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6.孤児が助け合う地、ザナドゥ

トレック少年視点です


物心ついて最初の思い出は町に出て美味しい串焼きを食べた事だった。

ベンチに座って夢中で食べて、ふと気付いたら両親はいなくなってた。

すぐに町の兵隊さんが来て町の外の孤児院に連れていかれた。

よくある手口だったんだろうね。


孤児院は似たり寄ったりの子供ばかりで僕が特別不幸だなんて気持ちはすぐに去った。

子供も赤ん坊も食べ物すら無くてみんな泣く力すら失って死んでいく。

世話をしてくれるシスター達もみんな心が耐えきれず、無表情になりゴーレムみたいな動きになる。


僕は町の孤児集団にすぐ移った。

スラムに隠れ住んで町の雑用をこなしたり、森に採取に行って何とか助け合い生きる集団だ。

僕は目端が利いてすばしっこいのでトレック(とんずら)という名前を名乗る事になった。

正直、わずかでも支援があった孤児院にいるより厳しい生活だ。

特に寒さをしのぐ場所に難儀するから冬になると仲間がたくさん死ぬ。

ぼろきれや麦ワラはお宝だ。


孤児集団はもうひとつあって、町のチンピラの小間使いや盗みの手引きなんかをやらされる。

あんなのだけは僕はゴメンだ。

でもこっちよりはまだマシな暮らしができるから、あっちに言った孤児達を咎める気にもなれない。


町の人達はとても優しい人ばかり。

本当は僕達みたいな孤児に分け与える仕事も無いはずなのに、何だかんだと小さな仕事とお駄賃をくれる。

店前の掃除をさせてくれたり、言伝てを頼んでくれたり、小さい子の世話を任せてくれたり。

絶対手は抜けない。

町の人達の信頼に応えるんだ。


町の人もギリギリの生活のはずなのに、銅貨をくれたり、まだ全然大丈夫な肉の欠片を傷みはじめたからとくれたり、野菜の切れ端を色が悪くて売り物にならないからと分けてくれたりする。

何て素敵な人達なんだろう。


そして何でこんな素敵な町にあんな凶悪なマフィアが巣食っているんだろう。


たくさんの仲間を看取りながら僕も12才になった。

拾われた頃が3才くらいだろう、という曖昧な予想からだけど。

気がついたら僕が孤児集団のリーダーになっていた。

実は大きな戦争が何年か前に終結したらしく、男手はあちこちで不足しているらしい。

10才くらいになると、男の子の孤児はみんな町の人に声をかけてもらって下働きの口が何かしら見つかる。

僕は妹達弟達を置いていけずに断っていた。

僕ともう2人、11才くらいの男の子3人で何とか切り盛り……できてないけど助け合いながら生きている。

のんびり屋のビッグイヤー(地獄耳)とビビり屋のエイマーク(目星)の3人組さ。


女の子はなかなか働き口が見つからない。

14才くらいになると娼婦街で娼婦さんに付く小間使いに雇ってもらえる事がある。

一年以内に客を取れれば雇い続けてもらえる。


体を売って、というか体を売るチャンスすらなかなか貰えない厳しさ。

化粧道具や服、装飾品は自分で用意しなければならないから本当に万が一のチャンスにすがるしかない。

孤児だからみんな痩せきっていて色気どころじゃないし、風呂や香水なんて無理だから臭いがどうにもならないし。

泥酔した客が気まぐれを起こすくらいのチャンスしかない。


だから僕達の孤児集団も男の子7人、女の子17人の合計24人という偏り具合。

3人はリーダーだから男の子残り4人は全員7才以下。



こんな僕にも今日、突然幸運が舞い降りた!


グリドンの実を採った帰り道に、不思議な魔法使いの旦那様に出会ったんだ。

この旦那様は何だか浮世離れしていて、とても柔らかい笑顔で語りかけてくれた。

こんな汚くて貧しい僕をガイドとして雇ってくれたんだ。


普通は交渉して銅貨5枚に落ち着くのに、旦那様は金貨しか持ってないから金貨をあげるとか言うんだ。

お金の使い方すら知らないお貴族様の三男あたりなのかな。

あまりに悪い気がしたので10日分のガイドを約束した。

よーし、荷物持ちも交渉も何でもやるぞー!


旦那様はどこからともなく赤い半透明の食べ物を出して僕にくれた。

甘い! 甘いってこういう事だったんだ!

こんなに美味しいお菓子を食べられるなんて、僕は世界で一番幸せな孤児に違いない。


しかも旦那様は戦いでも凄く強くて、襲ってきた賊を魔法の壁や穴ボコで瞬殺しちゃった!

