第一章 ──17 急転
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「────それから俺は、遥果ちゃんと何度か遊ぶようになって、いつものように交際を申し込んだ。こっぴどく振られたよ。だけどさ、その時にやっと復讐が辞められるって、そう思ったんだ」
駅近くのカラオケ店で八木の話を聞く。
薄明りの小さな部屋で、あたしと遥果は八木と向かい合うように腰掛けている。
彼の真意をひかり抜きで聞く気は無かったけれど、『恋愛相談だ』なんて言われたら仕方がない。
『好きな人の好きな人』なんてあの子には聞かせられないし、あたしは別件として彼の相談を受け入れた。
っていうかまるでカウンセラーだな、あたし。
恋を知るには都合がいいけどさ。
とはいえ生物室で話をするには時間がやや遅い。
どこかに移動しようということになり、密室で音漏れしにくいこの場所が選ばれたわけだ。
────これでカラオケルームにでも行ってこい。
なんて一万円を握らせたセンセイの発案でもある。
もう、うちの人ってば気が利くんだから。
「というわけで、ひかりちゃんのまっすぐさと、遥果ちゃんの容赦の無さが俺の心を軽くしてくれたって話だ」
「そうだったんですねっ。あ、ウチドリンクたのもーっとっ」
「遥果が自由すぎる」
天性のお気楽さというのだろうか。
何を考えているのかはわからない子だけれど、重すぎる空気を和らげるのにこれほど能力を発揮する人間もいないだろう。
「人を外見だけで評価しない女の子がいる。容姿すら気にも留めない女の子もいる。なんというか、救われた気分だったよ」
「ウチ性格批判もしたと思いますけどっ?」
「あはは、そうだね……そう、コテンパンにね……」
あからさまに凹む八木。
いったい八木に何を言ったんだ遥果。
「待って、じゃああたしにまで声をかけてきたのはなんで? 二人に救われたっていうなら、それで終わりじゃないの?」
「今だからぶっちゃけると、遥果ちゃんがキッカケなんだよ」
────ねえ、先輩っ。なんで笑ったのっ?
────彼女でもない女に、俺の考えなんて教えてやらない。
────待ってっ。もしかして、何かを試してますっ? それとも、誰かを求めてるっ?
帰宅ラッシュの人波が行き交う夕暮れの街。
遥果に振られたその日、その場所で、立ち去ろうとした八木は彼女に呼び止められた。
内情を知らないはずの問いかけは、しかし妙に芯を突いていた。
────だったら、とある子と話してみてほしいですっ。あの子なら、きっと。
そして遥果に言われた通り、翌週にはあたしに声をかけた。
あたしが何かを与えてくれるんじゃないかと期待して。
「えへへっ。実はそういうことっ」
可愛らしく舌を出す遥果に、あたしはジト目で返す。
お前の差金やったんかい、と。
「つーかなんであたし?」
「直感みたいなものだよっ。言ったでしょっ? 千星ちゃんなら先輩を救ってくれるかもしれないってさっ」
確かに言われた気がする。
結局八木にも抱えている事情があったわけだし、観察眼は鋭いんだな、この子。
「俺を救う、か」
八木が呟いた。
心を見透かされていた彼も複雑な想いだろう。
八木の女性不信は女たちへの復讐という形で発露した。
────女性から目を背ける、というセンセイとは確かに違う選択肢。
だけどやはり根っこは似ているのかもね。
センセイも、救われたいんだろうか。
ううん。まずは八木の一件を片付けてから考えよう。
今は恋愛相談の途中なのだ。
「事情は理解した。じゃあ続きを話してよ。あんたの好きな人の事を」
あたしが本題に戻そうとした瞬間、八木は頭に疑問符が浮かんでいるみたいに表情を落っことす。
あれ、なんか変な事聞いたかな。
「どうしたの? 好きな人の話だけど」
「俺はもう話したんだけど」
「……え?」
「……え?」
あたしたちはお互いに見合ったまま首を傾けた。
いつのまにか認識がずれている?
そこに、遥果が口を出す。
「でも確かに馴れ初めは聞いたけど、どこが好きなのかとか、どれくらい好きなのかは聞いてないよねっ」
「どこが好きって……そりゃあ、一生懸命だし、努力家だし、人を正当に評価できる目を持っているし、何より勇気や正義感があるからだな」
一体なんの話をしているのだろう。
遥果はわかってて聞いているのだろうか。
「ぶっちゃけ可愛いと思いますかっ?」
「最近は、綺麗になったなって思う、けど。悪い。あんま見た目で評価したくないんだよ」
「何を言ってるんですかっ。偏った評価が悪なだけで、見た目も要素には違いないのですっ! じゃなきゃ、あの子の頑張りは無意味になっちゃうでしょっ」
「それは、確かに」
圧倒的置いてけぼり感。
自分の知らない事象が動いている。
問いたい。
問い詰めたい。
いったいお前らはなんの話をしているんだい?
