第一章 ──19 不完全だから
(舞台は夜の公園。スポットライトに照らされた二人。)
(秋口の虫の声。しかし二人が互いに集中するのに従い、音はフェードアウトする。)
八木:まずは君に謝らないといけないな。人を傷つけるようなことを言って、君を怒らせて、結果的に君を焚き付けるようなことになってしまった。ひかりちゃんは充実してたって言うけれど、これは俺の罪なんだ。ケジメとしても、まずは謝罪させてほしい。
ひかり:もしもせ、先輩がし、謝罪をすると言うのなら、私だけじゃなくてあ、あの子たちにもちゃんと謝って欲しいです。見た目を悪く言われるのは、やっぱりつ、つらいから。
八木:……そうか。ひかりちゃんもまた、外見を評価されて生きてきたんだね。それなのに……君はどうしてこんなに優しいんだろう。
ひかり:優しくなんかありません。わ、私は自分がされて嫌なことは、誰かにもお、同じことをしたくないだけ。
八木:俺とは違うね。俺は、自分がされて嫌だったことを他人にもぶつけてしまっていた。俺を正当に評価しなかったことへの報いだ、復讐だって自分に言い聞かせながら、実際には誰彼構わず八つ当たりをしているだけだった。
ひかり:復讐、ですか。
八木:ああそうさ。俺を見下し、利用してきた女たちに恨みを抱いていたからね。君が認めてくれた陰の努力だって、根底にあるのは恨みや自尊心からだ。俺は誰かのために生きられるような人間じゃない。君みたいに……君たちみたいに、俺は美しくない。だから……!
ひかり:わ、『私と付き合う資格が無い』って、そう言うんですか。自分を卑下して、対等になれないって……!
八木:そうだよ。……なんだ、あの時の言葉を、正しく受け取ってくれていたんだね、君は。
(八木は自嘲気味に笑う。)
八木:はははっ、なのに俺は……なんて滑稽。やっぱり君に好かれる資格なんて、あるわけないじゃないか。
ひかり:し、資格がいるんですか。人を好きになるのに、し、資格なんか。
八木:そう。さっき千星ちゃんにも同じことで怒られたよ。『ナチュラルに上から目線で見下すな』だったかな。本当にその通りだけど、それを聞いて、俺はいっそう自分が嫌いになった。こんな俺が、君を好きになっていいわけがない。俺の方にこそ、資格が無い……!
ひかり:せ、先輩……。
八木:なのにどうして。
(八木、ひかりに向かって手を伸ばす。何かを求めるように。)
八木:なのに、どうして君は……こんなに眩しいんだよ。眩しすぎて目を背けても、ずっと視界に入ってしまう。諦めたくても、諦めさせたくても、気がつけば目で追ってしまう。君は、君は一体なんなんだ……!
(ひかり、やや考えるそぶり。少し待って、こくりと頷く。柔らかな表情)
ひかり:私は、私は人間です。せ、先輩と同じ一人の人間。悪い部分も、い、良い部分も、トラウマだってある。不完全な存在です。か、完璧なんてありえない。そんな、普通の人間です。
八木:不完全なものか。君は、凄いんだから。君の努力が多くの人の胸を焦がした。並の人間にできることじゃない!
ひかり:いいえ。ち、違いますよ。せ、先輩はあまり気にしないとは思いますが、わ、私の体型だって、今までの不摂生の証です。ど、努力って言いますけど、ムキになってやりすぎてしまうのはけ、欠点だと思います。私は間違いだらけ。せ、先輩も同じでしょう?
八木:……俺も、同じ?
ひかり:はい。先輩だって、悪いところを挙げだしたら、き、きっと指が足りないです。例えば、そう、人のためには頑張るのに、じ、自分のためにはなにもしない、とか、美点のはずのひ、人のための努力も、しょ、承認欲求から、とか。
八木:う。
ひかり:な、ナルシスト入ってるとか、き、キザだとか……ほら、や、やっぱりキリが無いです。
八木:……面目ない、です。
(ひかり、少し笑う。八木もつられて苦笑い)
ひかり:あ、あの。わ、私を眩しく感じるってい、言ってくださってありがとう、ございます。けれど、き、きっとそれも私たちが人間だからですよ。不完全だから、醜いから、だから自分に無いものが眩しいんです。そもそも、私がダイエットを頑張れたのだって、せ、先輩の努力を見ていたからです。努力の理由が恨みとか、み、見栄であっても、私には先輩が眩しく見えた。き、きっとその時の私には、足りないものだったから。道を示してくれたのは、せ、先輩なんです。
八木:ひかりちゃん、君は、本当に……。
(八木は目を細める)
ひかり:先輩。私は先輩のことが好きです。たとえ不完全でも、み、醜くても、そういう人間くさいところも全部まとめてあなたが好きです。私と、お付き合いしていただけませんか。
(沈黙が流れる。風に揺られた梢の擦れる音が微かに聞こえる。)
(長い沈黙。八木は一瞬顔を背けかけるが、すぐに動きを止めてひかりに微笑む。)
八木:────やっぱり君は、俺なんかじゃ釣り合わないな。本当に、眩しすぎるよ。
ひかり:先輩。
八木:俺は……俺も、君のことが好きです。本当は、初めて会った時からずっと惹かれてた。だからこそ、君に諦めてほしかったんだ。俺は君にはふさわしくないって決めつけて、一人で勝手に見切りをつけてしまっていた。だから、ありがとう。────俺を見捨てないでいてくれて、ありがとう。
ひかり:はい!
八木:弓永ひかりさん。俺と、付き合ってくれますか。
ひかり:よろしく、お願いします。
(八木は遠慮がちにひかりの側に歩み寄る。彼女をそっと抱きしめようとして、やめる。恥ずかしそうに頭を掻くと、二人は手を繋ぐ。)
幕は降りない。
きっといつまでも、二人の輝きは続いていく。




