↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
六王巡礼と消える世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/50

45話 上下が消える地下

空へ上っていた砂が、途中で横へ折れた。


風ではなかった。近くの旗は広場へ向かって揺れているのに、砂は反対側の壁へ貼りついていく。


「走るな。壁に寄れ!」


ベルンさんの声で、僕は鐘楼の石へ肩をつけた。


足の下が軽い。


踵を浮かせたのではないのに、靴の底と石畳の間に、薄い隙間ができた。


エリクが僕の袖をつかむ。僕も彼の腕をつかんだ。


『足を踏ん張るだけでは足りぬ。何かにつながれ!』


僕は叫んで訳した。


ベルンさんが鐘楼の柱へ縄を回し、僕たちをその内側へ入れた。持ち上がりかけた体が、縄に支えられて止まる。


その先で、置き去りにした空の椀が、壁へぶつかって割れた。


下へ落ちるはずの物が、下へ落ちない。


僕は、どちらへ転べば地面に着けるのかも、分からなくなっていた。


*


異常は、広場全体へ同じように広がってはいなかった。


鐘楼の山側では、落とした小石が普通に足元へ転がる。支部側へ寄ると、小石は途中から坂の下へ曲がった。


大人が鐘を鳴らし、住民を山側の道から町の外へ出していく。僕たちが直した左の坂道を、最後の一団が上ってきた。


荷車を持ち込まず、道を空けていたから、足の遅い人も追い越す人とぶつからずに済んだ。


オルナさんは人の列を送り、見張りへ確認してから戻った。


「支部から下は無人。右の道は、もう近づけない」


彼女が示した先で、閉鎖作業場の壁が内側へたわんでいた。


石の隙間に、細いものが何本も伸びている。


最初は、糸を張った蜘蛛の巣に見えた。


だが、糸の真ん中には蜘蛛がいなかった。人の頭ほどの石片が、何もない空間の周りを回り、その中心だけ、向こうの壁がずれて見える。


細いものが別の石へ触れると、その石が、音もなく浮いた。


『あれだ。あれが、引く向きを変えておる』


僕が訳すと、ベルンさんは見張りへ、浮き始めた場所と時刻を尋ねた。


「糸のついた石が、先だ。ほかの物は、その後で動いた」


オルナさんが答えた。


あの糸のようなものは、補修材をつないでくれていたのではない。


石から石へ、何かを渡していたのだ。


「石を固めて止めます」


上位の土精霊を連れた術者が、一歩進んだ。


ベルンさんは、まず自分たちの足場だけにしろと言った。


岩人形が広場の端へ手をつける。石畳が締まり、傾いていた端の一枚が止まった。


その直後、石の継ぎ目を伝った細い筋が、固めた場所へ伸びた。


乾いた音がして、石畳の色が薄れる。


術者が即座に手を引かせた。


「こっちの力まで、持っていかれる」


「そこで止めろ。追いかけて流すな」


ベルンさんが告げる。


アインは僕の胸へ前足を当てていた。


火も水も大きく放てば、同じことになる。僕が思いつくものを、敵へ順に渡すわけにはいかなかった。


そのとき、神殿の連絡員が山側の道から駆けてきた。


「王様からだ。上へ抜けたものを、外の封印室へ戻せと!」


*


ベルンさんは、すぐに僕たちを連れて走り出しはしなかった。


「来るな、と言われたばかりだ。どこまで使える」


連絡員は、折り畳んだ作業図を広げた。


神殿へ下る石段の途中に、封印のための部屋がある。大きな異物が外へ漏れたとき、閉じ込めるための部屋だという。


奥の本殿とは、厚い石壁で分かれている。ドルガラム様は本殿を動かず、外の部屋の床にある円へ力を通せる。


「そこへ入れば、全部吸って強くならないんですか」


僕が聞くと、連絡員は王様の言葉を伝えた。


「内へ力を放つな。外から石を閉じる。輪が閉じる前に、つながった糸を残すな、と」


ベルンさんが図へ指を置いた。


「外の石へつながったままなら、その結び目から逃げる。切り離して、中へ収めてから封じる必要があるんだな」


「はい。外室の点検班は退避済み。上の待避所と二つの出口は使えます」


