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属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
六王巡礼と消える世界

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43話 大地を支える依頼

その町では、夜になる前に、家の床へ耳をつけるのだという。


「何を聞くんですか」


僕が尋ねると、迎えの職人は、石畳の上で足を止めた。


「石が割れる音だ。下から聞こえたら、寝ていても外へ出る」


通りの両側には家が並んでいた。窓には洗った布が干してあり、パンを焼く匂いもする。


なのに玄関の脇には、どの家にも荷物をまとめた袋が置かれていた。


ここに住む人たちは、毎晩、明日の朝も自分の家で起きられるかを確かめている。


僕は抱えていたアインへ、少し強く腕を回した。


『締めるでない。まず、どこが割れるのか聞け』


「うん」


怖くなったのは、僕の方だった。


*


水都を出たのは、上流の兎を助けた日の、二日後の朝だった。


その前日は、新しい依頼を受けなかった。僕とアインは休み、エリクも擦れた掌をミレアに見てもらった。


昼に支部へ行くと、昨日決まった注意書きが、入口の板へ貼られていた。


色が薄いだけで、魔獣を討伐しないこと。


近づかず、見た場所と動きを知らせること。


その下で、旅人が受付の人へ質問していた。誰もがすぐ納得したわけではない。でも、知らないまま通り過ぎる人ばかりではなくなっていた。


捕獲班からは、大きい兎が少し餌を食べたという報告があった。脚はまだ引きずっている。小さい方とは別の籠で、互いの姿が見えるように置いているそうだ。


「元気になったら、返せますか」


「場所の安全も調べてからだ。急いで戻して、また同じことになったら困るだろう」


ベルンさんに言われ、僕はうなずいた。


兎を助けたことと、あの畑が安全になることは、別だった。


北方へ行く依頼も、すぐには決まらなかった。


届いた続報には、町の名前と、通れなくなった坑道が書いてある。


北方山脈の麓にある、鉱山町ガルド。


水都から北へ馬車で四日。鉱石を運ぶ街道は開いているが、町の地下では、補修した支柱が繰り返し割れているという。


ベルンさんは続報の地図を広げた。


「坑道の作業員は退避済み。上の家は?」


「危険区画の住民は広場へ移しています。ただ、範囲が広がれば、今の宿舎では足りないそうです」


水都の調査責任者が答えた。


「現地の責任者は、こちらの合流を待たずに補強を続けています。依頼は討伐ではありません。地盤の調査と、避難路を残すための長期補強です」


長期、という言葉を僕は読み直した。


昨日の夕方までに終わった調査とは、違う。


「何日くらいですか」


「分からん。だから、一日で直せると約束しない」


ベルンさんはそう答え、僕たち四人を見た。


「俺が責任者として受ける。お前たちは、現地で安全を確かめた場所の補助だ。閉鎖された坑道には入らない。それでも行くか」


僕はみんなの顔を見た。


ミレアは、避難先の水と手当てを確かめたいと言った。ノエルは、通れる道が変わるなら、地図を書き直す人が要ると言う。


エリクは紙に描かれた支柱へ指を置いた。


「木と鉄でできることがあるなら、俺も手伝う」


最後に、アインの前足が僕の手へ重なった。


『我も、できることを確かめたい』


訳してから、僕も行きたいと答えた。


依頼全体は都市の地下を扱うB級。僕たちの登録札は、四人ともCのままだ。ベルンさんがAランクの責任者として受注し、現地の成人作業班と一緒に働く。役割を決める欄に、それぞれの名前が書かれた。


出発までに、姉上への手紙と、エリクのお父さん、ミレアのおばあさんへの連絡を支部へ預けた。次に返事を受け取る支部もガルドへ変える。ノエルはユアンの照会先にも、行き先を伝えた。


