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属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
追放の旅と灰喰いの獣

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1話 白き精霊と無の判定

六属性晶盤は、一色も光らなかった。


赤も、青も、緑も、黄も、白も、紫も。


僕の腕に抱かれた白い子狐が前脚を置いても、六つの晶石は暗いままだった。


やがて銀の縁を白い光が走り、その上に見たことのない判定の文字が浮かび上がる。


『属性反応なし』


『階級判定不能』


祝福の拍手を待っていた誓約殿が、しんと静まり返った。


来賓席では、父上だけが晶盤ではなく、白い子狐を強く警戒していた。


それより少し前――。


人は十歳になると、精霊に選ばれる。


どの精霊に選ばれたかで、学ぶ場所も、就ける仕事も、ときには結婚する相手まで変わる。


だから今日という日は、僕の人生で一番めでたい日になるはずだった。


少なくとも、朝までは誰もがそう信じていた。


領都ラグナの中央に建つ精霊誓約殿は、普段よりずっと明るかった。


天井近くの採光窓から春の光が差し込み、円形の床に刻まれた六つの紋様を照らしている。炎、水、風、土、光、影。紋様の周りでは、それぞれの色を表す細い旗が、風もないのにゆっくり揺れていた。


中央に置かれているのは、六属性晶盤だ。


腰ほどの高さの黒石台。その上に透明な六角盤が載り、縁には赤、青、緑、黄、白、紫の晶石が埋め込まれている。候補者が中央盤に手を置くと召応陣が開き、契約後に精霊が触れると、光った色で属性が、光の強さで位階が分かる。


下位なら淡く、中位なら明るく、上位なら誓約殿を満たすほどに。


王位精霊ともなれば、六属性晶盤では光を抑えきれないと聞いている。


僕――ルカ・エルフォードには、その王位すら期待されていた。


「背筋を伸ばしなさい、ルカ」


隣に立つ姉上が、僕の襟元をそっと直した。


エステル姉上の赤い髪は、僕より少し淡い。礼装に合わせて結い上げた髪の横で、契約精霊のルーメが橙色の光を明滅させていた。姉上が指先で合図すると、ルーメが僕の手元へ降り、冷えた指を包むように温めてくれた。