僕には、まだ怖い場所へ向かう話にしか聞こえなかった。


「アインに、糸を切らせるんですか」


「できるとは決めていない。まず、どの力がどこから奪われたか、分かるかを聞く」


ベルンさんは僕の返事を待った。


『石へ残ったものと、あれの内側へ奪われたものは、違って見える。全部を一度には戻せぬ』


僕が伝えると、彼はうなずいた。


「一筋ずつだ。戻す先の石はこちらへ運ぶ。お前たちは待避所から出るな。足場が変わったら、いったん止めて退く」


僕は、エリクとミレアとノエルを見た。


「僕だけで返事しちゃ、駄目ですよね」


「当然だ」


エリクはすぐ答えた。


みんなが自分で担当を確かめ、ベルンさんと支部の成人責任者が応援と退避を決めた。


閉鎖坑道を探検するのではない。王様の本殿へ入るのでもない。点検済みの神殿通路から、出口のすぐそばの待避所へ道具を運ぶ。


それでも、僕は出発前、アインの背中を何度も撫でた。


『怖ければ、怖いと言え』


「怖いよ」


『我もだ。ゆえに、戻る道を忘れるな』


僕は、出口を示す図の矢印を、もう一度指でたどった。


*


日が沈むころ、外室の準備が整った。


僕たちがいるのは、部屋の西側の一段高い待避所。真後ろの石段は地上へ、左の横道は別の出口へ続く。


右手の東壁には、鉱山の旧通路へつながる狭い口がある。通行用ではなく、封印室へ異物を誘導するための穴で、今は金属の格子で塞がれていた。


その手前の床に、馬車一台ほどの大きさの円が刻んである。


敵を東から円へ入れ、僕たちは西へ退く。


オルナさんが、図と実際の床を指して教えた。


東側の誘導は成人の調査班が行う。閉鎖作業場から旧通路へ伸びる糸を観察し、地上へ出る隙間を板で塞ぎ、退路を残してこちらへ押し戻すのだという。


「板で、あれを止め続けられますか」


「ずっとは無理。だから、同じ場所で粘らない。変わったら、伝令が知らせる」


オルナさんの声は、はっきりしていた。


待避所の奥には、巻き取り機が二つ置かれた。職人が壁の太い固定環を点検し、エリクが綱を通す。


片方は作業板を引く綱。もう片方は、人が戻るための綱だった。


「先日、擦れたって印を付けたやつは使わない」


エリクは新しい綱を僕に見せた。


腰だけへ食い込まないよう、体を支える帯も大人が合わせてくれる。


ミレアは待避所の隅で、水を浅い椀へ少し注いだ。ポロに異常を治させるのではなく、僕たちのいる場所で水面が傾かないかを見るためだ。


ノエルは二つの出口と、巻き取り機の間を空ける。ネロは彼女の足元で、耳を低くしていた。


ベルンさんとテトは待避所の縁。オルナさんと職人たちが、その下で円の近くへ石の載った小さな作業板を置いた。


載せた石は、色の薄れた補修材だった。滑り落ちないよう、作業板へ金具で留めてある。円の外で働く大人たちも、壁の固定環へ体をつなぐ。


成人班が、地上から出る糸の一本をたどり、その端につながっていた石を確保した。土の力を奪われた石を、アインが見分けるために運んできたのだ。


「勝手に引かないでください。まだ、向こうにつながっています」


僕がアインの言葉を伝えると、職人は手を止めた。


待避所の横の伝声窓から、低い声が響いた。


「外へ向いた糸を残すな。閉じるのは、わしがする」


本殿から、壁の短い管を通って届く声だと連絡員が教えてくれた。


王様も、自分の場所を離れずに待っている。


僕は両足を板につけ、アインへうなずいた。


*


東の格子が引き上げられた。


先に、石が一つ入ってきた。


床ではなく、東の壁へ張りついたまま、上へ滑っていく。


その後ろを、細い筋が追った。


空中に組まれた石の輪が、ゆっくり部屋へ入ってくる。中心には顔がない。それでも僕は、そこから見られていると感じた。


「まだ、円へ入っていない」


オルナさんの声がする。


成人班の最後の二人が東口の脇へ退き、別の退避口へ入る。ノエルは連絡員の帰還合図を確かめ、ベルンさんへ伝えた。


