第二章 ──4 私、■■さん。
煌青と文化祭を回りはじめてはや一時間。
あたしたちは二年生の教室棟を中心に見て回った。
なぜかわからないけれど、『ゴムのテーマパーク』だの、『筋肉ダンス』だの、一年生よりも一捻り加えたようなイロモノが多い気がする。
煌青はというと。
「輪ゴムの軌道が読めねー!」
とか。
「女子にマッチョスーツはツボるわー!」
とか。
目的を忘れてふっつうううう……に楽しんでやがった。
ま、自然体の方が気取られにくいか。
あたしは横目でひかりたちの様子も確認する。
付き合いたての彼らにはもっと二人きりの時間を楽しんでもらいたいのだけれど、ストーカーを捕らえるには八木の力が必要だと判断。
陸上部の助っ人にも呼ばれるくらいだからね。
彼らは快く協力をしてくれたよ。
せめてデート感は残してあげようと思い、あたしたちのそばをついてくるだけの役回りにした。
「八木せ……やっくん! み、見てください、あ、あ、当たりました」
「本当だね! さすがひかり!」
すでに呼び方が変わっているのが気になるが、まあ、それなりに楽しんでくれているようでなによりだ。
────それにしても。
「人が多いわりに、怪しい動きの人は……いないよね」
煌青のストーカーなら、常時近くにいると思ったのだけどな。
さすがに文化祭ともなればクラスの出し物とか友達付き合いの方を優先している可能性はあるか。
ならば、作戦のマイナーチェンジだ。
「煌青、ちょっと失礼」
「あー? って、あーーー!?」
あたしは煌青の腕を取って自身の身体に押し当てた。
恋人たちが寄り添うように、あるいは意中の相手を悩殺するように。
彼の日焼けした筋肉質の腕を、あたしはささやかな二つの膨らみで挟みこんだ。
煌青の太ましい指がおへそのあたりに触れて、ちょっとくすぐったい。
「な、な、ナニをしてんのー!?」
「わかるでしょ。あててんのよ」
キリっとした顔つきで煌青を見上げ、あたしはフフンと鼻を鳴らした。
慌てる煌青だが、周りにいる生徒たちもまた、男女の腕組みに興味津々といった様子だった。
どこかから「ヒュー」なんて声も聞こえる。
これよこれ。
狙った通りの効果だ。
「いい? こうやってラブラブアピールしながら歩いてたら、絶対ウワサになるでしょ。そしたらお相手さんも黙ってなんかいられないはず。出てきたところを捕まえて、ちゃんと真相を話すの。それがこの『ヤキモチもちもち・プランB』だよ」
「わ、わかったけどさー。めっちゃハズいんですけどー!?」
「うっさい。素直におっぱいの感触でも楽しんどけ」
「……もう少し大きかったらなー」
よし決めた。
この一件が片付いたら逆にこいつらを別れさせてやる。
沸々と湧いてくる怒りをいったんささやかな胸に収め、あたしは辺りを観察した。
取り立てて大きなリアクションを起こすような危険人物は見当たらない。
ラブラブカップル風の二人組に触発されて手を繋ぎ始める男女が何組か現れ始めたけどね。
元が文化祭という非日常だから、イチャイチャが気にされにくいのかも。
食べ物片手に展示物を眺めつつ、通りすがる女子たちを目で追っている他校の男子。
祭りの様子をカメラに収める、写真部の腕章を付けた上級生。
衣装が目を引いたのか、男子に囲まれて写真を撮られている普段は大人しめの女子。
うん。
文化祭って感じ。
あたしは去年、別の学校に在籍していたけれど、夏休み以降は全く顔を出していなかった。
だから、高校の文化祭はこれが初めてのことだ。
「────なのに何やってんだか、あたしは」
「どしたー?」
「なんでもないよさ、次に行こう」
「お、おう」
頭に疑問符を浮かべている煌青を引き連れて、あたしは移動を開始した。
次はそうだな……体育館にでも行ってみようか。
◇ ◇ ◇
体育館の後方の扉から中へ入ると、そこは普段とは全く違う様相が広がっていた。
暗幕を閉め切って真っ暗になった運動スペースには、入学式のようにたくさんのパイプ椅子が並べられている。
ステージには明かりが煌々と輝き、あふれ出た光が客席に影を作っている。
光と闇に分かたれた、少し蒸し暑い空間。
『──ということで、不正解者は座ってくださいっす! おおっ、すごいっすね! まだまだ生き残りがいるっすよ、会長』
『意外、だったわね。もう少し、減ると思っていたけれど』
『それじゃ、はりきって第六問! っす!』
行われているのは生徒会によるクイズ大会。
参加する生徒はまばら。
というのも、ステージ系のメインは一般公開日である明日なのだ。
