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属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
追放の旅と灰喰いの獣

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19話 一人では守れない

次の日、僕は本当に休まされた。


ハルデン支部の長椅子で。


「これ、休みって言わないだろ」


エリクが隣で言う。


「歩いてないから、休みなんじゃない?」


「朝から三十枚も記録を読んでる」


「僕は十七枚」


「俺の方が多い」


「競うところじゃないよ」


ミレアが呆れた顔で、僕の手を握った。


昨日の冷えは戻っている。それでも、ベルンさんに力を使った翌朝は見せるように言われていた。


支部の会議室では、ミュール集落の救助記録を照らし合わせる準備が進んでいる。


ギルド職員の記録。


避難民十六人のうち、話せる大人六人の証言。


神殿の二人が提出した報告。


僕たち四人の記録。


灰喰いを見た場所、時刻、数、大きさ。誰が精霊術を使い、誰が止めたか。避難民を何台へ分け、石橋を何時に越えたか。


同じ出来事でも、少しずつ違っていた。


僕は灰喰いが現れたのを、最初の荷車を出してから百五十ほど数えた後と書いた。エリクは、樽の警報が鳴った直後。神殿の男は、集落の人たちが道脇へ分かれる少し前と書いている。


「どれが正しいの?」


僕が聞くと、マルタさんは三枚を重ねた。


「一つだけを正しいと決める必要はありません。荷車の出発、樽の警報、列を分ける前。別の目印を照らし合わせれば、何がどの順番で起きたか確かめられます」


「僕の数え方、役に立たない?」


「役に立ちます。でも、怖いときは速く数えることがあります」


確かに、昨日の僕は急いでいた。


自分の記憶を疑うのは嫌な感じがする。


でも間違いと言われたのではない。一人の記憶だけで決めないということだ。


会議が始まると、長い机の片側へギルド、反対側へ神殿の四人が座った。


ノエルとネロは、出口に近い端の席を選んだ。ベルンさんとマルタさんが両側につく。


僕たちは少し離れた長椅子に座った。


最初に確認したのは灰喰いだった。


西の空き地へ誘導された二頭は、夜のうちに大きさが戻り始めた。アインが火を少し取り戻した大きい個体も、まだ人より大きい。小さくなったから安全とは言えなかった。属性術を使わず、木柵を二重にし、鐘のついた縄で距離を保っている。