忘れたくないことが、旅をするほど増えていく。


エリクの掌の赤みが落ち着いたのを確かめた翌朝、僕たちは港へ寄ってから町を出た。


メルセリア様は残る。取水口は閉じたままで、石柱の下の亀裂も調査中だった。


「北では、ドルガラムが大地を支えています」


王様は、ベルンさんが見せたガルドの地図へ目を落とした。


「土の精霊王様ですか」


「ええ。町の奥にある地脈神殿から、長く離れられません。訪ねるなら、まず町の者へ事情を聞いてください」


会えるという約束ではなかった。


それでも、知らない土地の奥で、誰かがずっと踏ん張っているのだと分かった。


『一人で、か』


僕が訳すと、王様はアインを見た。


「そうしてしまう方です。あなたたちまで同じようにする必要はありません」


アインは返事をせず、僕の腕の中で尻尾を丸めた。


*


街道の馬車には、僕たち五人と、支部が手配した御者が乗った。精霊たちはそれぞれの相棒のそばにいる。


四日の道のりは、地図で指を動かすより長かった。


初日は畑の間を進み、二日目には遠くに山が見えた。三日目の宿場では、北から来た荷車が空の荷台で南へ向かっていた。


「鉱石、運ばなくなったのかな」


エリクが御者に聞くと、危険な坑道を止めたため、運べる量が減ったのだと教えてくれた。


町の下が壊れると、家だけでなく、働く場所もなくなる。


僕は自分の袋を見た。中には乾いたパンと、ミレアが分けた薬が入っている。今日の食べ物を持って移動できる僕たちと、家に残る人たちは、同じではない。


夜は宿で眠った。ベルンさんの左脚を休ませるためにも、暗くなってから先へ進まない。


アインは食事のときだけ鼻を伸ばし、僕のパンの端を狙った。


「今日は、こっち。固いところじゃなくて」


小さい欠片を渡すと、白い前足が僕の指を押さえた。


『我は固いパンにも負けぬ』


「負けないのと、好きなのは違うでしょ」


エリクへ訳すと、彼は自分のパンを見た。


「じゃあ俺は、負けそうな方を汁につける」


同じ椀を覗き込み、僕たちは笑った。


助けに行くのは怖い。それでも、こうして笑える時間もあった。


四日目の昼過ぎ、山の裾に積み上がった灰色の家々が見えた。


町の入口には、荷車用の広い道。その横に、山へ登る石段。低い方の家の窓は板で塞がれ、広場には仮の屋根が並んでいた。


ガルド支部の人が御者と書類を確かめ、僕たちを作業責任者へ引き合わせた。


「オルナだ。石工のまとめ役をしてる」


背の高い女性だった。髪を布で包み、腰の袋へ木槌と短い物差しを差している。


僕たちを子どもだからと追い返しはしなかったが、道具を下ろす前に、通ってよい道と、鐘が鳴ったときの集合場所を教えた。


「見に来ただけのつもりでも、そこへ立つだけで邪魔になることがある。止まる場所を先に覚えて」


僕は鐘の下の白い柱を見た。


見えなくなったら、石段を上がって広場へ戻る。


その途中で、家の床へ耳をつける話を聞いたのだった。


*


最初に入ったのは、危険な坑道ではなく、支部の裏にある石造りの作業場だった。


壁に地図が掛かり、その下の長机に、割れた石と日付の付いた板が並んでいる。


ガルドは、昔の採掘でできた空洞の上へ広がった町だった。今も使う坑道と、もう鉱石を掘らずに埋め戻している道が混ざっている。


「古い柱を抜いて、上から詰めれば終わりにはならない。隣の空洞へ重みが移るからね」


オルナさんは積み木を三つ並べ、その上へ板を渡した。


真ん中の積み木をずらすと、板が左右へ傾く。


「だから、一本ずつ見て、隣も支える」


「割れたところだけ固めても、別のところが割れるんですね」


僕が言うと、彼女はうなずいた。


エリクは図に描かれた横木を指した。


「これは、もう替えたやつ?」


「昨日替えた。今朝、また裂けた」


机の上に、指が入るほど割れた木片があった。


昨日直したところが、今日また壊れる。僕なら、次に触るのが怖くなると思う。


「木が悪いんじゃないかって言われる。石も、作業も。けど、同じ材を使ったこっちは持っている」


オルナさんが、図の別の場所を叩いた。


「原因が分からないまま、全部へ大きな術をかけるのは止めた。地下に入った精霊が帰らなくなってからは、特にね」


ベルンさんが、帰らなくなった精霊の契約者について尋ねた。


怪我をした作業員は救護所にいて、二人の契約者が自分の精霊を感じ取れなくなっている。精霊が死んだと確認されたわけではない。その区画は閉じ、捜索は成人の調査班が続けていた。


