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36.従兄弟とペイリー姉妹1(リアム)



「放してよ! あんたなんか大嫌い!」


「危なくても結構よ! あんたに触れられているよりよっぽどマシだわ」


 そう言った彼女は、言葉遣いは褒められたものではなかったが、最初に見た幼さはもう残っていなかった。


 それにしても、はっきりと何度も嫌いと言われ、苦笑するしかない。

 でも、彼女はいつもはっきりと自分の意思を口にしていた。



 ***



 最初に見かけたのは、従兄弟であるヴィンスに言われ、ペイリー姉妹を観察した時だった。

 ペイリー姉妹の妹は美しいと評判だった。

 ただし、姉にくっついてわがままを言うため、令息達の間で、あれは観賞用だと噂されていた。

 実際、近くで見てみると蜂蜜色の髪に緑の大きな瞳、そして、左目尻下の泣き黒子は人目を引くものがある。顔立ちは童顔で少々幼いイメージを与えたが、それよりも言動に幼稚さを感じさた。

 確かに観賞用として、見ているには申し分ないな。

 たが――


「お姉様、なんの話をされているのですか? わたしにも分かるように話してくださいませ」

「お姉様、わたしもそれが欲しいです」

「お姉様、もう疲れましたわ」


 夜会に、社交に来ているとは思えない言動。

 そして、それに振りわまされる姉――ローズ嬢は、従兄弟の想い人だった。

 ローズ嬢は、茶色のストレートの髪に、妹よりは小さいものの、それでも大きめの優し気な青い目をした女性だった。

 妹のエレン嬢と違い華がないが、楚々とした静かな美しさがあった。大輪の薔薇と、清楚な白百合――そんなイメージを与える。

 なるほど、我が従兄弟が惚れるのも分かる。

 従兄弟の真面目な性格は、華のあるエレン嬢ではなく、その横で困っていても笑顔を絶やさないようにしているローズ嬢を好むだろう。


 それでなくても、ペイリー伯爵家の姉妹は何かと噂の的だ。

 堅実で中立を保つかの家を自分たちの派閥に引き入れたい者、ただ単に姉妹の美しさに惹かれる者、そして、妹のわがままな性格は、足を引っ張りたい令嬢たちにも格好の餌食だろう。いくら美しくても、性根が駄目なら他の貴族令息が言うように『観賞用』でしかない。

 中立派のペイリー家を自分の派閥に入れたいとは思うが、婚家が中立派の婿を迎えれば意味がない。実際、姉のローズ嬢の婚約者は中立派のサザーランド侯爵家の次男だ。


 そう従兄弟の想い人には、婚約者がいるのだ。

 このままだと、従兄弟は彼女を諦めなければならない。

『出会うのが遅すぎたんだ』と従兄弟は淋しそうな表情で言った。

 その呟きに、返す言葉がなかった。

 先に出会っていても、王族派の従兄弟が嫡子である彼女に婚約の打診をしても、伯爵は頷かないだろう。

 そのことに従兄弟も気づいてはいるだろうに、それだけ恋は人を盲目にするのか。


 従兄弟の失恋を励ます言葉を考えているうちに、ローズ嬢はサザーランド侯爵令息との婚約が解消された。

 何があったのか調査させると、妹のエレン嬢に手を出そうとしたのだとか。さらに驚くことに、そのエレン嬢にある未亡人との不貞行為を指摘されたたという。


 エレン嬢は見た目通りの幼さではなかったのか――と疑問を持ったのが最初。

 その後、王宮主催の夜会で運良く彼女と話すことことが出来、使用人たちに噂話をするようこっそり指示を出したが、それを聞いても彼女は一瞬不快な表情を浮かべただけで、怒鳴り散らすようなことはなかった。

 今まで見ていたエレン嬢と、何か違う。いや、あれは演技でわざとそう見せていたのか――疑問に思った。


 わがままで幼稚――観賞用としてなら、迂闊に手を出される心配もない。残念ながら素行の悪い令息は幾らでもいる。遊び相手として、また自分の派閥に相手の家を引き入れるため、中立派は狙われやすい。

 だが、あの幼稚さでは足を引っ張られる可能性があり、手を出すのを躊躇う者もいるだろう。実際、彼女は誰かと噂になることもなかった。


 しかし、今年の夜会では、彼女のわがままを聞いていない。

 話が出来る相手なら、従兄弟とローズ嬢について話してみてもいいかもしれない――そう思って、夜会での謝罪を含めてノーリッシュ・カフェに呼び出した。

 わがままな性格のままなら、従兄弟とローズ嬢の関係を下手に出すのは不味いだろう。従兄弟と濁し、話を進めた。

 そして、遠回しにエレン嬢に家を継ぎ、ローズ嬢を自由にして欲しいことを告げると、彼女は姉の代わりに家を継ぐことを喜ばず、教育されていないために無理だと断る。

 姉の地位を欲しがるかと思ったが、意外だった。

 話す内容も理路整然としていて、しっかり未来を見ていた。


「もちろん、これから頑張りますわ。お父様にも家庭教師をお願いしております。でも時間がかかりますし、今までの行いのせいで、社交界では『わがままな妹』の名が独り歩きしていますし、お姉様に代わって領地経営をすると言っても、今の実力では信用してもらえないでしょう?」


 なるほど。自分の力不足は理解していて、少し遅いもののこれから頑張るらしい。

 しかし、それ以上に驚いたのが、従兄弟に入り婿になれるか訊けと言う。


「リアム様に出来ることは、相手の方にも家を捨てる覚悟があるか、お訊ねすることだけですわね。そのほうが、お相手の方の本気度もわかりますわ。我が家のみに強いるのであれば論外です」


 逆にこんなことを言われてしまった。

 男性優位のこの国で、嫡男として育てられてきた者に入り婿になれるのかと、本気で問うている。


 不思議な感覚だった。

 確かにどちらも家の跡取りならば、どちらかが折れるしかない。でも大抵それは女性の方だった。

 なのに、エレン嬢は本気なら男性でも覚悟を見せろと言うのだ。


 今まで社交の場で見せていたわがままな様子は鳴りを潜め、他の者なら選択肢にも上がらないことを口にする。

 ヴィンスにローズ嬢の想いを聞かされ、ペイリー姉妹を初めてしっかりと見てみた時に感じたエレン嬢はもう何処にもいなかった。




あと1話リアム視点が続く予定です。


誤字脱字報告ありがとうございました。

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