「あの、さ。話が見えないんだけど」
瞬間、遥果と八木の両名は顔を見合わせ、さも当然かのように口を揃える。
「「ひかりちゃんの話でしょっ/だろ?」」
あーーーーーーー。
あ、うん。点と点とが線で繋がったよ。
つまるところ、あれだ。
あたしは人の悪意だとか、嘘本当だとか、何かを隠しているだとか、そういうのはサッと見抜けるのだろう。
一方であたしの理解が及ばない部分、特に恋愛関連には気付けない。
そういうタチなのだろう。
以上、自己分析終わり。
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「両想いじゃんッ!?」
あたしが上げた大声に、二人の身体がビクンと跳ねる。
その後、何か幽霊でも見たかのような顔でこちらを揃って見つめてくる。
「最初からそういう話でしょっ?」
「だから諦めさせたいんだよ、あの子には」
自分の恋愛音痴にはほとほと嫌気がさす。
これで恋愛相談に乗ってたのだから滑稽だ。
しかし、流れは掴めたけれど、あたしには八木の言う『だから』の部分がわからない。
「どうしてひかりに諦めてほしいの?」
彼女は今、自身を磨いて八木に再告白すべく頑張っている。
その頑張りは『応援』にしろ『悪意』にしろ、実際に周囲の人の心を揺り動かすほどの力があった。
それほどのものを積み上げているひかりに、恋を捨てろと?
「あれだけ必死になって、もがいて、苦しんで、でも弱音は一切吐かないで、そうやって目標を目指しているひかりの想いをどうして汲んであげないんだよ!」
「それも言っただろ。心の綺麗な子には、心の綺麗なやつをあてがうべきなんだ。彼女の努力にふさわしい人間は、俺みたいな不細工な野郎じゃない」
なるほど、こいつは本当に不細工だ。
素直になれず、人を評価したつもりで貶めている、残念な男。
「だとしたら最初から煽るなよ。あんたがそんなだから、あの子は今も頑張ってるんだよ。いつか振り向いてくれると願うから。心を動かせるって信じているから!」
「最初から全否定なんかできないだろ。それこそ彼女への冒涜だ。そもそも俺は彼女に好かれるようなことはしていない。嫌われようって振る舞ったのに、どうして」
「どうしてって……それはひかりが本質をちゃんと見ることのできる女の子だからでしょ。そんなの八木だって……とっくにわかってるじゃん!」
八木は何かを言おうとして口を閉ざす。
何も言い返せなかったのだろう。
だって、その通りだから。
「そもそもさ。だれがふさわしいとか、資格がどうとか、どうしてあんたが決めるんだよ。ナチュラルに上から目線で話さないでよ」
告白されて、受け入れるかどうかは八木の権利。
だけど、初めからどうして線を引く。
それこそ冒涜に他ならないじゃないか。
誰が誰に恋したって良い。
あたしの憧れる『恋』ってやつは、もっと自由で偉大なはずなんだ。
「あんたはさ、最高にかっこいい人間じゃなきゃいけないんだ。本当にひかりのことを想うなら、彼女の理想でいてあげなきゃ、頑張ったって報われないじゃん! あの子は、あんたの生き様に惚れたんだから……!」
「俺の、生き様……?」
あたしは頷いた。
誰もが知らなかった八木の影の努力、それに惹かれたのが彼女なのだ。
行動に惚れられたのだから行動し続けなければ嘘だ。
「お願いだからさ、ひかりの願いを形にしてほしい。弱い八木じゃなく、強くてかっこいい八木と結ばれてほしい。あたしはそう思ってる」
言い切ってから八木の顔を見た。
泣きそうな目をして、唇を噛みしめる彼を見た。
その瞳の奥に、小さな炎が灯るのをあたしは見た。
そう、これでいい。その意気だ。
「千星ちゃん、俺は────」
「千星ちゃん、スマホ。鳴ってるっ」
突然。八木の言葉に被せるように、遥果が言う。
あたしのバッグからかすかに聞こえる振動音。
マナーモードのバイブレーションが懸命に筆記具を叩いていた。
「けっこう長いこと鳴ってるよっ。見た方が良いんじゃないっ?」
「ん、ありがとう」
なんだか話の腰を折られたようでもやっとする。
が、スマホに表示された名前を見てそんな気分は吹っ飛んだ。
着信の主は鷲見星兎。センセイだ。
もしかすると仕事が終わってこちらに来てくれるのかも。
ちょうど話が良いところまで来ていることだし、彼からも何かアドバイスをもらおう。
あたしはスマホの画面を指でスライドし、意気揚々と着信に応じた。
瞬間。
『千星』
名前で呼ばれたことに、一気に頭が冷えた。
彼の声色に何か良くないものが混じっている。
風の音が聞こえる。
彼は外にいるらしい。
ドアの開閉音、車を始動する音。
これらと共に届けられたセンセイの声は、予想だにしない事態をあたしに告げる。
電話を切るなり、あたしは八木に呼びかける。
「今すぐ病院に行くよ。────ひかりが、倒れたって」




