プロローグ ──1
民法 第734条
1 直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。
2 第817条の9【実方との親族関係の終了】の規定により親族関係が終了した後も、前項と同様とする。
うんと伸びをして、あたしは目を覚ました。
カーテンの隙間から柔らかな朝の光。
怠さを振り切るように上体を起こす。
汗ばんだシーツがクシャクシャと背中に張り付いてくるのが不快だ。
それに、なんだか肌寒い。
何もかけずに寝てしまったのかと思ったが、毛布はしっかり被っていた。
その一方で自身の体を見下ろせば、はっきりと見える。
真っ白な肌と、慎ましやかにもしっかりと主張する二つの膨らみ、その先端の桃色に、へそから下も、全部。
「毛布、かけてくれたのかな」
抱いた毛布は人の温もりを吸っておらず、ベタつくシーツとは反対に、さらりと触り心地が良い。
かけられたのはたぶん、ついさっき。
つまりそれまでは、素っ裸で何も羽織らず寝落ちしていたということ。
風邪を引いてしまいそうだ。
やれやれと肩をすくめつつ、あたしはベッドから這い出た。
ベッド脇の床にゴミ箱から逸れたくしゃくしゃのティッシュ。
それも、いくつも。
一つを開いてみれば、中から使用済みの避妊具が出てきた。
つまりこの惨状全てが昨晩の情事を拭った跡なわけだ。
「えっと……覚えてる限りで三回はしたっけ」
『繋がっている安心感』みたいなものが欲しくて、ついやりすぎてしまう。
獣のように交わるのも好きだけど、昨日のあれは、ひとつにとろけ合ったまま囁くように言葉を交わし続ける、そんなまぐわいだった。
もっとも、あたしたちの間に愛はないのだけれども。
「ここに愛はあるんかーっつって」
「……一人で何をぶつぶつ言ってるんだ、君は」
「あ、おはよー。今日も早いね」
脱衣場の中から出てきたのは、長い髪の、長身の男性。
下着だけ身に付けた半裸の状態で、バスタオルを頭の上でわしゃわしゃとやっている。
髪がまだ濡れているから、きっとシャワーを浴びたばかりなのだろう。
それにしても美しい男だ。
色素の薄い肌に、光の加減では青っぽくも見える黒髪。高い鼻に、小さな口。
何より目を惹くのが、ライトブラウンの瞳だ。
吸い込まれそうな魅力がある。
身体は痩せ型。とは言っても筋肉はすごくしっかりついている気がする。
なんというか、すごく締まっている感じ。
表情は……うん、いつもの仏頂面。
「朝ごはんは?」
「……まだ食べていない。僕が作ろうか?」
「ううん、あたしが作るよ。冷蔵庫の中のもの、テキトーに使っていい?」
言いながら下着を履き、その辺にあったシャツを拾い上げる。
散らかった夜の跡を始末しながら、あたしは揚々とキッチンへ向かう。
いつも通りの朝。もはやルーティンみたいなものだ。
時計を見ると午前七時前。これでも普段より三十分くらい遅い。
「相変わらず朝が早いね」
あたしがシャツに腕を通しつつそうぼやくと、彼もワイシャツを羽織りながら、
「生徒よりも先に着いていたいからな。実のところ規定の出勤時間より早めている」
と、のたまう。
「そうだったの? たまにはゆっくりしても良いんじゃない?」
「どんな交通状況でも確実に到着したいんだ」
「もう、真面目だなぁ。朝からしっぽりコースなんてのもあるけど、いかが?」
身体の相性が最強の相手と朝から絡めたら、どんなに幸せだろう。
彼も同じことを考えていたようで。
「……それはあれだ。休日にな」
「えへへー、んもぅ、エッチだぁ♡」
あたしはそう言って彼の背中に抱きついた。
朝食の準備などそっちのけに、イチャイチャしたい気分だ。
できることなら、一日中。
何日でも一緒に溶け合っていたい。
「ねえ、キスして」
軽く突き出したあたしの唇を、彼は顔をそむけていなす。
「……抱きたくなるから、朝はキスしない」
「ぶー、けちー」
こんなにラブラブに見えるあたしたちだが、恋人ではない。
恋人どころか、たぶん好き合ってすらいない。
あたしと彼とはとても歪な関係だ。
しばらく経って、朝食を済ませ、スーツ姿で仕事に向かう彼を、あたしは玄関先で見送る。
「行ってらっしゃい────センセイ」
あたしたちは歪な関係だ。
恋人でも、家族でも、友達でもない。
ただ、身体を重ね合うだけの、名前も付いていないような間柄だ。
だからこそ、あたしは彼のことをもっと知りたい。
愛を、あるいは────恋を、知りたい。
[何やらアブナイ関係の予感……!?]
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