22話 帰る資格
「エルフォード侯爵領で、炎が消えています!」
早馬の騎手は、鞍から片足を下ろしたところで崩れた。
入口にいた冒険者二人が身体を支える。泥に濡れた外套の下で、胸が激しく上下していた。馬も白い泡を吹き、四本の脚を震わせている。
マルタさんが受付台を回り込み、水差しを持ってきた。
「話すのは水を飲んでからです。馬にも水と乾いた布を」
騎手は二口だけ飲み、首を振った。
「先に、支部長へ。急報です」
僕たちは北東の森から戻ったばかりだった。
領都ラグナ。
父上と兄上と姉上がいる場所。エリクの父さんの工房もある。僕が十年間暮らし、四か月あまり前に追い出された故郷だ。
「どこの炎が消えたんですか」
気づけば、騎手の前へ出ていた。
「屋敷ですか。城下町ですか。怪我をした人は」
一度に聞きすぎて、騎手が僕の顔を見る。
赤い髪を見て、目を見開いた。
「あなたは……」
「今はギルドの見習いです」
喉が乾いていた。それでも、今の名を言う。
「ルカです。分かることを教えてください」
ベルンさんが僕の肩へ手を置いた。
「順に聞く。最初に消えた場所と時刻。次に広がった方向。最後に負傷者だ」
僕は口を閉じ、騎手の答えを待った。
最初は領都の北東にある炭焼き村だった。
夕方、竈の火が消えた。薪を替えても、火打ち石で火花を散らしても、炎だけが育たない。ほぼ同じころ、村の外れで地面が灰色に変わった。
その後、領都へ続く街道沿いで三つのかがり火が順に消えた。
夜明けには北の見張り塔。
昼前には城下町東側の鍛冶場二軒。
「火事ではないんですね」
ミレアが確かめる。
「逆だ。燃えなくなった。炎精霊に力を出させた者は、契約精霊まで弱った」
橋でロッソの炎が薄くなったときと同じだ。
僕はアインを見た。アインも、騎手の声を聞いている。
「灰喰いかもしれません」
僕が伝えると、騎手は何度も頷いた。
「領都でも、その名で呼び始めている。地面に残った灰色の筋は一つではない。斥候が北東街道で三本、古い炭坑の近くで二本見た。ただし、同じ個体が行き来した跡かもしれず、数は分からない」
分からないものを、五体いるとは決めない。
でも、群れではないとも言えない。
「人は逃げてる?」
エリクの声が、いつもより低かった。
「炭焼き村の住民は領都へ入った。城下町の北と東から、南側へ移し始めている。ただ……」
騎手が紙の端を押さえた。
「領都は炎を使う町だ。鍛冶炉、パン窯、暖房、夜の灯り、それに防壁の術式まで炎精霊を頼っている。全部を急に止めれば、町の暮らしも守りも動かなくなる」
エリクが唇を噛んだ。
「父さんの工房も東だ」
ダリオさんの工房には、下位炎精霊のパルがいる。あの小さな火まで、奪われてしまうのだろうか。
エリクは工具袋を強く握った。
「行こう、ルカ」
「うん」
答えてから、ベルンさんを見る。
僕たちはEランクの見習いだ。領都の異変が都市規模なら、受けられる依頼ではない。
それに僕は、領外へ追放されている。
帰りたいだけで帰れる場所ではなかった。
ベルンさんは、すぐには頷かなかった。
「行くなら、救援班の一員としてだ。門で止められても、勝手に入り込まない。家族を見つけても、一人で駆け出さない」
ベルンさんが僕たちを見る。
僕はすぐに返事をしたかった。けれど兄上に帰れと言われるところを想像すると、喉が詰まった。
「ちゃんとできるか、分かりません。でも、困ったら言います」
「それでいい。まずは依頼を確認する」
マルタさんがすでに別の紙を用意していた。
領都支部からの緊急応援要請。
対象は、炎消失域の調査、住民避難、負傷者救護。危険度は暫定B。灰喰いへ属性術を使わないという注意が、赤い線で囲まれている。