町の冒険者ですら太刀打ちできないバンデシネ一味を、50人以上まとめて退治!


こんな凄い旦那様が町にいてくれたら、今よりもっと平和で楽しい町になるだろうなあ……

何とかして、旦那様にザナドゥの町を気に入って欲しい。

本当に優しい人達ばかりなんだ。

その代わりにバンデシネ一味みたいな極悪マフィアがいるのだけど……


旦那様はとても柔らかいパンをくれた。

中に甘いジャムが入っていて、天国の味ってこういうのかなと考えていると残りひとくち。

しまった、僕はバカだ……妹達弟達の分が。

何て罪深い事をしてしまったんだろう。


でも旦那様のお慈悲は無限大だった。

パンを更に11個、そして何百個あるのか分からないくらいの飴という半透明のお菓子を袋に詰めてくれたんだ。

感極まって泣き出しちゃって旦那様に抱き付いてしまう無礼をしてしまった。

もう死んでもいい。

こんな幸せをもらえるなんて。


しかし旦那様は怒りもせず優しく受け止めてくれた。

何でこんなに慈悲深いのだろう。

天の御使い様なのかも知れない。

旦那様が1日でも町に長くいてくれて、少しでも町の人達を気に入ってもらえるよう、僕は全力を尽くそう。

そう誓った。


旦那様に帰るように言われてしまったので仕方なくスラムの隠れ家へ。

妹達弟達に飴をパンを振る舞う。

みんな泣きながら甘い甘いと言って食べていた。


食べ物がなかなか分けられない日もあるから、こんな時くらい好きに食べさせてあげたい。

全員で分けたらお腹いっぱいという訳にはいかないけど。

皆テンション上がってキャッキャとうるさかったのに、暗くなったら全員パタリと寝ちゃった。

今日はいつもみたいに空腹じゃなかったから。

安心して眠くなっちゃうよね。


僕も寝よう。


目覚めは快適で、あのいつものこのまま死ぬんじゃないかというダルさが無かった。

体に滋養が行き渡ってるんだ。

さぁ早く旦那様の所に行こう! いや、行きたい!

今日はどんな凄い事が起きるんだろう。


「待ちな。 スラムの糞ガキ」


ヤバい奴に声をかけられて腕を乱暴に掴まれた。

バンデシネ一味のスラム担当、ブラッキーだ。

僕達の孤児集団はバンデシネに関わってないのに、スラムは自分達が管理しているという名目で嫌な雑用を強要されたり、見せしめの腹いせでリンチとかしてくる。


あーあ、楽しい気分が一気に最低だ。

小突き回されて張り倒されて、ストレス解消に使われるんだろうな。


「てめェ、昨日マーロウ商会を襲った時に、一緒にいたってな? その時の事を詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか」


背筋が凍った。 状況は予想の数段悪い!

僕は目を付けられ、狙われ、そして囚われた!


「こ、恐くて馬車の隅で隠れてました……へへ」


腹にパンチが入る。

吐くものは無い。


「いいから、見た事を全て話せ。 手間かけさせるなら殺すぞ」


考えろ。

ただし、時間は無い。


今一番大事なのは何だ? 譲れ無いものは?

旦那様と仲間だ。

僕自身じゃない。


「馬車が走ってきて賊が追ってくる、というので慌てて飛び乗って走っていたらあの魔法使いとすれ違ったんですよ」

「ほう、流れ者か」


情報に嘘を混ぜろ。


しかしやり過ぎるな。

腕を捻りあげられて悲鳴が漏れる。

でも頭の中は逆に冴えてくる。

ありがとう神様。 ここが一生分の知恵と幸運の使いどころなんだ。

僕はここで終わってもいい。

むしろきっと僕はこのために生まれたんだ。


「地面に不思議な灰を撒いて魔法を唱えてました。

そこへ騎馬隊が近付いたら魔法使いが合図して壁が出たんです」

「ふむ、土属性のトラップ仕掛け魔法か。 なるほど、タネが割れれば怖くねェ。 しかしお前がすぐに俺達に報告に来なかったのは許せねェ。 これは制裁だ」


チンピラのブラッキーはいたぶり、僕を殴る蹴るのなぶり者にした。

ああ、痛い。

どうせなら一思いに殺してくれればいいのに。

僕は一世一代の使命を果たしたと思う。


「どうだ? まだ思い出した事があるんじゃねェか?

