25.さっさと逃げますわ
ダンスが終わってルカ様と一緒にニールが居るところに戻ろうとすると、リアム様に話しかけられて困った顔をしているニールが目に入った。
そっか、ルカ様とわたしが居なくなったあと、逃げられなかったのね。ごめんなさい、ニール――と心の中で謝った。
ルカ様もそう思ったのか「早く戻りましょうか。彼のことまで配慮が足りなかったですね」と、小さな声で囁いた。
「そうですわね」と返して、足早にニールのもとへと向かう。
「ニール、お待たせ。ごめんなさいね」
「いや、エレンのパートナーだけど、夜会ではパートナーとだけしか踊ってはいけないというルールもないからな。ダンスを請われて断る訳にもいかないさ」
と、ちょっと窶れた顔で返された。
リアム様、ニールに何を言ったのかしら?
リアム様の方を見ると「弟とのダンスは楽しんでいただけたかな?」と澄ました笑顔で言われた。
「ええ、ダンスは楽しかったですわ」
誰と、というのはあえて言わない。分かっているだろうに、リアム様はニヒルな笑みを浮かべるだけ。
本っ当に苛々させるわね。
「エレン嬢はダンスが好きなのか?」
「……ええ、それなりに」
貴族令嬢が体を動かせるのってダンスくらいだもの。前世含めて体を動かすことが好きなわたしには、ダンスと散歩くらいしか出来ない貴族令嬢の生活に不満を感じていた。
だから、つい本音で答えてしまった。
「そうか、では、私と1曲お願いできるだろうか?」
「はい?」
思わず、素で返してしまった。
慌てて「流石に疲れましたわ。少し休憩したいと思いますので」と続けた。先に言った「はい?」は知らぬ顔で。
「そうか。しかし、男性からの誘いを断るのは失礼ではないかな?」
「あら、わたくしは疲れてしまったと答えましたわ。なのに、ダンスに誘おうとするなんて、リアム様は女性に対する気遣いがないのではなくて?」
巫山戯んなよ、この野郎、と顔に思い切り出ている気がするが、一応笑みを張り付けた表情で答える。
「なるほど、では、ダンスで身体を動かして熱くなっているだろうから、少し夜風に当たったらどうかな?」
「いえ、そこまでのお気遣いは必要ありませんわ。喉を潤し少し休めば落ち着きますから」
次から次に出てくる提案を、悉くお断りする。どうせ、ルカ様とどうだったのかと聞きたいだけだろうから。
だが、敵も去るもの「では、一休みの後にどうかな?」と、しれっと訊いてくる。
もうやだ、この人。思わずニールに助けを求める視線を向ければ、ニールにすっと視線を逸らされた。ルカ様と踊っている間に何があったのよ?
うーん、では他の口実を。
「そうですわね。ですが、わたくしのパートナーであるニールの体調が思わしくないようですので、落ち着きましたら今夜はこれにて失礼いたしますわ」
だから、一昨日来やがれ――という意味を込めて、リアム様に笑みで返した。
「それは残念だ。すこし話があったのだが……ニール卿、彼女を少しお借りしてもかまわないだろうか?」
ちょ、直接来やがったーっ!
公爵令息のリアム様に言われたら、子爵家のニールには断ることが出来ないじゃない。何考えてるのよ!?
ぷちん、と何かが切れる音がした。
「リアム様、ニールは本当に具合が悪いようです。早急に邸に戻りお医者様に診ていただきますわ。――これにて失礼いたします。さ、ニール、行きましょう」
リアム様が口を挟む暇を与えず畳みかけ、ニールに手を差し出した。
顔色が悪いニールはこの場から早急に立ち去りたいのか、わたしの手を取りリアム様に向かって「失礼いたします」と短く伝えて、わたしと一緒に歩き出した。
わたしがルカ様とダンスを踊っている間、ニールはリアム様に何を言われたのかしら? 気になるけれど、流石にここで訊くことは出来ないわね。
もう、ニールまで巻き込んで、何してくれるのよ。
わたしの思いとは裏腹に、ニールがボソリと呟く。
「お前、厄介な奴に目を付けられたな……」
「厄介な奴って……」
もしかしなくても、リアム様のことよね?
「ここで名前を訊くと、余計厄介なことになりそうだから、訊かないでおくわ」
「……そうだな。俺もこれ以上関わり合いたくないが……」
え? ニール早くも脱落宣言!? わたしを1人にしないで欲しいっ。
まだまだ社交シーズンは終わらないから、ニールがパートナーとして一緒に居てくれないと困るのよー。
「お願いっ、そんなこと言わないでっ」
「いや、そう言われても……」
「というか、ルカ様と踊っている間、リアム様と何を話していたの?」
「ルカ様にリアム様、ね。ずいぶん親しいじゃねぇか」
「……しょうがないじゃない。リアム様からは名前でいいと言われて……ルカ様だけに公爵令息なんて言うのもおかしいでしょう?」
「可笑しいも何も、最初の『リアム様』自体が可笑しいんだが」
「そう言われても……」
わたしだって近づきたくて近づいたわけじゃないもの。
もし、お姉様の代わりに家を継がなきゃっていう気持ちがなくても、公爵家の人と……なんて、考えもしなかった。
……正直、記憶を取り戻す前は自分の不勉強のせいで恥をかきたくない。前世の記憶が戻った今は、公爵家なんて家格の高い人には恐れ多くて近づきたくない――という気持ちが強い。
うん、なんか『エレン』って、お姉様のことだけに関心があって、他の貴族令嬢のように少しでもいいご縁に恵まれるようにと、高位貴族の令息にまとわりつくような真似をしなかったのよね。甘やかされて育った分、貴族の義務は知らぬふりをしていたのに。
結婚してもいい暮らしをするために、また、見目麗しい令息にしつこくまとわりついても可笑しくないのにね。
今だって、リアム様やルカ様とは距離を持ちたいとしか思えない。
「お姉様のことでいろいろ言われているだけ。わたし自身に興味があるわけではないわ」
「ローズさんに興味があるのか?」
「あー……そこはちょっと違うんだけど」
ニールに相談してもいいかしら?
お姉様の恋、跡継ぎの問題――家の事情を話してもいい? お父様も知らないのに。
だけど、わたし1人で考えるのには、もうキャパオーバーだった。
誤字脱字報告ありがとうございます。
やはり更新頻度が落ちてます汗
前話から1週間経ってた…