「通常の魔獣とは異なる可能性が高い」


マルタさんが読み上げる。


「討伐術を追加する前に、ソーン村と石切り場の隔離記録を合わせます。接触した物の変化、属性を与えた場合の反応、弱まる条件を共同で調べます」


神殿の年長の男が尋ねた。


「共同とは、神殿も含むのか」


「昨日、二名が救助へ参加し、灰色の獣を直接見ています。報告を撤回しないなら含みます」


ノエルを追った人たちだ。


それでも、外套を投げて灰喰いの向きを変えた。


悪い人だから全部が悪い、とはならない。


助けたことと、ノエルへ白い輪を使ったことも別だ。


「我々は救助報告を撤回しない」


年長の男は答えた。


「ただし、ノエルの処遇とは関係がない」


「はい。分けて扱います」


マルタさんも同意した。


次に、神殿の保護命令書が机へ置かれた。


ノエルの名前、年齢、地方神殿から無断で出たことは書かれている。


ネロの名前はない。


分離の期間もない。


「契約精霊を物品として返還させる根拠は提出されましたか」


「神殿で選定された精霊は、神殿の監督下にある」


「監督と所有は同じですか」


「危険があれば分離する権限がある」


「ネロが起こした危険は」


「立入禁止書庫へ侵入し、隠蔽を行った」


ノエルの指が動く。


ネロの背を撫で、声を出す前に一度息を吸った。


「入れと言ったのは先生です」


「何のために?」


マルタさんが聞く。


「古い帳簿を探すため。ネロが消した文字を見つけられると知ってから、何度も」


「命令記録はありますか」


「ない。いつも夜だった」


神殿の男が口を挟む。


「本人の主張だけだ」


「そうです」


ノエルが先に認めた。


「だから、原本を探したい」


会議室の視線が集まる。


ノエルは逃げ道を探さなかった。


「西部選定者移送簿。切られた頁の前と後。王都へ送ったときの馬車の記録。食事の数。部屋の鍵。人を移したら、どこかに残る」


一昨日、布の文字を見たとき、ベルンさんは別の記録も確かめようとしていた。


あの布だけで分からないことを、ほかの帳簿から探すためだった。


ノエルは、その先を自分で探すつもりなのだ。


「何のために探しますか」


「ネロを守るため」


ノエルは一度答え、首を振った。


「それだけじゃない。ユアンを探す。古い記録の八人も、帰ったか確かめる。ほかに同じ子がいたら、白い輪を使われる前に知らせる」


「一人で?」


ベルンさんが尋ねた。


ノエルは黙った。


一人で神殿から逃げ、布を隠し、誰にも話さず王都まで行こうとしていたのだと思う。


「一人では、無理だった」


やがて言った。


「一昨日も、道で捕まった。ネロも傷つけた」


黒い耳が伏せられる。


「だから、手伝ってほしい。でも、全部渡すのはまだ怖い」


「それでいい」


僕は言った。


会議中だということを忘れ、大きな声になった。


みんなが僕を見る。


「僕も、父上が何を考えて追放したのか分からない。聞かないまま信じろって言われても、できない」


父上が僕を守ろうとしたとは、まだ知らない。


でも、分からないままでも一緒に進む方法はある。


「ノエルが持つ記録と、ギルドに預ける記録を分ければいい。どこへ行くかも、一緒に決めればいい」


「お前はまず休む場所を一緒に決めろ」


ベルンさんが言い、会議室から小さな笑いが起きた。


僕の顔が熱くなる。


けれどノエルも少し笑った。


マルタさんは、話を紙へ戻した。


神殿側の命令書だけでは、ネロの強制分離を認めない。


ノエルを逃亡者として拘束もしない。


ただし、身元も行動も記録せず自由に町外へ出せば、再び追われたときに保護の根拠が弱くなる。


「一つ提案があります」


マルタさんが冒険者登録用紙を出した。


「ノエルさんをFランク見習いとして登録します」


「冒険者に?」


ノエルが目を丸くした。


「身分証になります。依頼中の移動先、同行者、帰還予定が記録されます。十三歳未満なので、町外依頼には成人責任者が必要です」


マルタさんがベルンさんを見る。


「俺か」


「Aランクで、すでに三人を監督しています」


「一人増やすのは簡単に言うな」


「断りますか」


ベルンさんはノエルへ向き直った。


「登録すれば、好き勝手に消えることはできない。出る前に行き先を言う。危険な場所へ一人で入らない。戻れと言われたら、理由を聞いたうえで戻る」


「命令に全部従うの?」


「嫌なら断れ。ただし、断ったことと理由を話せ。俺も理由を言う」


神殿での約束とは違う。


大人が読み、子どもが名前だけ書く紙ではない。


ノエルは登録用紙を自分で読んだ。


分からない言葉を三つ尋ねた。


〈依頼責任者〉。


〈共同保管〉。


〈契約精霊の意思確認〉。


マルタさんが一つずつ説明する。


最後に、契約精霊の欄へノエルが書いた。


〈ネロ・中位影精霊〉


ネロは紙へ前脚を置いた。インクはつかなかったが、ノエルがその横へ小さな黒い足跡を描く。


「ネロも、これでいいって」


契約念話で聞いたのだろう。


「本人の確認として記録します」


マルタさんは笑わず、真面目に書き足した。


神殿側は、登録に反対した。


「神殿見習いの身分を勝手に変えることはできない」


「身分は変えません。ギルド見習いの登録を追加します」


「逃亡を助けることになる」


「移動を記録するので、隠すより所在は明確になります。ただし、本人の同意なく引き渡しません」


話し合いの結果、三つのことが決まった。


一つ。神殿は七日以内に、ネロの分離根拠、期間、過去の分離後記録、ユアンの所在を文書で回答する。


二つ。ギルドは古橋、ソーン村、今回の救助という灰喰い三件の記録に、比較のため石切り場の異常鼠の記録も添える。未分類精霊の移送は別の調査として扱い、分からない段階で同じ原因にしない。


