66.新しことへ進んでいく
ヴィンス様たちとの顔合わせは無事に終わった。
ご両親も優しい人で、派閥の関係もあるけど、我が家の意志を尊重してくれると約束してくれた。
また、お姉様を大事にするとも。
弟のノーマン様とは少ししか話せなかったけど、兄であるヴィンス様に懐いていて大型犬のようなイメージだった。
そう、ラブラドールレトリバーのような、気性が優しく人に懐くというか。
人を犬に例えては失礼だけど。
「エレン、今日はありがとう」
夕食の後、自室へ戻ろうとしたときに、お姉様に呼び止められた。
「お姉様」
思わず駆け寄って、お姉様のすぐ近くに行く。
……って、あら。わたしの方が犬のようだわ。
「どうしたの、エレン? やっぱり疲れた」
「いえ、ちょっと考えごとをしてしまして」
「まあ、エレンってば。でも、今日は疲れたと思うの。あとはゆっくり休んで」
「ありがとうございます、お姉様」
お姉様の顔からも安心したというのが窺えた。
そうよね。お姉様は我が家の跡継ぎとして教育されてきたのに、好きな人のところに嫁いでもいいことになったのだもの。
でも、その相手が派閥違いだから顔合わせをするにも緊張したのに違いないわ。
「お姉様、ヴィンス様はとても素敵な方ですわね」
「エレン?」
「わたしが跡継ぎになって、すぐにニールと婚約することになったのは、従兄であるリアム様の影響かと心配なさってましたの」
「まあ……」
リアム様とは雲泥の差よね。あの真面目な対応を、リアム様は見習って欲しいものだわ。
そんなことを言うと。
「エレン、言い過ぎよ。というより、あなたはこれからペイリー伯爵家の跡継ぎと見なされるの。あなたの言動は事細かにチェックされるのよ。気を付けてね」
お姉様が真剣に言うので、わたしは「気をつけます」と返した。
そうだった。
貴族の社交界は言葉尻を取って、自分に都合のいいように解釈――というより、そういう方向に持っていかれる。
自分の一言が、家に致命的な打撃を与えることもあり得るのだ。
気をつけなければ。
「……社交界って、怖いところですね」
改めてそう思うと、お姉様は静かに頷いた。
「ええ。でも、それを分かっているのなら、大丈夫よ。あとは自分の言動に気を付けて。ニールと一緒なら大丈夫よ」
「ありがとう、お姉様」
そうだわ。わたしにはニールがいる。
お姉様には悪いけど、家のためにと決められた婚約者じゃない。
「さあ、それではゆっくり休んで。今度はあなたとニールの婚約式があるのだから」
「はい、お姉様。お休みなさい」
「ええ、お休みなさい」
自分の部屋に戻って、アニスに手伝ってもらってドレスを脱ぐ。
すでにバスルームからは湯気が立つバスタブが見えた。
アニスがドレスが皺にならないよう、丁寧に扱いながらハンガーに掛け、汚れがないか確かめている。
それを横目にバスルームに向かった。
本来の貴族令嬢なら、入浴もメイドに手伝ってもらうものだけど……どうも慣れなくて、一人で入るほうが気が楽なのよね。
今日のような特別な日は、手入れのためにマッサージしてもらったりはするんだけど。
チャプン、という音を立てて、わたしはバスタブに体を沈めた。
***
ニールとわたしの婚約式はもう少し先で、それまではお姉様に領地運営などを教えてもらうことになった。
お父様に教わるのもいいけど、お姉様との時間を大事にしたい――そう思ったから、お姉様に教わることにしたのだ。
お姉様はとても丁寧に説明してくれて、ペイリー伯爵領の特徴や特産品――様々なことを教えてくれる。
「ペイリー伯爵領がどんなところかは、あなた自身が知っているでしょう?」
切りのいいところで説明をやめ、お姉様とティータイム中に、そう切り出された。
過去を振り返ると、お父様について領内を回ったのはお姉様よりわたしの方が多かった。
そこで、領民の生活に直に触れて、みんな笑顔が絶えないのを見て、嬉しく思ったものだ。
「ええ、お姉様。お父様のおかげか、領民たちはみんな笑顔でしたわ」
「そうね。でも、1つだけ注意して」
「何をですか?」
「領主であるお父様が来ているのよ。領民も無理して笑っている人がいるかもしれない」
お姉様のその一言で、わたしは「あ……」と口ごもった。
そう言われると、そういう可能性もあるって理解してしまう。
お父様はなるべく領民にいい暮らしができるようにと配慮していた。
だけど、すべての領民がそんな暮らしができるわけではない。多少なりとも貧富の差はある。
それを、領主であるお父様にそういった面を見せないようにしていることもあるのかもしれない。
「一度……」
「どうしたの?」
「一度、領主の娘としてではなく、一人の娘として、領の生活ぶりを見てみたいかも」
ニールとの婚約式もあるから、そんな時間は取れないかもしれないけど……。
「エレンの、そういうところ好きよ」
「お姉様?」
「ちゃんと自分の目で見たい。そう思って行動しようとするのは大事だと思うの。今は時間がないから無理だけど、あなたの婚約式が済んだら、行ってみたらどうかしら?」
「そうですね。行ってみたいです」
お姉様に背中を押されて、わたしは思いきり頷いた。




