第二章 ──3 ヤキモチもちもち
────木曜日。
センセイと位置情報を共有することに成功。
煌青と話し合い、翌日にストーカーの正体を突き止めることに同意。
────金曜日。
『絶対に一人で動くなよ』と念押しするセンセイに従って、あたしはまず遥果に協力を持ちかけた。
その後、以前の恋愛相談で結ばれた、隣のクラスの弓永ひかりと二年生の八木広大にも話を通して、煌青の周りを見張ることに。
大事にならない最低限の人数。
しかも、土日に行われる文化祭の準備にも追われる中での見張りだ。
結局、怪しい人物は見つけることができなかった。
────そして本日、土曜日。
時は文化祭当日だ。
「見て見てっ。三組の執事喫茶、衣装めちゃくちゃおしゃれだよっ」
「ね。遥果が着たら似合いそう」
「千星ちゃんこそ男装が映えそうじゃんっ。あーあ。ウチのクラスも何かやればよかったのにっ」
「他の出し物見たいからって、パネル展示にしたからね」
華やかに飾り立てられた、非日常の空間。
制服姿に混じり、ジャージ姿や派手な衣装のまま教室を巡る者もいる。
一般公開日は明日だが、他校生の一部は来場を許可されている。
うちの制服とは違う生徒が学校を歩き回っているだけでもなんだか特別感があった。
様々な人の群れの中を、あたしは遥果と共に巡っている。
ひかりの一件以来、すっかり一番の友達ポジに収まっているのが彼女だ。
「五組の『恐怖の館』も凄いらしいよっ。ひかりちゃんが特殊メイク頑張ったんだってっ」
「へぇ! ひかり、クラスでも活躍してるんだ」
それだけ話題なら、きっと本当に怖いんだろう。
だがしかーし!
あたしは最近ホラーな話をたくさん聞いたから耐性ができている。
行かない選択肢は無いのだ!
────というわけで、あたしは遥果と二人で絶叫しながら五組の教室を逃げ回ることになるのだった。
そんなこんなで一年生の教室棟を抜けて、我々は学校の中庭までやってきた。
タープテントが並び、焼きそばやたこ焼きなど、調理に火を使う系の飲食物が販売されている。
その中の一つ、クレープを販売する屋台の中に、日に焼けた強面の男子生徒────煌青がいた。
「よ。調子はどう?」
声をかけると、煌青は白い歯を見せて、ただでさえ細い目をグッと細めた。
「おー! 琴宮ちゃん、待ってたぜー!」
「はいはいお待たせ。ほんと、クレープ屋さんとか似合わないよね」
ごついスポーツ男子が、ピンク色の可愛いフリル付きのエプロンを装備して店頭に立っているのだからシュールである。
個人的には、奥で生地を焼いているボーイッシュな感じの女の子が店頭に立つべきだと思うのだけれど。
「きゃあ、蟹藤先輩かぁわいい♡」
「おう、ありがとなー。お前らもクレープ食ってくかー?」
「きゃあ♡」
……なんてやり取りが目の前でされるくらい、女子人気は高いようだった。
ギャップ萌え、というやつだろうか。わからん。
「で、琴宮ちゃんたちは何か食う?」
「それじゃあ、あたしはチョコバナナをひとつ貰おうかな」
「ウチはイチゴアイスっ!」
「りょーかい!」
煌青はにっと笑って、裏方のボーイッシュちゃんに向かって声を掛けた。
「衛ー、生地二つ頼んだー!」
「えっと。うん、二つね」
ボーイッシュちゃんはこちらを振り返りつつ返事をしたのだけれど、あたしは何か違和感を覚える。
返事をした時の声。マモルって名前。
……あ、あの人男の人だ。
男性にしては長めの髪だったし、線が細くて華奢だったから間違えてしまった。
そのマモルくんが慣れた手つきでクレープの生地を焼きはじめ、煌青は冷蔵庫からバナナやイチゴを取り出してトッピングの準備を始めた。
「え、てか、設備やばない?」
はじめは気付かなかったが、冷蔵庫も、作業台も、焼き台も、全部ちゃんとした業務用。
文化祭のレベルにしては大袈裟な設備だった。
「スゲーだろ。衛ん家が設備貸してくれてさー、ちゃんと店っぽくできたんだよ」
「あの人が? どゆこと?」
