第一章 ──4 外見至上主義
この世には外見が絶対的な価値観だと主張する者もいる。
│ルッキズム《外見至上主義》。
あたしに告白してきた八木広大という男はまさにルッキズムを体現したような奴だった。
────千星ちゃんさ、マジで綺麗な顔してるよね。
奴の顔が浮かぶ。
ダークブラウンの髪をかき上げて見せた爽やかな笑顔に、こちらを値踏みするような眼差し。
────じゃあさ、オレと付き合わない? どうかな?
交わした会話は、彼氏がいるかの確認だけ。
なのにいきなり交際を申し込んできた。
清涼感溢れる笑顔の裏に、全てを虜にしそうな瞳の奥に、あたしへの底知れぬ無関心を隠して。
……考える。
あたしは、このまま相談を受けても良いのだろうか。
「どうして八木を好きになったの?」
迷いつつも、尋ねるしかなかった。
するとひかりはぽつりと答える。
「え、えっと。か、かかかっこいいから……かな」
「ああー……」
くそ、やはり見た目か、あの顔面女たらし。
けど、なんだろう。
彼女からはどこか迷いながら話しているような自信の無さを感じる。
好きな人の話なら、もっと嬉々と話したって良いはずなのに。
脳裏に、再び八木の軽薄そうな言動が蘇る。
やはり、ひかりも彼に何か思うところがあるのかな。
うーむ、ここは、伝えるべきは伝えておかないと後でこじれそうだ。
あたしは一つの決断をした。
「あのねひかり。あたし、最初に言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
「な、なに、かな」
大きく息を吸って、あたしは告げた。
「実はあたし、少し前に八木に告白されたんだよね」
────あたしは、初対面にも関わらずいきなり交際を求められたこと、速攻で断ったこと、彼に対しての好意だとかは一切無いことをひかりに伝える。
事情を話し終えると、意外にもひかりは表情を変えず、なぜか遥果が腕を組んでうんうんと頷いていた。
「面食い王子の告白を断るとはさすが千星ちゃんっ」
どういう意味だよ。
「知らない人からいきなり誘われたら怖いじゃん」
「その怖さを取っ払うレベルのイケメンだぜ、先輩はっ」
遥果は語る。
八木と交際していたと噂される女の子たちの話を。
なんとその数十九。
凄まじい数だけど、なんと彼が高校に入ってからだけのカウントらしい。
それほどの容姿の持ち主。
ガチ恋もいるだろうけど、『イケメンだしとりあえず付き合ってみるか』的な人も多そうだ。
っていうかやけに噂に詳しいなこいつ。
「……そんな人だけど、ひかりはそれでも好きなの?」
あたしは改めて質問した。
すると。
「うん。す、好きだよ、せ、先輩のこと」
はっきりと答えた。
しかもどうしてか、先ほどよりもためらいが無くなっているみたい。
ひかりからすればあたしは恋敵みたいなものなのに。
それに、先ほどよりもひかりの目の輝きが強くなった気もする。
────『本気の恋』の片鱗、なのかな。
あたしはシュッと小さく息を吐き、気合を入れ直す。
学ばせてもらおうじゃないか、彼女から。
「ひかり、話してみてよ。何か八木を好きになったきっかけがあるんじゃないの?」
ひかりはこくりと小さく頷く。
「せ、先輩を好きになったのは、か、彼の頑張っている姿を、み、見たからなの」
「頑張ってる姿?」
「うん。春に、え、演劇部の新入生歓迎会があって────」
彼女は事情を語り始めた。
ひかりは以前からメイクや衣装づくりに興味があり、新歓の時期には見学も兼ねたお手伝いをしていたらしい。
当時は主に小道具の修繕とか、みんなで演技を見て意見を言い合ったりとか、割とゆるい雰囲気だったそうだ。
「だけどね──」
状況が変わったのは、本番まで残り三日を切った時だった。
