↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
追放の旅と灰喰いの獣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/18

2話 炎の家の恥

「もう一度、測定を行います」


祭司長がそう告げても、誓約殿のざわめきは収まらなかった。


僕の腕の中で、アインが小さく鼻を鳴らす。


『一度で分からぬ道具を、二度使って何になる』


周囲には「きゅう」としか聞こえていない。


けれど僕には言葉だけでなく、同じことを二度させられてむっとしている気持ちまで、胸の奥へ直接伝わってきた。


「アインは、晶盤の方が壊れていると言っています」


僕が伝えると、参列者の間から失笑が漏れた。


「都合のよい通訳だな」


誰かが言った。


顔を上げる勇気がなくて、声の主までは分からない。笑われたのが僕なのか、アインなのか、それとも両方なのか。それだけは分かった。


「静粛に!」


祭司長が銀の小槌で共鳴鐘を一度打った。


まだ選定を終えていない子どもたちは、家族とともに後方へ下がらされていた。人の隙間からエリクがこちらを見ている。僕と目が合うと何か言おうとしたけれど、神殿の係員に促され、別の待合室へ連れていかれた。


僕のせいで、みんなの儀式まで止めてしまった。


その事実が、胸の上へ新しい重石を置いた。


祭司たちが六属性晶盤の周りへ集まる。晶石を一つずつ外し、細い銀棒を差し込んで内部の魔力を確かめていく。


赤、青、緑、黄、白、紫。


六つすべてが順番に光った。


「晶盤の動作に異常なし」


若い祭司が報告した。


祭司長はうなずくと、エステル姉上を見た。


「確認のため、あなたの契約精霊を晶盤へ」


姉上が来賓席から下りてくる。肩のそばには、中位炎精霊のルーメが寄り添っていた。


「お願いできる?」


姉上が話しかけると、ルーメは一度明滅し、晶盤の中央へふわりと移った。


小さな炎が透明な板へ触れる。


赤い晶石が穏やかに輝いた。


『炎属性・中位』


銀の縁へ、はっきりと文字が浮かぶ。


「やはり晶盤は正常です」


祭司の一人が言った。


客席から小さな囁きが起こる。


――侯爵家の姫君なのに中位。


――弟まで外れでは、エルフォードの炎も衰えたな。


姉上の横顔は変わらなかった。


けれど、ルーメの炎がわずかに縮んだのを、僕は見逃さなかった。


『あの者は、弱くない』


アインが言った。


「え?」


『大きく燃えるだけなら、枯れ枝にもできる。あの火は、熱を必要な場所へ正しく渡している。器用な者だ』


アインの銀色の瞳は、姉上ではなく、その契約精霊を見ていた。


初めて会ったはずなのに、ずっと当たり前のことを話しているような口調だった。


「姉上」


僕は思わず呼びかけた。


「アインが、姉上の精霊は弱くないって。熱を必要な場所へ正しく渡せる、器用な精霊だと言っています」


姉上が目を見開く。


ルーメは一瞬だけ大きく燃え、照れたように姉上の髪の後ろへ隠れた。


「ありがとう。そう言ってくれたのね」


「姉上、本気で信じるのですか」


ギルベルト兄上の声が割って入った。


兄上は晶盤のそばまで歩み寄ると、僕とアインを交互に見た。


「ルカにしか聞こえない言葉だ。あの精霊が話したのか、ルカが庇うために作ったのか、確かめようがない」


「ルカは、こんなときに嘘をつく子ではありません」


「本人が嘘だと思っていない可能性もある。未知の精霊が、契約者の感覚へ何をしているかも分からないのだ」


