34.わたし、何かしました? って、あるあるらしいです
子供の癇癪のように、未だにわたしを拘束している手を執拗に叩く。
「放してよ! あんたなんか大嫌い!」
「今放したら危ないだろうが」
「危なくても結構よ! あんたに触れられているよりよっぽどマシだわ」
放せ――と暴れていると、いつの間にか呼んでいたのか、扉を叩いて「失礼いたします」と店員が入ってきた。
「ああ、済まない。グラスを割ってしまった」
「承知いたしました。急いで片付けます」
店員はリアム様に拘束されているわたしを見ても何も言わず、テキパキと手際よく片付けていく。こういう場面も慣れているのかしら? できれば店で変なことをするなと苦情を言ってくれればいいんだけど。
それにしても、グラスはまだ手で作っている状態で、単価は高いに違いない。そう思うと申し訳なく、先ほどの怒りが萎れていくのがわかった。
「ごめんなさい。グラス代はお支払いいたしますわ」
「いえ、こういったものは消耗品ですので…………つぅ」
店員に丁寧にお断りされてしまった――と思ったら、指先をグラスの破片で切ってしまったらしい。小さく声が漏れた。
これって、わたしが話しかけて意識がこちらに向いてしまったせいよね。それなら、わたしのせいだわ。
気づくとリアム様の拘束も緩まっていたので、するりと抜けて店員の前に座り込み、手を差し出した。
「ちょっと見せて」
「……お客様!?」
店員の手を取ると、切った指先に破片が残ってないか確認する。
良かった。破片はないみたい。
なら――
指先に魔力を集め、店員の切り傷を治していく。これくらいなら、すぐに治るはず。
「治ったかしら?」
「……はい、痛みが、ありません……」
「良かった。あ、まだ血が付いたままだったわ。ごめんなさい」
持っていたハンカチで店員の手を拭くと、血を拭い綺麗になった指先が目に入った。
良かった。自分でしか試したことがないから、人の怪我を治せるかちょっと不安だったのよね。
「本当にごめんなさい。わたしの不注意で怪我をさせてしまったわ」
「いえ、お嬢様……お仕事ですから……ですが、その……」
「え?」
「今のお力は……」
「簡単な治療魔法だけど?」
指先って小さな傷でも意外と痛いもの。だけどこの世界には絆創膏のような便利なものが無くて、包帯を巻けば大げさになるわ、動かしにくいわと思って治療したんだけど。
他に何があるの? だって、ここは魔法もある便利な世界でしょう。何を不思議がるのかしら?
店員がなんで驚いているのか分からず、首を傾げていると、
「……エレン嬢、普通は薬草と魔力で治すものだ。君だって怪我をした時、そうして治していただろう?」
「………………そうなの?」
直近では、階段から落ちて怪我をした時だけど、意識がなかったから覚えてないのよね。
あ、あの後、アドルフ様が来た時に、バランスを崩して足を捻って怪我をしたわ。
あの時は薬草で作った薬を塗って終わった。わたしは少し前に階段から落ちた時に治癒師を呼んだばかりでお金が掛かったから、薬だけで治すようにしたのだと思ったのだけど……違ったのかしら?
足の痛みが続くのが嫌で、自分で治したけど、それは可笑しなことなの? 2日後に来た治癒師も治っているのに驚いていた気がしていたような――
「エレン嬢、君は魔法についてどのように習ったのだ?」
「え? ええと……火、水、風、土、光そして闇の精霊に力を借りて使うと聞いているわ」
違うの?
記憶が戻る前、そんな風に家庭教師に習った。その時は魔法が当たり前の世界だから、特に魔法に関して浮つくこともなく、聞き流していたんだけど。
ただ、よくあるファンタジーもののように、光といえば治療効果とかあるのかな――とか思ったんだけど……光って、本当に光るだけ。闇は暗くなるだけだった。
でも、お姉様は水の精霊の力を借りていたのに、冷たく冷やすということをやっていた。水を冷やすと氷になるということが分かっているためだろう。だから、応用が出来るものだと思っていた。
精霊に力を借りなくても出来ることはあったから。
だって、自分の足を治したのは自分の魔力だけだったもの。
「その通りだ。だが、治療に関しては、どの精霊も当てはまらないため、治癒魔法は確立していない」
「え? だって、治癒師は治療を行っているじゃない。治癒師にかかれば普通より早く完治するじゃない」
「治癒師が行っているのは、魔力で薬草の効力を最大に引き出して治療している。薬草がなければ、治療の方向性がない。先程のように、切り傷とはいえすぐに完治するようなものではないが」
……。
はい! やってしまいました!
転生者あるあるですね!
……じゃ、ないでしょう!? しかも、今更!?
これじゃあ、わたしのしたことをどう説明すればいいの?
「君はどうやってあの傷を治したんだ?」
「ええと……傷の治り方ってあるじゃないですか。なのでそこだけ時間を早送りにしたようなイメージで治しましたわ」
自然治癒の力を可能な限り高めた――とも言える。
足を捻った時は、元に戻すイメージでやったけど、多分、こっちの言い方のほうが無難な気がするわ。
前世の記憶が戻ってから、1つだけ大きな違いがあるとしたら、体内に貯蔵できる魔力の増加が1番だろう。
一応、生まれた時と思春期の時に増えるらしいけど、わたしは前世の記憶が戻った時に、体内に溜められる魔力量が増えた。
体内に溜められる魔力に関して、器にあるのか、年齢にあるのか、魂にあるのか分からない。でも、前世の記憶がどれかに影響を与えたんだと思う。
まあ、貴族令嬢が魔法なんて、有事の際くらいしか必要としないから、こっそりと魔法を使って楽しんでいたんだけど。
その時に気づいたけど、魔力を糧に精霊に力を借りなくても、超能力のように使えることに気づいた。超能力とはちょっと言い過ぎかしら? だって、テレパシーとかそういったのは使えないものね。
でも、ちょっとした簡単なことなら、魔力だけで事足りるのは分かった。というより、魔力が増え、人より貯められる魔力が多いというのもあるけど。
「傷の治り方?」
「えーと、切り傷の場合で、肉まで切ってしまった時、肉がくっついていく(?)のと、皮膚がくっつく(?)のが必要よね? で、通常なら数日時間が掛かるのを、魔力とイメージで……治したのよ」
いや、もう、他に説明のしようがないわ。
多分これって、日本で医療が進んでいて、一般人のわたしでも知っている知識のせいよね。
本当なら細胞が――とかの話になるけど、この世界に細胞という概念がない。というか、聞いたことがない。
医療に関しては、薬草プラス魔力で治療するのが一般的で、治癒師になるのは薬草の知識と魔力があればいいのかもしれない。
きっと解剖学とか踏み込んだ学問はないから、体の構造まで分からないんだろうなぁ。
……いや、マジでやっちゃった感がするわ。
やっとここまで来れた…
エレンのなけなしの前世チート的なものです。
補足
体に効果のあるものを薬草とし、薬草の効力を魔力で高めて治すのがこの世界の治療方法です。
切り傷に効く → ざっくり切った傷が数日で戻る
喉の痛みに効く → (風邪を前提として)次の日には完治
という感じです。
治癒師は患者の容態を診て、症状にあった薬草選びが出来ることが前提です。
ポーションのような分かりやすのはありません。




