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属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
六王巡礼と消える世界

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48話 唯一の王契者

「アイン自身の返事を、先に聞いてください」


言い終えると、喉がひりひりした。


長い机の向こうで、第一王女殿下が僕を見ている。その隣には、六枚の光の翼を持つアウレシア様が立っていた。


僕は椅子へ座り直せなかった。


足元のアインへ手を伸ばす。白い額は温かい。封印されたら、この温かさまでなくなるのだろうか。


「ルカ。その問いには、答えが必要ですね」


王女殿下は、机へ置いた命令書を裏返した。


「すぐに触れることはしません。まず、措置の内容を説明します」


アデラさんが入口の脇で手を下ろす。


僕の隣に立ったベルンさんは、まだ椅子を引かなかった。


「説明が終わるまで、術はかけない。それでよろしいですか」


「ええ」


王女殿下が答え、アウレシア様にも目を向けた。


「私は急いで止めるべきだと思う。だが、内容を知らされず従えという扱いには賛成しない」


低い声が、部屋へ響いた。


精霊王も、王女殿下の言葉を待っていただけではなかった。


*


封印の対象は、アインが外へ力を出す働きだという。


アウレシア様が説明したのは、光の術で、その働きを外側から押さえる方法だった。契約を断つことや、精霊そのものを消すこととは別だと、紙に三つの項目を書き分ける。


僕は、力、と書かれた一番上の文字を見た。


「話すのも、力を使うんじゃないですか」


アインの前足が、僕の靴へ乗った。


「この精霊の場合、念話だけを残せるかは、確認が済んでいない」


アウレシア様は、すぐに大丈夫だとは言わなかった。


「だったら、話せなくなるかもしれないんですよね」


「その可能性はある」


胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。


僕はアインを見た。


聞こえている。


それなのに、声がなくなったときのことを想像すると、今すぐ返事をしてほしくなった。


『我は、ここにおる』


白い耳が動いた。


『まだ何も起きておらぬ。先に、話を聞こう』


僕は唇を噛み、うなずいた。


ベルンさんが、机の上へ指を置いた。


「意思を伝える方法に影響があるかもしれないなら、本人へ説明し、返答を記録する必要があります」


「記録させます」


王女殿下が、壁際の書記へ声を掛けた。


ペン先が紙を擦る音がした。


その音を聞いてから、アインが僕へ顔を向ける。


『この者らにも、我から届けたい』


僕はすぐには訳さず、相棒の目を見た。


自分が代わりに伝え続けることも、少し前までは当たり前だった。今は、アインが自分で話す相手を選べる。


「アインが、直接話したいと言っています。頭の中へ、声を届けてもいいですか」


王女殿下は目を細めた。


「私へも、できるのですか」


「近くにいる何人かには。聞く相手に選んでからです。みんなに声が響くわけではありません」


僕は、ガルドの庭で確かめたことだけを話した。


王女殿下とアウレシア様が、それぞれ受け入れると答えた。


アインは僕の靴から前足を下ろし、二人の顔が見える位置へ、一歩だけ出た。


『我はアイン。話せぬ間も、意思がなかったわけではない』


王女殿下の指が、机の上で止まった。


少し遅れて、彼女は息を吐いた。


「……聞こえました」


『我は、何も知らぬまま声を閉ざされることを、望まぬ』


今度は途中で切れなかった。


アウレシア様は白い相棒を見下ろし、声に出して答えた。


「拒む意思は、聞いた」


書記には、そのやり取りが聞こえていなかった。僕と王女殿下が順に言葉を伝え、アインにも、書かれた内容を読んで聞かせた。


僕の言い方が少し違ったところでは、アインがすぐに直した。


それが、嬉しかった。


怖い席にいるのに、僕の間違いを、相棒が自分で訂正できた。


*


「アインの意思は分かりました」


王女殿下が言った。


「ですが、私たちは、この部屋にいない人たちの危険も考えなければなりません」


机の上には、水都とガルドから届いた記録が並んでいた。


「あなたが救った人だけではない。次に起きる異変で、被害を受けるかもしれない人たちもいます」


僕は指を握った。


「アインが、異変を起こしたんですか」


「そう断定したのではない」


アウレシア様が答えた。


「複数の属性へつながる精霊を、今ある測定の仕組みでは十分に調べられない。それでも力が戻っている。分からないから、放っておいてよいとはならない」


僕にも、分からないことはたくさんあった。


灰喰いが現れたとき、分からないからと近づけばよかったわけではない。


でも、今、アインは僕の前に立っている。


同じように危険と書かれてしまうのが、嫌だった。