「緊張しているのは、悪いことではないわ。それだけ真剣だということだから」


「うん。でも、手がずっと冷たいんだ」


「炎の精霊に会う前なのに?」


姉上が笑う。僕も笑おうとしたけれど、頬が引きつっただけだった。


僕たちの後ろには、領都でこの季節までに十歳を迎えた子どもたちと、その家族が並んでいる。


前方は貴族、後方は平民。同じ選定を受けるのに、衣服も椅子も、呼ばれる順番まで違う。


後ろを振り返ると、人の隙間からエリクが拳を掲げてみせた。


鍛冶職人の息子で、僕の一番の友達だ。きちんと撫でつけたはずの茶色い髪は、もう一房だけ跳ねている。僕が小さく拳を返すと、エリクは口の形だけで言った。


――大丈夫だ。


その隣では、エリクの父親のダリオさんが腕を組んでいた。心配そうな顔を隠せていない。


僕だけが特別に緊張しているわけじゃない。ここにいる子どもはみんな、今日から先の人生を決められる。


そう思っても、胸の鼓動は静まらなかった。


「エルフォードの者が、儀式の前から落ち着きを失うな」


低い声に、僕は前へ向き直った。


父上――アルヴァン・エルフォードが、一段高い来賓席から僕を見ていた。


軍服を兼ねた黒い礼装。肩には侯爵家を示す炎獅子の紋章がある。背筋を伸ばして座る姿は、家にいるときよりも大きく見えた。


「申し訳ありません、父上」


「謝罪を求めたのではない。期待される者には、期待に応える責任があると言っている」


「はい」


僕が答えると、父上はそれ以上何も言わなかった。


父上の隣には、兄上が立っている。


ギルベルト兄上は十八歳。僕と同じ赤髪を短く整え、白い騎士礼装を隙なく着こなしている。八年前の選定で上位炎精霊に選ばれ、今では領内でも名の知られた精霊騎士だ。


兄上も、姉上も、父上も炎の精霊に選ばれた。


兄上は僕の視線に気づくと、来賓席から下りてきた。


「手を」


言われたとおり差し出すと、兄上は僕の指先を確かめた。爪の間まで見てから、袖の内側へ結んでいた共鳴補助の赤糸を少し緩める。


「きつく結びすぎている。血が滞れば、儀式の魔力の流れが乱れる」


「ありがとうございます、兄上」


「礼は結果を出してからでいい」


素っ気ない言い方だったが、直された赤糸は不思議なほど指になじんだ。


「兄上は、選定のとき怖くありませんでしたか」


思い切って尋ねると、兄上の手が止まった。


「怖かった」


意外な答えだった。


「だが、エルフォードの名を持つ者は、選ばれた力に相応の責任を負う。恐れが消えるのを待つのではなく、恐れたまま前へ出るものだ」


兄上は赤糸から手を離した。


「お前には高い精霊共鳴がある。浮つかず、来た精霊を正しく迎えろ」


精霊共鳴――人の魂が、精霊の呼びかけや力をどれだけ受け止め、返せるかを示す性質だ。


共鳴が高いほど精霊に自分の存在を見つけてもらいやすく、契約したあとも、その力を受け止めやすくなる。


血筋によって響きやすい属性は偏るが、共鳴が高いからといって、必ず望んだ精霊に選ばれるわけではない。


最後に人を選ぶのは、精霊自身だからだ。


励ましてくれたのだと思う。


けれど、もし弱い精霊が来たらどうするのかとは聞けなかった。


兄上にとって、それは考える必要のない未来なのだろう。


母上も、高い精霊共鳴を持っていたと聞いている。


六年前、領内の森で起きた事故で亡くなるまでは。


母上の死について尋ねても、大人たちは「不幸な精霊契約事故だった」としか教えてくれない。僕に残っているのも、髪を撫でてくれた手の温かさと、寝る前に聞かせてくれた言葉くらいだ。