東口の格子が下りる。細い糸までは止められなくても、石をまとった塊が、そのまま引き返す道は狭くなった。


敵は、円の直前で止まった。


「……ひらけ」


石を擦るような声だった。


僕の腕が粟立った。


人の言葉だ。


「輪を越えず、外の石から壊そうとしている」


ベルンさんが低く言った。


地上の灰喰いと同じように、ただ前へ進むものではない。


『右の石へ、帰るものがある』


アインが作業板を見た。


僕はベルンさんへ訳し、戻す先を確認してから、手の力を抜いた。


アインの周りに、硝子を重ねたような薄い波紋が広がる。


石の輪の一角から、砂のような光が一筋ほどけた。


作業板の上の石へ、灰茶色がわずかに戻る。


その瞬間、敵の伸ばした糸が、床を強く叩いた。


「……かえすな」


石の輪が、こちらを向いた。


『嫌がっておる。奪ったものを手放したくないのだ』


僕が言い終わる前に、待避所の椀から水が盛り上がった。


「傾いた! 壁側へ!」


ミレアが叫ぶ。


僕の体が、突然、右へ倒れた。


いや、倒れたのではない。


東の壁へ向かって、落ちていた。


*


帯が胸と腿を引いた。


足が浮き、アインを抱いた腕まで、体の外へ持っていかれる。


「巻きすぎるな、首が当たる!」


ベルンさんの声。


エリクは職人と巻き取り機を押さえ、僕の肩が壁へぶつかる前に、綱を止めた。


僕は空中で膝を曲げたまま、待避所の手すりをつかんだ。


「アイン、いる?」


『ここだ。お前の腕を離れてはおらぬ!』


見下ろそうとして、どちらが下なのか分からなくなった。


板の上の石が、円へ向かって滑る。オルナさんたちの綱が、それを止めた。


反対に、天井へ貼りついた砂は、僕たちの方へ流れてくる。


部屋全体がひっくり返ったのではなかった。


物が落ちる向きが、場所によって違っている。


『動く前に、細いものが触れておる。あの継ぎ目だ!』


アインの鼻先が、待避所の縁を向く。


僕は息を吸って、場所を叫んだ。


ベルンさんが長い棒の先の金属板で、敷石の継ぎ目を覆う。テトが手前の小さな亀裂をつなぎ、筋が伸びる隙間を狭めた。


それで敵の力を消せたわけではない。けれど、次の筋が入ってくるのが、一瞬遅れた。


「床を全部信じるな。綱を伝って、後ろへ戻れ」


僕は手すりを離さず、帯を支える綱へ片手ずつ持ち替えた。


ノエルが後ろの段へ空の袋を詰め、僕の体が戻ったときの角を覆ってくれる。ネロも影を薄く広げ、灯りの眩しさを弱めた。


目を開けたまま、結び目が見えた。


僕は膝を板へ戻し、空いている方の出口を見た。


行けと言われたら、今なら行ける。


でもアインは、その先ではなく、僕の手を見ていた。


『ここへ、皆が戻してくれたな』


「うん」


『ならば、我も、できる分だけ返す』


僕はベルンさんへ、アインがまだ一筋を見分けていると伝えた。


「次が来たら中止だ。今の位置で、一度だけ」


ベルンさんの声に、僕もアインもうなずいた。


*


作業板を、西へ引く。


エリクが職人の合図を見て巻き取り機を動かす。敵が伸ばした一本の糸だけが、色を取り戻した石につながっていた。


その糸を伝って、もう一筋、奪われた土の力が戻る。


敵の周りを回る石片が一つ、床へ落ちた。


「……やめろ」


石の輪が、動いた。


封印の円を避け、北の壁を伝って、作業板へ伸びようとする。


「そっちへ寄った!」


ノエルが指をさす。


オルナさんと岩人形が、円の北側へ大きな鉄板を立てた。上端は天井に届く。精霊術を敵へ流すのではなく、用意していた板で、壁の継ぎ目へ届く道を塞ぐ。


敵の糸が板を引っかいた。表面が白く曇る。


ずっとは持たない。


南側の職人も、同じように板を起こした。


正面に残ったのは、円の上を通る道だった。


敵は進まず、石へつながった糸を縮めようとした。


『まだだ。ここで強く引けば、石ごと奪われる』


僕はエリクへ叫んだ。


彼は手を止めた。作業板が、円の向こうで止まる。


敵が後ろへ引けば、その分だけ戻す力を失う。前へ出れば、輪を踏む。


