37.従兄弟とペイリー姉妹2(リアム)
従兄弟に会うたびにローズ嬢の話をされ、少々辟易していた。
薄情と言われても、婚姻など政略のためでしかないと、そう言われて育ってきたため、下手に想いを寄せる相手を作るほうが面倒臭い。
現に従兄弟は相手が派閥以外の嫡子であるのに、想いは募るばかりだと言う。
少し前はローズ嬢にも婚約者がおり、裡に秘めるだけだったのに、婚約者が居なくなったら声をかけ、会話を重ね、想いを交わしたという。
そう、ローズ嬢も従兄弟に想いを返したのだ。
嫡子でありながら。
正直、軽率だと思った。
想いを交わしたとしても、共にあることは出来ない。互いに嫡子であり、派閥違いなのだ。互いの両親だって認めないだろう。
でも、友人でもある従兄弟の願いを叶えてやりたいと思う気持ちもある。
そのためにエレン嬢に近づいたのだから。
最初は遠回しにローズ嬢を嫁として迎えたい人がいるという話だったのに、頑固な彼女は自分が家を継いで姉を嫁に出すと言わない。
確かに調べたペイリー家については、姉にだけ教育を施し、妹は愛玩用といった感じだった。
ひたすら勉強漬けの姉と、可愛がられるだけの妹。
わがままなのはその歪みなのか。
しかも、本人はコンプレックスを抱いていたのか、しつこく訊ねたら文句が返ってきた。
そして、令嬢の仮面を取っ払った素のエレン嬢を見た。
「うるさいわねっ! わたしが怪我をしようとあなたには関係ないでしょう!? 何故わたしがあなたの言うことを聞かなければならないの⁉」
令嬢らしからぬ言葉遣いで感情を顕にして自分を睨みつける。
感情を顕にして怒るなど貴族令嬢としてあるまじき行為なのに、『わがままな妹』と言われていた時と、何かが違っていた。
しかし、そんなことよりも、店員の傷を癒してしまったことに驚きを隠せなかった。
治療といえば、患者を診る目と薬草の知識と持ち、適切な薬草と魔力を併せて治療するものなのに、エレン嬢は魔力だけで治してしまったのだ。
治療に関しては門外だが、それでもその行為が如何に異常なのかは分かる。
そのため興奮して先走ってしまい、なんとエレン嬢に窘められてしまった。
しかも興奮冷めやらぬ状態のまま、エレン嬢は時間だからと去っていってしまったのだ。
私としたことが、こんな醜態を晒すなんて。今になって頭を抱えて小さく唸った。
「歳の割に幼稚な行動をとったのはどっちだか……」
少なくともエレン嬢は私の言葉に苛ついて、文句を言ったこと以外は問題となるようなことはしていない。
文句を言わせたのは私と言ってもいいだろうしな。
「それにしても、人を駒のように使う――か。確かにその通りだな。そういう風に育てられたのだから」
公爵家の嫡男として、堂々とし、人を使うことを当たり前だと思えと、父から、家庭教師から教わった。自分にはその権利があるとも。
うちは筆頭公爵家、王家に次いで身分が高いのだから。利用されず、利用する側なのだと幼少の頃から刷り込まれている。そう、弟さえも使えと。
だから、エレン嬢の相手にルカを紹介したのだ。エレン嬢にとってちょうどいい相手として。
ローズ嬢はヴィンスに、エレン嬢をルカの相手にすれば、ペイリー伯爵家は王族派になるしかない――そのことも見据えて。
ただ、エレン嬢とルカは友好的に見えるが恋に発展しそうな兆しはなかった。
政略的なものなら恋心など必要ないが、エレン嬢が自発的に動き、ペイリー伯爵が認めるようにしなければならない。
でなければ、エレン嬢とルカの仲を認めず、ペイリー伯爵家は中立派のまま。
このままでは進展しない。どうにかして、2人を動かさないとと思っていた。
それなのに、エレン嬢の傷を癒すところを見てから、私の心は何故かざわついている。このまま、ルカにやっていいのか――と。
なにより、感情を顕にして貴族令嬢としての仮面を取っ払ったエレン嬢は好ましいと思った。
思えば文句を言う前まで、彼女は何処にでもいる貴族令嬢の1人でしかなかった。
だが今はあの感情顕なエレン嬢をまた見たいと思っている。
なんてことだ。
まるでミイラ取りがミイラになったかのようだ。
目を閉じれば、彼女の記憶が鮮烈に蘇るのだ。この記憶が別のものに変わるのは、一体いつになるのか――そう思うと、深い溜め息しか出て来ないな。
「兄さん、帰ってたんだ」
背後からルカに声をかけられてハッとする。
「ああ」と答えると、何処に行っていたのかと問われた。
「ノーリッシュ・カフェだ」
「ふうん。兄さんはそこがお気に入りなんだ」
「まあ、コーヒーは美味いぞ」
「僕はコーヒーは苦手かな」
「そうか、残念だ」
慣れていないのもあるが、男でもコーヒーが苦手な者はまだまだ多い。
それなのに、エレン嬢はその苦いコーヒーを砂糖もミルクも入れずにブラックのまま飲む。
見た目と好みのギャップがありすぎるだろう!?