――精霊に選ばれるのは、偉い人になるためではないのよ。


幼い僕には、その続きが思い出せない。


母上なら、今日の僕に何と言っただろう。


儀式は滞りなく進んでいた。


風の精霊に選ばれた子には、遠方の学校から声がかかるかもしれない。中位土精霊に選ばれた商家の娘には、役人が早くも名刺を渡していた。


けれど、すべてが祝福の拍手で終わるわけではない。


僕より二つ前に呼ばれた貴族の少年を選んだのは、小さな炎の精霊だった。


拳よりも小さく、蝋燭の火に丸い目が二つ浮かんだような姿。晶盤に示された結果は『炎属性・下位』だった。


炎の精霊は嬉しそうに少年の肩へ乗った。少年も最初は笑っていた。


けれど客席にいる父親が顔を伏せたのを見て、その笑顔はすぐに消えた。


「下位か」「あの家もこれで終わりだな」


周囲の囁きが聞こえる。


小さな炎は意味が分からないのか、少年の頬を温めようと寄り添った。少年は振り払わなかったが、抱き締めることもできずに陣を下りていった。


胸の奥に、細い棘が刺さったような気がした。


あの精霊の火でも、凍えた手を温めたり、暗い夜を照らしたりできるはずだ。少なくとも僕には、役に立たない存在には見えない。


それなのに、選ばれたばかりの二人は、もう価値を決められてしまった。


「ルカ」


姉上が小声で呼ぶ。


「今、あの子たちを見て、どう思った?」


「悲しそうだと思いました。精霊は、あの子を選べて嬉しそうなのに」


「それを忘れないで」


姉上はそれだけ言った。


姉上のそばに浮かぶ穏やかな火が、同意するように一度明るくなった。


「次の候補者。前へ」


祭司長の声が響き、僕の一つ前にいた貴族の少女が召応陣へ進んだ。


少女が六属性晶盤の中央へ手を置く。祭司長が銀の小槌で共鳴鐘を鳴らすと、澄んだ音が誓約殿を一周した。


床に刻まれた召応陣へ、青い光が集まっていく。


現れたのは、長い耳と魚の尾を持つ水色の獣だった。


少女が息を呑む。水の獣はしばらく彼女を見上げてから、その手の甲へ鼻先をつけた。


選ぶ意思を示す接触だ。


「候補者よ。汝は、この精霊の選択を受け入れるか」


「はい。受け入れます」


少女が答えると、二人の間を青い光が結んだ。


精霊に選ばれても、人間には拒む権利がある。けれど、実際に断る者はほとんどいない。精霊に選ばれること自体が祝福であり、拒絶は恩知らずだと考えられているからだ。


契約を終えた水の獣が晶盤へ前脚を載せる。


青い晶石が明るく輝き、銀の縁に文字が浮かんだ。


『水属性・中位』


誓約殿に拍手が広がる。少女の父親は、何度も目元を拭っていた。


「中位水精霊。よき縁が結ばれたことを、神殿は祝福する」


少女が笑顔で陣を下りる。


そして祭司長は、僕の名を呼んだ。


「ルカ・エルフォード。前へ」


ざわめきの質が変わった。


領都の人々は、僕の名前を知っている。


炎の名門エルフォード侯爵家の末子。幼いころから高い精霊共鳴を示し、上位は確実、王位精霊に選ばれる可能性さえあると噂されてきた子ども。


僕が一歩進むたび、靴音が必要以上に大きく響いた。


晶盤の前に立ち、深く息を吸う。


失敗するような技術は必要ない。ただ手を置き、待てばいい。選ぶのは精霊の側だ。


それなのに、もし誰も来なかったらと考えてしまう。


家族の顔が浮かぶ。父上の責任という言葉。兄上の背中。僕の手を温めてくれた姉上。


それから、名前も姿も曖昧になりつつある母上。


僕は右手を透明な盤へ置いた。


ひやりとした感触が、掌から腕へ上ってくる。


祭司長が共鳴鐘を鳴らした。


高く澄んだ音が響く。


床の炎紋が赤く燃え上がった。


歓声が上がりかける。


召応陣の向こうに、いくつもの火の気配を感じた。赤い鳥。角を持つ獅子。剣のように細長い炎。輪郭までは見えないけれど、強い精霊たちがこちらを見ている。


胸の奥が熱くなる。


やっぱり僕も、家族と同じ炎の精霊に――。


その瞬間だった。


赤い光が、消えた。


火の気配が一斉に道を譲るように左右へ分かれる。


召応陣の中央で、空気が水面のように揺らいだ。


揺らぎは硝子のように透き通り、その縁だけが誓約殿の光を受けて、淡い虹色にきらめいている。向こう側の炎紋も石床も、歪みながらはっきり透けて見えた。


六つの紋様のどれにも属さない透明な波紋が、床からふわりと持ち上がった。


透明な波紋は空中で急に縮み、手のひらほどの大きさになる。


次の瞬間、その小さな塊が召応陣の中央へ落ちた。


ぺちん、と柔らかなものが石床へぶつかる音がした。


誓約殿が静まり返る。


現れたものは、四本の短い脚をばたつかせ、ひっくり返った身体を起こそうとしていた。


手のひらに乗りそうなほど小さい。


全身は白く、丸みを帯びた頭には、身体に似合わないほど大きな三角耳が立っている。柔らかそうな毛に包まれ、一本のふさふさした尾だけが不機嫌そうに床を叩いていた。


白い子狐。


それとも、見たことのない小獣の子ども。


少なくとも、誰もが待っていた上位炎精霊ではなかった。


「あれは……何だ?」


誰かが漏らした声が、やけに明瞭に聞こえた。


小さな白い生き物は、ようやく身体を起こした。


そして何事もなかったかのように胸を張ると、周囲を見回した。自分へ向けられた何百もの視線など、少しも気にしていないらしい。


「祭司長」


兄上の硬い声が飛ぶ。


「召応陣に異常が起きたのではありませんか」


「静粛に。まだ儀式は終わっておりません」


祭司長も動揺していた。けれど、声だけは崩さなかった。


白い小獣は鼻先を上げると、まっすぐ僕を見た。


黒い瞳と、白い生き物の淡い銀色の瞳が重なる。


なぜか、ずっと昔から僕を知っていたような目だった。


小獣が歩き出す。


一歩。


また一歩。


短い脚のせいで速くはない。けれど迷いもなかった。


僕の靴先まで来ると、小獣は後ろ脚で立ち上がった。前脚が空をかき、届かないと分かると、むっとしたように鼻を鳴らす。


思わずしゃがみ込む。


「僕に、用があるの?」


白い小獣は、当然だと言わんばかりに僕の手へ額を押しつけた。


冷たくも熱くもない感触。


その瞬間、胸の奥へ何かが触れた。


言葉になる前の、ひどく長い孤独。


暗い場所で、誰かを待ち続けた寂しさ。


それから、僕を見つけた安堵。


感情の波に息が詰まる。


その奥から、短い意思が届いた。


――やっと、見つけた。


「今のは……君なの?」


小獣が小さく顎を上げる。


――アイン。


名前だった。


「アイン。君は、僕を選んでくれるの?」


問いかけるまでもなかった。


届いた感情に迷いはない。


アインは、僕を選んでいる。


炎の名門の息子だからでも、高い共鳴を持っていると言われたからでもない。僕にはまだ、その理由が分からない。それでも、目の前の小さな精霊は、何百人もの中からまっすぐ僕のところへ来た。


