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禁忌と恋の相談室 ~ヒトにたずねる恋の種~  作者: 筆折作家No.8
第一章 面食い王子と努力の姫
25/33

第一章 ──■■ ■■■■■

 暗い部屋。

 デスクの明かりだけが部屋の輪郭を切り取る昏い空間。

 締め切ったカーテンに映るのは長い髪の少女の影。

 スクリーンに切り取られたシルエットは、それだけで淫靡だった。


 影を形作るのは玉のような汗の雫を纏う白き肌。

 形のいい乳房に張り付いたブラウンの髪を、細い指で掻き取って背中へ流す。

 鎖骨からうなじ、肩甲骨に至るまでの美しい凹凸が、わずかな光を絵の具に描き出されている。


 扇情的な光景にゾクゾクとした感覚が下腹部から胸までを駆け上がってくる。

 ……なんてね、いけない。

 少し休まなければバテてしまう。


「────ねえ」


 わたしは彼女に呼びかけた。


 部屋の中に影が一つ加わる。

 グラスを手にした女性の影。

 わたしの歩みに合わせ、影は弧を描くように部屋の中を横断した。


「お疲れ様ね。少し水分補給をしましょうか」

「うんっ。さすがにちょっと、疲れちゃったかもっ」


 ベッドに腰を下ろしつつ、わたしは少女にグラスを手渡した。

 嬉しそうに受け取る彼女。

 そのままグラスの中の水を口いっぱいに含むと、彼女はわたしに口づける。


「ん……っ」

「んッ……んく、ん、ん……ちゅ」


 お裾分けのつもりだろうか。

 二人分の喉が渇きを満たすために冷たい水を嚥下した。


 わたしは少女を懐に招く。

 彼女も微笑み、わたしに体を預けた。

 汗ばんだ肌着同士が触れ合って、互いの熱を分け合う。


 たまらなくなって、再び唇を重ねた。

 貪るように、彼女の熱を肺一杯に吸い込む。

 そうしてわたしもやっと心が満たされた。


 ほとぼりが覚めるまで互いを愛でて、どれほど時が過ぎたのだろうか。

 やがて少女はベッドから身を起こし、憑き物が落ちたような微笑みを浮かべた。


「ちょっと、シャワーを浴びてくるねっ」

「わかったわ」


 それが、わたしと少女との終わりの合図。

 いつも最後にシャワーで汗を流し、彼女は家へと帰ってしまう。


 わたしもベッドから身を起こし、落ちていた衣服を拾い、身に付ける。

 湿った肌がワイシャツに張り付いて不快だった。

 タイトなスカートを履いたところで少女が部屋に戻ってくる。

 本当に汗を流しただけ。情緒も無い。


 少女もまた、落ちていた自分の服を身につけていく。

 若草色のキャミソールの上に、白い半袖のシャツを羽織る。

 チェックのスカートを上げて、赤い紐のリボンを結ぶ。


 異世界から現実へ戻るための最終儀式。

 その一挙一動が美しくて見惚れてしまう。

 わたしはベッドの縁に腰を下ろし、彼女の変身を眺めた。


「そうそうっ、あの子の話なんだけどっ」

「何かしら」


 少女は長い髪をポニーテールにまとめながら話を切り出した。

 その頃にはすっかり昼間の顔。

 夜の空気すら香らない。だからこれは、真面目な話だ。


 彼女はハイソックスを履くと、先ほど結んだポニーテールをさっと撫で払って整え、にこりと口角を持ち上げた。


「『恋愛相談室』っていうのを始めるんだってっ。今日、ビラみたいなのを見せてもらったよっ」

「へえ。良いじゃない。弓永(ゆみなが)さんとの経験から得るものでもあったのかしら。人助けに目覚めた、とか」


 わたしがそう漏らすと、少女は唇に指を当てて小首を傾げる。

 少し天井を見上げるようにして、何かを思案している様子だ。


「んーっ。なんていうか。特定の人のためって感じがするかなっ。その人のことを思いながら行動している、みたいなっ?」

「────やっぱり、鷲見(わしみ)先生?」

「たぶんねっ」


 少女はスクールバッグをひょいと摘み上げるようにして肩にかける。

 帰り支度はバッチリらしい。


「今日コンビニで恋愛相談のビラをコピーするって言ってたから、近々宣伝を始めるかもねっ。何が目的だか知らないけどっ、注視しとくべきじゃないかなっ」


 彼女はくるりとわたしに背を向ける。

 ふっと微笑みの吐息だけを残して。


「────ねっ? 先生っ?」


 少女──椎布(しいぶ)遥果(はるか)はステップでも踏むかのように軽やかに、廊下を抜けて玄関の戸を開けた。


 わたしはベッドに腰を下ろしたままその可憐な後ろ姿を見送る。

 扉が閉まり、外の空気が遥果の残り香を薄れさせるまで、わたしは茫然としていた。


「……千星(ちせ)ちゃん。あなた、本当に良くないわ」


 わたしは立ち上がり、テーブルに投げ置いてあった電子タバコに手を伸ばす。

 窓を開けて網戸にすると、あたしはカートリッジを差して煙に浸る。

 甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 沸き立ってくるのは怒り、それとも欲情か。

 自分でもよくわからない悪感情に、わたしは目を細めて月を見た。

 左の欠けた半月、夜空が嗤っている。


「なんとかして、鷲見先生を落とさないと」


 男は嫌いだ。

 けど、きっと彼は他の人たちとは違う。


 胎の奥が疼く感じがした。



[不穏……!]


第一章 面食い王子と努力の姫────END

>NEXT:第二章 付きまとう影に恋して


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