第一章 ──8 最悪の昼休み
うちの担任の教師曰く。
「八木さんはねぇ、性格はちょぉっとチャラいけれど、なかなかの秀才なんじゃないかしら。どの教科も平均以上で安定しているし、特に理数系は常に上位にいるそうよ」
野球部の二年生曰く。
「八木はマジで多才だよなー。色んな部活出てんだろー? うちは部員がたくさんいるから欠員出てもなんともねーけどさ。他の部活のヤツは助かってんじゃねーかな。あと女にモテまくんのマジムカつくわー」
また別の先輩曰く。
「あーしの友達が八木くんの元カノなんだけど、ヤリ捨てられたって言ってたんよね。なんか別れ際に暴言吐かれたらしい。でもあの八木くんがそんなことするとはね。え? あーし? あーしは八木くんには興味がないとゆうか、今のカレシ一筋とゆうか……ふふっ、ふふふふふふふふふふふふふふ」
と言った具合で、八木については『女関係はちゃらい』『能力や功績は評価』という意見が多かった。
ヤリ捨てという情報の真偽はわからないけど、放課後にでも元カノさんとやらを訪ねよう。
きっと八木の裏の一面など知っているはずだ。
時刻は八時二十分を回った。
そろそろホームルームの時間だから、急ぎ教室に戻らなければ。
上級生の教室棟から渡り廊下で一年生の教室へ向かう。
そうして自分のクラスの扉に手をかけようとしたところ、あたしは急に周りを女子たち三人に囲まれた。
「琴宮さん、ちょっと良い?」
「ん? 何?」
同じクラスの子が一人と、隣のクラスの子が二人。
背丈はバラバラ、なんだかパッとしない顔立ちの三人組だ。
「琴宮さんさ、朝から八木先輩のこと嗅ぎ回ってるって本当?」
「だから何?」
これがフレンドリーな質問ならあたしもそれなりに答えるところだが、あいにく彼女らが向けてきたのは敵意だった。
なるほど、八木を見てきゃーきゃーうるさいグループの中でも特に入れ込んでいる子たちだ。
話すとめんどくさそうなのであたしは適当に返事をする。
「どんな人なのかなって気になっただけで他意はないよ。じゃ」
「は? 待てって」
もう予鈴の時間だからさっさと教室内に入ろうとしたのだが、あたしの腕は隣のクラスのやつに掴まれた。
「何がタイなの? 急に魚の話とか意味わかんないんだけど」
……ここって偏差値そこそこの学校だよね? 語彙力無さ過ぎだろ。
あたしは面倒ここに極まれりとばかりに掴まれた腕を強引に振り払った。
相手の爪に当たって皮膚に赤いラインが引かれる。
遅れて痛みが刺さるけれど、そんなものは無視して教室に入った。
「早く自分のクラスに行かないと、先生に怒られるよ?」
「────くッ」
他クラスの二人は悔しげに喉を鳴らして大股で帰っていく。
残されたクラスメイトはあたしを苦々しく見つめながら教室に入ってくる。
「千星ちゃんっ、大丈夫?」
「うん、平気。おはよ、遥果」
遥果に挨拶をして、教室最後尾の窓側の席に座る。
グラウンドの方を眺めながら、あたしはやっと肩の力を抜いて長く息を吐いた。
やれやれ、八木について聞きまわっただけで恨みを買うのなら、あたしが既に八木から交際を申し込まれたと知られたらどうなるのだろう。
しかも速攻で振ったと知られたら。
ため息の一つや二つ、つきたくもなる。だからもう一度胸にたまったモヤモヤを吐き出しておこう。
はぁあああ。
◇ ◇ ◇
昼休み。
授業が少し押してしまったため、五分遅れのスタートである。
あたしは少し慌て気味に身支度をして、席を立つ。
「あれっ。千星ちゃんどこ行くのっ?」
「あはは、ちょっとね」
あたしは遥果に目配せし、クラスにいる八木の取り巻きの一人を示した。
長い休み時間、例の子たちに絡まれるのは目に見えている。
あたしはほとぼりが冷めるまではどこかに隠れて昼食をとることにしたのだ。
あたしはおにぎりの入ったコンビニ袋を手に携えて、そそくさと教室から出ていこうとした。
どこに隠れるか。
そんなものはただ一つ、生物準備室である。
これを機にセンセイのところに行って静かな一人きりの時間を邪魔してやろう。
────なんて思っていたんだけど。
「うわ!」
「おっと」
あたしが教室の引き戸を開けて外に出ようとした瞬間、そこに立っていた男子にぶつかりそうになった。
勢い余って前のめりになるのを踏ん張ったからか、逆に後ろに倒れそうになる。
対して向こうも扉を開けようとしていたのか、手掛けに伸ばした指が空振ってしまっていた。
空を切った彼の手は、ちょうどあたしの腰を支える形になり、あたしはなんとか倒れずに踏みとどまる。
「あ、ありがと────って……え゛ッ」
あたしは彼の、いや奴の顔を見てこわばった。
ダークブラウンの髪は、やんちゃになりすぎない程よい長さのウルフカット。
センター分けされた前髪の向こうに、爽やかを張り付けたような整った顔。
二重まぶたの奥には見る者を吸い込んでしまいそうなグレーの瞳。
きりっとした眉に、はっきりとした鼻筋に、柔和にほほ笑む笑顔の仮面。
「八木……広大」
八木はあたしをあたしだと認識すると、微笑みを崩していっそうの笑顔を作った。
まるでいたずらっ子のような顔をしてあたしに言う。
「やあ千星ちゃん。朝から俺のこと質問して回ってるって聞いてさ。もしかして────付き合ってくれる気になったのかな?」
最悪の昼休みが始まった気がした。




