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属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
追放の旅と灰喰いの獣

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10/21

10話 正しさの代償

「七匹、だと?」


ローデン副支部長は、僕が差し出した木札を受け取らなかった。


「はい。大きな個体が二匹、中くらいが三匹、子どもが二匹です」


「見習いの見間違いではないのか」


「五匹は同時に見ました。残り二匹は巣穴から出てきました。ベルンさんとエリクも見ています」


「俺も確認した」


ベルンさんが答えた。


それでもローデンさんの表情は変わらない。


隣にいた薬草商の一人が、太い指で帳面を叩いた。


「南採取場がもう一日閉まれば、治療院へ卸す止血草が足りなくなる。兎が七匹いたなら、七匹追い払えば済む話でしょう」


「幼体がいます。巣穴も採取場の下まで伸びています」


僕が言うと、男は鼻を鳴らした。


「魔獣へ情をかけて、病人の薬を切らすのか」


胸が詰まった。


サラとニコは、母親の薬代を得るため採取場へ来た。


止血草が必要な人も、本当にいる。


だからといって、一匹と書かれた依頼をそのまま出してよい理由にはならない。


「報告は受付で聞きます」


マルタさんが僕たちと男たちの間へ入った。


「商会の方は、供給について別の窓口で相談してください」


「こちらは待っている暇がないんだ」


「見習いへ判断を迫っても、採取場は開きません」


声音は丁寧だったが、譲る気はないと分かった。


薬草商たちは不満を口にしながら、壁際へ下がった。


マルタさんは受付台へ大きな地図を広げた。


「では、見た順番に話してください。推測は推測と付け加えてください」


僕は木札を並べた。


南端の穴。


東柵下の空洞。


痺れ鈴草の群生地。


確認した七匹の大きさと位置。


逃げる際に南東の小門を壊したことも伝えた。


エリクが外れた留め金を受付台へ置く。


「錆で薄くなっていました。でも、俺が縄で引いて壊したのは間違いありません」


ローデンさんが留め金を裏返した。


「管理用小門の破損は以前から報告されていた。修繕待ちだ」


「では、修理代は請求しません」


マルタさんが記録へ書き加える。


「むしろ、避難口として使えない状態を放置していた点を確認する必要があります」


「話を広げるな、マルタ」


「依頼中に使えなかった出口です。調査の範囲です」


受付の奥で、何人かの職員がこちらを見ていた。


空気が重い。


僕は、正しいことを話せば誰もが納得すると思っていた。


でも報告は、誰かの間違いと、誰かの損を明らかにする。


だから難しいのだ。


「一匹という記録は、どのように確認したんですか」


マルタさんが尋ねた。


ローデンさんは腕を組んだ。


「朝の巡回員が、柵の内側で成体一匹を見た。南端の穴も一つ確認した」


「東側の空洞は?」


「見つけていない」


「見つけていないものを、存在しないと扱ったのですね」


「巡回とはそういうものだ。見える範囲を記録する。地面の下まで毎朝掘り返すわけにはいかん」


それ自体は間違っていない気がした。


朝の巡回員も、嘘をついたわけではない。


一匹を見た。


穴を一つ見た。


問題は、それが依頼票へ書かれるときだった。


「だったら、『一匹を見た』だけじゃ駄目だったんですか」


エリクが言った。