アインが力ずくで引きずり込んでいるのではない。


奪ったものへしがみつく敵を、みんなで行き止まりへ追い込んでいた。


石の輪が震えた。


天井へ向かって上がっていた砂が、急に止まる。


『来る!』


「みんな、つかまって!」


部屋の石が、一斉に音を立てた。


僕の体は動かなかった。さっき締め直した帯と綱が、今度は浮く前に体を支えた。


オルナさんも、職人も、固定環へ綱をつないでいた。


板が揺れる。岩人形の片腕が欠け、術者が唇を噛んだ。


でも、板は倒れなかった。


作業板の石へ、最後の一筋が戻った。


敵の輪から、大きな石片が外れる。


その重さを失った中心が前へ伸び、円の縁を越えた。


「今です!」


僕の声に、オルナさんが伝声窓へ顔を向けた。


「まだ、外へ一本つながっている!」


ベルンさんが止める。


僕は見た。


東口へ戻る細い筋が、床を離れて天井に沿っていた。


アインの尾が三本に広がる。


小さな風が舞い、浮いていた粉をその筋へ沿わせた。灯りの下で、一本だけ、はっきり見える。


『あれは空だ。奪った力は、もう通っておらぬ』


僕が訳すと、ベルンさんは成人の職人へ位置を示した。


金属の長柄が、天井へ伸びる。


糸を両側から挟み、引き離すと、石をつかんでいた端が外れた。


二本の柄が、外れた筋を円の内側へ押し戻す。


「外れた!」


その声で、床の円が閉じた。


*


白い閃光も、大きな爆発もなかった。


円の周りの溝に、灰色の石が細くせり上がる。天井側からも同じ幅の石が下り、敵を挟むように、内と外を分けた。力は外側から石を動かし、敵のいる内側へは流し込まない。


糸の塊が内側を叩いた。


僕たちのいるところでは、砂が下へ落ちた。


膝が、本当に板へ重く沈む。


「戻った……?」


ミレアが椀の水を見る。水面は、縁と平らになっていた。


彼女はすぐに安全だと言わず、もう一度揺れがないか確かめた。


本殿から、低い声が来た。


「離れよ。消えたのではない。ここへ留めた」


僕たちは綱を外す前に、順に地面へ体重をかけた。


立てる。


僕は、そのことが嬉しくて、少し泣きそうになった。


ベルンさんはすぐ次の試験をせず、退避を命じた。アインは僕の腕へ顎を預け、一本に戻った尾を丸めている。


もう力を使わない。


僕たちは成人班と一緒に、来た石段を上った。


*


地上へ出ると、夜になっていた。


避難した住民のいる場所まで、帰還の知らせを連絡員が運ぶ。町全体へ戻ってよいという知らせではない。


ミレアが僕の肩を見た。帯の当たったところが赤くなり、エリクの掌にも、巻き取り機を押さえた跡が残っている。


上位精霊の術者は、欠けた岩人形の腕へ布を掛けた。形が戻るには休息が要り、今夜また働かせるつもりはないと言った。


戻らない二体の精霊も、まだ見つかっていない。


勝ったからと、全部を取り戻せたわけではなかった。


それでも、僕たちはここへ戻ってきた。


「あれは、今までの灰喰いより上の個体だ」


ベルンさんは、王様から届いた記録を見せた。


言葉を理解し、奪った土の力で物の落ちる向きを変え、逃げ道まで選んでいた。ドルガラム様も高位の虚無種と判定したという。


「最初から分かっていたんですか」


「いいや。だから、見えたものを記録した」


僕も紙へ、床ではなく壁へ落ちたと書いた。


怖かった、とも、小さく書き足した。


アインが僕の指へ鼻を寄せた。


『それも、忘れるな』


「うん」


エリクが隣で座り直し、僕の肩へ触れないように、肘でつついた。


「ちゃんと訳せよ。今の、俺にも」


僕は息をつき、アインの言葉を声にした。


みんなが黙ってうなずいた。


そのあとで、連絡員がベルンさんを呼びに来た。


「王様が、明朝、来てほしいと。白い精霊にも、働きを見せてくれた仲間にも」


僕は眠りかけた相棒を見た。


アインは目を開き、返事の代わりに、僕の手へ前足を重ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。