26.馬車の中で
馬車が入り口まで来るのに、玄関ホールで待つことになった。
この間にリアム様が来ないか心配だったけど、それは杞憂だった。
きっとリアム様には公爵令息として声をかける人が多いのだろう。そういった人たちがちょうどよく足止めになっているのかもしれない。
玄関ホールは人は少ないが、まったく人が居ないわけではない。
逆に静かで、話をしたら声が響きそうな感じもするので、余計に声をかけることが出来なかった。おかげで、待っている間、ニールとの間に会話もなかった。
わたしもお姉様や、わたしが家を継ぐ可能性があるということを、わたしが勝手に話していいものかという疑問もある。
ニールに話したからといって、我が家に不利になるようなことにはならないと思うけど、それでもお父様に相談もしていない話をするのは、いくらわたしだって抵抗があった。
ニールはニールで、リアム様に何を言われたのかは分からないけど、顔色の悪いまま硬い表情をしていた。
悶々とした時間を過ごした後、やっと来た馬車にニールと乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。
馬車が邸から離れると、わたしはおもむろに声をかけた。
「あの、リアム様に何を言われたの?」
「あ、ああ。俺がお前のことをどう思っているのか……って」
「え?」
「俺たちは幼馴染みたいなものだって答えたんだ」
「そ、そうよね」
リントン子爵家とは子供の頃からの付き合いで、ニールのことも良く知っている。有り体に言えば幼馴染の一言に違いない。
今のわたしとニールは、お互い婚約者がいない状態なので、幼馴染の仲で今シーズンはパートナーとして夜会に出席することは多いのだけど。
「そうしたら、お前に弟はどうかと思って紹介しただの言うし……でも、弟のルカ卿は爵位は貰えるみたいだけど、仕事は自分で見つけなきゃならないだろ? だから、エレンにっていうのはなんか違うかなって思ったんだ」
ニールの言うことは正しい。
但し、わたしが家を継ぐのかもしれないということを抜かせば――だけど。
そのことが喉元まで出掛かったけど、お父様に相談していないということを思い出して、飲み込んだ。
「とはいっても、向こうは公爵家だから、小公爵だと未来の公爵夫人だろ。夢見るものかも――って思ったけど、エレンは昔から妙に現実的だったからさ。王子妃とか公爵夫人とかになりたいって言わなかったし」
「まあ……、なんか窮屈に思えて、憧れは無かったのよね」
前世の記憶が無くても、自由がいいと思っていたのかしら?
なにせ、幼少期はニールと一緒に外を走って遊んでいたくらいだもの。女の子特有(?)のお姫様を夢見ることは無かったのよね。
「ニールだってわたしの子供の頃を知っているでしょう? 外で平民の子の中に入って遊び回っていたのよ。お母様どころかお姉様にもやめなさいって言われていたんだから」
「そういや、そうだった」
「言っておくけど、ニールはわたしよりも腕白だっからね」
「男と女じゃ違うだろ?」
「男尊女卑!」
まあ、平民ならともかく、貴族の娘なら小さい頃から淑女教育必須だけどね。
男女平等なんてものもないし。
それでもニールにはなんとなく不満を漏らしたくなる。ううん。ちゃんと聞いてくれると思ってる。
「王宮主催の夜会でさ――」
「ん?」
「久しぶりに会った時、大人びたなーって思ったんだけど……」
「でしょ――」
「違ったな」
「ひどっ!」
良い話かと思ったのに、全然違った!
「ニールって上げそうで落とすのね」
「ははっ、俺らしいだろ?」
「ほんと、悪ガキなところ変わってない」
少し拗ねた表情で呟いたあとでニールを見ると、悪戯が成功して喜んでいるような清々しいような表情で笑った。
ちょっとムカついたけど、ニールの顔色が良くなって、いつもの口調に戻っている。良かった。
「元気が戻ったみたいね」
「……おかげさまで。笑わせてもらったもんな」
「減らず口」
お互いに言いたいことを言うと、2人してふっと噴き出して笑う。
ああ、楽しい。ニールとは腹の探り合いもなく本音で話すことが出来る。リアム様やルカ様のように、相手が何を思っているのか、何を望んでいるのか――裏を考えなくてもいい。
この楽しい時間が、いつまでも続いたらいいのに――
「ねえ、ニール」
「ん、なんだ?」
「もし、結婚するなら……わたしとは、駄目、かな?」
夜会では気心の知れたニールならいいかな、程度だったけど、リアム様やルカ様と関わった後だから分かった。
まだほのかな想いなのかもしれない。でも、わたしはニールのことが好きなんだ。
条件のいい相手じゃない。身分が高い人じゃない。傍にいて楽しいと思う、ニールがいいと、そう思ってる。
だけど、ニールの答えを聞く前に馬車が邸について、門が開くまでの間少し止まり、それからまた走り出す。とはいえ、タウンハウスはそれほど広くないので、すぐに邸の玄関にたどり着いた。
「着いたようだな」
「ニール、馬車から降りる前に答えて欲しいの」
「エレン、もう邸に着いたんだ。帰る時間だろ?」
なんで誤魔化そうとするの? 答えてよ!
思わず泣きそうになる。
「ニール!」
「感情的で、愛の告白に聞こえないな」
「誤魔化さないで!」
「悪いけど、エレンの気持ちに応える気はないよ」
「……ニール……どうして……」
我慢できずに涙が零れ落ちるのが分かった。
一緒に居て楽しいと思っていたのは、わたしだけだった? それとも、この感情は好きという気持ちではないの?
わたしが涙を零していても、ニールは視線を逸らしてこちらを見ようとしない。
「そう……分かったわ。変なこと言ってごめんなさい。でも、しばらくはニールの顔を見たくないから、夜会には出席しないわ。それじゃ」
馬車の扉を思いきり開けて、ニールを見ずに降りて邸へと足早に立ち去る。
後ろで「エレン」とニールの呼ぶ声が聞こえたけど、振り返ることなく邸の中に入っていった。