「ベルンさんを責任者とする救援班として受理できます」
マルタさんは僕たち四人を見る。
「ただし、見習いの皆さんは補助です。現地責任者かベルンさんが退避を命じた場合、残れません」
「分かりました」
四人の声が重なった。
ノエルも頷いた。二人まで一緒に来てくれる。心細かった胸が、少しだけ温かくなった。
サリナ班とダグ班は、北東の森の報告を仕上げるためハルデンへ残ることになった。
森の灰喰いまで放ってはおけない。救助した穴熊モグラが人里へ向かっていないか、今朝確かめた場所の監視も必要だ。
「こっちは任せろ」
ダグがエリクへ、磨く前の銅板を投げた。
「鏡の代わりだ。戻ったら、次の板を作るぞ」
エリクは両手で受け止めた。
「うん。絶対戻る」
僕は今朝の足跡確認をサリナさんへ引き継いだ。森の監視は、残る大人たちが続けてくれる。
残る仕事を引き継いでから、出発の支度をした。
支部が用意した二台へ、水と薬と縄を積んだ。
僕たち四人とベルンさん、御者さん二人。アイン、テト、ポロ、ネロもいる。
「あとは僕の鞄」
『我の隣にある。三度も数えるな』
「……心配なんだよ」
アインは文句をやめ、鞄の上へ座った。
昼過ぎ、二台の荷車はハルデンを出た。
西街道を、今度は東へ戻る。
僕が追放された日に通った道だ。
あの日は、何度も振り返った。
戻れないと分かっていても、家の方を見ずにはいられなかった。
今は、荷車の前方から目を逸らせない。
夕方になるにつれ、道沿いの灯りが減った。
石造りの待避小屋を過ぎるころ、前から四台の馬車が来た。荷台には布団や鍋を抱えた人が詰めて乗っている。
先頭に、灰色の短い髪が見えた。
「イレーネさん!」
イレーネさんは馬を止めた。右頬の火傷痕が、蓄光石の青白い明かりに浮かぶ。隣を走るロッソは炎をまとっておらず、赤銅色の毛もくすんで見えた。
「ルカ様。なぜこちらへ」
「救援依頼を受けました。あの人たちは?」
「北東の村から避難した方々です。領都の外で追いつき、ハルデンへ送っています」
イレーネさんは、後ろの馬車を振り返った。
「護衛をハルデンから出していただけますか。引き継げれば、私は領都へ戻ります」
マルタさんは、それを見越していたらしい。僕たちの後ろから、別の冒険者三人が追いついた。避難民をハルデンまで護衛する班だ。
引き継ぎの間、僕は馬車の人へ水を渡した。
ベルンさんは避難民の人数を確認した。
大人十八人。子ども七人。老人四人。合わせて二十九人。
歩けない人が三人、熱のある子が一人。途中ではぐれた人はいない。出発時の名簿と今いる人数を、避難班とハルデンから来た護衛班が互いに読み上げる。
引き継ぐ職員が名簿を受け取り、歩けない人の乗る場所を確かめた。イレーネさんは最後の一台が動くまで見送った。
避難の馬車と別れ、イレーネさんが僕たちの先頭へ加わった。
「姉上へ手紙は渡せましたか」
「はい。エステル様は、すでに城下町の避難名簿を作っていました。私が屋敷を出た時点では、ご無事です」
胸の奥に詰まっていたものが、少しだけほどけた。
「父上と兄上は?」
「北門の守りへ出ています。アルヴァン様は炎術の使用を止めようとしましたが、古い防衛規則との間で命令が遅れています」
「兄上も、炎を使ったんですか」
「北壁で一度だけ、炎の防壁を出したと聞きました。灰喰いへ当てたのではなく、避難する方々との間へ置いたそうです。その後は使用を止めています」
僕は座り直した。急いでいる途中でも、車輪の音が変われば止まって確かめた。着いたとき、薬も人も無事でいなければならない。
夜が深くなるにつれ、道沿いの明かりが減っていった。
