プロローグ ──2
「『琴宮千星です。昨年は別の高校に通っていましたが、こちらに編入しました。体調とか色々あって、二回目の一年生です。皆さんよりも年齢が一つ上ですが、どうか仲良くしてください』……うん。挨拶はこんな感じかな」
あたしは今、自宅にある姿見の前で新たな装いの自分と対面している。
紺のブレザーに赤のネクタイ。
チェック柄のスカートは、今は規定通りの膝丈に。
そのうちスカート丈を詰めるなどのアレンジをしなきゃだね。
というのも、あたしの見た目はかなり特徴的。
清楚すぎると浮くのだ。
「うーむ。髪色について指摘されないと良いけど」
鏡の向こうの自分は、あいも変わらず人形じみていた。
生まれつき色素が薄い肌は透けるように白く、雪に例えられても違和感が無いほど。
瞳は緋色で髪色はアッシュグレー。
身長も百七十センチ近くあって、鼻は高め、まつ毛も長い。
日本人離れした容姿は集団の中ではどうしても目立つ。
まあ何とかなるか、と意識を切り替える。
いじられようが何されようがたった三年足らずの人間関係。
今までだって全部切り捨てて生きてきた。
「目的見失うなよ、琴宮千星」
小さくつぶやき、自分自身に言い聞かせる。
胸に手を当てシュッと息を短く吐き、気合いを入れ直す。
こうしてあたしは玄関の戸を開けて、新生活へと一歩踏み出した。
◇ ◇ ◇
汗蒸す通勤通学の電車という地獄を脱出して、日傘の下、緩やかで長い坂をひた歩いた。
生温い風にかろうじて体温が溶ける。
春の盛りだというのに坂道を彩るのは桜色ではなく新緑色。
地球温暖化が恨めしい。
「やっとついた……!」
やがて見えてくるのは近代的な小洒落た建物だ。
壁面に縦格子の白い柱が配置されたデザインは、言い方は悪いけれど牢屋みたい。
私立天ノ学園宙高校。
県内では上の下くらいのレベルで、比較的自由な校風が人気の学校だ。
人気とはいえ、あたしの家からは電車でも一時間くらいかかる遠距離だから、地元の子はほとんどいない。
どのみち自宅にはほとんど帰らないし、知り合いに会いたくもないからあたしにとっては都合が良いんだけどね。
「おはようございまーす!」
「おはよう。今日はおめでとうございます」
校門前のちょっとした広場には多くの人が集まっている。
真新しい制服に身を包む生徒たちに、バッチリメイクのお母様たち。
彼らを遠巻きに眺めていると、どこからか風に乗ってツンと香水の匂いが漂ってきた。
まあ、これもある意味入学式らしい香りと言えるのかもしれないけど。
「嫌な匂い」
娘のハレの日に顔すら見せない我が母親を思い出して、唾を吐きたくなった。
「に……入学おめでとうございます」
「どもども」
校門を通る際に上級生から祝福の言葉を受け取った。
若干言い淀まれたのは、あたしの髪色が異様だからだろう。
自由な校風とはいえ派手すぎる格好は厳禁。
地毛だと周知できていない今は悪目立ちするのも当然だ。
まあ良いさ。
見た目については言われ慣れている。
「おっ。いたいた」
校舎入口付近のひさしの下に、知った顔を見つけた。
陽気を避けるようにして佇むのは、長い髪、白衣姿の男性教師。
あたしは人の流れを無視して彼の方へ歩いた。
「おーい」
「────ッ!?」
手を振ってアピールすると、彼はブラウンの瞳を大きく見開き、あたしの制服姿をその目に映す。
こころなしか口元をワナワナ震わせているように見えるが、ここまで驚いてくれるとサプライズの甲斐があるというものだ。
「おはようございます、センセイ♡」
「……は」
「もしもーし。聞こえてます?」
「……ち、千星?」
高身長のイケメンが、余裕を無くして見るからに取り乱している。
彼もあたしと同じように色白だが、今は一段と青ざめているように見える。
「はい! ご存じ琴宮千星ちゃんです!」
「……悪い夢でも見ているのか、僕は」
彼は混乱しているのか自分の腕を何度もつねる。
この二十代後半クール系美青年こそが、あたしがこの学校に来るきっかけになった人物。
今まさに半同棲状態にある我が身体のパートナーだ。
恋人ではない。
友達じゃないからセックスフレンドと呼ぶにも違和感がある。
名前のよくわからない間柄。それがあたしたち。
「これからご指導ゴベンタツ? のほどよろしくお願いします!」
「……いや、あの」
「じゃ、あたし式があるので教室に行きますね。鷲見星兎センセイ♡」
ぺこり、と、いかにも嘘っぽく芝居じみたぶりっ子をして、あたしは教室棟の方へと体の向きを右向け右をする。
瞬間。
待ってくれ、とばかりに星兎センセイがあたしの腕を掴んだ。
とっさのことで冷静さを欠いているのだろう、彼に周りの視線を気にするそぶりもない。
「どうして君がここにいる……その格好は一体」
「どうしてって、あたしは宙高校の新入生。ピカピカの一年生ですよ? ふふ、ど? 制服似合ってる?」
あたしは両手を広げてくるりと回る。
「そんな、だって君は……年齢を偽ってたのか?」
「言いましたよ。『四捨五入したらまだハタチ』って」
出会った時点で十六歳。
嘘はついていない。
背も高いし、こんな体色だから、年齢感がわからなかったのも無理はないね。
真相を話すと、彼は目眩を起こしたみたいにしゃがみ込む。
「今年で十七……未成年……ああ、頭がくらくらしてきた」
「大丈夫ですかぁ? センセぇ?」
もしもーし、と呼びかけてみると、返ってきた一言は。
「最悪だ……」
うん、そりゃそう。
彼からすれば、未成年、しかも教え子となる少女と肉体関係にあったという事実を突きつけられたわけだし。
かわいそうに。
「鷲見先生、どうされましたか?」
近くにいた女教師が異変に気付き、こちらへ小走りで駆け寄ってきた。
清楚な見た目の彼女は星兎センセイの傍らで少し身をかがめる。
彼女は支えになろうと手を差し出すが、肝心の彼は、
「……結構です」
と、誰の力も借りずにゆっくりと立ち上がる。
長い髪を手櫛で整えつつ、冷静なふうを装って言った。
「……すみません。知り合いの子どもが入学してきまして。……驚いてしまったんです」
「この子が、鷲見先生の、知人……?」
とっさにしては良い言い訳だと思う。
なるほど、あたしはセンセイの知人の娘、ね。
その設定に乗ってあげよう。
あたしは女教師にぺこりと会釈をした。
「こんにちは。おにーさんの知人の娘の琴宮千星です。よろしくお願いします!」
「え、ええ。よろしく」
女教師は何やら考え込む様子だったが、まもなくあたしに早く教室に行くようにと指示した。
まあ、彼とは後でも話できるし、いいか。
「じゃ、また後でね、センセイ♡」
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そうして正門広場を離れて数分。
ちょうど指定された教室に入ろうというところでスマホにメッセージが届く。
『帰ったら話がある』
彼からだ。
話をする必要があるのは分かっていた。
それだけのことをあたしはしてしまったのだから。
「……望むところだよ、おにーさん」
気がつけば自然に口角が上がっていた。
これでやっと正面から彼に向き合える、そう思って自然とこぼれた笑みだった。
準備は整った。
あたしはこれから、普通の女子高生を見て学ぶ。
歪なあたしがちゃんと恋をするために。
[次回、センセイの反応や、いかに……!]
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