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お好きになさって? 私は私の工房で忙しいので  作者: 秋月 もみじ


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第2話 設計図の意味が分かる方は初めてです


 工房を開いて一ヶ月。

 試作品の山と、減り続ける財布の中身だけが、私の現実だった。


 ◇


 魔石というのは、要するに電池だ。

 前世の記憶に照らすなら、そう理解するのが一番早い。天然の魔力結晶で、削り出して回路を組めば熱にも光にもなる。この世界の生活基盤を支えている、ありふれた素材。

 問題は出力の制御だった。


 「……また暴走した」


 作業台の上で、試作品が盛大に煙を吐いている。

 火を使わない調理器。魔石の出力で温度を一定に保つ仕組み。原理は前世の電磁調理器と同じ──なのに、魔石の出力が安定しない。加熱が始まった途端に温度が跳ね上がって、載せた鍋が焦げつく。


 窓を開けて煙を逃がしながら、試作ノートに記録をつける。

 日付。失敗の内容。推定される原因。「毎日書け、書かなかった日の失敗は存在しなかったのと同じだ」。前世の上司の口癖が、こういう時に効く。


 ノートを遡る。この一ヶ月で潰した原因を眺めていると、一つのパターンが見えてきた。

 魔石を縦に一列に並べている限り、放熱が追いつかない。一個の石に負荷が集中して、そこから暴走する。


 アイデア帳を引っ張り出す。

 三日前に書いた走り書き。「魔石を扇状に並べたら、放熱面積が増えるのでは?」


 やってみる。

 魔石を扇形に配置し直して、出力経路を分散させる。一つあたりの負荷を下げて、余った熱は溝を掘って逃がす。前世の放熱フィンの発想だ。アルミはないけど、溝なら彫れる。


 スイッチを入れる。


 煙は出ない。

 鍋の水がじわじわと温まっていく。沸騰しない。煮込みに最適な温度で、ぴたりと止まる。


 声が出なかった。

 両手で口を覆って、試作品を見つめた。湯気が静かに立ち上っている。


 一ヶ月。失敗した数なんてもう覚えていない。材料費で財布の中身は金貨五枚を切っている。指先は魔石の削り粉で荒れて、爪の間に粉が入り込んで取れない。


 でも、できた。


 試作ノートに書く。成功。日付。扇状配置。排熱溝。

 ペンを持つ手が少し震えていたけれど、字は読める。それでいい。


 ◇


 翌朝、市場に持っていった。

 卸売の商会に持ち込む資金もツテもない。なら自分で売る。


 王都の東市場。朝から庶民の買い物客でごった返す場所だ。露店の一角を銅貨で借りて、調理器を並べる。


 誰も立ち止まらない。


 当然だ。看板もない無名の工房が作った、見たこともない道具なんて。

 一時間が過ぎる。日差しが傾く。隣の八百屋のおじさんに「嬢ちゃん、売れてないねえ」と同情される始末。


 (前世でも最初のプレゼンは散々だったな。展示会で、ブースに誰も来なくて、一日中ぼうっと突っ立ってた)


 あの時、どうしたんだっけ。

 ──そうだ。実演した。


 調理器の上に鍋を載せる。市場で買ったばかりの野菜を放り込んで、魔石のスイッチを入れた。

 火は出ない。煙も出ない。じわじわと、鍋の中身が温まっていく。


 「あら。火がないのに煮えてる?」


 最初に足を止めたのは、赤ん坊を抱いた若い母親だった。


 「火を使わないんです。魔石の力で温めるので、お子さんがいても安全ですし、煤も出ません」


 「へえ……」


 「よかったら味見してください」


 小さな椀にシチューをよそって渡す。母親が一口すすって、赤ん坊を抱き直した。


 「おいしい。ちゃんと煮えてるじゃない。──ねえ、これいくら?」


 その声を聞きつけて、隣の買い物客が覗き込む。八百屋のおじさんまで見に来た。


 「火事の心配がないのは助かるわね」


 「うちの母にも一つ──」


 気づけば、露店の前に人だかりができていた。

 持ってきた在庫が全部売れたのは、日が暮れる前だった。


 それから二週間。口コミは思った以上に早く広がった。毎日市場に立ち、修理の常連客も増え、工房は朝から晩まで動いている。

 あの金貨五枚は、どうにか息を吹き返した。


 ◇


 トントン、と工房の扉が鳴ったのは、ある日の昼過ぎだった。


 「失礼いたします。こちらがフィーネ工房でしょうか」


 仕立てのいい服を着た青年。背筋が伸びていて、どこかの貴族の従者だと一目で分かった。


 「ハインリヒと申します。主人より、暖房用魔道具の開発についてご相談したいと」


 暖房。冬に向けた需要は大きい。ありがたい話だ。


 「どちらのお方ですか」


 「宰相のヴァイスベルクでございます」


 手に持っていた魔石を落としかけた。


 ハインリヒは丁寧な物腰で試作品をいくつか見て回り、調理器を手に取って裏を覗き込んだ後、「これは閣下に直接ご覧いただくべきです」と静かに言った。


 その日の午後。

 ジークハルト・フォン・ヴァイスベルクが、本当に来た。


 宰相というから、恰幅のいい年配の政治家を想像していた。扉をくぐったのは、長身で痩せた、灰色の瞳の男だった。黒髪を後ろで束ねている。表情が薄い。目元に疲労の影。纏う空気がどこか研究者じみていて、「宰相閣下」という肩書きとの落差に戸惑う。


