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禁忌と恋の相談室 ~ヒトにたずねる恋の種~  作者: 筆折作家No.8
第一章 面食い王子と努力の姫
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第一章 ──14 ヒーローは遅れてやってくる

 午後五時ともなると日も傾きを増して、遮光幕の隙間から漏れる光もオレンジ味を帯びる。

 外はもうすっかり夕方の様相だろう。


 センセイはあれからしばらく席を外していたけれど、今はデスクに戻り、日々の業務の続きを行っている。

 少し暗くなってきたので電気をつけてあげると、彼はぺこりと頭を下げた。


 あたしはしばらく準備室にとどまって勉強をしていた。

 が、どうにも集中できず、ついに椅子から立ち上がった。


「ちょっと外の空気を吸ってくるね」

「……気をつけろよ」


 センセイに見送られてあたしは部屋を出た。

 教室棟を経由して自分のロッカーから日傘を取り出すと、土間に向かい、靴を履き替える。


 玄関のドアをくぐると夏の匂い。

 夕方だというのに暑さそのものが肌を刺してくるような感覚がした。


 ひかりと一緒に走っているときは、暑さなんて気にならなかったのに。

 本来注意すべきことを別の何かに夢中になることで忘れてしまう。

 恋愛も似たようなものなのかもしれない。


 日傘を差して校舎の間をぶらぶら歩いた。

 なんとなく、方角は体育館のある方へ。

 頑張るあの子のいる方へ。


「あ」


 教室棟と本館に囲まれた中庭のような場所を過ぎたとき、遠くの方に人影を発見した。

 ちょうど体育館の影になるような場所で、縄跳びを一生懸命にやっている。ひかりだ。


 遥果(はるか)がそばにいて一緒に運動してくれているのも見える。

 さらに、体育館バルコニーから演劇部の面々が下を覗き込んでいて、どうやら応援してくれているようだ。

 皆がひかりの頑張りを認めてくれている。

 その事実だけでも胸の辺りがじんわりとくる。


 あたしは彼女のために、何ができるだろう。

 このまま彼女が目標を達成するのを見守りたい。

 だけど、あたしが勝手に引いたデッドラインのせいで、かなりオーバーワークになっているのは事実。


 ならば。


「八木(やぎ)に、頼みに行こう」


 ダイエットだって、再告白だって、決めたのはあたしだ。

 なのに苦しいのがひかりだけで良いはずがない。

 恥をかくのはあたしだけで良いはずなんだ。


「土下座してでも、期限を伸ばしてもらわなきゃ」


 でなければそのうちひかりが体を壊してしまう。

 あたしは踵を返して元来た道を行こうとした。が。


「……アレェ? 琴宮(ことみや)さんじゃん?」

「────!」


 げ。と思わず言いたくなった。

 中庭の方からどこか覚えのある三人組がにやにやしながらこちらに向かってくる。

 少し制服を着崩した、スクールカーストで言えば上位にいそうな女子生徒。


「えっと……」


 あたしのクラスメイトが一人と、隣のクラスの子が二人。

 中心格の女子は、少し負けん気の強そうな……『不合格ちゃん』だ。

 反応に困っていると、彼女は言う。


「ふぅん、『合格さん』は私らみたいなのは記憶にございませんって?」

「そういうんじゃ……」


 そばにいる二人がクスクスと笑う。

 何がおかしいのやら。


「そうそう、ちょうど聞きたいことがあったんだけどさぁ」

「──何?」

「今って何月何日だっけ? ふふっ」

「『夏休み明け』っていつのことですかー? ねえ、コトミヤセンパイ」

「あれあれ? 夏休みが終わったらもう一回告白するって啖呵切ってなかったっけー? あははっ!」


 三人それぞれから矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 彼女らはひかりが行き詰まっているのを知っているんだ。

 もしかしたら今からからかいにいくつもりだったのかもしれない。


「大体さ、あいつがどんなに頑張っても絶対無理じゃん? よくもあんな大口が叩けたよね」


 不合格ちゃんが厭らしい笑みを浮かべる。

 他二人も同じ顔。同じ悪意だ。


「頑張ったって、デブはデブだし?」

「ほんとそれな! ほら見てよあれ。縄跳び飛ぶたびに贅肉ブルンブルンじゃん!」


 言いたい放題の罵詈雑言。

 体育館に向かってわざと大きな声で罵倒しているようだ。


 もっとも、校舎の壁に音を阻まれているのか、あちらの人影は中傷など聞こえていない様子だったが。


「人の努力を笑うのってさ、人間としてだいぶ恥ずかしいことだと思わない?」

「はぁ?」

「あんなに多くの人が応援してくれてるのにさ。陰で笑いものにするとか陰湿極まりないよね」


 あたしが憤りを露わにすると、彼女達の笑顔が一気に引く。

 揃いも揃ってしかめっ面に。


「何あんた、うざいんだけど」

「うざくて結構。あたしも今おんなじ気持ちだから」

「はぁ? やば」


 あたしと彼女らの間にずしりと重い何かが横たわる。

 八木との口論の時以上の嫌悪感と不快感、忌避感を彼女たちに感じた。


「っていうかみんな絶対無理だって思ってるって」

「物珍しさに見入ってるだけじゃない?」


 演劇部の人たちの応援すら彼女たちに都合のいい解釈に変える。


 どうしてそんな捉え方をするんだ。

 感情の奥底からふつふつと黒いものが湧き立った。


「何かの目標に向かって頑張るのって、そんなに変? そりゃあ最初は不健康な体型だったよ。でも、それを変えようと努力するのは美しいことでしょ? それに何より、容姿じゃないあの子だけの魅力を、あの子は最初から持ってた。あんた達が笑い飛ばす資格なんかどこにもないよ」