ローデンさんの目が細くなる。


「危険度を必要以上に上げれば、受け手がいなくなる」


「でも、本当に一匹かは分からなかったんですよね」


「だから現地で判断するのが冒険者だ」


「一匹を追い払うだけなら、俺、鏡も縄も持っていかなかったかもしれません」


エリクは受付台の道具を指した。


「音を出す板だけ持って、穴に顔を近づけてたかも」


無選者だと笑われたとき、エリクは黙っていた。


けれど、道具と手順のことになると、言葉を引っ込めない。


ベルンさんは口を挟まず、エリクの横顔を見ていた。


「朝の人が一匹を見たのも、本当なんですよね」


僕は木札を握りながら言った。


「僕たちが七匹を見たのも本当です。両方書いちゃ駄目なんですか」


「そうすれば、南採取場の管理に不備があった記録が残る」


ローデンさんが答えた。


「消したいんですか」


言った直後、周囲の音が消えた気がした。


ローデンさんの顔が強張る。


「言葉を選べ、小僧」


「ルカ、決めつけるな」


ベルンさんの声が飛んだ。


「すみません」


顔が熱くなり、僕は俯いた。


ベルンさんがローデンさんへ向き直る。


「記録が残ると、具体的に何が困る」


ローデンさんはすぐには答えなかった。


やがて壁際の薬草商を見た。


「採取場の管理予算は、利用日数と納品量で決まる。長期閉鎖になれば、来季の予算を削られる。修繕する金まで減る」


ローデンさんは収支帳の二つの欄を指で結んだ。


「役所は、長く使えず薬草も出せない場所へ、同じ金額を出そうとはしない。危険だから閉じたのに、閉じた日が増えるほど、来年その危険を直す金まで減らされる」


「閉じるほど、直せなくなるんですか」


「役所の帳面はそういうものだ」


ローデンさんは受付の奥から、昨年の収支帳を持ってきた。


南採取場の利用料、納品された薬草の量、柵や小門へ使った修繕費が月ごとに並んでいる。


冬の終わりに柵の補修申請を出していた。


けれど認められたのは、要求額の半分だけだった。


南東の小門は、蝶番を交換する予定の日付が二度書き直されている。


「直すつもりがなかったわけではないんですね」


「順番を決めた。北柵は街道に近く、人が入りやすい。南端は森へ面している。だから北を先にした」


「でも、石角兎は南と東から入った」


「結果を見れば判断は外れた」


ローデンさんは言い訳をしなかった。


「一匹と書いたのは、閉鎖期間を短く見積もらせるためだ。七匹いると知っていたわけではない。だが、ほかにいないと確認もしていなかった」


僕は帳面の数字を見た。


さっきまで、ローデンさんは自分の失敗を隠したいだけだと思っていた。


でも、閉鎖が長引けば薬草が減る。そのうえ、使われていない場所だと判断され、直すためのお金まで減らされる。


壊れた柵を直したいのに、安全のため閉じるほど修理が遠のく。十歳の僕にも、それが困った決まりだということは分かった。


だからといって、急いで開けばまた誰かが怪我をする。


どちらも嫌なのに、どちらかを選ばなくてはいけない。


『面倒な巣だな』


アインが小さく唸った。


「巣?」


『兎の巣ではない。人の決め事の巣だ。穴がいくつもつながっておる』


少し笑いそうになった。


でも、その通りだと思った。


僕は地図の北側を指でなぞった。


「でも、こっちには白い花も巣穴もありませんでした」


マルタさんの筆が止まる。


「北側だけを使う、ということですか」


「そんなこと、できるんですか」


聞き返すと、マルタさんは地図へ線を引いた。