 「ジークハルト・フォン・ヴァイスベルクだ。忙しいところ申し訳ない」


 低い声。抑揚が少ない。威圧感はないのに、聞き流せない声だった。


 「フィーネと申します。こちらこそ、わざわざお運びいただいて」


 ジークハルトはすでに作業台の方を向いていた。試作品を手に取り、裏返し、魔石の配置をじっと見る。それから壁に貼ってある設計図の前で足を止めた。


 「この魔石の扇状配置は、放熱効率を最大化する意図か」


 心臓が跳ねた。


 「出力を分散させることで一石あたりの負荷を下げている。それにこの溝──排熱経路だな。消耗を抑える設計だ」


 一目で。設計図を一目見ただけで。


 この一ヶ月、市場で何十人もの客に説明してきた。「火を使わないんです」「安全です」「煤が出ません」。それで十分だった。使い方を説明すれば売れる。中身に興味を持った人は、一人もいなかった。

 設計の意味を聞かれたことすらなかった。


 「……初めてです」


 声が上ずった。自分でも分かった。でも止められなかった。


 「設計の意味が分かった方は、初めてです」


 ジークハルトの灰色の瞳が、ほんの一瞬だけ──柔らいだ。ように見えた。すぐに元の無表情に戻ったから、気のせいかもしれない。


 「合理的な設計だ。分からない方がおかしい」


 この人は褒めているのか、事実を述べているだけなのか。たぶん後者だろう。でも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


 「私の領地には魔石の鉱山がある。子どもの頃から石の性質には親しんでいた。だからこの設計の価値は分かるつもりだ」


 なるほど。

 ただの政治家ではない。魔石の実物を知っている人間だ。だから設計図が読める。


 そこから話が止まらなくなった。暖房用の魔石配置について、出力の安定域について、消耗率をどこまで下げられるかについて。声を荒げることもなく、ただ設計図の前で、静かに。


 ジークハルトが何かを指摘する。私が反論する。ジークハルトが考え込む。私が別の案を出す。


 (楽しい)


 こういう会話ができる相手は、前世でもそうそういなかった。


 帰り際、ジークハルトが扉の前で立ち止まった。


 「フィーネ殿。王宮御用達の推薦を検討している。次回の納品時に詳細を話そう」


 王宮御用達。

 それは、この工房の未来を一変させる言葉だ。


 「ありがとうございます、閣下」


 ジークハルトが頷いて、従者のハインリヒとともに去っていく。


 扉が閉まってから、ふと作業台の端に目がいった。

 一ヶ月前に置いた公募通知の束。その間に挟んだ手書きの補足メモ。


 几帳面で端正な筆跡。


 さっき、ジークハルトが設計図の横に書き込んだ覚え書きの字と──同じだ。


 あの公募のメモ。この人が書いたのか。

 宰相閣下が、工房宛の通知に一枚ずつ手書きのメモを添えていた。なんだそれは。


 ……変わった人だ。


 メモを指先でなぞって、作業台の引き出しにしまった。

 捨てる気には、なぜかならなかった。


 ◇


 フィーネが知らない場所で、もう一つの出来事が起きていた。


 王都の社交界。貴婦人たちが集うサロンの一角。

 エーデルシュタイン伯爵令嬢ローゼが、紅茶のカップを優雅に傾けていた。


 「ねえ、最近市場で話題の魔道具、ご存じ? 火を使わない調理器ですって」


 「うちの使用人が買ってきたわ。便利よね」


 ローゼがにこりと笑う。


 「実はあの仕組み、私が考えたものなの。魔石を扇状に配置して放熱を効率化するっていう原理──ずっと温めていたアイデアなのよ」


 ざわめきが広がる。


 「まあ、ローゼ様が?」


 「ええ。まだ形にはできていないけれど、いずれ発表しようと思っていたの」


 完璧な笑顔。

 カップを持つ指先だけが、少し強張っていた。


 市場で姉の商品が売れている。名前も知らない工房の、自分が盗み見たアイデアと同じものが。

 姉がいなくなれば、もう新しい中身は手に入らない。

 なら──今あるものを、先に自分のものにしてしまえばいい。


 ローゼの碧い瞳が、紅茶の水面に映っている。

 その瞳が一瞬だけ揺れたことに、気づいた者はいなかった。

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