「しゅ、主役だった人が、病気になっちゃって。し、出席停止でこ、来れなくなったの」
コロナかインフルか、とにかく学校に来ること自体を禁止されてしまったようだ。
無理して這って出ることすら叶わない。
「やばいじゃん。どうしたの?」
「そりゃあれよっ。八木先輩が華麗に助太刀ってところでしょっ!」
「そ、そうなんだけど、さ、先に言わないでほしい」
ひかりが言うには、当日外せない役職もあるために部内で代役を立てるのが難しかったとのこと。
そこで白羽の矢が立ったのが八木広大だった。
「や、八木先輩が代役を申し出てくれた時は、みんな喜んでた。これで安心だ、って」
そう言うひかりの表情は暗い。
手を握り拳にして、制服の裾を掴む。
好きな人との出会いの話なのに、どうしてこんなに悔しそうなのだろう。
「ひかりは、その代役に納得してなかったの?」
ひかりは首を横に振る。
どうやら代役に八木が来てくれたこと自体は納得しているようだ。
では、何が不満なのか。
「せ、先輩は、き、客寄せの道具じゃ、ない」
演劇部の先輩たちは、八木に対して
「いてくれるだけでいい」
「セリフはうろ覚えでも構わない」
と口々に言ったらしい。
それは、急な代役を任せたことによる罪悪感や配慮の言葉だったのかもしれない。
しかし、ひかりは別の捉え方をした。
「む、『むしろイケメンが呼べてラッキーだったよね』……そう、いっているのを、き、聞いてしまったの」
つまり、八木に期待されていた役割は広告塔。
役者としてはお飾り以上の何物でもなかった。
「だけど、せ、先輩はす、すごく努力してた。ぶ、部活での練習後も、近くの公園で一人、お、お遅くまで自主練してたの」
「ひかりはどうしてそれを知ったの?」
「せ、先輩の体に合わせて、衣装のさ、サイズを直してたの。だから、さ、最終下校時刻まで粘ってた」
その帰り道で、偶然八木を見かけた。
気になって、コンビニで時間をつぶして、ずいぶん時間が経ってから様子を見に行ったところ、まだ彼は一人で練習を続けていた。
────どうして、そ、そこまで頑張るんですか。
ひかりは声をかけたらしい。
すると。
────だって、見た目でしか評価されないのって、悔しいだろ?
八木は笑顔でそう返した。
「だから、す、好きになったの。人知れず、あんなに頑張れる人って、そ、そうはいない。あ、あんなにまっすぐな眼差しを、わ、私は見たことがないもの」
「……あたしの中のあいつと、まるで符合しないや」
「フゴウ? 大富豪っ?」
「おーけー遥果は少し黙ってようか」
あたしは腕を組んで考え込む。
八木はただ周りからもてはやされて調子に乗っているだけの男だと思っていた。
まさか、あたし自身もルッキズムとはまた違う先入観に縛られていたのか。
……いや、それにしては八木のあたしへの態度は相当酷かった。
それは事実だ。
一体どちらが本当の八木なのだろう。
それに、ひかりの恋を成就させるとしたらあたしは何をすべきか。
ここから先は恋愛経験ゼロでは難しすぎる。
「やっぱり、私じゃ難しい、よね」
あたしが唸っている理由を勘違いしたのか、ひかりが項垂れてしまった。
自らの体を見下ろすようにして、肩を落とす。
太っていることを気にしているのかもしれない。
「そうじゃないんだ。ただ、これからどうすべきかなって」
ひかりの本気は伝わった。
できれば応援してあげたいという気持ちはある。
だけどこの恋を応援できるという絶対の根拠も、今後の指針も、何も無い。
行き詰ったあたしがうんうん唸っていると。
突然その時は訪れた。
かちゃり。
部屋の後ろから聞こえてきたのは軽く金属の擦れる音。
扉の開く気配。
それはきっと、救世主の現れる予兆。
「……ちょっといいか」
振り返ればそこには、白衣の青年────鷲見星兎センセイが仏頂面で立っていた。