街道のかがり火は消え、宿の窓にも炎がない。蓄光石や月明かりだけでは、見慣れた道が別の場所に見える。
領都ラグナは、夜でも赤い町だった。
鍛冶炉の明かり。屋敷の窓。見張り塔の炎。遠くからでも空の下が赤く見えた。
今夜は、その赤がなかった。
丘を越えると、黒い町の形だけが見えた。
アインが肩へ登り、僕の頬へ鼻を寄せた。
『着いたぞ』
「うん」
帰りたいと言うのが怖かった町へ、今度は仲間と来た。
領都ラグナの西門は、大きな門扉を閉じ、脇の通用口だけを開けていた。
門の前には荷車が十二台並び、町を出ようとする人と、家族を迎えに来た人が押し合っている。炎の代わりに置かれた蓄光石は数が足りず、人の顔も足元も青白く見えた。
「押さないでください! 南門からも退避できます!」
門兵が叫んでいる。
けれど、後ろまで声が届いていない。
誰かが「北壁が破られた」と言い、別の誰かが「まだ一体も入っていない」と言い返す。どちらが本当か分からないまま、列だけが崩れていく。
列の中ほどで、木箱が地面へ落ちた。
蓋が外れ、毛布と食器が道へ散らばる。持ち主の男性が拾おうとしゃがみ、後ろの人がぶつかった。その横では、杖をついた女性が人波に押されて門扉へ肩を打っている。
「いったん荷物から離れて!」
ミレアが女性の腕を取った。
「歩けますか。どこが痛いですか」
「肩だけだよ。でも、孫が前に……」
ノエルがネロと一緒に人の脚の間を見た。
「青い帽子の子?」
「そう、その子だよ!」
門の内側で、青い帽子が泣いていた。
ノエルが指す。門兵が子どもを抱き上げ、女性のところへ戻した。
ベルンさんは木箱を道の端へ移させ、荷物を拾う人と通り抜ける人を分けた。
まだ門へ入ってもいないのに、すでに助けを必要とする人がいる。
ベルンさんは荷車から降りると、ギルドの救援札を高く掲げた。
「ハルデン支部から来た。負傷者と、すぐ運ばなきゃならん者を右へ分けろ。荷だけの車は左だ」
門兵がこちらを見た。
イレーネさんの顔に気づき、道を空ける。
「バルカ殿! ご帰還をお待ちしていました」
「状況は」
「北東の外壁まで灰色の獣が接近。目視できたのは四体ですが、地中にも動く音があります。炎術は禁止されました。北門と東門は封鎖、西門は退避専用です」
四体。
それが全部とは限らない。
門の内側から、鎧を着た人が出てきた。
蓄光石の明かりでも、赤い髪が分かった。
ギルベルト兄上だった。
いつもきれいに留めていた髪が額へ落ち、鎧には土がついている。肩のそばにいる上位炎精霊フィアは、赤橙色の大鷹に似た大きな姿なのに、今は火の粉を一つも出していなかった。
兄上の目が、イレーネさんからベルンさんへ移る。
最後に僕で止まった。
「なぜ、ここにいる」
低い声だった。
「ハルデン支部の救援依頼で来ました」
僕は、首から下げたEランクの登録札を見せた。
兄上は札ではなく、僕の顔を見ている。
「お前は領外へ追放された。命令を忘れたのか」
忘れるはずがない。
家門簿から名前を外され、屋敷を出た朝のことは、今も夢に見る。
「忘れていません」
「ならば戻れ。西門は退避させるための門だ。中へ入れるためではない」
「兄上」
「その呼び方も、今は公の場にふさわしくない」
胸の中を強く押されたようだった。
言い返したいのに、何を言えばいいか分からない。
僕の隣で、エリクが一歩出た。
「俺は追放されてません。町民証もあります。父さんを迎えに行かせてください」
兄上はエリクを見る。
「東職人街は避難命令が出ている。住民は中央広場か南広場へ移っている」
「どっちですか」
「工房ごとの所在までは、ここでは分からない」
エリクの指が工具袋へ食い込んだ。
今すぐ町へ走り込みたいのだと思う。