「早口で長文、おつー」


 ああ、だめだ。

 こいつらはきっと何を言っても聞き流してしまう。

 心に響かない。ぬかに釘とはこのことか。


「ねえねえ、こんなやつほっといて早くあいつ見に行こうよ」

「なんかうざいし。行こ行こ」


 クラスメイトの女子が、続いて隣のクラスの女子がそう発言した。


 まずい。

 ひかりに悪意を抱く輩をあの子の元に向かわせるわけにはいかない。

 なんとかしないと。


 あたしが、あたしが皆を焚き付けたんだから。

 あたしが責任を負わなくて、どうする!


「待って。お願いだから、あの子の邪魔をしないで」


 あたしは日傘を放り捨てて、両手を広げて通路を塞いだ。

 彼女らは一瞬だけたじろぐも、またうんざりしたような顔つきに戻り、こちらに近づいてくる。

 押し通る気か。


「止まれって言ってんだよ! 文句ならあたしが聞いてやるから、ここにいろ!」


 声を張り上げる。だけど。


「────うっせえんだよ、人外ッ!」


 不合格ちゃんが、あたしを両の手で突き飛ばした。


 思わぬ強硬手段にあたしはたたらを踏んで数歩よろけた。

 足が絡む。

 勢いのまま地面に転がった。

 手をついた拍子に鋭い感覚。

 遅れてきた痛みにあたしは顔をしかめた。


「痛つつつ……ッ。くっそッ、何するんだよ!」


 あたしが彼女の顔を仰ぎ睨むと、彼女は引きつったように笑った。

 不気味に口角を上げ、眉間にしわを寄せ、そのくせ眼だけは見開いた、おぞましい顔だ。


「うっとおしいんだよ! 上から目線で正論を吐いて。自分は合格圏内にいながら、よりにもよってあいつの味方ぁ?」

「だから何だっての! 頑張ってるやつを応援して何が悪い!」

「ほんっとごちゃごちゃと綺麗ごとばかり! ──私はねぇ、忠告してあげようと思ってるだけなの。お前みたいな『クソブスドモルガン』に『面食い王子』は見向きもしないってさあ!」

「……なッ!?」


 とてつもない侮辱の言葉を聞いた気がする。

 今、こいつなんつった。

 あたしの友達のことを、なんて言った。


 容姿を小馬鹿にするだけに飽き足らず、彼女の吃音(どもり)までいじってきた。

 さすがに限度を超えている。


 痛みを忘れて立ち上がる。

 我を忘れて掴みかかる。

 あたしはこいつを、この女を許せない。


「てめえッ、この────」


 勢いに任せて、あたしは────。


「千星(ちせ)!」


 聞き馴染んだ声に、ピタリと動きを止める。


「……そこまでにしておけ」


 不思議な安心感を与えてくれる声に、力が抜ける。


 どうして彼がここにという疑問より先に、あたしは彼の姿を探していた。


 視線は正面。

 ピントが合う。

 校舎側から真っ直ぐに、こちらに向かってくる二つの影。

 そのうちの一人に、あたしは無意識に縋り付く。

 よろめきながら、彼の元に歩を進め、彼の白衣の袖に顔を委ねた。


「センセイ……? センセイ……!」

「大丈夫だったか? 千星」


 あたしは首を横に振った。

 そして呟く。


「……センセイ、助けて」


 我慢していたものが決壊して、体を支えられなくなる。

 センセイはあたしを腕で支え、その繊細な指で、暖かな手のひらで、あたしの頭に優しく二度触れた。


「……あまり無茶をするな。人のために何かを与えようとするのは以前から君の美点だと思っていたが……こうも入れ込みすぎると、僕としては心配にもなる」

「ごめん……ごめんね、おにーさん」


 センセイは腰を抜かしてしまったあたしをゆっくりと地面に座らせて、自分もまた隣にしゃがみ込んだ。

 そしてあたしの背を右腕で支えつつ、反対の手で通路を示す。


「……それから、この場のヒーローは僕じゃない。ここは彼の出番だろう」


 言われるがままに顔を上げ、あたしが元いた場所を見る。

 そこにあったのは、センセイと共に歩いてきた男子生徒が仁王立ちで不合格ちゃん達に対峙する姿。


「八木、広大(こうだい)」


 八木は少女たちを一瞥すると、怒りのこもった声でこう呟いた。


「やっぱりお前らが、その『クソなんとか』って呼び名を広めていたんだな」

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