、敵の罠かと警戒する者、そして零の醸し出す怒りに威圧される者。
零は怒りに身を任せて暴れはしないものの、触れれば破裂しかねない危うさがあった。そして終始口を閉ざしていた零は場の後処理を丸投げして姿を消した。
その後俺たちは二騎先生と合流し、負傷者を運ぶこととなった。
学園内には“ReKindle”の侵入経路となった空間超越のモノリスが数多とあり、俺たちのような軽傷の者は破壊に駆り出された。学園内をオルガの魔術で移動し、隅々までモノリスを破壊した。
オルガの魔力を消耗しすぎたので、俺たちの学園外への避難は明日へ持ち越しとなった。そのために損壊の少ない校舎へ避難し、一夜を明かすことになった。
怒涛のように過ぎ去った長い一日を振り返り、そして失ったものは多すぎる。
俺は眠れない夜を傷心を癒せずに過ごしていた。
「王太郎、眠れないの?」
「……紗耶か。お前こそ休まなくていいのか」
教室の暗がりを歩いてきた紗耶は手頃な椅子を引いて隣に座った。
「私も起きちゃって……、そしたら王太郎がいなかったから探してたの」
「そうか……。悪かったな……」
その後の言葉は続かなかった。
正直に言うと、今は誰とも喋りたくはなかった。
まるで無限とも感じられる時間をここで過ごし、永遠に終わらなければと思う。
心の傷がいつ塞がるのか分からない。本当に塞がるのかも分からない。それでも痛みを忘れるときまで何もしたくはない。
俺は必要以上の返答はしない。暗に「帰れ」ということを示していた。
「…………壮介くんのこと、だね」
「……」
しかし躊躇うことのない紗耶は心へ踏み込んでくる。
「壮介くんのことは本当に残念だった。けど、それは王太郎のせいじゃないんだよ」
うるさい。
「王太郎が一人で背負うことじゃないよ。悔しいけど、あれは私たちの力不足、私たち皆で背負うことなんだと思う」
止めてくれ。
「だから顔を上げてよ! 王太郎がそんなことだと、壮介くんだって望んでいないはずだよ!」
「黙れ!!」
気づけば声を荒らげていた。
驚いた紗耶は豆鉄砲を喰らったように目を見開いている。
塞き止めていた感情は激情から悲壮へと変わった。
一度吹き出た涙は一頻り流れ落ちた。
「何とかなると思っていたんだ。あのときの一歩が思い上がりだったんだ。俺が戻ったから壮介は、俺を庇って……」
つらつらと溢れる弱音は止まらない。心にはあるものの、決して口にしたくはない言葉だ。
俺はまだ子弱音を吐くことは出来ないんだ。
まだ俺は努力の途中、まだ、まだなんだ……。
「王太郎のせいじゃないんだよ! 自分を責めちゃダメだよ! あの状況じゃ王太郎が死んでもおかしくなかったの。皆で繋いだ命と、皆で背負うべき責任なんだよ!」
俺を激する紗耶の声にも力が入る。
「俺さ……、分かったんだ」
そんな俺は紗耶に対して冷めた声音で返していた。
「壮介が死んで、多くの人が死んで、魔獣も死んで、零に言われた一言で分かったんだ。
俺は今まで魔獣を倒してきた。それはきっと正しいと思っていた」
虚ろな俺を見詰める紗耶は眉をひそめて心配そうにしている。
「俺が倒してきた魔獣も生きていたんだ。前は俺たちと同じ命だったんだ」
「でも他の人を襲うのを、止めないってことは出来ないでしょ?」
「だとしても、俺は人を殺してきたんだ」
俺の口にした一言に、紗耶は椅子を蹴倒して立ち上がった。
「そんなこと分からないじゃない!」
「少なくとも! 俺はアケディアを殺した! ドラゴンの魔獣は人だったんだ!
紗耶だって人が魔獣になるところを見ただろ!」
「っ……」
俺の怒声を最後に、夜の教室は静まり返った。
静寂の中、俺は頭を抱えて堂々巡りをする思考に耽っていた。
今まで倒した魔獣は、本当は人だったんじゃないか?
その人には家族がいて、帰る場所があって、もっと生きていたかったんじゃないか?
何が正しいのか、正しかったのか分からない。
俺は間違えていたのかもしれない。
「俺はもう、戦えない」
それは物音一つしない教室でよく響いた。
俺の呟きを確かに耳にした紗耶は、静かに俺に歩み寄る。
何も言わない紗耶は静かに両手を広げて俺を包んだ。
「それでいいんじゃないかな」
っ!?
俺は紗耶の言葉に耳を疑った。
「今、なんて?」
「王太郎は少し休もうよ。重たいものを背負って走ることが辛いなら、荷物を下ろして止めていいんだよ」
「そんなこと出来ない……。俺はまだ頑張らなくちゃいけないんだ。まだ皆に追い付いていないんだ。俺はまだ」
「でも、『戦えない』んでしょ?」
「それは……」
俺を真っ直ぐに見る紗耶の視線に言葉が詰まる。
「私ね、思うんだ」
終始優しげな口調の紗耶は窓の外へ視線を移した。
「壮介くんは、王太郎を恨んでなんていないじゃないかな?」
「そんなお人好しがいてたまるかよ」
俺の返答は自分でも分かるほど刺々しかった。
しかし紗耶は気にすることもなく続ける。
「花火大会のときの王太郎と同じだよ。自分よりも誰かを、そんな気持ちは皆一緒なんだ。
だから、壮介くんには『ごめん』じゃやくて『ありがとう』、それでいいんじゃないかな?」
そして紗耶は微笑んだ。
雲間から射し込んだ僅かな光りが微笑みを照らす。
その笑顔が言葉が眼差しが、真っ直ぐに心を突き刺した。
『ごめん』じゃやくて『ありがとう』
そんなことは考えてもいなかった。
もしそれが許されるなら、俺は……。
「そんなの、俺のワガママだろう。本人の気持ちも知らないで、俺は戦えない」
俺は紗耶を突き放した。
「俺は敵を倒せない。もしそれが人間だったら、なんて考えが邪魔をするんだ」
「なら、王太郎は私を守ってよ」
月光が雲に隠れ、紗耶の表情は見えなかった。
それでも、紗耶は凛としていたに違いない。
「でも傷付くのはもう嫌なんだ……」
ふと溢れた本音は教室の暗闇に溶けていく。
そして口に何かが触れた。ふわりと香りが鼻を掠める。
柔らかくも、ツンとしょっぱいその味は一瞬で離れていく。
再び月明かりが射し込み、互いの顔が見えた。
「ほら、涙拭きなさいよ」
紗耶はいたずらに笑っていた。しかしその頬は紅潮し、紗耶は頻りに唇を気にしていた。
「まだまだ頑張らなくちゃ駄目なんでしょ。シャキッとしなさい。
あんたが傷付くときは、私が守ってあげるから。守るために戦いなさいよ」
守るために……。
俺が戦い始めたのもそうだった。
入学式の日の白い少女、葉吹市の人々、いつだってそうだった。
「……そうだったかもな。許されるなら、守るよ。壮介みたいに、誰かを失わないために……」
「そっか!」
すると紗耶は満面の笑みを咲かせた。
もう少しだけ、そう思うには十分すぎる笑顔だ。
「紗耶が守ってくれるなら怖いものなしだな」
「……ん? 今何か言った?」
「別に」
そして東の空から光りが射した。
教室の中を満たす暖かい光りが俺たちを包み込んだ。