兄上の言葉に、僕はアインを抱く腕へ力を入れた。


「アインは、僕を操ってなんかいません」


『当然だ。我は頼まれてもそのような無作法はせぬ』


アインが胸を張る。


周囲には、やはり小さな鳴き声しか届かない。


それが悔しかった。


僕にはこんなにはっきり聞こえているのに。驕った言い方の奥で、アインが兄上の言葉に傷ついていることまで伝わるのに、誰にも証明できない。


「再測定を」


父上が命じた。


声には怒りも慰めもなかった。


「アルヴァン様。結果が同じであれば、神殿規定に従って記録します」


祭司長が念を押す。


「構わない」


短い返事だった。


僕はアインを晶盤へ戻した。


「もう一回だけ、触ってくれる?」


『同じ石を二度叩いても、賢くはならぬぞ』


「お願い」


『……仕方あるまい』


アインが前脚を載せる。


六つの晶石は、どれも光らなかった。


共鳴鐘を鳴らしても、補助の晶石を交換しても、結果は同じだった。


『属性反応なし』


『階級判定不能』


二度目に浮かんだ文字は、一度目よりも冷たく見えた。


祭司長は長い沈黙のあと、記録係へ告げた。


「未分類精霊。契約者名、ルカ・エルフォード。測定不能のため、王都大神殿へ照会する」


未分類。


その言葉が書記のペンで記録紙へ刻まれる。


アインの名前は書かれなかった。


「待ってください。この子にはアインという名前があります」


「正式記録には、神殿が確認できた情報だけを記します」


若い書記は僕を見ないまま答えた。


「名前は、確認できた情報です。僕には聞こえました」


「契約者以外に確認できません」


「でも――」


「ルカ」


兄上に名を呼ばれ、言葉が止まる。


「これ以上、儀式を乱すな」


乱しているつもりはなかった。


ただ、名前を書いてほしかっただけだ。


アインが僕を見上げる。


『我は、己の名をあの紙に認められずとも困らぬ』


「僕が困るんだ」


小声で答えると、アインは黙った。


胸へ届いた感情は、少しだけ温かかった。


「記録のため、いくつか確認します」


祭司長が僕の前へ膝をついた。


子どもへ目線を合わせるための動作なのに、逃げ道を塞がれたように感じた。


「その精霊へ質問を伝えてください。まず、どこから来たのか」


僕が聞くと、アインの耳が左右へ傾いた。


『分からぬ』


「分からないそうです」


「自分が何の精霊かは」


『それも、今は思い出せぬ』


答えと一緒に、知らない部屋へ一人で置かれたような心細さが伝わってきた。


アインは偉そうに話している。でも、忘れたふりをしているのではない。自分でも答えを探し、それでも見つけられずにいる。本当に、自分の名前以外を思い出せないのだ。


僕がそのまま伝えると、書記のペンが忙しく動いた。


「使用できる力は」


『知らぬ』


「火を出せますか。水を動かすことは」


『知らぬと言っておる』


アインの尾が僕の腕をぺしぺしと叩く。


周囲には焦れた子獣が鳴いているようにしか見えない。


祭司長の表情が、質問のたびに硬くなった。


「では最後に。なぜ、ルカ・エルフォードを選んだのですか」


僕は息を止めた。


それは、僕も知りたかった。


アインが僕を見上げる。


『お前が、我を見たからだ』


「僕が?」


『ほかの者は、現れたものが何属性で、どれほど強いかばかり見ていた。お前は、我が何者かも分からぬうちに、我へ用があるのかと尋ねた』


召応陣で交わした最初の言葉が蘇る。


――僕に、用があるの?