でも、走らなかった。
「じゃあ、名簿を見ます。見つからなかったら、勝手に探さない。ベルンさんと決めます」
ベルンさんが横で頷く。
兄上は少し驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻した。
「町民一人は通す。しかし、救援班全体の受け入れは現地指揮官の許可が要る」
「その指揮官は、あなたか」
ベルンさんが尋ねる。
「北東区画は私が預かっている。領都全体は父上だ」
「なら、取次を頼む。俺はAランクのベルン・アステル。都市救援の要請を受け、療師一名、護衛一名、見習い四名、精霊五体で来た」
ロッソを含めて、精霊は五体。
ベルンさんは、ルカが帰ってきたとは言わなかった。
救援班が来たと言った。
兄上は救援札を確認した。それでも、門を開ける命令は出さない。
「見習い四名を、灰喰いのいる町へ入れるつもりですか」
「前へ出すつもりはない。避難と記録の補助だ」
「その子は、ここへ戻るべきではない」
「侯爵家の話なら、俺は口を出さん。だが、依頼人が侯爵領で、救援を要請したのも侯爵領だ。受け入れないなら、理由を記録に残してもらう」
兄上が黙った。
僕は、兄上の後ろを見た。
門の中では、三人の門兵が一台の荷車を止めている。荷台には大きな木箱が積まれ、その横を杖をついたおじいさんと、小さな子どもを抱いた人が歩いていた。
荷車は通れる。
歩く人は、荷車を避けて狭い端を進むしかない。
抱かれた子どもの靴が車輪の縁へ触れそうになり、抱いていた人が慌てて身を引いた。
「人を先に出せませんか」
僕は兄上へ言った。
「何?」
「荷物の車を左へ寄せて、歩く人の道を一本空けるんです。怪我をした人と子どもを先に」
「すでに退避は始めている」
「でも、ここでは一緒になっています」
兄上の眉が動いた。
怒らせたと思った。
それでも、門の中を指す。
「ハルデンでは、動ける人と手を借りる人を分けました。荷物と人も分けます。誰が出たか木札で数えれば、家族を探して戻る人も減らせます」
ミュール集落で教わったことだった。町全部を僕が動かせるとは思わない。でも、目の前で困っていることなら言える。
「詳しい分け方は、職員に確認させる」
兄上はベルンさんの救援札を見た。
「その間、けが人を診てもらえますか」
「もちろんだ」
兄上が門兵を呼んだ。
「荷車を左へ。右側に、大人二人が並べる幅の歩行者通路を空けろ。負傷者を先に通す」
門兵たちが走る。
さっきまで一つだった列が、少しずつ二つに分かれた。
「今の指示は、門前の混乱を解くためだ」
兄上が僕へ向き直る。
「お前の帰還を認めたわけではない」
「分かっています」
本当は、分かりたくなかった。
少しくらい、無事だったのかと聞いてほしかった。
僕も、兄上が怪我をしていないか聞きたかった。
けれど、後ろには門を出たい人が待っている。
「僕は、家名を返してもらいに来たんじゃありません」
声が震えないよう、登録札を握った。
「領民を助けるために来ました。門の外でできることだけでもします」
フィアが、小さく翼を動かした。昔のような炎の羽は出ていない。
アインがフィアを見上げた。
『あの火は疲れている』
「アインも、フィアが疲れていると言っています」
兄上の表情が初めて崩れた。
「見ただけで、そう言ったのか」
「はい。さっきイレーネさんに聞いたことは、まだ話していません」
「その精霊の言葉を、まだ信じろと言うのか」
「無理に信じてとは言いません。でも、今日は休ませてあげてください」
アインが僕の腕をつついた。
『我らが返せるものは、この近くにはない。ここで火を使わせるな』
そのことも伝えた。