今、思い出せばこの右腕は勘弁してやるぜ」

「あ、ありません……これで全部で──」


手首と肘の間をブラッキーのブーツで踏み砕かれた。

痛みに絶叫している自分がまるで他人に思える。


ブラッキーは鈍いナイフを取り出し僕の左腕を切り刻む。


「どうだ、何か思い出したんじゃないか?」

「知り……ません。 もう、許……して」


命乞いも本気なんだか演技なんだか分からない。

どうでもいい。

僕はもう大丈夫だ。


さぁ、嘘情報を持ち帰って油断するといい。

そして旦那様が待ち構えている所には恐くて踏み込めなくなっただろう。

ざまぁみろってなもんさ。


「ふん、今日はこのくらいで勘弁してやる。 次はちゃんと報告に来いよ」

「はい……」


ブラッキーは情報を報告するためにそそくさと去った。

よし、後はギルドの前で誰かに旦那様への伝言を頼めれば……


鉄のように重くなった身体を引きずるようにギルドへ向かった。


ギルドの入り口近くまで何とかたどり着くと、昨日のマーロウ商会の会頭のお嬢様、プリシラ様がちょうどやってきた。

やっぱり今日は神様が最高に幸運をくれた日だ。

この人なら事情を話して問題無い。

むしろ僕自身がやるよりきっと上手く説明してくれる。


「トレック君その姿は……バンデシネの手下に捕まってたのですね?」

「はい、でも旦那様の情報はなるべく誤魔化して歪めて伝えられたと思います。 ちょっと旦那様にはお見せできない格好になってしまったので、お腹の具合が悪いとか言っておいて頂けると助かります」


プリシラ様は顔面蒼白になり、拳を握り締めながらも約束してくれた。

この人もとっても良い人だ。

だからこの町が僕は大好きなんだ。


「分かりました。 旦那様には何とか上手く伝えてみます。 トレック君、貴方は高潔で勇敢な町の勇者です。 後ほど私の手の者に傷薬と包帯を運ばせます」


プリシラ様はかがんで僕を優しく抱き締めてくれた。

涙声だった。

汚くて血まみれの僕に触ると綺麗な服を汚してしまいます。

と言いたかったけど声にならなかった。


僕は泣いていたみたい。

嬉しかったんだ。

僕の頑張りを、僕なりの戦いを認めてくれて。

嬉しかったんだ……


何とか隠れ家にたどり着けた。

残ってたみんなが泣いてしまった。

大丈夫、体はとても痛いけど。

心が凄く満たされているんだ。

こんな傷、何ともないからみんな泣きやんで。


困っていると、外が騒がしくなって冒険者達が入ってきた。

バンデシネ一味じゃないと分かって体から力が抜ける。


「トレック少年とその仲間だね? 安心してくれ、旦那様の依頼を受けて君たち全員を保護に来た。 今ここは危険だ。 夜には更に危険な事になる。 旦那様はバンデシネを絶対許さないと言い切ったからね」


僕に近付いたリーダーらしき人は魔法のポーションを取り出して飲ませてくれた。

瓶の蓋を空けると神秘的な煙とキラキラ光る何かが弾け出してくる。

いいのかなぁ。 孤児の僕にこんな高価な……


「これが旦那様の命だ。 本当は旦那様が直接自分が向かうと言い出して聞かなかったんだよ。 皆で説得してようやくな。 必ず、いの一番に君にこれを飲ませるように厳命されたんだ。 飲んでくれないと俺が旦那様に殺されちまう」


苦笑いしながら教えてくれた。

何て優しい旦那様なんだろう。

僕は幸せ者だ。


あれ!? 傷が痛くない、って言うか傷が無い!

折れてた腕も元通りで、むしろ最近で一番調子いいぞ!?


「旦那様のポーション、凄い!」

「砕かれた骨を一瞬で治す。 ここまでのポーションは伝説の中にしか……詮索はやめよう。 少なくともあの旦那様の怒りが収まるまでは」


外にはもうひとつの冒険者パーティが見張っていて、バンデシネ一味を警戒している。

いや、バンデシネ一味は隠れもせず遠巻きから睨んでいる。

既に抗争状態だ。


「ち、襲ってきてくれれば片っ端から返り討ちにしてやれるのに。 今のこの装備ならドラゴンだって倒せそうだ」


冒険者達が口々に凄んでいる。

何だか凄い装備を旦那様から借りたらしい。

そりゃ試してみたいだろうなぁ。


ギルドの前まで来た。

襲撃は無かった。


旦那様が心配そうな顔をしているのが見える。

旦那様の薬のおかげで元気いっぱいだよ!


僕は嬉しくなって駆け出した。

旦那様は泣きそうな顔をしながら僕を強く抱き締めてくれた。


暖かい。 そして優しい。

……いや、ちょっとキツいかな。

やっぱりかなり痛い。


「旦那様痛い痛い! せっかく傷が治ったのに、また骨が折れちゃうよー!」


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