明日にはダンス部によるショーだったり、軽音部の演奏だったり、演劇部の上演だったりが盛りだくさんの予定だが、反面、今日は事前申請のあった個人による出し物が中心。
隙間時間は生徒会が埋めている状況だった。
「琴宮ちゃんはさー、クイズとか得意なん?」
「ん? あー……まあ、そこそこ」
煌青の質問に、あたしは心ここにあらずで答えた。
というのも。
あたしの視界の先には、あまり好ましくない状況があったからだ。
体育館の壁際に、ステージでなく客席の方を向いて立っている長身の男性がいた。
肩にかかるくらいの長い黒髪を首の後ろで雑にまとめたヘアスタイル。
こんな時なのに白衣を崩さない、根っからの理系男子。
鷲見星兎その人だ。
問題は、彼が一人で無かったこと。
お相手は、小柄で乳房の大きなスーツ姿の女性。
美人国語教師と名高いあたしのクラスの担任教師だ。
「確かに組になって見回りをするとは聞いてたけどさぁ」
あたしは心の声をぶつくさと口の中だけにこぼす。
周りがうるさいからどうせ誰にも聞こえないだろうけど。
「組の相手が女だろうと想定の範囲内だけどさぁ」
ぼやきが止まらない。
それくらい、納得のいかない状況が目の前にあった。
「────目ぇ見て話せてるじゃん」
女性に不信感があり、女性の目を見ることができない。
これがあたしの彼に対する認識だ。
初めて出会った時だってそう。
一緒に出かけた時も、女性の店員にすらまともに顔を向けることができていなかった。
だからこそあたしは『見つめ合い練習』を敢行し、その結果ようやく彼と一線を越えられたのだ。
だけど、今視線の先にいる彼は。
どう見たって、女性と目を合わせながら談笑している。
「練習の成果といえばそうなんだろうけど」
なんだろう。このモヤモヤした感じ。
ショック、という感じでもない。
なんとなく納得できかねるような、文字通り靄みたいな曖昧な不快感。
恋の副作用?
いや、もし彼に対して恋心があるならば。
恋という激烈な感情ならば、もっと衝撃を受けるはずだ。
あたしはまだ、恋に至ってない。
だからこそモヤモヤするのかもしれないな。
「琴宮ちゃん、だいじょーぶ?」
「……うん?」
煌青の声に思考が引き戻された。
彼は心配そうに顔を覗き込んでくる。
「少し顔色わりーよ。どこか静かなところで休憩でもするか?」
────ねえ、キミ。どこか静かなところで休憩でもしない?
「……ッく」
瞬間、脳裏に嫌な記憶がフラッシュバックする。
いやいや、煌青は邪な気持ちで聞いたんじゃない。それくらいはわかる。
あたしはブンブンと首を振って、気持ちを切り替えることにした。
「ううん、平気だよ。ほら、途中参加枠のスペシャルクイズだって。あんたも参加してみたら?」
「……まあ、しんどかったら言ってくれよー?」
そう言って彼は体育館の一番後ろの席へあたしを導き、座らせてくれた。
案外気が利く男なんだね。見直したかもしれない。
久しぶりに腰を下ろしたことで、遅れて足の疲労を自覚した。
座り心地が良いとは言えないパイプ椅子だけど、休憩の重要性に気付かされる。
「ん?」
と、ここで、あたしは胸ポケットの振動に気付く。
スマホを取り出してみるとすでに何件かの着信が入っているようだった。
お相手は遥果だ。
ちょいと掛け直してみるか。
せっかく座ったのだけど、ここでは周囲の音がうるさい。
煌青に一声かけて、あたしは一度体育館内から離脱した。
小走り気味に、バルコニーの方へ。
明度の差に目がくらむ。
あたしは片手で顔に影を作りつつ、もう片方でスマホを操作した。
「もしもー? 今体育館まで来たけど」
『知ってるよっ、見、てたからねっ』
電話に応じた遥果の声は、なんだかちょっとこわばって聞こえた。
焦っているというか、走っている?
『落ち着いて聞いてっ。あのねっ、わかったよっ、付きまとってる人』
「え、すごいじゃん!」
『あまりに、自然体だから、はあっ、気づかなかったんだっ。でも、千星ちゃんたちが体育館に移動して、確信が持てたっ』
「それって、一体」
その時、体育館へつながる渡り通路をポニーテールを揺らしながら走っていく人影が見えた。
遥果だと認識したあたしは彼女に向かって手を振る。
しかし。
『ッ────!?』
電話越しに息を呑む音。
同時に、遥果が足を止めた。
こちらを見て、硬直したように。
「ど、どうしたの遥果? そんな、幽霊でも見たかのような顔をして」
離れた場所にいる遥果は、ゆっくりと腕を持ち上げる。
人差し指をこちらに指すようにしながら、震える声で、あたしに告げる。
『今、 あ な た の 後 ろ に い る よ』