あれはただ、アインが僕の靴先まで来たから尋ねただけだった。


『理由のすべては思い出せぬ。だが、お前が我を見た。それだけで、今の我には十分だった』


胸の奥へ、迷いのない温かさが届く。


僕は祭司長へ、その言葉を伝えた。


誓約殿のどこかで、誰かが小さく息を吐いた。


「理由になっていない」


兄上だった。


「高位の精霊ほど契約者を慎重に見定める。能力も家系も問わず、声をかけられたというだけで選ぶなら、やはり知性の低い下位精霊ではないのか」


『あの男は、よく燃える火ほど賢いと思っておるのか』


「兄上は、アインに知性がないと決めつけています」


「測定結果と今の回答から判断している」


「思い出せないことと、考えられないことは違います」


自分でも驚くほど、声が強く出た。


兄上の目を見たまま続ける。


「もし僕が母上のことを全部思い出せなくなったら、僕は僕ではなくなるのですか」


兄上の唇が止まった。


姉上が僕の肩へ手を置く。


「分からないことは、罪ではありません」


その言葉はアインへ向けたものでもあり、僕へ向けたものでもある気がした。


祭司長は反論しなかった。ただ、記録紙の余白へ「自称名アイン・記憶欠落の可能性」と書き加えた。


正式な名前としてではない。


それでも、紙の上にアインの名が残ったことに、僕は少しだけ息をつけた。


祭司長は残る候補者の選定を午後から再開すると告げた。僕たち家族は、誓約殿の奥にある石造りの控え室へ移された。


扉が閉じても、廊下の声は消えなかった。


「炎の名門から属性なしが出た」


「王位精霊どころか、階級すらないそうだ」


「侯爵家の恥だな」


聞かないようにしようとするほど、一つ一つの言葉が耳へ入ってくる。


僕は長椅子の端へ座り、膝の上のアインを見た。


白い毛。大きな耳。短い脚。淡い銀色の瞳。


晶盤に測れないだけで、朝まで僕が持っていたものが全部なくなったわけではない。


それなのに、家族のそばにいる自分が、急に知らない誰かになったような気がした。


遠くで共鳴鐘が鳴った。


残っていた子どもたちの選定が再開されたのだ。


一度、二度と鐘が響くたびに、誓約殿の向こうから拍手や歓声が聞こえてくる。


エリクは、もう呼ばれただろうか。


朝、拳を掲げてくれた親友の顔が浮かぶ。僕も近くで見守ると約束していたのに、今は厚い扉の向こうへ出ることさえ許されない。


「エリクの選定を見に行ってはいけませんか」


扉の前に立つ神殿の護衛へ尋ねたが、返ってきたのは首を横に振る動作だけだった。


「照会が終わるまでは、未分類精霊を参列者へ近づけられません」


未分類精霊。


また、名前ではなく分類で呼ばれた。


『友とは、あの髪の跳ねた者か』


「うん。僕の一番の友達」


『ならば、あとで直接聞けばよい。選ばれたものが何であろうと、我らが先に喜んでやればよい』


その言い方がアインらしくて、僕は少し笑った。


扉の向こうで何が起きているのか、このときの僕はまだ知らなかった。


『炎の精霊に選ばれなければ、お前はこの家の家族ではなくなるのか』


アインが尋ねた。


すぐには答えられなかった。


それでも、黙っていてはアインの問いをなかったことにしてしまう気がした。


「アインが聞いています。炎の精霊に選ばれなければ、僕はこの家の家族ではなくなるのか、と」


「家には、守らなければならない立場がある」


兄上が答えた。


「エルフォード家が炎の名門として信頼されているからこそ、領内の精霊騎士を率い、冬の暖房炉を管理し、魔物から民を守れる。家の評価は、私たちだけの問題ではない」


「だから、アインがいると困るのですか」


「未知の力を、分からないまま安全だと言い張ることが問題なのだ」


兄上の声は厳しかった。


けれど、怒鳴ってはいない。僕を傷つけたいのではなく、本当に正しいことを教えているつもりなのだと思う。


だからこそ、何を言えば届くのか分からなかった。


「分からないなら、知ろうとすればいいでしょう」


姉上が僕の隣へ座った。


ルーメが姉上の肩から下り、アインと同じ長椅子へ浮かぶ。


アインとルーメは、しばらく無言で見つめ合った。


やがてルーメが小さく揺れる。


アインも、偉そうに一度だけうなずいた。


言葉が届かなくても、何かは伝わったらしい。


「この子たちは、もう相手を知ろうとしています」


姉上が言った。


「私たちが、それより先に扉を閉じてどうするのです」


兄上は答えなかった。


父上は窓際に立ち、ずっと外を見ていた。