「分からないことを、アインだけに我慢させるんですか」


声が強くなった。


王女殿下は、すぐには答えなかった。


アウレシア様の翼が、窓の前で小さく動く。


「危険を止める者は、嫌われることも引き受けねばならない」


僕は何も言えず、顔を下げた。


そのとき、王女殿下が隣へ向き直った。


「嫌われる覚悟と、説明を省くことは違います」


僕は顔を上げた。


「アウレシア。私たちが選ぶ措置なのだから、私たちの言葉で答える必要があります」


光の翼が止まった。


怒鳴る声も、命じ返す声もなかった。


アウレシア様は机へ手を置き、うなずいた。


「そのとおりだ。今の答えでは、足りなかった」


僕は二人を交互に見た。


王女殿下が、精霊王へ言い直しを求めた。


精霊王は、それを受け入れた。


同じ封印を選ぼうとしている二人なのに、一人が言ったことを、そのまま繰り返しているのではなかった。


*


いったん休むことになった。


僕は、部屋から追い出されるのかと身構えた。けれど、机の上の紙を脇へ寄せ、同じ部屋へ水と椅子を増やすだけだった。


書記が、まだ濡れた記録の紙へ重しを置く。


窓から差す光が紙へ当たり、文字の一部が眩しくなった。アウレシア様の翼から来る光も重なって、僕は目を細めた。


「少し弱めてもらえますか。この子たちが読めません」


王女殿下が尋ねる。


「窓の布を先に下ろそう。私の光は、この程度に保ちたい」


そう答えたのは、アウレシア様だった。


王女殿下は小さく考え、アデラさんへ窓の布を下ろすよう頼んだ。


外からの光が和らぐ。王女殿下は僕の前へ紙を置き直した。


「これなら、読めますか」


「……はい」


精霊が、人間の頼みどおりにしなかった。


でも、言い争いにはならなかった。


ミレアが水筒の口を開けると、ポロが縁へ上がってきた。彼女は大丈夫だと囁き、自分の手元へ戻す。


ノエルの足元では、ネロが椅子の陰へ体を寄せていた。テトはベルンさんの靴の横にいる。


みんなが、じっとこの話を聞いていた。


書記が水を配ろうとして、机の中央へ大きな水差しを置いた。


ミレアが、ポロのいる水筒を、その脇へ移そうとする。


ポロは口の縁へ丸く広がったまま、下りなかった。


「こっちなら机が広いよ」


彼女が囁いても、青い体は動かない。ミレアは水筒を持ち上げ、元の手元へ戻した。


「そっか。ここにいようね」


水筒の口から、小さな丸が一つ跳ねた。


王女殿下が、その動きを見ていた。


「水差しの水に、何か問題が?」


「分かりません。ポロが動きたがらなかったので。悪い水だって決めたんじゃないです」


ミレアは、慌てて答えた。


「今は、自分の水筒から出たくないのかもしれません」


王女殿下は水差しを見てから、書記へ、精霊を移す必要はないと告げた。


僕には、ポロの言葉は聞こえない。アインがみんなへ話せても、ほかの精霊の返事まで分かるようになったわけではなかった。


それでもミレアは、水筒を動かす前に、ポロの様子を見ていた。


僕は、自分の膝を見下ろした。


アインを抱き寄せたくなっていた。でも今、相棒は机の向こうを見上げている。僕の腕の中へ隠れたいのではなく、自分で話したいのだ。


伸ばしかけた手を、膝へ戻した。


アインが振り向き、耳を一度動かす。


抱いていなくても、そばにいることは変わらなかった。


僕は王女殿下へ尋ねた。


「アウレシア様に、命令しているんじゃないんですか」


王女殿下が僕を見る。


「何でも従ってくれるのだと、思いましたか」


僕は首を振りかけ、途中で止めた。


分からなかった。


王契者はすごい人だと聞いていた。精霊王の力を使える人。王家と神殿の前に立つ人。


その力が、頼んで借りているものだとは、あまり考えたことがなかった。


「私はセレスティアといいます。二十歳です」


王女殿下は、椅子へ座り直した。


「十歳の選定で、この方から選ばれました。そのとき、私も契約を受け入れました」


十歳。


僕と同じ年で、精霊を選ばれた人だった。


「私が王女だったからこそ、この方を迎えやすい場所にいたのだと思います。でも、受け入れる返事を、私の代わりにできる人はいませんでした」


殿下は、袖口を整えた。


「あの日、返事をする前に、王国を守る仕事は怖いと伝えました。周りの大人は、すぐ受け入れなさいと言いましたが、この方は待ってくださった」


「怖いまま、受け入れたんですか」


「ええ。怖くなくなったから選べたのではありません」


僕は、机の上の命令書を見た。


この人も、怖いと思うのだろうか。


だったらなぜ同じように待ってくれないのかと、思いかけた。けれど殿下が見ているのは、僕の隣だけではない。そのことも、さっき聞いたばかりだった。


アウレシア様が、王女殿下を見た。


「今も同じだ。私の返事を、王家も神殿も代わりにはできない」


王女殿下は、今も現代唯一の公認された王契者なのだと、ベルンさんが僕へ短く補った。


それは、アウレシア様の持ち主になれる、という意味ではない。


僕はアインの耳を見た。


相棒も、僕を見ていた。


*