僕はテトを見た。


小さな石の甲羅が、ベルンさんの靴に寄っている。


「テトも、そこには行かないですよね」


「行かせん。まず、ここから分かることを調べる」


ベルンさんは即答した。


アインも僕の腕から、暗い坑道へ走り出すことはなかった。


『足元で失うものを増やしては、探す手も減る』


僕は訳してから、閉鎖区画を示す赤い線を見直した。


*


日が傾く前に、僕たちは地上の補修現場を見せてもらった。


地下の天井にあたる石床を、上から点検する場所だ。通りの一部に柵を立て、左側へ人の道、右側へ作業台を分けてある。


僕たちはオルナさんの立つ作業台側へ入り、ベルンさんが後ろに残った。通りの左を進めば、鐘のある広場へ戻れる。


石床の継ぎ目へ、細い紙が何枚か差してあった。


「割れ目が広がると落ちる。落ちた時刻を記録するんだ」


職人が説明してくれた。


風で抜けないよう、紙の外側は小さな囲いで覆われている。オルナさんは一つを開け、朝に付けた印を見せた。


テトが石へ前足をつけ、鼻を鳴らす。ベルンさんも片膝をついた。


「ここの表面は、今は動いていないな」


『待て』


アインの耳が、ぴんと立った。


僕も石を見たが、何も分からない。


『紙の下を見たい。土を動かすのではないぞ』


僕が伝えると、ベルンさんがオルナさんへ確認した。彼女は手を引き、紙に触れずに見てよいと言った。


アインは僕の掌から、紙の少し手前へ鼻を向けた。


三本の尾がふわりと分かれ、足元の埃が、ほんの少しだけ横へ流れる。


薄い紙は動かなかった。


でも、紙の下に別の細いものがついていた。埃が払われると、透明な糸のような筋が、石の両側へ貼りついているのが見えた。


『落ちぬように、下で引いておる』


「紙が、何かにくっついているそうです」


アインは風を止めた。尾も一本に戻る。


オルナさんが長い柄の道具で、紙の端だけを持ち上げた。


紙は立ったまま残り、そのすぐ下の石に、暗い隙間があった。


「これで、動いていないと思ってたのか」


職人の声がかすれた。


ベルンさんが立ち、僕たちを左の通路へ下げた。


「全員、囲いの外へ。道具は置いていい」


石が突然割れたわけではない。けれど、落ちるはずの紙が落ちなかった場所を、そのまま安全だとは言えなかった。


オルナさんは点検者を呼び、離れた位置から石床の高さを測り直させた。


僕たちは広場側から待った。エリクが僕の袖をつかみ、帰り道を塞いでいないか、後ろを見る。


「アイン、土の中も見えるようになったの?」


「違うって。風が通る隙間と、紙の動きがおかしかったんだって」


『土を動かせたなら、もっと先も確かめられたであろうがな』


「でも、紙だけでも見つけたよ」


僕が背中を撫でると、アインは少しだけ胸を張った。


点検を終えたオルナさんが戻り、石床は朝より少し下がっていると言った。今日は誰もその上へ戻さず、隣の通りも避けることになった。


糸のようなものは、以前にも補修の奥で見つかっている。材をつなぐ術の残りだと思われていたが、誰が付けたかを示す記録はないという。


「それがヴォイドかは、まだ分からん」


ベルンさんが言った。


僕はアインを抱き直した。見つけてくれたのが嬉しかったが、今はオルナさんたちが測る邪魔をしない方がいい。


「別の場所の紙も、確かめた方がいいですよね」


「そうする。知らせてくれて助かった」


彼女は僕だけでなく、アインにも顔を向けて言った。


*


夕方、オルナさんは僕たちを、閉鎖された採掘坑道とは別の、神殿への通路へ案内した。


入口は町の高い側にあり、石段が太い柱の並ぶ地下へ続く。道の奥へ行くほど暗くなるが、途中には地上へ出る換気口と、もう一つの出口がある。


ベルンさんは通路の点検記録と出口を確かめ、案内の人を先頭に立てた。子どもだけで探検する道ではなかった。


途中で階段が終わり、低い柵の向こうに、大きな岩の部屋が見えた。


太い石の柱が輪を作り、中心の床には、掌より幅の広い割れ目が走っている。


その上へ、岩の甲羅を背負った巨大な亀が、四本の脚を踏ん張っていた。


天井と甲羅の間に石の筋が伸びている。亀がわずかに首を下げると、柱の根元が低く鳴った。