エレン嬢に対して、守ってやりたいような気持ちにはならない。どちらかというと、一緒に立ち向かっていく――という感じか。
可憐な少女とは言えない。最初に見た幼さはもう見当たらない。
「兄さん、何笑ってるの?」
「……笑っていたか?」
「うん、軽くね。口端が上がってたよ。何考えていたの」
「ちょっと、思い出していてな」
何を、とは言わない。
自分からルカにエレン嬢を勧めていたのに、エレン嬢と関わる時間が多いのは自分のほうだ。それが優越感かどうかは分からない。
「兄さん、エレン嬢のことなんだけど」
「……何か?」
「あまり、軽く見ないほうがいいよ。どうも他の令嬢とは違うみたいだし」
「……」
「とりあえず、忠告はしたからね」
ルカはそう言うと、自室に戻っていったようだ。
ああ、分かっている。彼女を甘く見て、痛い思いをしたばかりなのだから。
――あなたなんか大嫌い!
面と向かって言われては、これからどうやって動こうか迷ってしまう。
だが、あの治療は魅力的だし……なにより、あの時の怒りの感情を顕にした彼女の表情が生き生きとしていて、脳裏から消せないでいる。
「まあまあ、リアム、あなたったらヴィンスの面倒をみるのもいいけれど、あなたの方が歳上なのよ。自分のことを考えなさい」
後ろから聞こえた声は、母上のものだった。
ルカに続いて母上まで……と思うものの、ここは広間で誰でも簡単に来ることの出来る場所だ。
企みをするには好ましくない場所だった。
「そうは言いますが……魅力的な女性がなかなか見つからないのですよ」
「そんなことを言っていると、未婚のまま爵位を継ぐことになりますよ。いい加減、現実を見なさいな」
確かにもっともな意見なので、耳が痛い。
しかし、魅力的――そう考えると、蜂蜜色の挑戦的に睨みつける少女が思い浮かぶ。
話してみて幼さは感じなくなっていた。それどころか慎重な面もある。そして彼女の魔法の使い方――とても魅力的ではないか。
「そう、ですね。1人思い浮かぶ令嬢がいます」
「なんてことかしら! その令嬢のお名前は? すぐに婚約の打診を行いますからね」
「そうですね、名前はエレン・ペイリー伯爵令嬢です」
「まあ、ペイリー伯爵家といえば中立派ではないの。でも……ちょうどいいわね。あの家には王族派になってもらいましょう」
「――そうですね」
こんなことをすれば、彼女はまた怒りの感情を向けるだろう。
でも、それがなんだ。
欲しいものは動かなければ手に入らない。
それなら、手に入れるよう、動くまでだ。
前話で足りないところを入れていたら、短いと思ったのに逆に長くなりました
そして気づいたら爆弾投下していた…
次回はエレン一人称に戻ります
ただいまWordpressを弄くり中
しばらくの間更新頻度が落ちる可能性が高いです




