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モワームのその長閑な様子に呆気に取られていたアニーキであったが、このダンジョンを構成するワードからして、戦いに向かない場所だと改めて理解していた。ただただ周りを見渡せば、普通のダンジョンの様な迷宮型ではない広大なフィールドに、どうすればいいのか判らなくなる。
「……なぁ、地下に用があんだよな?」
「そりゃ、ここもダンジョンなんだし、ボスも最下層に居るし。」
「……どうやって階段見つけるんだよっ!?」
迷宮型のダンジョンならば、迷いはすれど壁沿いに進めば地下層に続く階段は何時かは見つかる。だがここの様なフィールド型のダンジョンではそういった目印が無く、何処を歩いたか判らなくなりそうであった。
「……俺がよくやってた方法でもいいか?」
「あん?……まぁ慣れてる方法があんなら構わないが。」
キッシュが取れる方法と言うのはゲーム時代によくやっていた方法で、本来ならばこういったフィールド型のダンジョンは多人数で挑み、他人を目印に探索していくものなのだが、ボッチプレイヤーだったキッシュはその方法を取る事が出来ず、よく迷い、最終的には脱出アイテムで逃げ帰っていた。
だがある日、現実での事。とある家の壁をペンキで塗りなおす場面に出くわした。素人数人でやっていたのだが、その時に塗りなおす範囲を決める為に、壁を四等分に区切り、番号を描いていたのだ。
いくらフィールド型の、広大なダンジョンとはいえダンジョンには違いなく、向こう側が見えているが、端はある。要は騙し絵の様なもので、四角く区切られている筈のなのだ。
転移した場所から、建築用のアイテムであるペンキを取り出し、そのペンキで真っすぐ線を描いていく。そして端まで到達したのならば、壁沿いにまたもペンキで線を描き、ぐるっと一周すると、大体四等分になるように真ん中に線を入れる。
するとそれまで広大に見えていたダンジョンが、以外にもそれほど広く無い事が判りやすく浮き彫りになっていた。
「んじゃ、下に続く道を探すか。」
何もない空中に黒い穴が開き、そこに手を突っ込んだかと思えばペンキを取り出したキッシュに、あると知っていたハーゲテーナイを除く二人は顔を引きつらせている。まぁキッシュの唐突な行動にハーゲテーナイも顔を引きつらせていた為に、周りから浮くような事はなかったが。
「アイテムボックス持ちだったのか!?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「言ってねぇよっ!!ってか、俺が負ける筈だぜ。」
アニーキの驚きの声に首を傾げるキッシュ。アニーキの聞いた覚えがないというツッコミの後、こそっと呟かれた言葉に、何の事か判らないキッシュだったが、今は地下に降りる為の階段探しが先だと聞くことはしなかった。
「おっ、あった。あった。」
偶然にも探し始めてすぐに見つかったのだが。
「階段ね。」
「階段だな。」
「階段ですね。」
「いや、早く次に行こうぜ?」
周りは長閑な草原の筈なのに、そこはダンジョン。深く深く、まるで地中に埋まりに行くかのような、ただただ底へと続く石の階段がある。先は少し進んだ先は文字通り土の中にあるような見た目に、ゲームで慣れているキッシュ以外が尻込みしてしまうのも仕方は無いだろう。
「いや、俺達地下に進んだはずだよな?」
アニーキが空を見上げつつ疑問の声を上げた。キッシュに押されるようにして石の階段を降りたかと思ったら、目の前に現れた土壁にぶつかる前に、今の場所に立っていた。
天井部には変わらず青空が広がり、雲の隙間から太陽が顔をのぞかせている。
「まさか戻ってきた、ってことは無いわよね。」
「無いから。ここはこんな感じで最下層まで続くの!」
ハーゲテーナイの言葉に被せるようにキッシュが答える。これもフィールド型ダンジョンの特徴でもある。フィールド型ダンジョンは地下に降りても空があり、降りて来た感じがせず、今居る階層がどこなのか見失いやすい。
「それに、俺が引いたペンキの後も無いだろっ!!」
「おおっ!!」
キッシュが地面を指しながら言えば、周りを見渡した三人の目には、先ほどキッシュがペンキで引いた線が無い事に感心する。
「こんな意図もあったのね。」
「まぁ、これは偶然なのだがな。」
「あら?そうなの?」
「いやさ、俺が潜った事のあるフィールド型のダンジョンって、基本的に低階層の物ばかりだったんだよ。」
ハーゲテーナイがうんうんと頷きながらつぶやいた独り言を拾ったキッシュが、これは偶然の産物だという。キッシュがゲーム時代に潜ったフィールド型ダンジョンは、基本的に目的が農耕用モンスターのティムであり、だからこそ低階層の物が多い。
だからこそ階段を見つける目的で線を引くが、そもそも降る階層がほとんど無い為に今居る階層を気にすることは少なかった。
「そういえばさ、なんで相撲の時にアニーキって呼ぶなって反応したのさ。」
次への階層への階段を、さっきと同じくペンキで線を引くもなかなか見つけられず、階段を探しながらキッシュが昼間の、相撲の時のアニーキの挙動のおかしさに付いて聞く。聞かれた方はビシッという擬音が付きそうな感じで固まっていたが。
確かにアニーキと叫んでいた団員も居たはずだ。だがアニーキ団長と呼んだ時だけ反応していたのだ。その差に疑問を今更ながらに持ったのだ。
「ぷっ、そういえば、キッシュって、人族領出身だったわよね。」
なぜかハーゲテーナイと四夜は笑いをこらえながら、ハーゲテーナイが答える。
「種族用の名前ってのがあるのよ。」
例えばねとハーゲテーナイが説明する。魔族には個人の名前に付属して種族を表す名前を付ける。サキュバスならば『ハーイ』や『クス』。鬼ならば『キ』や『ヤ』。ハーゲテーナイという名前は、サキュバスのゲテーナという意味なのだ。
ちなみにイクスは、『名無し』という意味でもあり、奇形児であると知った両親は産みこそすれ、愛情は注いだわけではない。
「それで女の子用とか男の子用の名前ってのもあるのよ。」
「要は『太郎』とか『花子』みたいな?」
「そうそう。」
アニーキの名前から鬼を意味するキを除けば『アニー』。これは鬼族にとっては有名な女の子の名前。筋骨隆々と表現してもいい大の大人につける名前ではない。
「ああ、どうせ俺は女の名前ですよ!ガキん頃はそれは可愛らしい女の子みたいでしたよぉだ!!」
「ほらほら、笑ったのは悪かったけど、いい大人が子供みたいに拗ねないの。」
アニーキは生まれた頃は、他の鬼よりも小柄で女顔。ただでさえ子供の鬼は、顔が中性的で他の種族からは性別が判らないとされるのに、それに輪を掛けて女の子の様だったそうだ。
名付け親である父親の祖父も勘違いし、女の子だと思い込み、元気に育ってほしいと願いながら、活発な女の子という意味のアニーという名前を付けたのだった。
「……あ、階段あった。」
後になってアニーキが男だと分かったが、役所にはすでにアニーキという名前で登録してあり、変更することも叶わず、そのままなのだそうだ。
アニーキが語った理由に空気が重くなる訳ではなく、あえて言うのならば変になる。それに追い打ちをかけるように、キッシュが階段を見つけた。