休憩の後、ベルンさんが問いを戻した。


「念話への影響が未確認の術を、本人へ試すことになります。意思を聞く前に実施すれば、その後の説明すら確かめられなくなるかもしれません」


「確認が必要なのは認めます」


王女殿下は、裏返したままの命令書へ触れた。


「私は封印が必要だという判断を、まだ変えていません。ただ、その範囲と、本人への影響を明らかにせず実行はできません」


取り消したのではなかった。


僕は嬉しくなりかけた自分を止め、次の言葉を待った。


アウレシア様が、指を紙から離す。


「一方で、調べる間に次の接続を進めれば、危険の条件が変わる。それは止める必要がある」


「新しい精霊王との接続は、しません」


僕が答えかけると、アインが前足で靴を叩いた。


『ルカ。我にも答えさせよ』


僕は口を閉じた。


『今は新たな鍵へつながらぬ。力を試すこともせぬ。だが、我を眠らせてから、我の返事を待つと言うな』


王女殿下とアウレシア様へ、同じ言葉が届いた。


今度は王女殿下が書記へ言葉を伝え、僕が確かめた。アインも、書き終わるのを待っていた。


「明日、神殿と王都支部の立会人を招いて審問を開きます。召喚した側の記録だけでなく、本人と同行者の話も記録に残します」


セレスティア殿下が告げる。


「それまで封印術の実施は見合わせます。監督下で、指定の宿に滞在してください。無断で王都を出ること、新たな接続と力の試用は認めません。今ある念話で話すことは、止めません」


ベルンさんは、僕たちと相談する時間を求めた。


僕はエリクたちを見た。


逃げたいと言えば、困らせるかもしれない。


でも、アインがいつまで声を出せるか分からないまま、この部屋を出る方が怖かった。


「明日も、一緒にいてくれる?」


「そのために来たんだろ」


エリクが答えた。


ミレアとノエルもうなずく。ベルンさんが、明日の立会いと発言の機会を、紙にも残してもらった。


僕たちは、滞在の条件を受け入れた。


アインは、自分の返事が書き落とされていないかを、もう一度確かめた。


*


部屋を出る前に、僕はアインを抱こうとした。


白い前足が、僕の手を軽く押す。


『最後に、聞くことがある』


アインは机の向こうへ顔を上げた。


『セレスティア。お前の隣の王が、お前の頼みを断れるならば、我が断るときも、同じだけ待てるか』


部屋が静かになった。


王女殿下が、アウレシア様を見た。


今度は、先に答えを聞かなかった。


「あなたの意思は、明日の判断でも無視しません。ただ、拒まれたら危険への対応を全てやめる、という約束はできません」


『それなら、我もまだ、お前たちへ安全を約束はできぬ』


僕の背中へ汗が滲んだ。


分からないと言えば、やはり閉じ込められるのではないか。


アインは、逃げ道になるような答えを選ばなかった。


『だが、嘘で安全だと言うより、共に確かめたい』


アウレシア様が、初めて白い相棒の高さへ腰を落とした。


「それを、明日も言うがよい」


アインはうなずき、僕の足元へ戻ってきた。


扉の外へ出てから、膝の力が抜けた。


僕が壁へ手をつくと、エリクが横へ並んだ。アデラさんは先を急がせず、廊下の椅子を示してくれる。


「手、冷たいぞ」


エリクに言われて、自分の指を見る。


アインが掌へ鼻を押しつけた。


『我の方は、温かいであろう』


僕はうなずいた。


まだ、声もある。


でも、明日も同じだと決まったわけではない。


*


入口で道具を返してもらい、受取札と数を確かめてから、指定の宿へ戻った。


母上の護符は、胸元にあった。ベルンさんの袋には、命令と記録の控えが入っている。エリクの道具も、預けた分はすべて戻った。


昼のパンをちぎると、ようやくお腹が空いていることに気づいた。


アインが、僕の膝へ顎を載せる。


いつもなら、食べ物を欲しがるところだった。


今日は、何も言わず、僕が一口食べるのを待った。


僕は飲み込んでから、残りを小さく分けた。


「ちゃんと、僕が答えすぎたら止めてね」


『先ほども止めたであろう』


「うん。明日も」


アインはパンへ鼻を寄せ、僕の手から取った。


エリクが、机へ紙を広げる。


「明日、俺が話すところ。綱の話だけでいいのかな」


「見たことを、順に書こう」


ノエルが言った。


ミレアも隣へ椅子を寄せる。


僕は袋から、旅の宿でみんなと書いた紙を出した。


アインの名前を大きく書いたページは、端が折れていた。僕は指で伸ばし、今日渡された記録の横へ並べる。


明日、立つ場所は、知らない大人たちの前だ。


僕は上手に話せないかもしれない。


それでも、アインを僕の持ち物として、代わりに返事をするのだけはやめようと思った。


セレスティア殿下は、隣にいる精霊王へ、頼み、尋ね、答えを待っていた。


僕とアインにも、その時間がほしい。


紙の最初に、聞いてほしいことを一つ書く。


アインの返事は、アインがする。


書き終えた僕の指へ、白い前足が重なった。

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