兄上はフィアを見た。フィアは広げかけた翼を畳み、兄上の肩へ寄る。
「……休ませている」
声は小さかった。
僕は頷いた。それ以上言うと、またけんかになりそうだった。
ベルンさんが報告を持つ職員を呼び、別々の紙を荷台へ広げた。
僕たちは消えた火の場所を書き写した。順番をつけるのはベルンさんと職員の仕事だ。兄上が北壁で力を使った位置も、同じ地図へ加わった。
「中央炉に向かっている可能性がある」
ベルンさんが言う。
「停止と避難を合わせて判断してくれ。子どもだけで決める話じゃない」
兄上は頷き、作戦室へ伝令を出した。
門の奥から、橙色の小さな灯火が飛んできた。
ルーメだった。
炎は弱い。それでも僕を見つけると、消えないように小さく揺れた。
「ルカ!」
姉上が走ってくる。
僕の前まで来て、抱き締めようとして止まった。鎧の人や門兵が見ているからだと思う。
僕から一歩近づくと、姉上の腕が背中へ回った。
「無事だったのね」
「姉上も」
言いたかったことが、それだけになった。
姉上は僕の髪を一度撫で、すぐに仕事の顔へ戻った。
「北区画の避難名簿を持ってきたわ。歩けない人が二十三人。乳児が十一人。独り暮らしで確認できていない人が十四人」
僕たちの地図を見て、目を見開く。
「西広場を治療所にするなら、空いている染物倉庫が使える。水路も近いわ」
「エステル。父上の許可が先だ」
兄上が言う。
「だから、父上へ見せます。今の計画より救えるなら、誰が作ったかは関係ないでしょう」
姉上の肩で、ルーメがアインへ近づいた。
アインは鼻先を寄せようとして、途中で止まる。
『この火も弱っている』
「姉上、ルーメは力を使ったのですか」
「避難所で、身体の冷えた赤ちゃんを温めたの。火は広げず、この子の近くだけで使ったけれど、それでもいつもより疲れているわ」
「休ませる場所を作ろう」
ミレアが言った。
「人の治療所の隣じゃなくて、少し離れたところに。灰喰いが精霊のいる場所を見つけるかもしれないから、逃がす道も二つ必要」
姉上は名簿の裏へ書き留めた。
姉上は地図を丸めた。
そのとき、門の内側で人々が左右へ分かれた。
父上が歩いてくる。
黒い外套の裾は泥で汚れ、左腕の鎧に灰色の筋がついていた。契約する炎精霊の姿はない。
僕は父上の顔を見た。
父上も僕を見た。
四か月あまり前、書斎で追放を告げられたときと同じ、何も読めない目だった。
「救援計画を持ってきたのは誰だ」
姉上がベルンさんと職員のまとめた地図を差し出す。
「ハルデンからの救援班です。ルカたちも、見たことを伝えてくれました」
父上は地図を開いた。
最初に僕の名前を見たのか、避難路を見たのか分からない。
長い沈黙のあと、父上は尋ねた。
「未確認の住民は、十四人で間違いないか」
「今のところは」
姉上が答える。
「灰喰いの確認数は」
「地上で四体。地下の音があるため、総数は不明です」
兄上が答えた。
父上は、僕へ向き直った。
「この計画で、何人を救える」
答えを間違えたくなかった。
でも、分からない数を大きく言う方が、もっと怖い。
「まだ分かりません」
父上の目が細くなる。
「だから、最初に数えます。誰がどこにいて、誰の助けがいるのか。全員助けると言って、見落としたくありません」
父上は地図を閉じた。
「屋敷の作戦室へ来い」
兄上が顔を上げる。
「父上、この者は追放されています」
「分かっている」
父上は門兵へ命じた。
「これは帰還許可ではない。領都防衛に必要な救援班を、私の責任で通す」
門兵が通用口の流れを一度止め、町へ入るための道を人一人分だけ空けた。
僕は家へ帰ることを許されたのではない。
それでも、助けるために中へ入る道は開いた。




