63.顔合わせの前は緊張します
今日はお姉様とヴィンス様の婚約式。
初めて生のヴィンス様を見られるのは、不謹慎だけどちょっとドキドキしてしまう。だって、漫画ではお姉様を救うヒーローなんだもの。
漫画の絵も、繊細だけど格好良かったヴィンス様。しかもお姉様とのツーショット。これはもう眼福者に違いないわ。
あまりの興奮具合に、昨夜はほとんど眠れなかったわ。おかげで寝不足。
鏡を覗き込んでみると、目の下に隈はないものの、明らかにまぶたが腫れていた。
大事な日なのに……。
ふと、前にお姉様が冷やしてくれたように、冷やしてみたらどうかしら? それとも、治れー治れーと思いながら魔力を送ってみるとか。
ものは試しだ。
冷やしすぎるのが怖いので、まぶたの腫れが治るよう心の中で何度も繰り返しながら、手のひらを目の上に当てた。
しばらくの間、目を閉じて魔力を送っていると、手のひらからあたたかい何かが目に送られてるくのが分かった。
しばらくしてから手を放して、鏡を確認するとまぶたの腫れが収まっていた。
うん、いい感じかも。
魔力だけでも、小さなことなら良くすることはできるみたい。
ただ、大きな怪我に対してはやったことがない。そんな人が身近にいないし、いたとしても出来るかどうか怖くて思う通りに動けないに違いない。
そんな怖いことに手を出す気はない。
ドレッサーの前に座って、そんなことを考えていると、扉を叩く音がした。
「起きているわ。入ってきて」
朝の支度のために、メイドが来たのだろう。
珍しく寝坊していなくて、起きてメイドを迎える羽目になったわ。
「失礼いたします。――おはようございます」
「おはよう。アニス」
「紅茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
朝は紅茶一杯から始まるのだけど、空腹に紅茶って胃に良くなさそうなのよね。
紅茶だってカフェイン入っているし、空っぽの胃には優しくないわ。目覚めにはいいかもしれないけど。
でも、慣れなんでしょうね。朝の紅茶で胃がやられたことはないわ。
前世日本人の体と、今の体の違いもあるのかな。
前世は魔法なんてなかった。先ほど使った魔力も家庭教師から教わったものだけど、前世の体で感じたことなんてなかったもの。
「エレンお嬢様?」
「ああ、ごめんなさい。考え事をしてしまったわ」
持ったままだったカップを口に付け、一口口に含む。
考え事をしていた割に、あまり冷めていなかった。
「エレンお嬢様、今日はどんなドレスをお召しになりますか?」
「……そうね、ボトルグリーンの落ち着いたドレスがいいわ。今日の主役はお姉様だもの」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
今シーズン、わたしの侍女のようになっていたエイダは、メイドの中でも古参に入る。そのため、今日はお姉様の準備を行っていた。
アニスは今シーズンからうちに務めるメイドだけど、よそで経験があるのか仕事の覚えが早い。わたしと年が近いのあるせいか、エイダがいないとアニスがわたしの傍についていることがある。
「エレンお嬢様、こちらのドレスでよろしいですか?」
「ええ。そうだ、髪はハーフアップにしてちょうだい。確か同じ色のリボンがあったはずなの。それでまとめて」
「かしこまりました」
通常なら地味になるボトルグリーンの装飾の少ないドレス。
でも、このエレンの顔は、控えめなドレスも上品に見せるだけで、美しさを損なわない――と、自分で言うのもなんだけど、わたしの顔は華やかな美しさを持っていた。
ボトルグリーンのドレスを纏い、アニスに髪をまとめてもらっている間に鏡を見て、改めて思う。
漫画では、お姉様のほうが控えめな美しさ――と表現されていたのよね。
まあ、茶色の髪より金髪のほうが派手に見えるものね。前世日本人の感覚からしたら。
お姉様も、幼い頃はわたしと同じように金髪だったけど、年を取るにつれ色が濃くなり茶色になっていた。
でも、わたしはお姉様の茶色の髪も、細くて動くたびに揺れてきれいだと思う。どうして、わたしは同じように色が変わらなかったのかしら――と、前は思っていた。
……懐かしいわね。今は別々の人間なのだから、全部一緒になるわけじゃないのが分かる。
「エレンお嬢様?」
「ううん。なんでもないわ。ありがとう」
今は、お姉様はお姉様。わたしはわたし。別人だと、はっきり理解している。
だから今は心からお姉様が幸せになるのが嬉しい。
……本当にお姉様はヴィンス様と一緒になることが幸せなのかしら?
漫画では、家では妹が甘やかされ、お姉様のものも妹に譲れと両親に言われてきた。最終的には、婚約者まで。
でも婚約者とは婚約解消になったけど、相手の有責でお姉様に非はない状態で。
お父様もお母様も、わたしを甘やかしていた自覚はあったけど、それには理由があったし、漫画で語っているほど甘やかされていたわけではなかった。
なら、漫画の通りになるのが、本当にお姉様の幸せなのかしら?
お姉様とヴィンス様の想いは、本当に心から思っているもの?
漫画で2人のことを知っているわたしだから思ってしまうことなのだろうけど。
その想いが、作られた――プログラムされたもので無ければいい。
今頃になってそう思うのは、ここが作られた物語の中だと、そう捉えてしまうからかもしれない。
……駄目だ。先入観は捨てなきゃ。
今日、お姉様とヴィンス様の様子を見て、おかしなところが無ければ問題ないのだから。
それに、もし作られた感情だとして、わたしに何ができるだろうか。
お姉様たちに、その想いは作られたものだから――とは、決して口にしてはいけないことだわ。
「エアルドレッド侯爵家の皆様がお着きになられたようです」
「ええ。行きましょう」
ヴィンス様に会って、お姉様との様子を見る。
わたしにとっては、ヴィンス様と話すのはこれが初めてだから。
悪い印象にならないように気を付けなければ。
すみません、前回からだいぶ空きました。
体調不良で3日間寝込んでました。
季節の変わり目は体調を崩しやすいですよね。
皆様もお気をつけて。