「南と東を仮柵で分ければ可能です。ただし子どもの入場は禁止し、ギルドの監視も必要になります」


「柵を作る資材と人手はどうする」


ローデンさんが問う。


エリクが壊れた留め金を持ち上げた。


「この門を直す人が来るんですよね。その人たちに、柵も頼めませんか。空の樽なら、倉庫にたくさんありました」


「石角兎は地面から石を飛ばす」


ベルンさんが言った。


「樽だけでは石を防げん。人を立たせるなら土の遮蔽も要る。テトが最初の形を作り、職人に固めてもらう」


マルタさんは新しい紙へ手順を書き始めた。


「南側閉鎖、北側を成人採取者限定で暫定開放。入場者名と採取位置を記録。監視依頼を一日単位で発行。並行して石角兎の移送方法を調査する」


「一匹の追い払いより、費用がかかる」


「七匹の巣を一匹として扱って怪我人を出すよりは安いです」


マルタさんの返事に、ローデンさんは目を閉じた。


長い沈黙のあと、赤い事務章を外して受付台へ置く。


「支部長へ決裁を上げる。だが、採用されるとは限らん」


「記録は?」


「確認個体七。幼体二。巣穴複数。痺れ鈴草の持ち込み経路となった可能性あり」


ローデンさんは僕を見た。


「これで満足か」


「満足とかじゃなくて……また誰かが怪我をしなければ、それでいいです」


また言い方を間違えたかと思った。


けれど、ローデンさんは怒らなかった。


「そうだったな」


疲れたように答え、木札を受け取った。


マルタさんは報告書を三枚作った。


一枚は支部の保管用。


一枚は採取場を管理する役所へ。


残りは、明日現地へ入る監視班へ渡す。


僕とエリクは、読み上げられた内容に間違いがないことを確かめ、見習い用の小さな署名欄へ名前を書いた。


ベルンさんは証人と成人責任者の二か所へ署名する。


ローデンさんは最後まで筆を持たなかった。


「副支部長の確認印がなければ、役所は受け取りません」


マルタさんが朱肉を差し出す。


「俺自身の不備を、俺の印で送れと言うのか」


「だから意味があります」


ローデンさんはしばらく赤い事務章を見つめていた。


やがて印章を押す。


紙の隅へ赤い円が残った。


「報告した見習いの名も送られるぞ。役所から面倒な聞き取りが来るかもしれん」


「僕たちの報告ですから」


答えると、エリクも自分の署名を指で叩いた。


「俺もいます」


嬉しいというのとは少し違う。


それでも、自分の名前が一人分ではないことに、肩の力が抜けた。


調査依頼の報酬は、銅貨二十四枚になった。


受注者はベルンさんだが、補助参加した僕とエリクにも記録と分配が認められた。


「今回の依頼で、Eランクへ上がれるわけではありません」


マルタさんが念を押した。


「ベルンさんの監督下で調査へ参加した記録です。危険度の高い依頼を一度経験したからといって、そのまま上位依頼を受けられるようにはなりません」


「分かっています」


答えたものの、少しだけ残念だった。


その顔を見抜かれたらしい。


「昇格を急ぐ理由がありますか?」


「旧別邸まで行くにも、お金が要ります。高い依頼を受けられた方が早いと思って」


「高い依頼は、失敗したときに失う物も大きいですよ」


マルタさんは僕とエリクの登録記録を開いた。


最初の採取依頼は未達成。


その横には、人命を優先し、危険草を報告したとある。


二つ目は上位者の補助として、個体数、侵入経路、壊した設備を報告。


「昇格で見るのは成功した数だけではありません。同じ失敗を繰り返さないか、自分に不利なことも報告できるか、助けを求められるか。今の二件は、そのための記録になります」