三つ。ノエルはハルデン支部の保護下でFランク見習いとなり、町外ではベルンさんが責任者になる。ネロを契約精霊として登録し、分離は本人たち双方の意思を確認しなければ行わない。


細かな調査の取り決めは、大人たちが続けた。


僕たちは、分かるところを聞かれたときに答えた。石橋で返した火についても、量と止めたところをベルンさんと確かめた。


ノエルには、登録札だけで神殿の命令がなくなるわけではないことが説明された。戻るかどうかは本人たちに確かめ、ネロを物のように取り上げない。


その説明を聞いてから、ノエルは登録用紙へ名前を書いた。


会議が終わったあと、ノエルは金属の登録札を何度も裏返した。


表には名前とFの文字。


裏にはネロの名がある。


「これで、神殿は追ってこない?」


「追ってこないとは言えない」


ベルンさんが答えた。


「でも、次は隠れて逃げるだけじゃない。出す紙と、聞く相手と、戻る場所がある」


ノエルは登録札を握った。


「戻る場所」


「支部の宿直室だ。今夜はな」


「ずっとじゃない?」


「ずっと寝床にされたら、マルタが困る」


「困りませんが、食費は依頼報酬から払ってください」


マルタさんが横から言った。


エリクが僕へ小声で聞く。


「俺たちの報酬、残ってたっけ」


「この前の道標の報酬なら、まだ残ってる」


「アインの鶏肉に使う前でよかったな」


『我の鶏肉も、旅には欠かせぬぞ』


アインの言葉を伝えると、ミレアが水筒でアインの鼻先を押した。


ポロが中から楽しそうに揺れる。


ノエルは僕たちを順に見た。


「一緒に行ってもいい?」


「どこへ?」


「消された記録を探すところまで」


僕はすぐ頷きそうになった。


でも、まだ旅の行き先まで決まっていない。


一人で決めない。


「みんなで決めよう」


僕はそう答えた。


エリクは道具袋を持ち上げた。


「古い書庫なら、固まった鍵を開ける道具がいる」


「壊すなよ」


「開けるだけだって」


ミレアは薬草袋を叩く。


「逃げる途中でまた膝を擦りむかないなら」


ノエルが最後にベルンさんを見る。


「俺の条件は、行き先と危険を調べてからだ」


「それなら、調べる」


ノエルは初めて、迷わず答えた。


ネロが彼女の肩へ上がる。


アインも僕の肩へ乗り、二体の精霊が顔を合わせた。


白と黒。


どちらも、誰かの持ち物ではない。


どちらも、自分で契約者を選んだ相棒だ。


話が終わったのは、昼を少し過ぎてからだった。


ベルンさんが僕たちを宿の食堂へ連れていった。


熱いスープの前で、僕はパンを千切った。ノエルはネロの座れる場所を先に空ける。エリクは皿の数を見て、一本足りない匙を取りに行った。


「ルカ」


呼ばれて顔を上げた。


「俺は弟子を取らないと決めていた」


匙を持ったエリクも止まった。


「お前たちを近くで教えるだけなら、逃げ道があると思ってたんだ。監督しているだけだと、言い訳ができる」


ベルンさんは自分の左脚へ目を落とした。


「昨日、お前は止めると決めたところで止めた。仲間の作った道を使い、相棒と帰ってきた」


「アインが分かったからです。僕だけじゃ」


「そうだ。お前一人じゃない。俺も、一人で全部を守ろうとするのはやめる」


ベルンさんは手を差し出した。


「俺の弟子になるか」


僕は手より先に、アインを見た。


白い相棒は僕を見返した。


『おぬしが教わりたいのであろう』


「うん」


『ならば、言え』


胸がいっぱいになった。


「お願いします」


手を握ると、硬い指が握り返した。


エリクが隣へ皿を置いた。


「俺も、精霊がいなくても教わっていいですか」


「お前の道具に何度助けられたと思ってる」


ベルンさんはエリクの報告紙を引き寄せた。樽と縄、荷車の応急処置。エリクがしたことの横に、細い線を引く。


「ここを消して、ルカだけが救ったとは書かん」


エリクは唇を噛んだ。それから、少し強く頷いた。