「巌地王ドルガラム様です」


オルナさんが、柵の前で頭を下げた。


僕も慌てて頭を下げる。


会えるかもしれないと思っていた。でも、寝返りも打てないほど大きな重みを、ずっと背負っているとは思わなかった。


「新しい手か」


低い声が、胸まで響いた。


「応援のベルン・アステルです。地上の補強に加わります。今日は、お支えになっている範囲を教えていただきたい」


ベルンさんは、僕たちの名前と担当も伝えた。


王様の目が、登録札ではなく、僕たちの手と道具を順に見た。


「持たせたものは、壊れる。壊れたからと、土の子らを奥へ送るな」


「行方の分からない二体についても、支部の調査を続けます。こちらから追加で送り込むことはしません」


王様は、小さくうなずいた。


アインが僕の腕から身を乗り出した。


『そなたは、そこを動けぬのか』


僕は問いを声にした。


岩の甲羅の下で、一本の脚が、ほんの少し沈んだ。


「下を閉じておる。脚を上げれば、押し返してくる」


「下に、何がいるんですか」


僕の声は、思ったより小さくなった。


「この土とは違うものだ。入り口を広げようとする」


メルセリア様のいた港を思い出した。


けれど、ここのものも同じだと、僕には決められない。ベルンさんが調べた記録と、今日の割れ目を伝え、王様へ確かめる。


「大地の封印が、弱まっていると考えてよいですか」


「わしが押さえる内側だけではない。外の石が離れておる。そこをつなぎ直せ」


ベルンさんは、地上の家と坑道の柱がどうつながっているかを、オルナさんの図に沿って聞いた。


王様が真ん中を押さえても、その周りが崩れたら、町まで守れない。


大きい力が一つあるだけでは、足りないのだった。


『我に、返せるものはあるか』


アインの問いを訳すと、王様は初めて、白い相棒を長く見た。


「今は、ここへ力を流すな」


短い言葉だった。


アインの耳が少し伏せられる。


「うまく返せる先が分からないからですか」


僕が聞くと、王様は首を横へ向けた。


「地上の石は、お前たちの目でも見える。まず、そちらを頼む」


アインに何もできないと言ったのではなかった。


やってほしいことを、選んだのだ。


僕はアインへ目を落とした。


『石を積む手は、我にはない』


「僕にはあるよ。エリクにも。オルナさんたちにも」


僕が訳して続けると、エリクが道具袋を持ち上げた。


「持てるやつが持つ。お前は、さっきみたいに見つけてくれ」


アインは僕の手へ前足を置いた。


『ならば、我も手伝おう』


王様はそれを聞き、目を閉じた。


追い返されたのではないと分かって、僕はようやく息を吐いた。


*


帰るとき、入口の掲示板へ、新しい作業図が貼られていた。


補修は明日だけでは終わらない。明日は資材置き場の整理と、地上の安全な区画から点検を始める。閉鎖坑道と神殿の中心には立ち入らない。


僕の名前の横には、点検の補助と連絡。エリクには道具の点検。ミレアには水と救護の補助。ノエルには通行止めの記録が書かれている。


何人もが、同じ図を見て、自分の場所を確かめていた。


僕は、王様の脚を思い出した。


あの一本が動けない間に、僕たちは何本の柱を支え直せるだろう。


そう考えていると、オルナさんが作業場から出てきた。


彼女の手には、石床の高さを測るための、錘を付けた糸があった。


錘は、下へ垂れていなかった。


彼女が歩くたび、鉄の小さな塊が、横へ引かれるように揺れている。


「風ですか」


「囲いの中でもこうなる。ほかの錘でも試した」


彼女は壁際で足を止めた。


風の来ないそこでも、糸は斜めのままだった。


僕の腕の中で、アインが頭を上げる。


『下が、同じではなくなっておる』


僕はそれを伝えた。


ベルンさんが全員を作業場から離れさせ、オルナさんへ、その錘をどこで測ったか尋ねる。


僕も広場へ退きながら、足元を見た。


石畳はまだ、僕の靴の下にある。


明日もそうだと、確かめるために。


僕たちの依頼は、ここから始まる。

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