登録札のFという文字は、弱いという印だと思っていた。


でも本当は、任せてもらえる範囲と、これから証明することを示す印なのかもしれない。


「まず、Fランクで任されたことをできるようになります」


エリクも頷いた。


「俺は壊れた小門を、今度は逃げる前に見つける」


「それはFランクより、職人の反省だな」


ベルンさんに言われ、受付に小さな笑いが戻った。


僕たちは八枚ずつ分けることにした。


テトとアインの働きは、それぞれ契約者の記録とは別に書き添えられた。


「テトの分は?」


僕が尋ねると、ベルンさんは銅貨一枚を別にした。


「干し根を買う」


テトが嬉しそうに鼻を鳴らす。


「アインは何が欲しい?」


『我は硬いパン以外のものを所望する』


「食べ物でいいの?」


『食べ物がいいのだ』


僕は自分の八枚から一枚を分けた。


エリクも同じように一枚を差し出す。


「俺の工具が役に立ったって先に気づいたの、アインだからな」


『分かっておるではないか』


結局、宿の食堂で焼いた鶏肉を小皿に一つ頼んだ。


アインは最初、威厳を保つように少しずつ食べていた。


三口目からは、尻尾を振るのを隠さなくなった。


「その顔を見たら、誰も最強の精霊だとは思わないな」


エリクが笑う。


『最強であることと、鶏が旨いことに何の関係がある』


僕が訳すと、ベルンさんまで口元を緩めた。


その夜、南採取場の暫定開放案は支部長に承認された。


翌朝から、E級の監視依頼と、職人向けの仮柵設置依頼が出される。


石角兎は討伐せず、巣穴の出口を一つずつ閉じ、森側に新しい餌場を作って移動させる方針になった。


怪我をした個体のために、ベルンさんは眠気草を薄く塗った餌と、蔓を切る長柄の刃を監視班へ貸すことにした。


近づいて押さえつけるのではなく、子兎と一緒に森側の仮囲いへ入ったあと、眠っている間に蔓だけを切る。


「治療まで依頼に含めるんですか」


僕が尋ねると、ローデンさんが答えた。


「移動先で傷が悪化して死ねば、子兎がまた人里へ餌を探しに来る。情けではなく、再発防止だ」


言い方は冷たかった。


でも、怪我をした一匹も数から消さなかった。


僕はそれでよいと思った。


僕たちがすぐに参加できる仕事ではない。


それでも、報告した七匹が、七匹のまま記録へ残った。


ギルドを出ると、先ほど受付にいた薬草商が待っていた。


「お前たちのせいで、北側しか開かなくなった」


低い声だった。


エリクが僕の前へ半歩出る。


男は僕たちを睨んだあと、小さな布袋を投げてよこした。


中には乾燥させた薬草が入っていた。


「だが、全部閉まるよりはましだ。うちの若い者が、明日の監視を受ける」


「これは?」


「痺れ鈴草へ触れた子どもの母親に渡せ。咳止めだ。貸しだからな」


礼を言う前に、男は背を向けた。


味方になったのか、怒っているのか分からない。


たぶん、どちらもなのだと思う。


僕たちは診療所へ寄った。


ニコの手から紫色の斑点は消え、五本の指を動かせるようになっていた。


サラは何度も頭を下げた。


咳止めの袋を受け取った母親は、明日から北側の採取場で働き、少しずつ返すと言った。


「貸しって言ってたから、薬草商へ返してください」


僕が伝えると、母親は泣きながら笑った。


宿へ戻る途中、エリクが僕の腕を小突いた。


「報告って、魔獣から逃げるより疲れるな」


「うん」


「でも、言ってよかった」


「うん」


同じ返事しか出なかった。


右膝も痛んでいたが、それより頭の奥が重い。


ベルンさんは僕たちの少し前を歩いている。


「今日のこと、覚えておけ」


振り返らずに言った。


「正しい報告をすれば、全員が味方になるわけじゃない。損をする者も、責められる者も出る。だから、相手が悪いと決める前に、何を守ろうとしているか聞け」


「それでも記録を変えてくれなかったら?」


「変えるまで手順を使え。証人を立て、書面を残し、上へ回す。腕力より面倒で、時間がかかる」


ベルンさんは杖を一度鳴らした。


「それも冒険者の戦いだ」


宿の前へ着いたとき、ギルドの鐘が三度鳴った。


火事でも魔獣襲撃でもない、遠方からの緊急依頼を知らせる音だという。


振り返ると、栗色の髪の女の子が広場を走っていた。


僕たちより少し年上に見える。


腰には薬草袋を下げ、胸へ水筒を抱えている。


水筒の口から、魚の尾を持つ青い水滴のような精霊が顔を出していた。


女の子はギルドへ飛び込み、息を切らしながら叫んだ。


「誰か、ソーン村へ来て! 井戸から水は出るのに、飲んだ人が倒れてる!」

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