ミレアも手を挙げた。


「薬も、精霊の診方も、もっと教えてください」


「毎回先に走るなよ」


「ルカよりは走ってません」


「競うな」


ノエルが小さく笑った。


ベルンさんは彼女にも顔を向けた。


「お前は急いで決めなくていい。会ったばかりの大人へ、何でも約束しなくてもな」


「……まず、一緒に勉強していい?」


「それなら明日からだ」


ネロが机へ前脚を伸ばした。アインも伸ばし、二つの小さな脚が触れる。


その後ろでポロが水筒を揺らし、テトが椅子の下で鼻を鳴らした。


スープが冷めかけていた。


「食べよう。アインの分、僕の皿に乗せておくから」


『肉を小さく切りすぎるな』


「大きいと落とすじゃないか」


通訳すると、ノエルがもう一度笑った。さっきより長く、顔を隠さずに。


食べ終わっても、ノエルはすぐには席を立たなかった。


残ったパンを布で包み、自分の膝へ置く。


宿の人が皿を下げに来ると、包みを上着の下へ隠した。


「持っていっていいんだよ」


ミレアが言うと、ノエルは驚いた顔をした。


「知ってる」


でも、すぐには出さなかった。


僕は見ないふりをして、自分の残ったパンも布へ包んだ。


アインが鼻を伸ばす。


『我の分か』


「あとでね」


『今でもよい』


「お腹いっぱいでしょう」


『それとこれは別だ』


意味を伝えると、ノエルが包みを膝へ戻した。


隠さなくても取り上げられないと分かるまで、少し時間が必要なのかもしれない。


食堂を出たあと、僕たちは宿の裏へ回った。


井戸の横に、水を汲むための低い台がある。


ノエルが濡れた靴を見て、ためらっていた。紐が切れかけ、結び目が足首へ食い込んでいる。


エリクがしゃがんだ。


「新しい紐に替えていい?」


ノエルは靴を引いた。


エリクも手を止める。


「駄目なら、紐だけ渡す」


工具袋から、短い組紐を二本出した。


ノエルはそれを受け取った。自分で結び直そうとして、片方を落とす。


ネロが鼻で寄せようとした。


『待て。濡れておる』


アインがそばへ行った。強く姿を保つと、小さな爪が紐の端へ引っかかる。引きずって、乾いた台の上へ乗せた。


「ありがとう」


ノエルが言った。


『礼はよい。それより、長さが違うぞ』


僕が伝えると、ノエルが二本を並べた。


片方だけ短くなっている。エリクが予備の紐を出した。


「俺が切るとき間違えた。ごめん」


十歳のエリクだって、間違える。


いつも何でもできるわけではない。


ノエルは少し考えてから、今度は自分から靴を差し出した。


「ここの結び目だけ、ほどけない」


「そこならできる」


エリクは指で結び目を動かした。刃物を使わず、尖った木片を少しずつ差し込む。


僕は靴が動かないよう、台の上で押さえた。


アインは隣で見ていた。


『人の足は、ずいぶん手間がかかる』


「アインは裸足だからね」


『おぬしも裸足になればよい』


「石を踏むと痛いよ」


『では、靴がよい』


すぐに意見を変えたので、僕は笑ってしまった。


ノエルにも伝える。


新しい紐を結び終えた彼女は、その場で足を二度踏んだ。


「さっきより、痛くない」


エリクが嬉しそうに頷いた。


大きな約束ではない。


一緒に旅をすると決めても、まだ互いに知らないことだらけだ。


でも靴の紐を直す間、ノエルは逃げる方角を見ていなかった。


僕はそれが嬉しくて、アインの背を撫でた。


『次は何だ』


「今日は、もう休むんだよ」


『ならば、パンだな』


僕たちはまた笑い、同じ戸口から宿へ入った。


その日の冒険者名簿に、四つ目の名前が増えた。


ルカ。


エリク。


ミレア。


ノエル。


僕たちはまだ、正式なパーティー名も持っていない。


でも、誰か一人の秘密を、一人だけに背負わせない仲間にはなれた。

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