「早乙女衛。親が市会議員やっててさー、実家が太いんだよ」
名前が呼ばれたからか、衛はこちらに顔を向けてぺこりと頭を下げた。
男だと認識した今でも若干女の子に見えてしまう。
『美しい』じゃなく『可愛い』、センセイとは別ベクトルの中性的さだ。
「それで甘いもの食べれるんだから、ありがたいことこの上ないねっ」
「本当それな。早乙女先輩、ありがとうございます!」
衛に届くように大きな声で礼を言う。
彼はほんの少し照れくさそうにはにかみながら会釈をし、すぐに前へ向き直ると二枚目の生地を円形に広げはじめた。
一枚目の生地は煌青の手元へ。
ホイップクリームを手に取りつつ、煌青は唇を尖らせる。
「なー、おれも琴宮ちゃんから先輩って呼ばれたいんだけど」
何そのヤキモチ。
「うーん。なんていうか、ノリが違うんだよね。最初から距離感近すぎて先輩感は無いかな。そもそも同い年だし」
「くー! 同い年の後輩とかやりづれー!」
軽口を叩きつつも、煌青は手早くトッピングを乗せていく。
衛の動きもそうだけど、煌青も文化祭に向けて相当練習を積んだらしい。
野球部の練習も直前まであったというのに、裏で努力してたってことだろう。
是非とも『ひかりポイント』を進呈したい。
そんなこんなであっという間に二人分のクレープが出来上がった。
あたしたちはお金代わりのチケットと交換でそれらを受け取る。
お味のほどは……文化祭で提供されたにしてはかなりの出来だ。
生地はもっちもちで食感が良く、甘い香りの中に焼きたての香ばしさも感じる。
クリームは優しい甘さでフルーツの味を邪魔しておらず、チョコのほろ苦さがより風味を引き立てる。
「ん。うま! 百点あげちゃう」
「どーもありがとよ!」
あたしと遥果は、中庭の端の校舎陰になっている場所まで移動して、クレープの残りにかぶり付く。
互いのを交換して一口貰ったりして、それぞれの味を楽しんだ。
やがてクレープを食べ切った頃合いに、エプロンを脱いだ煌青が歩いてきた。
「食べ終わったか?」
「うん。めっちゃ美味しかった! 後で早乙女先輩にもお礼言っといて!」
「りょーかい!」
煌青が合流してきたのを確認すると、遥果はひょいとその場から数歩分退いた。
可愛らしい微笑みと共に人差し指を唇に添えて、彼女は言う。
「じゃあっ、ここからはお二人の邪魔にならないようにっ、ウチは退散するよっ!」
「ごめんね、明日も一緒に回ろうね」
あたしが手を振ると、遥果も同じく手を振りかえし、こちらに背を向けてとととっ、と軽快に走り去っていった。
これで、ペアの相手は煌青に。
彼との文化祭デートの幕開けである。
「……まじでさー、よかったのか?」
「何が?」
「だってよー、いくらストーカーを炙り出すためっつっても、琴宮ちゃんたちの貴重な時間を奪ってる気がしてさー」
そう。
これは作戦だ。
煌青の店番の時間が終わったら、あたしと一緒に文化祭を回る。
デートをしている風を示して、相手の出方を伺うのだ。
「良いんだよ。どうせあの人は忙しくてそれどころじゃないだろうし?」
「……? あの人?」
「ううん、こっちの話」
────というわけで、これはセンセイへの当てつけでもある。
お仕事で忙しくてあたしと文化祭を回りたくても回れない可哀想な星兎センセイが別の男子と文化祭をまわっているあたしを見たらどういう反応をするだろう。
ヤキモチの一つでも妬いてくれると面白いのだけど、はたして。
胸ポケットのスマホが通知音を鳴らす。
遥果から『所定の位置に着いた』との連絡。
視界の端に、ひかりと八木のペアが屋台を巡っているのも確認。
あたしたちを見守れる位置にいてくれている。
スタンバイは、おーけーってわけだ。
「さあ、はじめようか。『ヤキモチもちもち文化祭デート大作戦』ってやつをね……!」
あたしは拳と手のひらを打ち合わせ、シュッと短く息を吐くのだった。
「どうでも良いけどさー」
「ん?」
「作戦名、どうにかならんかった?」
「……」