僕を見つけて、安心した。


その事実が、胸の奥を温めた。


「候補者ルカ・エルフォード」


祭司長が慎重に告げる。


「その精霊は、汝を選ぶ意思を示している。ただし、神殿の記録に一致する姿がない。属性も位階も、現時点では不明だ」


誓約殿の空気が重くなる。


知らない精霊。


それは祝福とは限らない。


父上の視線を感じた。兄上が何か言おうとしている。姉上は胸元で両手を握りしめていた。


「汝には、拒む権利がある」


祭司長の言葉に、アインの額がわずかに離れた。


僕を見上げる銀の瞳には、尊大さとは別の感情が浮かんでいた。


恐れている。


拒まれることを。


あれほど迷わず僕を選んだのに、自分が選ばれるとは信じきれていない。


母上の言葉の続きが、少しだけ分かった気がした。


精霊に選ばれるのは、偉い人になるためではない。


選んでくれた相手と、これからどう生きるかを決めるためだ。


僕はアインの小さな身体を両手で抱き上げた。


驚くほど軽い。生き物の心臓とは少し違う、ゆっくりとした脈動が、柔らかな毛越しに掌へ伝わってきた。


「僕は、アインの選択を受け入れます」


はっきり言った。


「僕も、アインを選びます」


白い光が、僕とアインの間からあふれた。


熱くはない。それでも眩しくて、目を閉じる。


胸の奥からアインへ、目には見えない細い糸が伸び、互いの心を結んだような感覚がした。


次いで、頭の中へ知らない声が響いた。


『うむ。よい判断だ』


「うわっ!」


僕は危うくアインを落としかけた。


慌てて抱き直し、辺りを見回す。すぐ近くで誰かが話したように聞こえたのに、祭司長も家族も口を閉じている。


『何をしている。危ないではないか』


今度ははっきり分かった。


耳からではない。声は頭の中へ直接響いている。


「ア、アイン?」


『ほかに誰がいる』


尊大な返事だった。


けれど、その奥には契約が結ばれた喜びが隠しきれずに滲んでいる。


「話せるの?」


『当然だ。むしろ、なぜ今まで我の言葉が分からなかった』


そんなことを言われても困る。


僕が呆然としていると、祭司長が咳払いをした。


「契約念話が届いたのですか」


「はい。この子が、アインが話しています」


周囲がまたざわめいた。


アインが顔を上げ、小さく鳴く。


「きゅ」


僕には同時に、『この子とは何だ。我は我だ』と聞こえた。


思わず笑いそうになる。何百人もの視線を忘れかけた、そのときだった。


「測定を」


父上の声がした。


短く、感情を押し殺した声だった。


「契約が成立したのなら、属性と位階を確認すべきだ」


祭司長がうなずく。


僕はアインを六属性晶盤へ近づけた。


「ここに触ってくれる?」


『我に命じるか』


「お願いしてるんだよ」


『……ならばよい』


アインは僕の腕から晶盤へ移り、中央の透明な板へ小さな前脚を置いた。


誰もが息を止めた。


赤い晶石は光らない。


青も、緑も、黄も、白も、紫も。


何一つ反応しなかった。


祭司長の眉間に深いしわが寄る。


「もう一度だ」


共鳴鐘が鳴らされる。


結果は変わらない。


六つの晶石は沈黙したまま、銀の縁だけに文字が浮かび始めた。


祭司長がその文字を見て、息を呑んだ。


『属性反応なし』


続いて、二行目。


『階級判定不能』


文字の意味は分かる。けれど、頭がそれを受け入れてくれなかった。


父上に、なんて言えばいい。


兄上や姉上は、僕をどう見るだろう。


急に喉が狭くなり、息の仕方まで分からなくなる。僕は震える手を晶盤へ伸ばし、アインを胸へ抱き寄せた。柔らかな毛に触れているあいだだけ、どうにかその場に立っていられた。


さっきまでの拍手も、期待に満ちた囁きも消えていた。


静寂の中で、アインだけが僕の腕から身を乗り出し、晶盤を前脚で二度叩いた。


『壊れているぞ、これは』


僕は返事をできなかった。


来賓席を見る。


兄上は厳しい表情で晶盤を見つめ、姉上は青ざめていた。


父上だけは、測定結果ではなく、アインの周囲に残る硝子のような波紋を見ていた。


その表情にあったのは、失望ではない。


理解できないものを前にした、強い警戒だった。


そして僕の腕の中では、世界の誰にも測れない白い相棒が、何も恐れていないように胸を張っていた。

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