第一章 ──2 『無関心』と疑惑の関係
椎布遥果。
きらきらの瞳、小ぶりな鼻と柔らかそうな唇が奇跡のバランスで配置された美少女。
ポニテにまとめられたライトブラウンの髪は、思わず指を伸ばしたくなるほどさらさらだ。
知り合って一カ月半くらいだが、あたしは確信している。
この子は絶対にモテるだろうと。
恋のお手本にしてやろうじゃないか。
ところが。
「……あー、ないないっ! ウチ、恋愛とかどーでもいいって感じだからさっ」
「なん、だと」
昼休みに彼女を食堂に誘い、さっそく聞き取りを開始したあたしだったが、飛び込んできたのはまさかの興味無し。
少女漫画の主人公じみた容姿の彼女に期待は大きかったのだけれど。
「え。彼氏がいたことは?」
「ないよっ」
「告白されたことは?」
「あるけど、全部速攻で振ったっ!」
「好きな人がいるとか」
「……すごいイモ掘り草刈り聞くねっ。いないよっ」
それはたぶん根掘り葉掘りだと思う。
「なんでそんなに聞くのっ?」
「なんでって……」
逆に質問を返されてしまうのは想定外。
知りたい意欲が先行して、想定問答とか考えていなかった。
『恋愛感情がわからなくて同級生の体験談から学びたい』だなんて馬鹿正直に言っても引かれるだろうし、さて、どうしよう。
「えっとね、気になる人がいてさ。参考にしようかと」
嘘はついていない。
『まだ好きではないけど、いずれ好きになりたい人』って意味なら『気になる人』で括れるはずだ。
すると、遥果が意地の悪い顔を浮かべる。
「ねえねえ、それってさっ、もしかして鷲見先生?」
「────ッ、けほッ、なんでそう思うの」
あまりにも的確に名前を挙げられたものだから、茶が変なところに入ってしまったじゃないか。
「だって千星ちゃんって最近生物室に入り浸ってるでしょっ? 鷲見先生とは昔からの知り合いだって話だしっ」
「まって、星兎センセイとの関係って話したことあったっけ」
「……あれ、無かったっけっ? まあ、お耳に挟んだって感じだよっ」
それはたぶん小耳に挟んだのだと思うよ。
「まあ、あたしの気になる人が誰かは置いといてさ。要は恋愛経験が多そうな人から話を聞きたかったんだよ」
「残念だったねっ、ウチが恋愛経験無くて」
「本当。意外だったわ」
モテそうな人が必ずしも経験豊富では無いってことがわかっただけでも収穫だ。
恋をしないという選択肢があることも。
「恋愛関係の話がもし舞い込んできたら、あたしにも教えてね」
おっけーっ、と明るく返事する遥果に満足し、あたしはこの話題を切り上げた。
残りの時間は世間話をしながら楽しく昼食を取る。
────そして。
「……そろそろ午後のチャイム鳴るから教室に戻ろうか」
昼食の時間が終わりを迎え、あたしは席を立った。
遥果もそれに続き、二人そろって廊下を行く。
渡り廊下を歩いていくと、やがて一年生の教室棟が見えてくる。
本館からちょっと遠いんだよな、とあたしがため息をついた、その時。
「ねえ千星ちゃんっ」
聞こえるかどうか位の小さな声で、遥が呼びかけてきた。
「何?」
「鷲見先生と千星ちゃんって、本当はどういう関係っ?」
「────はい?」
え。なぜそんなことを聞くのだろう。
まさか、ただならぬ関係だと勘付かれたのだろうか。
特に匂わせもなにもしていないつもりだったのだけれど。
「どういう関係って、親の知り合いのおにーさんだけど」
「本当のお兄さんじゃなくてっ?」
「え。だって名字違うじゃん」
「そうなんだけど……」
なんなんだ、一体。
心臓の鼓動が耳を何度も何度も叩く。
背中がじくりと変な汗を分泌し、インナーを濡らしていく感覚がした。
戸惑うあたしに、遥果はにこりと笑って首を横に振る。
「ううん、なんでもないよっ。ウチの勘違いだったかもっ。ごめんね変なこと聞いてさっ」
「う、うん」
彼女はそのままぴょこぴょことステップを踏むように教室棟へと入っていく。
やや遅れ気味にあたしも続くが、心の早鐘は今も鳴りっぱなしだった。
今のは何だったんだ。
あたしとセンセイって、兄妹に思われてる……?
もしかして、うっかり『おにーさん』って呼んじゃってたりした……?
何度も何度も自分自身で原因を問いかける。
結局この日は少し悶々とした感じで一日を終えるのだった。
◇ ◇ ◇
自分から積極的に恋愛話を求めるようになってから、数日が経った。
何人かからは過去の彼氏の話や家族や知人の恋のエピソードを聞くことができ、色々と勉強することができたと思う。
これで恋愛マスター! ……とはならないけれど、いざという時の心のとっかかりにはなるだろう。
これまで聞いたことをまとめて、今夜にでもセンセイに話してみよう。
────そう思っていた矢先の出来事だった。
五月の下旬。天気は晴れ。
空の端には低い雲が筋のように伸びている。
その日の午後。
日傘を差したあたしは、校舎裏に立っていた。
目の前には背の高い男子生徒が真剣な面持ちでこちらを見つめている。
……いや、違う。
彼の涼し気な目元には、どこか冷めた気持ちが浮かんでいるように見える。
引き締まった表情の奥に、底知れない無関心を宿したその人物は、あたしに向かってこう告げた。
「ねえ、琴宮ちゃん。俺と────付き合ってみない?」