僕は父上の背中へ呼びかけた。


「父上」


返事はない。


「僕が王位精霊に選ばれなかったことは、謝ります。でも、アインを選んだことは、間違いだったと思いません」


言い終えた瞬間、喉が震えた。


謝ることなのか、自分でも分からない。


けれど、今まで期待してくれた家族を失望させたことだけは分かった。


父上がゆっくり振り返る。


その視線は最初に僕ではなく、アインへ向いた。


「選定は精霊が人を選ぶ儀式だ。お前が望んだ結果ではない」


「それなら――」


「だが、契約を受け入れたのはお前の意思だ」


胸の奥が冷えた。


父上は責めている。


そう聞こえた。


『この男は、言葉が足りぬ』


アインが不機嫌そうに言う。


僕も同じことを思った。でも、それを父上へ伝える勇気はなかった。


控え室の扉が三度叩かれた。


入ってきた祭司は、白い厚紙を載せた銀盆を持っていた。縁を金色の光が走り、まだ乾いていない文字が表面へ浮かび続けている。


王都大神殿との連絡に使う、光写しの通達書だった。


祭司長も後ろから入室し、父上へ一礼する。


「照会への回答です。通常より早く返答がありました」


父上の眉が、わずかに動いた。


「読み上げろ」


祭司長が通達書を開く。


「六属性のいずれにも反応せず、階級を判定できない精霊を、王国神殿規定に基づく未分類精霊と仮認定する」


部屋の空気が重くなる。


「当該精霊および契約者ルカ・エルフォードは、王都大神殿の調査対象とする。正式な迎えが到着するまで、領主家の責任において両名の移動および外部との接触を禁ずる」


移動を禁ずる。


外部との接触を禁ずる。


難しい言葉なのに、自分が閉じ込められるのだということだけは理解できた。


「迎えはいつだ」


父上が尋ねる。


「三日後の日没までに。到着後、精霊と契約者を王都へ移送するとのことです」


姉上が立ち上がった。


「ルカはまだ十歳です。調査には家族も同行できますね」


祭司長は答える前に、通達書の続きを見た。


「保護者の同行については、王都到着後に審査する、と」


「そんな……」


ルーメが大きく揺れた。


兄上も初めて表情を崩した。


「契約者と精霊は、常に一緒に調査されるのですか」


「調査方法は大神殿の判断となります」


祭司長は目を伏せた。


答えを避けたのだと、十歳の僕にも分かった。


「契約を分離する可能性は」


父上が尋ねた。


部屋にいた全員が父上を見た。


僕は、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。


「分離って、何ですか」


誰も答えない。


アインを抱く腕へ、知らないうちに力が入る。


「父上。アインと僕を、離すということですか」


「祭司長へ聞いている」


父上の声は冷静だったが、固く握った拳の関節だけが白くなっていた。


祭司長はしばらく黙ったあと、慎重に答えた。


「契約者または精霊に危険があると判断された場合、調査の一環として一時的な分離処置が認められています」


「一時的とは、どれほどだ」


「王都の判断です」


「分離によって契約者へ障害が残った事例は」


「地方神殿からお答えできる記録はありません」


記録がないとは言わなかった。


答えられないと言った。


父上はそれ以上尋ねなかった。


けれど僕には、父上が初めから「分離」という言葉を知っていたことだけが、妙に心へ残った。


父上は表情だけは崩さなかった。


父上は通達書を受け取り、最初から最後まで一度だけ目を通した。表情を変えないまま、紙を静かに二つに折った。


「ルカと未分類精霊は屋敷へ連れ帰る。大神殿の迎えが来るまで、私の監督下に置く」


「父上、アインです」


思わず言った。


「未分類精霊ではありません。アインには名前があります」


父上の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。


けれど、その口から名前が呼ばれることはなかった。


「馬車を裏門へ回せ」


命令だけが返ってきた。


廊下ではまだ、炎の家の恥という言葉が囁かれていた。


でも本当に怖かったのは、知らない人たちの声ではない。


三日後には、僕とアインが家族から引き離されるかもしれない。


そのことを、父上がどんな顔で受け入れたのか、僕には分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。